第6話 追跡2
[全部片付いたな]
[うん、そうだね。それはいいんだけど……。ああも、簡単に氷を切り裂かれるのは、なんか釈然としない……。あれでも、結構固さに自信はあったんだけどな]
[いやいや、あの程度はまだまだだろ。それに、氷も本気で魔力込めればもっと固く出来るんだろ?]
[そりゃ、そうだけど]
現在、俺達はアンデッド共がすっかり片付いた部屋で、少しの休息を取っていた。
ちなみに、こういう時に活躍するのが今着ているローブだ。
俺達が特に寒くもないのに分厚いローブを着ているのは、なんとなくでは決してない。
ひとたび氷が能力を使えば、たとえそこが春香り花咲き乱れる野原でも、潮騒が心地良く響く真夏の海岸だろうが、問答無用で極寒の氷原に早変わりするからだ。
そのため、戦闘中もそうだが戦闘後休憩を取るためにはわざわざ場所を移動するか、我慢しなきゃいけない。で、それが激しい戦闘後だと苦痛でしかないので、そうならないようにローブを着ているというわけだ。
閑話休題
[それで、どう思う?]
[そうだな……。とりあえず今回のアンデッド共は間違いなく]
[人為的、だね]
[ああ。どうせ魔物の死体の処分に困って、それならいっそトラップにでも、ってトコだろうな]
(しかし、何か引っかかるな……)
[でも嫌なトラップだったね。下手に初心者冒険者が入り込んでたら死人が出た可能性も高かったよ]
[うん? あ、ああそれは間違いないなかっただろうな。……さて、ここからどうするかな]
そう言って、見回してみれば最初の部屋に負けず劣らずな惨状。
床も壁も天井も、どこもかしこも氷で覆われていたり抉れていたり、鋭い傷跡がついていたりと元の面影をほとんど残していない。
やった本人が言うのもあれだが、やりすぎた感がヤバい。
[だね……。うん? 風あ、あれ!]
そう言って突然氷が、部屋の隅に向かって走っていく。
[どうした氷、突然走りだして]
俺も走って向かってみれば、氷は隅に膝をついて何かを見ている。
[見て、風。これたぶん魔石だよ]
氷が見せてきたのを見てみる。
その手に乗っている物は、確かに魔石だった。魔物の心臓といわれるそれは、およそ三センチ程の大きさで、色は薄紫で元は輝いていたことが伺える。
しかし、俺が見たそれは表面は黒ずみ、内部には黒い靄が渦巻いていた。これは、アンデッド化の影響だろう。
[確かに、魔石だな。あの中でも残ってたのは、驚きだが……。それが一体どうしたんだ?]
[どうしたんだ、じゃないよ。これが、あれば今回の黒幕を追えるかもしれないじゃない]
[?]
[いい、風。思い出してみて? 今回の事を]
[今回の事?]
とりあえず言われた通り、思い出してみよう。
今回、俺達は≪影狼≫の調査により判明した〝痕跡〟がある洞窟の最深部に潜入。
そこで、見たのは明らかに資料が持ち出された後の室内。
それを見た俺達は、まだ何か残っていないかと室内を見回っていると氷が隣の部屋で何かを発見。
それは大量の魔物の死体で、何かの実験が行われていた可能性が高かった。
そして、その魔物達は突如アンデッド化し俺達に襲いか……ちょっと、待て。
そうだった。そんなの普通はあり得なかったんだ。
だって……
[なるほどな。分かったよ、氷。そうだおかしいんだ。この部屋で魔物がアンデッド化するなんて]
魔物がアンデッド化する条件は、二つ。
一つは、魔物が死んだ後もその体が残っており、なおかつ魔石も体内にあること。
二つ目はその魔石にたくさんの魔力が魔石に吸収されること、だ。
一つ目は最低条件だが、二つ目は結構難しい。
なぜなら、魔物に限らず生物が死んだら、体内に残る魔力はどんどん外に抜けていくため、魔力が魔石にたまることは無い。そのため普通魔物のアンデッド化は、体外つまりは外にある魔力が体内に入り込み、魔石に蓄積されることで起きる。
そして、それには大量の魔力が宙にある状態でなければならず、アンデッド化が起きる場所ってのはほとんどが豊富な魔力を含み魔力濃度が高くなった危険地帯や龍脈ーー星を循環する魔力の道で、地下に存在するーーが交差し地上に吹き出ている所などの特殊地帯だ。
もちろん、例外が無いわけじゃない。無いわけじゃないが、そんなことほとんど起きない。あったら、今この世界はアンデッドだらけになっているだろうからな。
そしてこの場所、つまり試しの森がそんな場所である筈は絶対にない。
魔力濃度の高さは、土地の魔物の強さに影響する。だから、弱い魔物しかいないここは違う。
にも関わらず、アンデッド化した。
という事は……
[誰かが魔物をアンデッドにした。ここに来た人間を襲わせるために]
[うん。だから、さっき私達も人為的だと判断した。けどだからこそ矛盾が生じるんだよ]
[たとえ人為的にアンデッドにしたからといって、そいつらが従うわけじゃない]
人為的にアンデッドにしようが、アンデッドも魔物には違いない。だから、普通は言うことを聞くはずがない。
にも関わらず、アンデッド達は狙ったかのように一斉に起き上がり、同士討ちをすることもなく俺達に襲いかかった。
まるで最初から、誰かに命令されていたように ……。
それこそが、先程俺が感じた違和感の正体。
[だけど、この世界にはそれを可能に出来る能力がある。俺は直接見たことはないが……]
[私も噂だけだけどね……。確か能力名は、〝不死者使い〟って言ったはず]
魔物の死骸のアンデッド化は、魔石に魔力がたまることにより起こる。
言いかえれば、魔力さえ注ぎ込むことが出来ればーーアンデッドは誰にでも作れる魔物だ。
しかし、それを操ることは出来ない。本質的に死んでいるアンデッドには、幻惑系の能力ーー催眠や幻を見せるなどーーは、通じないし、物理的に無理矢理抑え込もうとしても痛みを感じないため、もがきつづけるだろう。とてもじゃないが、今回のようなことは出来ない。
しかし、それらをいとも簡単にやってのける能力。
それが〝不死者使い〟
アンデッドやゾンビなどの魔物を、使役し自らの思い通りに操る力。
俺の風や、氷の氷なんかの元素系の能力を持つ者に比べ、その系統の能力を持つ者は圧倒的に少ない。
さらに、その性質故に他の者から忌み切られている能力でもある。
[今回の件には、〝不死者使い〟能力者が関わっていることは確実。そして、その能力について知られている有名なのが一つ]
[〝不死者使い〟能力者が操れるアンデッドは、自らの魔力を使って作りだしたもののみ。まあ、それを差し引いても強力な能力なんだが]
なにしろ死体があれば、いくらでも味方を増やせるのだ。戦場でこれほど怖い敵もなかなかいないだろう。
[うん。だけど今回はそれが仇になる。アンデッドを操るためには、魔石に自分の魔力を注ぎ込まなきゃいけない。ということはもしも、アンデッドを倒してその中にある魔石を取り出すことが出来たら、そこに注ぎ込まれた魔力を調べてその魔力のパターンを覚えることで、サーチが可能になる]
全ての生物が持つ魔力は、指紋と同じように人それぞれ異なる。
それ故、もし魔力の持つパターンが分かれば、同一人物かの確認が出来るようになる。
それでもこの広い星の中、たった一人の人間を見つけることは容易ではないが、今ここには俺が居る。
NoA一の索敵能力を持っていると自負している俺の風は、非常に索敵に向いているのだ。
なにせ世界には、常に風が吹いている。その風を通して、俺は世界中を探ることが出来る。
無論、離れれば離れるだけ、使用魔力量も集中度も増していくが、氷がその間の防衛をしてくれるならそれも心配ない。
[良し、早速取りかかろう]
[了解]
そして、魔力を取り出して、索敵を始めた二時間後ーー
[見つけた!!]
ーーついにその姿を捉えたのだった。