第2話 依頼
すみません、だいぶ開きました。
「はあ~、疲れた~。あいついい加減あきらめろよ……」
現在、俺は学校の屋上に居る。屋上の広さは、テニスコート3面分くらいのもので特に何もない所だ。そこに時折吹く風が、転落防止用のフェンスにもたれかかった俺の髪をくしゃくしゃにしながら吹き抜けていく。
あの後、俺はHR中に決めた通り休み時間は逃げに徹した。おかげでHR後と1限目の後の休み時間は無事、面倒ごとを回避できた。だが、その後が大変だった。雄太の奴、俺が逃げているのに気づきやがったのだ。
そのため、次の2限目後と3限目後は高校生にもなって学校中を舞台にした追いかけっこへと発展してしまい、4限目の国語の授業では遅刻ギリギリで教室に滑りこむ始末。まあ、俺を追いかけていた関係で後から入ってきた雄太はアウトになり学校中の生徒から恐れられる通称〝鬼の米松〟に鉄拳制裁を食らって吹っ飛んでいったのは面白かったが。
というか、あいつはホントになんなんだろうか。万が一にも身バレしないように能力を使っていなかったとはいえ、カンと根性だけで食らいついてきやがった。そのポテンシャル、告白の方に活かせよ、マジで。
だが、そんな俺の思いとは裏腹にあいつは、ますますやる気になり(鉄拳制裁の八つ当たりも過分に含まれてる気がするが)俺を追いかけてきた。
結局もう面倒くさくなったので、さっさと能力使って撒いた後に屋上へと身を隠して現在に至るというわけだ。
「はあ~、こんなことなら最初から使えばよかったか? 無駄に体力使わなくて済んだろうし。うん、次からそうしよう」
「だめだよ。私達は機密性を最も重要視してるんだから。目立っちゃうよ?」
俺がそう決めたと同時に突然、涼やかな声が響いた。
「……氷。学校での接触はルール違反だろ?」
「それを言ったら、バレる可能性のある能力の使用も、だよ?」
俺に話しかけてきたのはーー宮田氷華だった。
雄太には、もうしゃべらなくなった幼馴染。そう言ってあるし、恐らくは他の級友達も同じ認識だろう。 が、あくまでそれは〝表〟の話。〝裏〟では、毎日会って話している。とはいえ隠れて付き合ってるとかそういうのじゃない。ただ、彼女もNoAだから、それだけの話だ。
「あの程度なら大丈夫だろ。逃げるのに使ったのは、単純な目くらましと〝加速〟だけだからな」
「ふ~ん。ならこの〝結界〟は?」
「……ぎりセー「アウト」……」
「アウトに決まってるでしょ。見た感じ効果の弱いタイプだけど、屋上全体にずっと張り続けて、なおかつその術者が平然としてられるのは、なかなかいないよ」
氷ーー氷華の事ーーが言っている結界とは、現在この屋上全体に張られているものだ。もちろん俺が風の能力を使い張ったもので、効果は結界への接近防止、いわゆる人払い。それをさらに威力を抑えて張っている。まあ、抑えてはいるが、雄太くらいなら余裕で遠ざけられるわけだが。
「いや、でもこのくらいなら出来る奴も、この学校にもいるって」
「でも目立つのは確かでしょ?」
「確かにそうだけど……。というか、これの原因はお前にもあるんだぞ?」
「え、なんで?」
「実はな……」
「え~、そんなの私知らないよ……」
「それ言ったら、俺だって知らないっての。いちいち人を経由しないで自分で告ってほしいよ。まったく」
「……まあ、いいわ。今回は、色々と大変だったことを加味して見逃すけど、次はリーダーに言いつけるからね?」
「そっか。そういう事なら、氷が〝転移〟でここに来た事も黙っておこう」
「うっ……。風、それはずるいよ」
純粋な能力としての転移ではなく、別の能力を使っての疑似転移は、超高等技能といわれており、その難度は結界を優に越える。そして今回氷は、それを使ってここに来たのだ。今回の結界は、弱い奴だったからな。さすがに氷の転移を止められなかった。
「ずるいもなにもないだろ。大体俺の能力使用を責めるつもりで来たのに、自分がさらにばれやすいのを使ってどうするんだよ」
「だって、いきなり屋上に向かったら皆怪しむでしょ? だから仕方なく……」
「はあ。そんなだからいつも仕事でツメが甘くなるんだよ」
「な! それを言うんだったら、風だって……」
このままだと確実に不毛な争いが始まるだろう、そんな時だった。
「はいはい、そこまで。二人とも仲が良いのは結構だけれど、両方ともルール違反よ」
「「ゲッ!!」」
「……人の顔見ていきなりゲッ!! って失礼じゃない? それに、氷ちゃん。女の子がそういう言葉遣いしないの。サブに言いつけるわよ」
「わ、ゴメンナサイ。だからそれだけは止めて!!」
「はあ。なんか勢いが逸れたな……。まあ、いいや。それで、≪音猫≫。わざわざなんの用だ?」
俺達の間に割って入ってきた存在、それはーー≪音猫≫。NoAで〝10〟を持つ存在であると同時に、依頼主に対しての窓口の役割を持つ人物。その人物は、仮面を被り顔が見えないが、若干あきれている雰囲気を出しながら答えた。
「分かってるでしょ。依頼よ」
その言葉を聞いた瞬間、緩んでいた空気が一気に張り詰めた。
「≪音猫≫さん経由の依頼ってことは……指名依頼ですか。それも最高機密の」
「そうよ」
通常、パーティーが依頼を受けるときには、ギルドに赴きそこに掲示されている依頼の中から好きな物を選択、ギルドにその依頼を受ける旨を伝えてから依頼を開始して、無事完了したら依頼主からのサインをもらってギルドに提出すれば報酬がもらえるという仕組みだ。しかし、依頼主が特定のパーティーを指名したい場合やギルドが実力的にこのパーティー以外無理と判断した時などは指名依頼という形が取られるのだ。
そして、必然的に高ランクのパーティーになればなるほど、それの量は増える。最高位のSランクならなおさらだ。そのためSランクのみの特権として、独自に窓口を置きそこに直接依頼を持ち込んでもらうことが許されている。もちろんギルドに報告の義務があるが。
そのため、うち以外のSランクは大きな施設を作ってそこに、依頼を持ち込んでもらい仕事をしている。
しかし、うちの場合は違う。
≪音猫≫という個人が窓口役として、この世界に何カ所かある≪獣道≫と呼んでいる場所で依頼を受けるのだ。そして、その場所を知っているのは一部の有力者や知り合いといった者たちだけ。それ以外で依頼を受けるなら、仮面を外して所属を隠してギルドで受けるというのがうちのルールだ。
そして、こうした性質上≪音猫≫経由での依頼は、大抵のものが機密扱いとなるため俺たちの中では既に≪音猫≫経由=最高機密という構図が出来上がっている。
「今回の依頼を聞いたリーダーは、あなたたちを指名したわ。だから、この仕事はあなたたちの担当ね」
「……単に厄介そうな依頼を押し付けただけじゃないのか?」
「私もそう思う」
「まあ、いいじゃないの。今回の仕事頑張れば、ルール違反の件お咎めなしかもよ。(たぶん)」
「はあ~、了解した。詳細を頼む」
「よろしくね」
そして、依頼の詳細を聞いた俺達は、その日から早速動き出したのだった。