初仕事 その3
ここまでお読みいただいてありがとうございます。
スーアの初仕事、現場に向かいます。
ではでは~
朝靄の中、乗合馬車がガラガラと南の丘陵地帯に向かって走っていた。
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大公都の南は、地形に恵まれ畜産業が盛んで大公国の食料供給の一翼を担っている。
最近、一角ウサギが異常繁殖し、周辺の林間部の食料が不足し始めたらしく、家畜のえさを目当てに出没し始めてきた。
一角ウサギは、イノシシのような性質で、出会った相手が個体だった場合、突進していくことが多々ある。
そのため、群れからはぐれた家畜が、一角ウサギの突進でケガをするか、最悪死んでしまう。
引き受けた仕事は、その一角ウサギを間引くこと。
ただ突っ込んでくるのを返り討ちにするだけなので、装備を整えておけば、新米冒険者の訓練にちょうどいい。
ただ、簡単な仕事なので、報酬が少なく、競争率は低いのだ。
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スーアは、きっちりと基礎を固めるために引き受けた。
実際、スーアは、姉に及ばないものの剣術や戦闘のセンスが良く、父親と一緒に冒険してきたおかげで<鉄><銀>級の仕事でもこなせたはずだった。
今回は、一人、しかも接近戦。
経験したことの無い状況になるため、不測の事態への対応力を養う狙いがあった。
しかし、緊張感が削ぎ取られていく。
目の前には、家畜が放牧され、牧歌的な景色が広がる。
そののどかな眺めのおかげで、ヴェルンの作ってくれた弁当の中身を予想したりと仕事もいうよりピクニック気分だった。
スーアは、ふと視線を感じる。
馬車には、乗合客が数人しかいない。
何気に車内を見渡すと少女と目が合った。
(あ、目が合った。まずい)
少女は人族らしいので、変な言いがかりをつけられないように目を逸らした。
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大公国は、全人口の2/3が亜人で偏見は少ないほうだが、大公都となると人族が8割を占めるためか、一部の亜人に対して偏見が存在する。
その偏見は、オークやゴブリン、コボルトといった人族に似ていながら、特異な外見を持つ種族に向けられる。
時折、女性に対して不埒な行いをしたと騒がれたりするが、冤罪であることが多い。
大公都では、法術結晶を用いて加害者、被害者の記憶を確認できるので、偏見によるものだと通知されても、冤罪は、なかなか減らなかった。
昔、父親も濡れ衣を着せられたことがあった。
大商人の娘が身体を触られたと騒ぎだし、衛士が出動したことがあった。
父親は言い訳もせず衛士に連れていかれたが、衛士署に着くなり解放され、署長室でお茶を飲みながら談笑して過ごした。
娘は納得いかないと父親を呼び、自分を辱めたオークを懲らしめてもらおうとしたが、商人は着いた時こそ憤懣でいっぱいだった。
しかし、相手を見るなり、娘を引っぱたいて頭を床に擦りつけた。
娘だけが、父親が大公国の功労者で、夫人は大公の甥の求愛を受けたほど艶やかな外観を持つ女傑であり、
商人の娘程度に興味を持ちようもないことを知らなかった。
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スーアの中では、人族の女は、煩わしいだけの自意識過剰の生き物に見ていた。
景色を眺め、弁当の中身を予想したりと目的地に着くまでの暇つぶしを続けようと思ったその時、まだ視線を感じていることに気が付いた。
スーアは、そーっとさっきの少女の方へ眼だけを向けてみた。
目が合った。
(えーーー。めちゃくちゃ見られてるー)
「ねぇ、どうして無視するの?」
少女の言葉には、少し怒気が含まれていた。
「え?」
スーアはその言葉を意外だと思い、間の抜けた反応で返してしまった。
「ひっどーい。ついこの間、会ったのに、忘れたのぉ?」
「えーと、どちら様でしたでしょうか?」
「大山犬の群れの時、助けてくれたじゃない」
「・・・、! あー!あの時のお嬢さん。すみません。鎧の印象が強くって、こんなにかわいい人だったのが記憶に残っていなかったんです」
スーアは思い出しはしたが、顔の方は人物を見分けるほどは覚えていなかった。
前に会った時は、割りと重装で鎧から顔が出ていたような姿だった。
今は、軽装歩兵のような装備に円盾を持っていて、女性らしい曲線が所々に見て取れた。
「キミ、ラヒト工房の娘とは、どういう関係なの?」
「ヴェルンを知ってるの?俺、彼女んち(工房)に泊まってるんだ。大公都に来たときはいつも」
「ちょ、彼女の家に泊まるって」
「うん。俺、お客さん」
「きゃ、客ーーーー!」
「? おかしい?」
「な、な、な。ちょっと、こっち見ないでよ。いやらしい! じゃあ、夜な夜な」
「変かなぁ?(飯を)食ったり、寝てるけど」
スーアの一言で、馬車の中の雰囲気が変わった。
スーア以外の客たちは<オークの少年は、見かけは好青年でも中身はオークそのもので、毎夜鍛冶屋の娘を買っている>と思い込んだ。
ここでスーアを見る目が分かれた。
ヴェルンは、ラヒト工房の看板娘。
男性からは、その娘が拒みもせず同衾できることを羨む目。
女性からは、その娘が拒まず身体を許す少年の資質に対する興味の目。
一人は、自分の目から見て魅力のある娘と関係を持ちながら、自分をかわいいと口説く気の多さになぜか不快感が湧かない。
「キ、キミ、今日はどうして馬車に乗ってるの?」
「今から仕事」
「仕事?」
「害獣駆除。一角ウサギの駆除さ」
「今夜は野宿?」
「宿に戻るよ。ヴェルンも待ってるし」
「にゃ、にゃー!!?」
スーアが、このお嬢さんの誤解を解くこともなく、仕事場に到着した。
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「へぇー。ひとりで武者修行かぁ」
「べ、別にいいじゃない」
「俺と一緒だなって。お互い頑張ろうな」
屈託のない笑顔で笑いかけるスーアだった。
「え、ええ」
あくまで警戒を解かない少女だった。
「じゃあ、気を付けて」
右手を挙げて少女に合図を送るスーア。
「君も・・・気を付けて」
社交辞令で返す少女だった。
いかがでしたか?
乗合馬車で出くわした彼女との運命はw
次話をお待ちください。