旅立ち編 その4
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大公都に滞在するスーア。
ではでは~
「ラヒトさん。またお願いできますか?」
スーアは、テーブルに置いた革袋を指さす。
「おう、まかしとけ。手伝いは頼めるか?」
「はい。1巡間は、いますから、何でも言ってください」
「そりゃ、いい。ちょうど旦那に頼まれてる試作を仕上げたいんでな、人手が欲しかったのよ」
ドワーフの鍛冶匠は、スーアの大剣の検分をしながら、一安心と話す。
「ところで、工房の兄ちゃんたちは、どうしたんですか?」
「あいつらは、出張中だ。北方国の駐留軍と国境守備隊の武器整備に行っとる」
「北方国か。親父が出征している間は、心配しました」
「だろうな、爺さんたちくらいデタラメに強けりゃ、心配もしないだろうけどな」
「じぃじじぃじも心配でしたよ。本人たちが、戦争だと思いがけないことで命を落とすんだと出征前には口癖のように言ってましたから」
ガハハと豪快に笑うラヒトに、スーアは祖父たちの戒めを話した。
「ほう、旦那とお二方は共通点があるんじゃな」
「その【旦那】は、同じような考えなんですか?」
「おうよ。本気を出せば、この国でも滅ぼせるかも知れねえくらいなのに、流れ矢で死ぬことをずいぶんと気にしてたからな。おまけに敵味方が死なねえように戦争に反対していた御仁だ」
「へぇ、ラヒトさんがべた褒めなのが、解るような気がします」
スーアは【稀有な考え方をする人だ】と思った。
「それよ。そこに娘が惚れこんでな、俺も一安心だ」
「娘さんの気持ちと希望が一致したんですね」
「旦那なら、きっとウチのを大事にしてくれるからな。ガハハ」
ラヒトは、火床に炭をくべ、ふいごで火力を上げながら、豪快に笑った。
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まるで打楽器の演奏のような槌の音で目を覚ます。
大公都で常宿のように使っている寝床は快適だった。
去年あたりから、信じられないくらい清潔に洗濯され、シワが伸ばされたシーツが敷かれるようになった。
(なんだろ、灰じゃないよな。何よりシワがないのは、どうしてるんだろ)
常に周りを観察しなさいと母親からの言いつけを守るスーアだった。
(あとでヴェルンに聞いてみよ。コレ、絶対ラヒトさんじゃないはずだ)
鍛冶の手伝いをするため、動きやすく火の粉を防ぐ作業服を着ると食堂に向かった。
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ラヒトの工房の食堂は、2階にあった。
1階は店舗と工房なので、居住空間は2階と屋根裏を使っている。
一般の家と違うところは、ラヒトが考案した煙突カマド。
1階の工房の火床から高温の空気をL字に曲げた煙突で2階の台所のカマドに導き利用する。
ほぼ毎日、火が熾きているので、煙突内の熱風が長時間の煮炊きに具合がよかった。
熱気の昇ってくるところには、分厚い鉄板が置いてありソテーなどの調理や調理蓋を使って、オーブンとして使うことができた。
仲のいい隣の家庭の調理にも使っている。
隣は、実家が農場を持っているとかで、野菜や穀物の仕送りが有り、おすそ分けが多々あった。
火事の心配がないので、スーアは家にも作れないか考えたことがあったが、鍛冶屋のように火床があり、2階立ての家でしか使えないので断念した。
「あの時、姉ちゃんが暖房だけなら使えそうだけど、夏がすごく暑くなるんじゃないかって、言ってたっけ」
平屋の場合、煙突を横に伸ばせば同じように使えるらしいが、その煙突の熱が周りの空気を暖めるため、夏には向いていないと解った。
この世界のオークは概ね、低温に耐性があるというより暑がりなので暖房は最小限でしかなかった。
ハーフオークのスーアも姉のココモも彼らの両親も体質的にオークの暑がりを受け継いでいた。
おまけに祖父たちも人族の中でも特に暑がりだったので、寒い時期の来客は、人族だと唇の色が変わる程度に涼しい思いをするのだった。
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「おはよう、ヴェルン」
「よう寝とったね。チョイベス(薄焼きパン)を焼くんで、顔洗ってきぃ」
スーアは、台所で朝食を作るラヒトの養女ヴェルン・ラヒト(旧姓エリール)に挨拶をすると、お母さんモードで返された。
「ヴェルンまで、母さんみたいになってきた」
「当たり前や。もうすぐ、旦那と夫婦になるんやで、子供の世話くらいできんとな」
「ちぇっ、姉ちゃんみたいに子ども扱いかよ」
「ほらほら、仕事もせなあかんのやで。早よ」
「へいへい。・・・あれ?水瓶がないね」
スーアは、井戸端に行くついでに水を汲んで来ようと思って、水瓶の置いてあったところにそれがないのに気が付いた。
「ああ、今は、コレや」
ヴェルンは、窓の傍に備え付けられた銅の桶を指さした。
「水、無いけど」
スーアは、訝しげに眺めてる。
「ここを捻ると」
ヴェルンが金属の筒先に付いた金具を捻ると筒から水が出てきた。
「え?何それ。魔道具か何か?」
スーアは思わず驚きの声を上げる。
スーアも初歩的な水道は見たことがあり、理解していた。
しかし、この部屋は2階。
高低差を考えると周りに上水路がなかったので、水道は無理だと考えていた。
「へへー、旦那が考えはったんや。沸騰したときの熱い湯気を使って、からくりで水を汲みあげてるんや」
「へぇー。じゃあ、ここで顔が洗えるなぁ」
「あかん。上の水溜めを大きいしたら、天井が抜けてしまうから。調理用だけや」
「うまくいかないなあ」
「そうでもないで。旦那が言うには、水専用の櫓を作ったら、近所にも水が送れるって」
「その【旦那】ってすごい人だね」
「そりゃ、ウチの未来の旦那さまだもん」
ヴェルンは、嬉しいときは左頬の傷を触る癖があり、今、傷を触って微笑んでいた。
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スーアは、工房で大鎚を振るっていた。
軽い朝食の後、ラヒトの手伝いに工房に降りて行った。
ラヒトは、午後から旦那の試作品を作りたくて、店に並べる小物を午前中に仕上げようと仕事を進めていた。
スーアが降りてきたので、修理依頼の細身の剣を打ち直すことにした。
コンコン
ガンッ
コ、コン
カンッ
真っ赤に焼けた剣を金床の上に置いて、ラヒトが打つ位置を鎚で合図する。
スーアがその場所を大鎚で打つ。
ラヒトが、剣身の歪みを確認する。
「フム、いい具合じゃ。スーア、仕上げは、俺だけでできる。ヴェルンの洗濯を手伝ってやってくれ」
「はい。ところで、ラヒトさん、その剣って、身なりのいい冒険者が預けたんじゃないですか?」
「お、よくわかったな。2日前だったか、剣身を曲げちまったらしくて修理に持ってきたぞ」
「大山犬に向かって行ったときに曲げたんでしょう」
「ああ、お前が助けた連中か」
「あれはどっちか言うと俺が間一髪って感じで」
「謙遜するな。ひとりで大山犬の群れに挑んだんだ。やっぱり、血は争えないな。ガハハ。さ、行ってやってくれ」
「はい、わかりました」
スーアは、井戸端で洗濯をするヴェルンのところに向かった。
(ヴェルンが旦那にほの字じゃなかったら、無理にでもスーアとくっつけたんだがな。ま、スーアもあれで隅に置けんかもしれんしな)
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「ヴェルン、洗濯、手伝いに来たよ」
「あっ、ありがとう。洗濯早めに終わらして、買い物に行きたかったんよね。助かるわぁ」
スーアに泡だらけで洗濯するヴェルンが礼を言う。
「おやおや、未来のめおとが逢引かい?」
近所のおばさんが声をかけてきた。
「違うって、ウチは、旦那のところに嫁入りするんよ」
「旦那って、あの黒髪の?」
近所のおばさんは、思いついた男性を例に挙げた。
「そうやよ。添い遂げるんや」
「ちょっと、少し年上すぎるんじゃないか。ラヒトさんはなんて言ってるの?」
「当然、賛成やで」
泡だらけのハーフドワーフは、腰に手を当て、形のいい胸を張り、養父の快諾を宣言していた。
いかがでしたか?
ラヒトは腕のいい鍛冶師。
巷の評判では「天才」と呼ばれています。
次話をお待ちください。