銘々の選択 その1
大公都での依頼をこなしたスーアとリミス。
ふたりを待ち受ける現実は。
「スーアくーん、もう起きやーぁ。あさげやでぇ」
ヴェルンが朝食の用意が整うのを見計らって声を掛ける。
「はぁーい。今行くよぉ」
今日は現場直行の予定がないので常宿での朝食だった。
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ラヒトの工房は特に朝は早くない。
鍛冶屋の音は朝が早すぎると近所迷惑になる。
一方、害獣駆除の仕事の時は始発の乗合馬車に乗るため、まだ暗い間に工房を出る。
前の晩にヴェルンが作り置きした弁当を持参する。
概ね工房から乗合馬車の停車場まで歩きながら朝の分は食べ終わる。
その時は、行儀が悪いと母親に叱られたことを思い出す。
朝は輪切りにした固焼き卵と漬物を香辛料ソースを塗ったチョイベスで挟んだもの。
スーアはあっさりした組み合わせの朝食がお気に入りで、その一日のやる気が出てくるのだった。
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「スーア様、おはようございます」
「おはようございます」
イシュグダの挨拶に返事をするがスーアは少し気まずかった。
スーアの中では、年下の自分が先に挨拶しないといけなかった。
彼の両親は礼儀に厳しかった。
彼の祖父たちお二方の名を穢すような礼儀知らずであってはいけないと。
両親の口癖は≪勘違いせず分相応でいること≫
スーアはイシュグダの態度はまさに祖父たち両親の威光によるものだと思っていた。
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(どうしたのかしら・・・・わたし、何かやっちゃった?)
受付嬢は機微を見逃さなかった。
先日来、手相を見た中年男性の助言が忘れられなかった。
≪しっかり信じて≫
そう、この想いが成就する可能性があるということ。
すでに【夫人】じゃなくても構わなくなっていた。
彼は偉丈夫の素質充分、その上求道的で質素だった。
食事を同席して観察し導き出した答えであり、自信があった。
彼ならきっと貴族、大富豪のそれも彼の価値観を理解できる令嬢を娶るだろう。
そこで平民の自分が目指すのは【愛人】。
彼が何かに疲れたとき、そっと寄り添ってあげられること。
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「むふ、むへへ」
スーアは返事の後から態度の変わった受付嬢を見て気まずく感じた。
このまま声をかけて良いものだろうかと思った。
彼女の表情はどこか楽し気だが、目の焦点が合っていない。
(ちゃまちゃまが何かを思い出してるときがこんな感じだったな)
スーアの周りでは、祖母たちが比較的感情を表に出しやすく、決まって祖父たちを思い出している時が多かった。
元服前のスーアには、わからなかった。
この時点でスーアはすでに元服の相手と知り合っていたのは、また別の話。
「えーと、ごめんなさい。イシュグダさん?」
「ふぇ、あ、ご主人様お慕いしておりま・・・・ヒィーーーーーーー!」
ギルドの斡旋フロアに窓口嬢の叫びが響いた。
「大丈夫ですか?」
「はい、お見苦しいところを申し訳ございません」
(ひーん、愛人の座が遠くに行っちゃったのぉー)
「気にしていませんから。ところでさっきのシュジ様という方は何を?」
「はい?」
イシュグダはスーアの質問が判らなかった。
「【シュジ様が推したいと言われれる】とか言いませんでしたか?」
「はっ、そ、そーーーーです。申し訳ございません。わたくしの勘違いでございます」
「はぁ、そうですか」
「スーア様は実力がお有りでも未成年でございましたので、条件が・・ごめんなさい」
窓口嬢は気まずそうに少年に謝った。
「そういうことでしたか。俺もまだまだなので気にしませんから、イシュグダさんも気にしないでください」
ニカッと年相応より少し幼いくらいの笑顔で応えるスーア。
「お気遣い感謝申し上げます」
(ぴょーーーーーーーー、かわいいぃぃぃーーー、お姉さんメロメロよーーーーー)
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「いよいよ出発するのね」
「ああ、装備も整ったし、近いうちにね」
スーアとリミスは市場で買い物をしていた。
「イシュクダさん、がっかりしちゃうだろうね」
「仕方ないさ、もともと大公都で冒険者になるつもりはなかったし」
スーアの目標は剣士になることだった。
祖父達や父に届かないにしても胸を張れる漢を目指している。
「立ち寄ったときに食事にでも誘うさ」
「いい心がけだよ。3人、いやその時には4人だったりしてね」
「そうなの?」
「イシュクダさん、仕事中に誘われてるんだよ。いい人が現れないとは限らないじゃない」
スーアはようやく意味がわかった。
たしかに1年で子供はできるくらいは知っている。
「赤ちゃんってかわいいよな。里を出る時、となりの夫婦に産まれたのを思い出したよ」
「え! あ、あ、あ、赤ちゃんって。・・・・欲しいの?」
「いつかは祖父達に曽孫を見せたいかな。祖母達も身体は頑丈だから長生きすると思うし」
『長旅になるんだったら、いつかはそういう事になるよね』
少女は目の前の少年がまじめに将来のことを考えていると思った。
「リミス、実は紹介したい女がいるんだけど」
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ギルドの直営酒場の片隅。
「ング、ング、ング、くーーーー、旨い」
「先任、話の前に飲み過ぎるんじゃないぞ」
「は、承知しております! 副長もいかがですか?」
「言った先から・・・・やれやれ、隊長も苦労なさったな」
「へへ、隊長に飲み比べで敵いませんでしたなぁ」
「装備にも金がかかるんだ、飲み過ぎるなよ」
副長、先任と呼び合う女性が腸詰を肴にまるで水を飲むように木杯に注がれた酒を飲んでいた。
「ささ、スーア君も好きな酒を飲むといい」
「スー坊、大きくなったなぁ、まあ飲め」
スーアは酒だけ勧められた。
「あのー、今日はそういうことではなくてですね」
「そういうな、我々も緊張しているんだ」
「えっ! どうしてですか?」
「どうしても何もスーア君が隊長より先に我々に花嫁を紹介してくれるんだ」
「そうそう、粗相があったら、これから先事あるごとに隊長からどんな仕打ちがあるかと心配でな」
「そこで緊張を紛らわしているってわけなんだ」
「・・・・」
スーアはどう答えていいものか悩んだ。
正直言ってリミスの気持ちを考えたら、彼女にとって迷惑な話だろう。
そしてリミスに紹介するのが彼女たちだった。
当のリミスは俯いたまま黙っていた。
スーアはリミスが自分なんかの花嫁扱いをされて嫌がっていると思った。
「ごめん、変な勘違いされちゃって」
スーアはリミスの機嫌を伺いながら話しかけた。
その言葉を聞いてリミスはゆっくりと顔を上げた。
「スーア君、それどういう意味かな?」
リミスの声は落ち着き、それでいて烈しい感情が伝わってくるようだった。
「そのままさ。リミスが俺の花嫁なんて冗談でも面白くもなんともないだろ」
「どしてかな?」
リミスは、ニコニコし始めた。
スーアは、言い知れぬ脅威を感じずにはいられなかった。
= = = = =
「そうでしたか。リミス殿、大変失礼した、謝罪する」
「いえいえ、お気になさらないでください」
副長の謝罪にリミスは恐縮する。
少女にとってはまったく不愉快とは無縁の勘違いだったが、それを素直に表に出すと負けた気がするような気がしていた。
いかがでしたか?
母親の部下に合わせた理由とは。




