第三部‐美しい音
【美しい音・。】大学通いの路【リカ】は、妹、百合奈【ノリ】の結婚式に呼ばれ、教会に出かける・。しかしそこには誰もいなかった。しばらくしてそこに、妹百合奈の結婚相手、正孝【シンゴ】が現われる・・。
教会の美しい鐘の音色を二人、そのまま聞く・。
路【・・。】
路は少しずつ近づく足音に気付き、振り替える。
訪問してきた相手に、目を丸くし、動きを止めた・。正孝【結婚式なのに、華がないねえ・。男二人じゃ・・。】
正孝は適当に近くの長椅子に腰掛ける。
路も座った・・。
路【・。百合奈は・。】
路は静かに聞く。彼は込み上げてきた感情を小さな笑いに変えた。
正孝【彼女が結婚するのは僕じゃないさ・。】
彼は笑い続けている・・。路【どういう意味だ・。百合奈は何処に・・。】
少し声を荒げた路。ゆっくり首を振る正孝。
路【知らないじゃないだろう・。今日は結婚式だろ?百合奈は君の花嫁だろ・。】正孝は笑うのを止め、俯く。
花嫁・・。
路【それに何故みんな来ないんだよ・。君は何故そんな冷静なんだよ。】
彼の声が教会内にこだまして何重にも重なって聞こえる。彼の怒りは声色で分かった。
正孝は呟くように言った。正孝【・・。僕が冷静なハズないじゃないか・。本当は心の中で殺意にも似た、違う感情を痛い程感じてるよ・・。訳は知らないが、みんな僕と彼女の結婚に反対しているんだ・。
でも君だけでも来てくれて、うれしいよ・。】
彼の声は沈んでいた。
正孝【・。もう一人の僕。】彼が呟いたのが、路には聞こえなかった・・。ウタがメガホンを叩くと、役者達は舞台から動き始めた。僕は世界が変わってしまって現実に戻っても、じっと舞台だけを見つめていた。ウタはそんな僕をちらりと見た・。
ウタ【どう?劇っていいもんだろ?】
彼は頬をくしゃっとして笑った。
僕はこの劇の結末を知らずにはいられなかった。
ケイ【この後は・・どうなる?】
ウタは微笑して、僕の隣に座る。
ウタ【気になる・?ハッピーエンドだよ。】
ハッピーエンド・・。
まさか。
僕はもちろんこのストーリーの結末を知らないが、ハッピーエンドを迎えるとはとても思えなかった・。
それに・。
ケイ【正孝・・は二重人格なのか・?】
ウタ【うーん、惜しいね。】
リカ【彼には双子の弟がいて・。幽霊なんだ。】
リカは横から口を挟むが、僕は理解できるに至らない。
幽霊・・?
ウタ【彼女は馬鹿だ・。】リカがウタのネクタイをぐっとひっぱるとウタは苦しそうにもがいている。
彼が動けば動くほどに、ネクタイが首に食い込む。
ノリ【監督さん・死んじゃいますよ・・。】
ノリはひとごとのように、黙って吊ったっている。
リカはしかたなく彼を解放した・。彼の首は真っ赤である。
ウタ【覚えとけよ・・。】リカは苦笑いだ・。
サラ【ケイさん・・ちょっといい・?】
劇が一通り区切りがついて、休憩に入ると、サラは静かに僕を呼んだ・。
僕は少し緊張していた・。サラだから、という訳ではない・。何を言いだすか、全く分からなかったからだ。
彼女はなぜか微笑んでいた。
サラ【ケイさんに・・役者で出てもらいたいの。】
僕はサラを見た・。
サラ【正孝の、双子の弟役。】
僕は部員達の顔を見た。みんな楽しげに騒いでいる。ケイ【部員・・こんなにいるのに。何で・僕なんか・・。】
サラはその綺麗な顔を僕にそっと近付けた。
サラ【あの役は誰でも出来る役じゃない・・。
大切な役だから、ケイさんにやってほしいの・。】
そういうと、何か言おうと口を開けた僕を見ないフリをして、部員達の方へ歩いていく・。
役者・・。
舞台、ずっと僕の反対側にあると思っていた・。
そして・。僕はやっと内側に立とうとする・。
だけど、今までそれを躊躇ってきた思考が邪魔をし、悩ませる・。
一人の人格にまた一人の人格を重ねるとき、元の自分を忘れてしまう・。その状態から戻れなくなってしまったら、僕は・・。
それは恐ろしいことだ。
だけどもし、二つ重なって作られた新たな人格が少しでも元の人格を覚えているなら、新しい、奴は、元の影響を受け・・交ざりあう第三の人格が出来る・。
【ケイ・・。僕はやるよ。君も、ついてきてくれるね・。】
僕はそっと頭を抱えた。