第一話‐新しい僕・。
僕は終わりの音楽を聞く。僕の耳に・。
胸に・。
悲しく響いたそれは、僕の身体の心を打ち抜いた。
そして僕の中にある戻れない記憶の何かと結び付いてしまった。
僕は地面に視線を落とし、足元で生き抜くひ弱な生命を踏み潰した。
僕はいつでも生きている自覚などなかった。
僕は死んでいる・・・。
だから、頭が言うことを聞かないんだ・。
追い打ちを掛けるように、再度ベルが鳴った・・。
彼は音から逃げるようにして、走りだす。彼の脳でそれは再生を繰り返した。
彼は自らの頭を拳で何度も殴った。
おかしい・。
僕の偏頭痛は昔からあったが、最近少しずつひどくなっている。頭の中の何かが活動を始めたようだ・。
やめてくれ・・。
しかし彼が低く呻きをあげる度、それは激しくなった。しかも今回は特に彼を刺激した。
彼は押さえ込んでいたものを吐き出すように暴れる。彼の身体はもはや彼のものではないかのように動く。やめろ・・・。
息を荒めながら、彼は自分と格闘していた。
やがて奴は諦めたように、動きを止めた。
彼は肩で激しく息をしている。
俯いた顔をそっと上げてみた。彼の視線に、南高校から隔離されているような建物があった。
人はいるのだろうか・。
彼はさっきのことをほんの一瞬だが忘れかけていた。そして、瞳に映し出された不思議な建物の入り口の向こう側を見つめた。
その時、その廊下を通る女生徒と目が合う・。
彼女はドアを開けてくれ、僕はとりあえず中に入った。僕は中へ入ると少しだけ立ち止まり、辺りを観察するように瞳孔を動かした。
何だかなれない空間だった。まるで僕の心のように空っぽだった。
そして直ぐに孤独という恐怖が僕を襲った。
少しずつ足を運び、一つの部屋に案内された。
中には人がいた・。
南高校の制服を着ている。楽しげに会話していた彼らは、僕が入るなり、僕を視界に入れた。
【ここは演劇部の活動場所なの。】
演劇・・・?!
僕はただじっとしていた。目線を定める位置を決めるかのように、目を動かしている。
初めての光景だった。
動きだした彼らは、現実に近付けた理想を僕に見せている。
役者・。
役という衣服を着たキャスト・。
どちらも同じ人間。
しかし僕はそこに二人の人間を見た・・・。
そうか・。僕は作り出された後者の方に目を向けた。そして思うのだ。
苦しみから逃れる方法があった・・。
僕は僕自身を解放してやる為に、この演劇部に入部を決めたのだ。 女子部員が15人、男子部員が7人の極有りがちな小劇団・。僕はその日、入部を決意した時から、この、学校と距離を置くようにして建てられた建物に通うようになった。しかし、未だ建物内のしらっとした雰囲気には馴染めていない。
その建物に代わり、部員達は優しかった。
まるでこのなかで一つの大きな家族が出来上がっているような、温かみがあった・。人見知りの僕でも、やっと生きている心地がした。
この部では、一人一人にクラブネームと呼ばれる、名前を付けて、部活内で呼び合うようだ。
僕は彼らが通じ合う理由が少しずつ分かってきた。
友達とは異なる何か別な信頼感、親近感がある・。
あたりまえだが、部員以外にクラブネームを知る者はいない・。これは部員達の暗号のようにも見えた・。
そして・・。もう一人の自分。
ここの空間の中で本名を呼び合うことなど一切無い。僕は僕の存在を忘れる・。そしてもう一つの名前が名付いた人間を演じる・・・。
クラブネーム・。
サラ・カナエ・リカ・
イチゴ・ネコ・ノリ・ライ・マメ・シンゴ・ウタ・
ユキ・ミサ・ナミ・クリ・アヤ・サチ・クロ・ミカ・ヨメ・ナカムラ・バク・
カミ・。
そして・。
僕・・【ケイ】
新しい僕が生まれた・。
これから僕は【ケイ】というもう一人の僕を育てていかねばならない。演じる、という衣を着せて・。
【ケイ・。】
僕は頭の中のもう一人の嫌いな僕に向かって呼び掛けた・。
【君を変えてあげる・。
楽にしてあげる・。】
君はもっと・・
優しくなれるハズなんだ・。
僕は【ケイ】を好きになろうとしていた。
家族のような暖かな空間は僕の孤独や恐怖を燃やし、そして灰にした・。
【ケイ】を見捨てようとしていた僕はもう何処かへ行ってしまった・。