四話 部活の拠点、確保いたしますっ!
ここからは、ゆっくりと投稿していこうと思います。遅くなることがあるかもしれませんがご了承ください。
いつもの電子音に気がついた俺は身体を起こした。傍らで寝ているボタンが袖をつかんでムニャムニャと口を動かしている。
「朝飯ぐらい俺が準備してやるよ」
聞こえないほどの声で呟き、天使の輪が浮かぶボタンの髪を撫でてやる。
「んぅー……」
ボタンの寝顔に微笑んだ俺は簡単に着替えを済ませて一階に降りる。普段は使わないエプロンを身に付けパンを三枚焼き、ベーコンエッグを作る。匂いにつられたのか、ボタンが目を擦りながら降りてきた。
「おはよう。ごめんねにぃに代わりに準備してもらって」
「いいよ、たまには俺にも妹孝行させてくれよ」
「……もう、してくれたじゃん」
ボタンはほんのりと頬を赤く染め、自分の髪を触りながら呟いた。
朝食を済ませ、登校の準備を始める。俺は歯磨きの片手間にボタンの髪をとかす。今日のボタンはいつも以上に上機嫌な気がした。
「おはよう、ミィちゃん!」
家から出るなりボタンが抱きつくようにして朝の挨拶を済ませた。
「おはよう。なんか朝からテンション高いね、何かあったの?」
「うーん。昨日にぃにと一緒に寝たからかな」
そのボタンの一言で周りが凍りついた。
「え? 寝た? 一緒に?」
「うん。同じベッドで寝て、ボタンが寝るまでずっと頭撫でて貰ってたのー。あとキスもして貰ったし」
頬に手をおいてキャハキャハ喜ぶボタンを後目に、サクラとスミレから冷めた視線が飛んできた。
「前々からシスコンだとは思っていたけど……」
「正直、ここまでとは思いませんでしたよ。……お兄さん」
ヤバい。幼なじみとその妹から冷めた目で見られている。
俺は必死に言い訳を始めた。
「いや、キスって言ってもおでこにだぞ!」
それが逆効果だったのか更に視線が冷えていく。
「他に何かしたんじゃないでしょうね?」
「そこまで必死だと怪しいです」
目を細めて睨む鉄火場姉妹。もしも今、雨が降ってこようものなら途端に雪に変わるはずだ。
「後は抱いて貰ったよー」
「だっ、抱く!」
「お兄さん、実の妹に……。まさかそこまで……」
怒りを通り越して涙を流し始めたスミレ。口元を手で押さえて可哀想なものを見るような目で俺を見つめる。
「抱いたって言ってもハグだぞ、ハグ!」
その後、弁解は終了してボタンのテンションが高いこと以外はいつも通りの登校風景だったものの俺はまたシスコンのレッテルを貼られてしまった。
「じゃあ、わたしたちこっちですから」
「じゃあね、にぃに」
二人を見送った後、俺たちも後期中等教育校舎に向かった。
今日の授業は最初ということもあって、どういうことを学んでいくのかという入りの説明と数学では簡単な問題を解くだけで終了した。
放課後になり、帰りの支度を済ませていると見覚えのある小柄な男子が近づいてきた。
「土代じゃないか、どうした?」
「あの、急で申し訳ないのですが。今から時間ありますか」
「ああ、大丈夫だ」
「よかったです。あと、ボクのことはカエデと名前で読んでください」
「わかった、カエデ」
カエデは二回頷くと話を続けた。
「それでは、本題なんですけども。昨日顧問の先生にボクらの活動する部室を決めようかと、そういう話になりまして。今日、その先生と現在使われていない教室を回ろうということになっています」
「つまり、オカルト研究会の最初の活動は部室探しだと?」
「そういうことになりますね」
「いいね、楽しそうだよ」
「それでは早速移動しますか」
カエデは先頭に立ち、目的地へと向かう。
まあ、そうなるだろうな。
俺は予想できていたが、サクラは頭の上にハテナを浮かべていた。
カエデが案内したのは一年五組の教室、恐らくアヤメのクラスだ。
「活動前に新しい部員を紹介しますよ」
カエデがそう言うのと同時に教室からアヤメが姿を現した。アヤメは昨日俺に言われたことを実行しようとしているのか、一呼吸おいて俺の方を向き口を開いた。
「き、今日は。い、いい天気です……ね」
「おい。ちょっと、こっち来いや!」
あまりにも酷すぎる結果に軽く怒りを覚えた俺はひっくり返された亀のごとく両手両足を振り回すアヤメを引きずり、死角になる角の方に連行した。
「お前なあ、お見合いじゃないんだぞ。なんだよ今のは」
「だって、友だちってこういう会話しないっけ?」
「……。しないと思うぞ」
「ええっ! なら何を話せば……」
「別に久しぶりだとか、そういう会話でいいんじゃねーの」
「そっ、そうよね」
結論が出たところで元の位置に戻る。
「えっと……。用は済んだんですかね」
「ああ、大丈夫だ!」
俺は目で合図を送る。アヤメはそれに頷き口を開いた。
「ひ、久しぶり。今日は、いい天気ね」
「どうしてお前は天気の話題から離れないんだよ!」
「ごめんなさーい!」
そんなやり取りを見ていたサクラから笑い声が聞こえた。サクラは口元を手で隠して声を殺し、感涙かどうかわからない涙を拭うと俺たちに微笑みを向ける。
「よかった、喧嘩してたわけじゃなかったんだね」
サクラに救われたな。
アヤメに目をやるとドヤ顔でこちらを見ていたのでイラッとした。
「さあ、みんな集まったので職員室に急ぎましょう」
カエデが手を叩き皆を急かすと、俺たちは走らない程度に急いだ。
職員室はコーヒーの匂いで充満していた。どの机も書類が積まれ、付箋が貼られており正にデスクと呼ぶのに相応しい中、ナデシコ先生の机にはサボテンがあった。それも大量に。
「先生。皆を連れてきましたよ」
「あ、全員揃いましたか。では早速移動しましょうか」
先生に誘導され、職員室を出る。
「調べたところ、今空いている教室が二つしかないみたいなの。だから先生も含めて五人で多数決を取りましょう」
説明の後、早くも一つ目の教室に着いた。場所は職員室のすぐ隣、元々備品庫として使われていたという。
内装はというと、流石は元備品庫というだけあって窓が奥に一つだけ、机を置くスペースはギリギリあるものの椅子が置けない。その代わりに棚が多く、収納しやすい。
先生以外は皆頭を横に振った。
二つ目は、美術室や理科室、音楽室、調理室などの特別教室が集められた第二特別教室棟三階にある元々別の部活動で使用していたという部屋。
既に部員不足で今年廃部になり余った部屋で管理棟、教室棟から離れているものの内装はダイニングテーブルを置いても余裕があるほど広く水道はもちろん、電気ポットやソファにテーブルまで完備されていた。書類などの収納はそこそこできる。
その部屋に入るなり皆は千切れそうなほど頭を縦に振る。ここまでくれば多数決など必要ない。
俺たちの拠点はこの部屋に決まった。
次の日の放課後、俺はサクラを連れて部室に向かう。どちらかというと部活動が目的ではなく、くつろぐことが目的な訳だが……。
「おいっすー、ってお前早いな」
俺とサクラが部室に着いたとき、既にカエデがソファの上で横になっていた。
「くつろぎ過ぎだろ。で、アヤメは?」
向かいのソファに腰を落とす。ふかふかしたそれに寝転がる気持ちも分かる気がした。
「生徒会のお手伝いでしばらくは部活に顔を出せないそうです。勧誘されたっぽいですよ」
「生徒会兼オカルト研究会。なんか凄い肩書きね」
サクラはポットからお湯を急須に注ぎ、しばらく蒸らす作業に入った。
「そうですかね……っと」
寝る体勢から座りに戻ったカエデは机の上に置かれたお菓子に手を伸ばす。パーティー開けにしているそのお菓子はジャガイモを薄くスライスし、それを油で揚げたものだ。手に油が付くのが嫌なのかカエデは箸を使っている。
バリバリとお菓子を噛み砕く音が聞こえるのと同時にドアがノックされた。
「どうぞー」
サクラが答えると、ドアがゆっくりと開いた。その先にいたのは肩甲骨辺りまで届く癖のある薄い茶色の髪をした女子生徒。ふわふわしてそうで思わず抱きしめたくなるその髪はオカルト研究会らしく言うとケサラン・パサランを連想させる。
「失礼しますぅ。あ、あのぅ……」
「とりあえず、中で話を聞きますよ」
言われるがまま入室した語尾の伸びる女子生徒は対面したソファ両側に人が座っていることを確認すると、床に正座した。
「ご、ごめんね! ここ! ここ、座って!」
瞬時に反応した俺は手で空いたソファを示した。女子生徒は軽く礼をすると面接中のように浅く腰掛けた。
「それで、なんのご用件でしょうか」
サクラの持ってきたお茶を飲み干し、お菓子に奪われた水分を補充する。
「あのぅ。わたしぃ、一年八組の水穂レンゲといいますぅ。それでわたしぃ。に、入部したいんですぅ……」
入部希望用紙を差し出す。カエデは胸の前で小さなガッツポーズを決めると、次は大きく両手を広げた。
「そうですか、そうですか……。ようこそ! オカルト研究会へ!」
「えぇ、オカルト研究会ぃ? ここってぇ、絵本部じゃないんですかぁ?」
「絵本部? ああ、もしかしてここでやってた部活か」
「はいぃ。中学生のときに入ろうかと思ったんですけどぉ、高校生しか入れないよぉ、って言われて高校生になったから来たんですけどぉ……」
「ごめんね、絵本部はもうないのよ。今はわたしたちオカルト研究会が使わせて貰ってるのよ」
「そうなんですかぁ……」
哀の感情を纏った水穂は肩を落とした。俺はカエデの横に腰を下ろす。
「水穂は絵本を読むのが好きなのか?」
「え……。は、はいぃ。でもぉ、作るもの好きですよぉ」
途端に明るい顔をする水穂。まるで後光が見えるような笑顔だった。
「絵本を作る……か。家とかではできないのか?」
「家だと弟の面倒とか見ないといなないのでぇ……」
水穂は足元を見つめてしまった。その姿を見た俺は一つ提案を思い浮かんだ。
「なら、この部屋で絵本を描けばいい」
「そっか、ここなら画材とかも残ってるだろうし」
拳と手のひらを打ちつけ、頭に豆電球を浮かばせるサクラ。水穂は喜びと困惑を混ぜたような表情を見せる。
「い、いいんですかぁ?」
「ああ。けど、条件としてオカルト研究会に入ってもらう。そして活動をするときには参加してもらう。それでもいいか?」
「もちろんですぅ!」
机を叩いて身を乗り出す。その目は真っ直ぐ先を見つめていた。
「て、ことで。どうですか部長さん」
「いいでしょう。入部を許可します」
こうして水穂はオカルト研究会のメンバーに加わった。
ちなみにこの後。
「これで五人になったから部費が増えますね、ぐふふ」
と、カエデが心の内を漏らしたのは俺の心の奥底に閉まった。
「さて、早速ですが! 活動を開始しましょう! お菓子ばかり食べていてはいけませんよ、まったく」
「お前が言うか。てか、お前しか食べてないだろ」
「まあ、細かいことはさておき。我がオカルト研究会の活動内容とは!」
カエデは言葉にしながらホワイトボードにペンで書きはじめた。
「怪奇現象、怖い話、噂話。それらを探求、考察、発表し。一般生徒にも興味をもってもらうこと! です!」
俺は突きつけられたペンを払いのける。カエデは転がるおにぎりを追いかけるおじいさんのごとく、ペンを追いかける。
「あのぅ。探求する題目とかはどうやって決めるんですかぁ?」
「よくぞ聞いてくれました!」
床に座っている水穂からの質問に元気良く答えるカエデ。余程この質問を心待ちにしていたのだろう。
カエデはカバンに手を始めとする突っ込み、物理的に入りきらないであろう木箱を取り出す。
「お前、それ。どうやって入ってた!」
「気にしない気にしない」
「それはなんなの? 箱みたいだけど……」
お茶くみ係をしているサクラは全員分のお茶をお盆に乗せ、運びながらカエデの持つ箱に興味を示した。
「これはその名も、噂回収箱です。この箱に一般生徒から気になる怪奇現象や噂などを入れてもらって、それを題目にするのです」
「なるほどな。確かにそれなら皆が興味を持ったことなんだし、注目されるかもな」
顎を指で触る俺にカエデは指を振って答える。お茶を配り終わったサクラは俺の横に座った。
「でしょでしょ。ですが、基本はこの天川市内に伝えられている七不思議を題目にしようかと思っていますので投稿された分は急がなくてもいいですよ」
「この市内に七不思議なんてあったんですねぇ。なんだかウキウキしちゃいますよぉ」
「七不思議、全部一緒にやっちゃえばいいのに」
「それが。七不思議は季節毎に起こるらしく、決まった期間でないと見ることができないそうなんです」
「ちなみに、今の時期だと何があるんだ?」
「確か……竹月沼での七不思議。河童の沼でしたね」
「じゃあ今度の休みにでも行くか。竹月沼は恩鶴山のほうだったよな」
「いえ、北西なので捨老山の麓ですね」
「ここからだとぉ、電車で四駅くらいですねぇ」
「なら集合はここにするか?」
「そうですね。それがいいでしょう」
「お菓子はいくらまで?」
「もぉ、遠足じゃないんですからぁ。千円くらいまでならいいんじゃないですかぁ」
「ツッコミどころそこじゃねーし、金額が多い! 五百円にしなさい」
「はぁーい」
小学生の遠足のような雰囲気になってしまったが、集合場所は天川学園校門前。時間は十一時ということで決着がついた。休みに入るまでの間は各自、河童についての伝承や竹月沼での目撃情報を集めることになった。
そして俺は実のところ、楽しみであったりする。
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