三話 入部先、報告いたしますっ!
いつも見ていた道が高校生になって途端に変わって見えるようになった。隣には着慣れない制服を着る幼なじみ。
サクラは俯いたまま口を開いた。
「ねぇ。さっきの、新入生代表の言葉のって何だったの?」
さっきのと、いうことはカエデとの会話に出てきたあれのことだろう。
「なあ、不思議なことって本当にあると思うか?」
「それって、怪奇現象とかそういうの?」
「そうだ。俺が……俺とカエデが見たのは今日の入学式、新入生代表の言葉の時にアヤメの後ろにいたもう一人のアヤメ」
その言葉に驚きの表情を見せたサクラは、それを飲み込み再び聞く体勢をとった。
「俺はその正体を知りたくてオカ研に入部することにした。正直に言って正体を知ることはできないかもしれないし、知ったところで何か嫌なものに遭遇するかもしれない」
「でも、現実的に考えてそんなことは……」
「事実は小説より奇なり、ってな。まあ、俺の言葉を信じるか信じないかはサクラに任せるよ」
サクラの家が近づいてきた、薄ピンクの壁に黒い屋根。その隣に俺の家も建っている。
「わたし、イブキのこと信じるから!」
サクラはそう言って玄関先に花が沢山咲いているメルヘンな家に帰宅した。
ーー俺も帰るかな。
そう思った俺の前にはアヤメの姿があった。途端にアヤメの頬が赤く染まる。
「なっ、なによ! 後をつけてきたんじゃないからね!」
「わかってるよ。ていうか、お前意識しすぎなんだよ俺のことは普通の友だちだと思えよ」
「そんなの言われなくても思ってるわ」
「それならいいんだけどさ。あまり俺を避けようとするなよな、サクラが不審に思うぞ」
「……わかった。普通に接すればいいんでしょ!」
「ああ。てか、さっきから何怒ってんだ?」
「別に怒ってないわよ!」
「そうかいそうかい、じゃあまた明日な」
「待って! 私、私もオカルト研究会に入部したから。それじゃあ!」
そう言い残すとアヤメは走り去っていった。
何だったんだ、あいつ。
思いながらも俺は自宅のドアを開けた。
「ただいまー」
帰宅の合図と同時に砕けた笑顔のボタンがすっ飛んできた。
「おかえりー、先にお風呂にするでしょ」
帰ったらすぐに風呂。これは俺が毎日やっていることなのでボタンは俺が帰る時間を見計らってお風呂を張ってくれている。
感謝しなきゃな。
そう思った俺はボタンの頭をポンポン撫でた。初めは目を丸くしたボタンも、今では尻尾の付け根を撫でられた猫のような反応を示すようになった。
「いつもありがとな。ところで今日の晩飯は?」
「今日はハンバーグにしたよ!」
受け取ったカバンを手に、クルリと回って答えるボタン。花が咲くような笑顔を見せる。
「そうか、楽しみだな」
そう言って、脱衣場の扉を閉める。これからリラックスタイムが始まる。
俺は風呂が大好きだ。そうは言えども流石に一日三回も入るほどではなく、ただ湯船に浸かるこの時間が大好きなのだ。しかし、限界はあるものでしばらく浸かっていると頭が熱くなってくる。
これ以上は危ないな。
風呂から上がると食卓には食欲を誘ういい匂いのデミグラスソース、美味しそうに膨らむハンバーグ。すぐに席についてボタンが座るのを待つ。座ったところで手を合わせる。
いただきます。
ボタンと同時に声を出すと。早速ハンバーグを箸で切る。断面から肉汁が溢れ、下のソースを薄める。
「それで、にぃにはどんな部活に入ったの?」
「ん、ああ。オカルト研究会だよ」
「オカルト研究会? でも、にぃにって子どもの頃科学の本とか化石の本とかそういうのいっぱい読んでたじゃん。てっきりそういうのが好きかと思ってたんだけど何でオカルトに?」
「そうだな。知りたいことがあったから……かな」
「ふーん、そっかぁ」
「止めないのか?」
「にぃにが決めたことならボタンが止める理由なんてないでしょ」
「……ありがとな」
口だけの感謝じゃ伝わらないかもしれない。
そう思った俺はある提案をした。
「なあ、今度の休みにどこか出かけるか?」
その言葉にボタンの笑顔が咲き、背後にも花が咲いているように見えた。
「ホント? それってホントなの?」
「ああ、そうだ。どこに行きたい?」
「えっとねー。やっぱり遊園地かな」
「遊園地かそういえば最近行ってないな。ちなみに何に乗りたい?」
「まずはジェットコースターのブラックタイガーでしょ」
「何か甲殻類っぽいな」
「後はお化け屋敷のメルヘンランド」
「名前とのギャップが凄まじいな」
「メリーゴーラウンドのゴートゥーヘルも外せないし」
「お化け屋敷と名前間違えたろ、絶対」
「最後は観覧車の大車輪かな」
「回転速度が容赦なさそうだな」
その後も行きたい場所を計画したり、スミレと同じクラスになっただの他愛ない話を続け、食事を終えた。
居間でテレビを観ているうちに気がつけば十時。俺は自室で勉強を始める。といっても授業も始まっていない今は予習だけになるので時間は大して掛からない。いつもの就寝時間は十一時。俺は寝るまでの時間をベッドの上でゴロゴロと無駄に過ごすことを決めた。
そんなときにドアがノックされる。
「にぃに。入るよ」
入ってきたのは当然ながらボタン。ボタンは黄色いフリルの付いたパジャマに着替えて枕を抱いていた。
「どうした?」
用件は大体予想ついているが一応聞いてみる。
「今日はにぃにと寝ようかと。ほら、三年生になったお祝いに」
「なんだそりゃ。ったく、甘えん坊はまだ治りませんか? 姫君」
「明日から本気出すもん」
「それ台詞明日も言うんだろ?」
「むぅ……」
「まあ、いいよ。おいで。俺もボタンから避けられるのは寂しいしな」
枕に顔を埋めるボタンに笑いながら答え、ベッドを叩く。瞬間にボタンは満面の笑みを見せて布団に潜り込むと俺の胸に顔を寄せた。
俺はボタンの頭を抱く。
「にぃに……だーい好き」
「おやすみ、ボタン」
しばらくボタンの髪を優しく撫でてあげた後、軽くおでこにキスをして俺はボタンの寝息を聞きながらゆっくりと眠りに落ちた。
感想、よろしくお願いします