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天川学園オカルト研究会、発足いたしますっ!  作者: 長崎ぶんた
第一不思議、河童の沼
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二話 部活動、勧誘いたしますっ!

 春だというのに蒸し暑く感じる講堂。皆を緊張させるようなハウリングが響いた後、司会進行役の女教師の細々とした声が聞こえる。


『これより、第五十八回。私立天川学園、入学式を開式いたします。続いて、国歌斉唱。一同、起立』


 パイプ椅子の軋む音と布の擦れる音がその場の音を支配した。直後に聞こえるピアノの伴奏。

 伴奏に従い国歌斉唱した後、着席する。

 その後も目次通りに入学式は進行し、閉式へと近づいた。


『新入生代表の言葉』


「はい」


 立ち上がりと同時に聞こえた、懐かしい声に息を吐く。


「どうしたの?」


 サクラが心配そうに顔を覗き込む。俺は顎をしゃくり前を見ろと促した。

 見ると、登壇した生徒代表が学園長を前に綺麗に飾り付けられた文章を読んでいた。

 同時にサクラから吸うような驚きが聞こえた。


「あれ、アヤメちゃん……? 引っ越したはずだよね」


 そう、登壇して堂々と読み上げている彼女は日高ひだかアヤメ。明るい茶色のポニーテールを留めているのは二重の黄色い花弁が装飾されているヘアゴム。内の花弁は妖精のスカートのようで、外側の花弁先端はやや尖っている。

 彼女を久しぶりに見た俺は夢を見るようにあの頃を思い出した。


 ーーあれは、中学校に入学したばかりの頃。俺はそこで初恋をした。一目惚れってやつだ。

 彼女はとても強く、賢く、美しい。俺なんかには到底近寄れないほどの高嶺の花。

 そう感じた頃から俺は彼女を……アヤメを目で追うようになっていた。授業中、休み時間、昼食時。自分でも気持ち悪いと思うほどアヤメを見ているとあることに気がついた。

 笑っていないのだ。

 気がついてから行動するまでに時間はかからなかった。しかし、中学生にできることなんて限られている、少しでも笑ってくれればと俺は『笑ってくれたら嬉しい』という一文と面白い絵を描いてアヤメの下駄箱に入れてみた。

 正直、これで笑ってくれるのかはわからない。でも、俺は今日も昨日も一昨日も描いては入れ続けた。

 しばらくして俺はアヤメに呼び出された。何でも下駄箱に何かを入れている俺をみたと、友達に言われたそうだ。

 ーー怒られる、気持ち悪がられる、嫌われる。

 そんなことを考えている内にアヤメの口が開いた。


「これ、キミが描いたの?」

「……ああ」


 差し出されたのはつい最近描いたばかりの絵。

 髭を生やした男が奇声を発しながら全力疾走(ぜんりょくしっそう)しているなんともお粗末(そまつ)な絵だ。正直なところ作者の俺でさえ気味が悪くなる。

 そんな黒歴史の一端(いったん)眼下(がんか)に見る俺は固まった唾を飲み込んだ。


「……ありがとう」

「え?」


 アヤメから聞こえたのは意外な言葉。


「わたしのこと心配してくれたんだよね、笑ってないって気づいてくれたんだよね」

「そ、そうっ! ……なんだ」

「ありがとう」


 その瞬間に俺はアヤメの精一杯の笑顔を見た。引きつっているような、明らかに作り笑顔だとわかるものだったが、俺はまるで身体が浮いているような感覚を覚えた。

 ここで言わなきゃ後悔する。

 俺は全身を強ばらせ、乾いた唇を引き離した。


「あの!」

「……っ、どうかしたの?」

「あの、あの……」


 もしかしたらこのまま死んでしまうんじゃないかというぐらいに心臓が高鳴る。


「俺! 日高のことが好きだ!」


 言ってしまえばもう止まらなかった。


「俺、日高のこと好きで。それで……好きで、えぇっと……ああもう! 俺と付き合って下さい!」


 ーー失敗した。

 全身から力が抜けていくのがわかる。鼻がツンとする感覚も次いでくる。

 このまま、泣いてしまおうか。

 そう考えた直後。払拭するかのような笑い声が聞こえた。


「あはははははっ!」

「え?」

「ごめんなさい。でも告白って、そんなに叫ぶものだった?」

「別にいいじゃねーか」

「そうね。あぁ、お腹いたい……」

「まだ、笑ってんのかよ!」

「いいじゃない、わたしもうあなたの彼女なんだし」

「それって……」

「うん。よろしくお願いします」


 そう言って微笑むアヤメに会釈を返す。


「と、いうかあれだな。笑った顔も可愛いな……。日高」

「わたし……笑ってた?」

「そりゃもう、カバみたいに口をガバァっと開けて……な」

「う、うそ! 本当に!」

「安心しろ。嘘だ」


 一瞬キョトンとした後、顔を真っ赤にする。その様子にほっとして俺とアヤメは笑い合った。


「……懐かしいな」


 久しぶりに思い出に浸った俺は言葉を漏らした。それは隣まで聞こえていなかったようで、サクラが袖を引っ張ってくる。


「ねぇねぇ、あれってアヤメちゃんだよね。本物だよね」

「ああ、少なくともマネキンにはみえないだろう?」

「いつこっちに帰ってきたんだろ。連絡くらいしてくれればいいのに」


 アヤメに視線を移す。その瞬間、違和感と同時に肺の中が冷たく感じた。肺胞ひとつひとつが冷えていくようにゆっくりと冷気が進んでいる。

 ーー誰か……いる。

 俺が睨んだ先には確かに人影があった。舞台袖にいるせいかよく見えないが、制服は女物だ。

 だけど、それだけでここまでの恐怖は感じない。他に何かがあるはず。

 考えを巡らせたとき、それは見えた。


「なんで……だ」


 確実に見た。舞台袖に立つ、もう一人のアヤメを……。 

 その後、不可解なことは特に起こらずもう一人もアヤメの降壇と同時に姿を消した。


 ーー嫌な夢を見た。

 入学式が終わり、教室の机に突っ伏した俺はそう考えることにした。


「イブキ。次、部活動紹介だってよ。体育館に行こうよ」

「そうだな」


 講堂から体育館に直接行けばいいのに。

 俺は息を吐きながら立ち上がる。サクラはその様子をジッと見つめ、口を開いた。


「もしかして、アヤメちゃんのこと?」


 その言葉に俺は息を呑んだ。心拍数が上がり、聴診器で自分の鼓動を聞いているようだった。

 もしかして、サクラにも見えていたのか……。

 そんな考えが頭をグルグルと回り始めた頃、サクラの笑い声が聞こえた。その笑い声に思考が停止する。


「イブキとアヤメちゃんが付き合ってたことなんて知ってるよ。隠してたつもりぃ?」


 サクラのにやけ顔に脳が再起動し、言葉の意味を理解した。今まで隠していたのが馬鹿らしくなった俺は頭を荒く掻き、サクラを置いて教室を出る。


「あっ! ちょっと待ってよ」


 踏みしめた床が苦しそうに鳴いた。


 部活動紹介が行われる体育館には既に生徒が沢山集まっていた。


「こりゃ座るとこねぇな……」


 それもそのはず、この学園は無駄を省いて一貫性を持たせた教育方式のせいで全体の生徒数が多くなっているが、学年単位での生徒数も多いためにその総生徒数は軽く街ができるほどの数になっている。そのせいで同じ学年でも見たこともなければ話したこともない同級生がいたりする。

 そんな数の生徒が一同に体育館に入ろうものなら、ライブ会場を通り越して真夏日の市民プールになってしまうというものだ。


「仕方ない。上に行くか」


 俺とサクラはしぶしぶ階段を上ることにした。

 ギャラリーには意外にも観客は少なかった。というもの部活動紹介というものは入部する部活動をまだ決めかねている生徒のためにあるもので、既に入部希望を決めている者には関係ない。すなわち、一階はともかくギャラリーに人が少ないということはそれだけの人数が入部する部活動を決めているということになる。


「今日で決めなきゃな……」


 俺は分かり易くため息を吐いた。その様子に気づいたサクラは腕を枕にしながら、顔を上げる。


「ため息を吐くと、幸せが逃げるよ」

「……逃がしてんだよ」

「あ、またため息。もう、捕まえるからね!」

「おーおー、そうしてくれぃ」


 まるで蚊を潰すかのように手を叩いて俺の幸せを捕まえようとするサクラ。その光景を見て更にため息を吐きたくなった頃、サクラが短く驚きを表した。


「どうした? 俺の幸せを潰しているのに気づいたのか?」

「え? あ、ごめん。潰してた……じゃなくて、あれ」


 サクラが指差しする方に視線を向けると、そこにはしゃんとした姿勢でステージを見つめるアヤメがいた。


「おーい、アヤメちゃん」


 周りの迷惑にならない程度の声で呼びかけるサクラ。それに気づいたアヤメは一度こちらを見たものの、すぐにそっぽを向いてギャラリーから姿を消してしまった。


「あれ? どうしたんだろうね」

「……急用でも思い出したんじゃないのか」


 表情が心配でいっぱいになっているサクラの頭を軽く叩きながら視線でアヤメを追う。

 その後、部活動紹介は始まったが、結局入部する部活動は決めれないままだった。


 放課後になりグラウンドの方からは野球部独特の冷たい細い音が聞こえ始めた。


「どの部活もダメだった?」

「そうだな。何もしない部ってのがあったら、今すぐに入部するんだけどな」


 そんなやる気のない会話をして校門を目指していると、黒マントを着た奇妙な人物が水晶を置いて机に座っているのが視界の端に見えた。

 俺は恐る恐る話しかける。


「あの、不審者ですか?」

「え? いやっ、違いますよ!」


 慌てて答える不審者もどき。顔は隠れているものの黒マントの下に見える制服はこの学園のものだった。


「あんた、なにやってんの?」

「どこからどう見ても占いの館ですよ。……ところで、あなたがたは部活はお決まりでしょうか」

「いや、まだですけど……」

「ならば、オカルト研究会などいかがでしょうか!」


 俺の半分ほどの身長しかない占い師は手際悪くマントを脱ぎ捨てる。マントの下に隠れていたのは少女ともとれる少年。

 少年は机に手をついて目を輝かせた。


「オカルト研究会? そんなの部活動紹介には出てなかっただろ?」

「それは当然です。今日作るんですから」

「は? 今日作る?」

「はい。三人揃えば同好会として認められると先生が言ってましたので」

「そうか、じゃあ頑張れよ」

「待って下さい!」


 少年は脱ぎ捨てたマントに足を取られながらも、逃がすまいと俺の制服にしがみつく。


「入部特典、今なら入部特典つけますから!」

「何をつけてくれるんだ?」

「えーと……。じゃあこの石を」


 それは考えていなかった――。

 と、しばらく空を見つめた少年はその場で拾った石を手渡す。俺はそれを受け流すように投げ捨てた。


「あああああ! そこらへんの石がぁあああああ!」

「じゃあな」

「ちょっと待って!」

「まだ何かあるのか、草はいらないぞ」


 少年は手に持った雑草を後ろに隠し、軽く深呼吸をする。


「……あなたは、不思議な体験をしましたか?」


 その言葉に胸が凍りつく。

 あの時見た二人のアヤメの光景がフラッシュバックのように脳裏を駆け巡る。


「まさか……」

「新入生代表の言葉の時、何か気づきましたか?」

「お前、何か知ってるのか」


 俯いた少年はいきなり顔を上げ目を見開く。それに反応した俺の身体が僅かに強張る。


「何も知りませんよ!」

「……」

「何も知らないからこそ、その謎を解明するのです!」


 拳を握る少年の真っ直ぐな瞳には『真剣マジ』の二文字がメラメラと燃えていた。俺は肩の力を抜きながら息を吐く。

 何も知らないからこそ解明する。その言葉が俺に深く突き刺さった。


「なるほどな……。わかった、入部しよう!」

「本当ですか! ありがとうございます!」

「やっと決まったね、イブキ」


 振り返るとサクラは微笑んで小さな拍手をしていた。俺は何度かまばたきを繰り返す。


「いたのか……サクラ」

「ずっと一緒に、いたよぉー!」


 サクラの叫びに応えるようにグラウンドからバットのヒット音が聞こえた。


「それではボクは部活動申請用紙を提出してきますので」

「ちょっと待て。お前、名前はなんて言うんだ?」


 頭を軽く下げて、走り去ろうとしたところを呼び止めた。


「一年五組の、土代どだいカエデと言います」


 土代はそう言うと頭の上に音符を跳ねさせながら、重力を感じさせない足取りで去っていった。


「俺たちは帰るか、サクラ」

「そうだね。あと、ボタンちゃんに報告しないといけないね」

「そうだったな」


 見上げた空には、薄く広がった雲が浮かんでいた。

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