一話 学校へ、登校いたしますっ!
下手なところがあると思いますが、最後まで読んでいただければ嬉しいです。
朝。聞き慣れた電子音に俺、月城イブキは目を覚ました。
「朝か……」
そう呟き欠伸をするのが日課になりつつある。この後には必ず部屋のドアがノックされる。
「にぃに、起きてる? 朝だよ」
ドアの隙間から、にやけ顔が覗く。これもいつも通りの朝の風景。覗いているのは妹の月城ボタン。ボタンは俺が起きているのを確認すると毎日同じ質問をする。
「にぃに、パンは何枚にする?」
「任せる」
「わかったぁ」
返事をしたボタンは香色より若干濃いぐらいの長い髪を揺らし、平行移動で部屋を出て行く。そしてドアの閉まる音とともに俺は体を起こした。
一階に下りると香ばしいベーコンの匂いに腹の虫が鳴き出した。
空腹を慰めるように腹を撫でると、食卓に用意されたカップ二つにコーヒーを注ぐ。俺とボタンの分だ。
両親とも海外で働いているため、現在ボタンと二人暮らしということになっている。
学生だけでの二人暮らし、何かと不便があると考えるだろうが、家事全般はボタンができるため特に問題なく家計だって毎月十分な金額を送ってもらっているので問題はない。
強いて言うのならば、住人二人に対して家が大きいのが悩みだ。
「にぃに、できたよ」
そうこうしてる間に朝食の準備を終えたボタンは、可愛らしいワンピースの制服をひらひら揺らしながら六枚切りのトースト二枚とベーコンエッグを食卓へと運んできた。
「いつもごめんな」
「いいよ、好きでやってるんだし」
ボタンはそういうと手を合わせ、いただきます。と呟いた。俺も同様にした後、ベーコンエッグをトーストに乗せマヨネーズをかけて口に運んだ。
充分な咀嚼を済ませ、飲み込んだ後ボタンが口を開く。
「にぃに、今日って高校の入学式でしょ。緊張とかしてないの?」
「……してないな。高校に入学するっていってもうちの学校、小中高大一貫だし、見たことない奴がいても基本知り合いしかいねぇよ」
「そういえば、そうだったねぇ」
「お前も同じ学校なんだから、それぐらい覚えとけよな」
「はぁい」
その後、特に会話はなく朝食が終わり登校時間となった。俺は最近までとは少し違う制服に袖を通した。成長を考慮した少し大きめなブレザー。ネクタイに戸惑ったが時間丁度に家を出る。
既に家の前には隣人の鉄火場サクラとその妹、鉄火場スミレが待っていた。
「ごめんねぇ、ミィちゃん待ったでしょ?」
「いや、大丈夫よタァちゃん」
ボタンと同じ水色の制服に身を包んだスミレは低い位置で結んだツインテールを触りながら微笑む。
女の子らしいボタンに勝らずとも劣らない可愛さと可憐さを持つスミレ。街の方に顔を出せばナンパの手練れでさえ躊躇うだろう。
「すまんな、サクラ」
「いや、平気だよ。行こっイブキ」
サクラは栗色をした短めのふんわりさせた三つ編みを揺らす。新しい紺色のカーディガンと同色のブリッツスカートを着たサクラは、名前と異なりほのかに桃の香りがした。
昔から仲が良かった俺たち二人。一緒に行動することが多く。それは、今でも変わらず俺が買い物に行こうとする度にどこからともなく現れ、母親だと刷り込まれた生まれたてのヒヨコのように後をついてくる。
そのためかこうして並んで登校をするときには俺とサクラの間にボタンが入ってくるのだ。それも腕を組むというオプション付きで。
こうしたいつも通りの光景と歩きづらさにため息を吐く。
今日から新入生だというのに登校時間も通る道も同じ。それは、ついさっきボタンに言ったように俺たちの通う市名と同名である私立天川学園が小中高大一貫の学園であるからだ。
天川市、それは日本国における西部某県の市名である。県庁所在地からは離れておりこれといった観光地もなく名産品も少ないことから、同県の県民からも忘れられてしまうという笑い話があるほどだ。
今年も去年も、そんな天川市を通る市道三号線を歩いて登校する。
「部活、どうしようか」
「部活入るの?」
独り言のように呟いたはずの言葉にボタンが食らいつく。聞こえているのも当然、ボタンはまだ俺の腕を抱えているからだ。
「そっか、高校になったら絶対にどこかに入部しないとだもんね」
補足するようにサクラが話しかける。それを聞いたボタンの目が潤み始めた。
「じゃあ……にぃに。これからは帰るの遅くなるの?」
「そうなるかもな」
「大丈夫だよボタンちゃん。責任を持ってわたしが家まで送り届けるからさ」
サクラは胸に手をおいて笑みを向けるが、ボタンはそれを睨みで返した。
「サク姉が一緒ってのが、心配なのよ……」
ボタンはため息を吐くとそれを取り戻すように吸い込んだ。と同時に腕にしがみつく力が強くなった。
「わかった! ボタンもにぃにと同じ部活に入る!」
「待てよ、お前は中等部。俺は高等部だぞ。同じ部活になんて……」
「イブキ、中等部でも一部の部活動なら高等部に参加できるみたいよ」
「そ、そうなのか」
「うん、パンフレットに書いてあったけど……。読んでないでしょ」
「いやぁ、今更読む必要ないかなって……」
「もぉー、ちゃんと読んどきなさいってあれだけいったのに」
サクラは呆れたようにそう言うと、ボタンに視線を向ける。
「ちなみにボタンちゃんは何の部活に入りたいの?」
「……運動部はダメ」
「どうして? タァちゃん、運動神経いいのに……」
スミレが疑問を持つのも無理はない。実のところボタンは成績優秀でスポーツ万能の紙よりの天才と言われるほどの少女なのだ。
極度のブラザーコンプレックスを除いては。
「ミィちゃん考えてみてよ。だってさ、運動部だと男女分かれて練習するでしょ。にぃにと一緒にいれないでしょ」
もう一度言う、ブラザーコンプレックスを除けばボタンはある程度完璧な人間なのだ。
こうなってしまったのは俺が甘やかし過ぎたからかもしれない。俺はため息を吐いた。
「でもでも、ボタンちゃん。お夕飯の準備はどうするの?」
「あ……忘れてた。にぃに……ごめんなさいぃ、同じ部活ば無理がもぉー」
「心配するな。そんなに泣いてると折角の可愛い顔が台無しだぞ」
傍らで泣き喚くボタンを励ましたものの、俺はシスコンのレッテルを貼られることとなった。ちなみにボタンは今までになくにやけていた。
「にぃに。犬、可愛いね」
「どうしたんだ? 唐突に」
見るとボタンが指さししてる先に散歩中の小型犬がいた。体温調節のため舌を出してハアハア言っているが、その後ろの飼い主がハアハアしているのは別の理由だろう。
「可愛いよねー。わたしも飼いたいなー」
「ダメだよお姉ちゃん、お母さんが動物アレルギーなんだから」
「分かってるよ……」
しゅんとしたサクラは気分を切り換えるようにしてボタンに向き直る。
「ね、ボタンちゃん。ボタンちゃんは飼うとしたら何がいい?」
「んーとね……。犬なんだけど、名前が出てこないや」
「じゃあ特徴言ってみて。分かるかもしれないから」
そう言ってスミレと見合わせるとコクリと頷いた。
「言ってみてタァちゃん」
ボタンは俺の腕を解放すると、左上右上を交互に見ながら特徴を思い出しているようだった。
「えっとね。ふわふわでモコモコしてて……」
「うんうん、それから?」
「角がある!」
「羊! それ羊!」
間髪容れずにツッコミを入れるサクラ。綺麗な流れに思わず俺は頷いてしまった。
「羊ってどんな鳴き声だっけ?」
「え? ベェー。じゃないの?」
「それじゃヤギだ。羊は、メェー。だ」
サクラが恥じらいを見せながらやった渾身のモノマネを流した挙げ句、間違いを訂正する。サクラは顔全面を手で覆い隠した。
「えっと。後、もう一匹いるんだけど」
「タァちゃん、それは犬なんだよね? わんちゃんなんだよね?」
「えっとね。斑があってスラッとしてて……」
「無視! まあ、いいや。それから?」
「首が長い!」
「キリン! それキリンでしょー!」
スミレのツッコミはなにか慣れている気がする。どこで練習しているんだ?
俺は軽く首を傾げた。
「キリンってどんな鳴き声なんだろう?」
「えっ? き、きりーん。……とか」
「キリンは牛みたいに鳴くぞ」
「ホントですか!」
「ああ、気になるなら動物園に行ったときにでも聞かせてもらえばいい」
「聞けますかね?」
「キリンに膝ついて頭下げて、丁寧にお願いすれば大丈夫だろ」
「土下座!?」
「ところでスミレさっきの、きりーん。ってのは?」
「忘れて……ください」
スミレは顔全面を手で覆い隠した。
愉快な会話をしている内に学園の校門が見えてきた。時間は八時前。丁度いいくらいだろう。
「じゃあ、わたしたちこっちですから」
「また放課後ね、にぃに」
ペコリと頭を下げるスミレと空を切る音がするほど腕を振るボタン。二人に軽く手を振った後、俺とサクラは後期中等教育校舎の生徒玄関へと歩を進めた。
玄関先には華やかな装飾が施された看板が立っており、その近くにクラス分けが表示された模造紙が貼ってある。
「また、同じクラスだといいね」
「そうだな」
そう呟いたサクラに視線を移さず答えた。
まず、見るのは一組のクラス分け。書かれているのは出席番号順なので基本的に真ん中辺りのはず。確認するが見当たらない、念のため一番から確認していくが違うようだ。
続いて、二組を見る。
「イブキ、あったよ!」
真ん中辺りに視線を向けたとき、サクラに肩を叩かれた。サクラが指差していたのは三組のクラス分け。予想通り真ん中辺り名前があった。それに続いてサクラの名前も書いてある。
「やったぁー! 同じクラスだよ!」
まるで高校受験の合格発表のように嬉しがるサクラは、笑みを見せながら抱きついてきた。肩に顎を起き、脇の下に腕を通す。
「なあ、皆見てるぞ」
周りの紅潮した視線に気づいた俺は耳元で囁くように言った。
サクラはゆっくり腕を解放させると、ひとつ咳払い。ついでに制服を叩いた。
「じゃあ、教室行こうか」
「ああ」
そう答えたものの、俺は動けずにいた。いや、動かなかった。
懐かしい匂いだ。この匂いには憶えがあるが、これから推測されるのは新手のドッキリかと思われることだ。念のためパネルを探してみるが見つからない、辺りにいるのはクラス分けを見て喜び、残念がる人か俺を呼んでいるサクラぐらいだった。
「どうかしたの?」
「……後でわかるさ」
俺は喜びの中に緊張を隠しつつ、足を進めた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。良ければ感想などをください