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「で、渡したの?」
『例のブツは、渡したんだろうな?』そんなテレビのワンシーンのような台詞で、私の親友が朝開口一番にそう言った。
「…うん」
私は頷いておきながらも、自信がなかった。
「あーでも、紙袋に入れてコーヒーの下に忍ばせておいたからもしかしたら見てないかもっ」
いつもはカフェオレのカップだけを手渡ししていたけど、
今日は紙袋に入れるという一手間加えたわけで。
多治さんも、きっと“いつもと違う”と気付いてくれたはず!
「うわ、なんでそんな中途半端なことを!?」
「手渡しなんてできる勇気あったら、こんな悩んでないっ!」
大袈裟に残念がる奈緒ちゃんに、私は言い返す。すると今度は睨まれた。
「梨花、うざい」
「え…ちょ…、菜緒ちゃん?」
戸惑う私に、奈緒ちゃんはヤクザのような恐ろしい表情で凄んでくる。
「あのね、あんたはそこらの女子高生と一緒じゃないの!」
(奈緒ちゃんの肩まで真っ直ぐなボブ、今日もサラサラだなー。)
「男子からさんざん告られてるの、いい加減自覚して。」
(奈緒ちゃんってキレやすいけど私なんかの友達でいてくれて、本当優しい子だよなー)
「聞いてるの?梨花っ」
私が呑気に奈緒ちゃんを眺めていると、ガシッと頭を鷲掴みされた。奈緒ちゃんてば、ワイルド。でも、ちょっと痛いな。
「聞いてる聞いてる!!」
私が痛さに堪えながら笑顔でいうと、奈緒ちゃんの話はまだ続く。
「その、“我が校の清楚系美少女アイドル優木梨花”が気になる人ができたとかぬかすからどんな男子かと思えば。」
(それは大袈裟だよ、菜緒ちゃん…)
言ったらまた睨まれると思ったので、私は苦笑いで誤魔化すことにした。
「サラリーマンのおっさんて。」
「オージさんは、“おっさん”じゃないよ…」
そこは譲れない。
私は奈緒ちゃんに、真顔で言い返す。
「とにかく!なんとしてもその“オージさん”をゲットしなさいよ?」
多治さんが“おっさん”だろうとそうでなかろうと、奈緒ちゃんには関係ないのだそうです。私としては悲しい。
「早く私を“優木梨花のマネージャー役”から引退させてちょうだい!」
奈緒ちゃんの本音はここ。
私と仲良くしているせいで、男子から仲を取り持てとか手紙を渡してくれとか頼まれるのにもううんざりしているそうで。
「…いつもごめんね」「いいのよ、もう慣れたから」
奈緒ちゃんは私に好きな人が出来なかった今の今まで、
ずっと私の“マネージャー”扱いされていたわけで。
奈緒ちゃんのためにも、私は多治さんをゲットしたいのだ。
なるべく早く。 そう、急ぎで。