会うまでは
それなりだった。
何もかも、普通だった。
それなりだった。
友達といえる人もそれなりにいるし、勉強だってそれなりに出来る。
それなりに生活していた。
大体、それなりってなんだ……?
その疑問が浮かび始めた頃、僕の人生が反転した──
*
「茶宮、どこいくんだ? もう授業始まるぞ?」
「屋上。サボろうと思って。次自習だろ」
「そうだよ。いいよなぁ、出来るやつは」
「はは。それなりだよ──」
そう言って僕は、何気なく屋上に向かった。
そう。本当に何気なく──
*
屋上に着いた。
ほどよい風が吹いている。
「すぅ……はぁ──」
フェンスに寄りかかって、深呼吸。
校庭には体育の授業があるのか、男女別れて準備体操をしていた。
「おい」
「……?」
呼ばれた気がして振り返るが、誰も居なかった。
気のせいか……。
「おい、上だ上」
言われて、顔を上げる。
居た。男子が。
「サボりか?」
「……君も?」
「ああ。授業なんてつまんねえしな。そう思わね?」
「……それなりかな」
「それなりって何だよ」
「なんだろう……」
自分でも解らない。
「なあ。それなりって、楽しいか?」
「…………」
どうだろう……
答えるより先に、聞き返していた。
「君は、楽しいの?」
「ああ。好きなことしてるし。当たり前だろ──」
屈託なく笑ったその笑顔に、なぜか心がざわついた。
「そっか……。僕は、何してるんだろう。全部それなりで、楽しいなんて──」
僕の言葉は、ドアの開く音に遮られた。
「藪川! 何してんだ? 授業に一度は参加しろおっ!!」
と体育の先生? が叫んで入ってきた。
これって……僕もピンチ?
「ヤベッ! ──っと。逃げるぞ!!」
「え?」
藪川と呼ばれた生徒は、ピョンと下りてくると、まだ返事を返してない僕の手首を掴み、走り出した。
「藪川あ!!」
先生が怒鳴って、走って来ている。
「あのっ、藪川くん!? この先って……」
フェンスがないんじゃ?
「お前、楽しくないって言おうとしたろ──」
前を向いたまま、藪川くんが言う。
「なら、俺が楽しいって思わせてやるよ。どうだ?」
その言葉が、僕の心をざわつかせた。
さっきとは違う意味で──
「本当に?」
「ああ──」
藪川くんは、こっちを見ると笑った。
「じゃあ、跳べよ」
「は……?」
前には、フェンスの途切れた所が見える。
「え? 跳ぶの? 本当に?」
「せーので跳べよ」
「え? ちょ……ちょっとまっ──」
それでも、藪川くんは僕の手首を引っ張ったまま走りをやめようとはしない。
「せーのっ──!!」
「あ、ちょっ!! ぁぁぁぁぁああああああ……」
青空に、僕の悲鳴が響く。
あぁ、これで僕の人生も終わりか──
──ボスンッ……
「ん……?」
「大丈夫か? スゴいだろ。これ、俺が少しずつ持ってきて作ったマット……みたいなもん」
下は、色んなクッションが敷き詰められていた。結構柔らかい。
「いやぁ、やっぱりあって正解だわ──」
と藪川くんは立ち上がる。
「ほれ。まだここ二階だから、もう一回跳ぶぞ」
「え? あ、うん」
藪川くんの手をとりながら、立ち上がる。
「よし。せーのな」
「うん」
「せーのっ──」
「っ──」
──ボスンッ
「うん。OKだな」
「スゴいね」
「だろ? ──さて。もう追い掛けて来てないみたいだし、挨拶するか」
「挨拶?」
*
「よっ」
「藪川〜、先生怒ってたろ」
「まあな」
「バカだな」
「うるせえよ──」
上履きのまま、僕らは校庭に来ていた。
そして藪川くんは男子と話している。
友達だろうか。
「さて──おい」
「はい」
「お前、何年だ? てか名前は?」
「あ、えっと、一年の茶宮です」
「そうか、一年の茶宮か。俺は二年だ」
「ぇ、先輩……!!」
「あ、いいよ別に。『くん』で。堅苦しいのは嫌いなんだ」
そう藪川せ……藪川くんは笑った。
「俺は、自由奔放だから。いつでも屋上にいるから。いや、たまに居ないときもあるぞ? もちろん──でも、いつでも来いよ。屋上にさ。楽しいこと教えてやるから」
「……っはい!!」
嬉しかった。
今日初めて会ったのに、そんなことを言ってくれたのが。
「よし。そろそろ授業終わるな。楽しかったか?」
「はい! ちょっと怖かったけど……」
「ハッ。それぐらいが丁度いいんだよ。じゃ、また屋上でな──」
そう藪川くんは笑うと、手を頭の後ろに組んで歩いていった。
あ……
「藪川あっ!!」
「げっ!!」
先生、まだ諦めてなかったんだ……
逃げる藪川くんと、追う先生。
その後ろ姿を眺めて、ふと笑みが溢れた。
その時、授業終わりのチャイムが鳴った。
ふと足元を見ると、上履きが少し汚れていた。
前ならきっと、洗わなきゃな、とすぐに思っただろう。
でも今は、こういうのもいいかもしれないと思えた──
屋上いいな……。