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こころの繭  作者: 飛鳥
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『こころでいいよ。まゆなんて子は、最初からどこにもいなかったんだから』

これにて2章目完結 ちょうど折り返し地点となります。

 今までどおり、普段どおりでいい。それがわかっていても、実践するとなるとなかなか上手くいかなかった。別にまゆのことを特別どうこうという気はないが、命や死なんて重たい話を聞かされたら、嫌でも意識せざるを得なくなる。

「なにかあったの?」

「あ?」

 昼休み、学校の屋上でのくだらない密会。だらだら話をしたり嫌味をぶつけ合うそれが、いつの間にか日課になりかけているのが妙な気分だった。

「らしくないと思って。あなたが何も言わずに、ただ校庭を見下ろしているだけなんて。大抵は、寝ているか空を眺めているかのどちらかでしょう?」

「どこでなにを見ようが俺の勝手だろ。それよりおまえはいいのか? 俺と一緒にいると、また変な噂が立つかもしれねえぞ」

「人の噂も七十五日。波風を立てないようにしていれば、噂なんてそのうち淘汰(とうた)されて無くなってしまうもの」

「二ヵ月半か、長いな」

「そういう言い方しないでよ、気が滅入りそうになるから……。ところで、あなたの方はどうなの? 根も葉もない噂を立てられているわりには、それほど嫌がっているように見えないけど」

「根も葉もないわけじゃないからな。なんなら、これをきっかけに本気で付き合ってみるか?」

「冗談。あなたとこころがなんて、考えただけで寒気がするわ」

「こころは関係ねえ。俺はおまえに言ってんだ」

 あくまでも前提はこころ。相変わらず、こいつの考えはどこか歪んでやがる。

「私に? 馬鹿馬鹿しい。私はもうすぐ消えるんだから、そんなものに気をやっても仕方ないでしょ」

「そうか? 不治の病にかかって余命わずかの奴と永遠の愛を誓う。ちょっと前に、そういう映画やドラマが流行ってたじゃねえか」

「あの手の感動は今までの積み重ねがあったからこそ。出会ってわずか一週間の相手にそんな重たい事をやったりされたりしたら、正直気持ちが悪いでしょ? まあ不治の病を抜きにしても、私とあなたがなんてありえるはずがないのだけど」

「おまえ……それだけ捻くれた性格でよくほかの奴らにばれねえな」

「心配しなくても、こんな口を利くのはあなたにだけ。それに、捻くれているのはあなたも同じでしょ」

 ああ言えばこう言うって言葉がこんなに似合う奴も珍しい。これ以上話していても仕方ないから相手するのを止めようと思ったら、急に、まゆがすぐそばにまで歩み寄ってきた。

「それで、何か悩みでも? 私でよかったら相談に乗ってあげるけど」

「似合わねえこと言うな気持ちわりい」

「……善意で言ってあげてるのに。あ、ならこれでもかじってみる? 貧血予防になるし、案外気がまぎれるかもよ」

 そう言って、まゆはスカートのポケットから折り畳み式のナイフを取り出す。目の前で左右に振って、ほれほれ、と訳のわからないことを口走ってくる。

「いらねえよ、犬か俺は」

「そう? 残念。画期的な鉄分の補給法と思ったのに」

「はっ、言ってろ。ばーーか」

 適当な軽口を浴びせながら、思う。今ここで、俺の前で見せているまゆの姿はまぎれもない、まゆ自身のものなんだろう。

 イラつくし、ムカつく。無視しようと思ったことも少なくない。それでも今が、今だけがまゆにとって唯一、『新堂こころ』を休んでいられる時間なんだろう。

「また黙り始めた。ね、本当に何かあったの? ひょっとして……お母さんのこと?」

「……!」

 図星をつけられたわけでもないのに、思わず身体が硬直しかけた。たぶん、あの女の話題を始めて他人に言われたからだろう。それも、俺の事情を全て理解した上で。

「家を空けたお母さんと連絡がついた。あるいは、向こうが直接会いにきた。とか?」

「うるせぇ。あの女のことじゃねえから黙ってろ」

 家の前で倒れたのも自分の事情を話したのも俺自身だから自業自得とは思う。けど、それで納得なんて出来るわけがなかった。

「まったく……筋金入りの母親嫌いね。気持ちはわからなくもないけど」

 ため息をつきながら知ったような口を聞いてくる。イラついたが、無視。今こいつの相手をすると、なんだか余計なことを口走りそうな気がする。

「そんなに嫌なら考え方を変えてみたら? あなたが毛嫌いしてる人は実は赤の他人で、本当のお母さんはどこか別に……って、ごめん。その可能性がないから嫌なんだっけ」

「ああ? なにが言いてえんだよ」

「あなたのその鉄分が取れない病気。あまり聞かない病状だから気になって調べたんだけど、『親からの遺伝』が原因のことが多いんでしょ。で、私の仮説だけどあなたのお母さんも同じ病気を(わずら)っていた。それをしっかりと遺伝して、だから気に入らないんでしょ。病気そのものもそうだけど、その病気が、実の親子の証拠になって――」

「黙ってろ残りかす」

 胸倉を掴みながら脅しつける。これ以上くだらない話をさせるつもりはない。

「残りかす? それ、どういう意味?」

 けれど、まゆは怖がる素振りすら見せはしなかった。それどころか俺の言葉に反応し、不思議そうに首を捻りだす。はっとしたのはそのときだ。

『代わりを務める必要がないってわかれば』

 精神科医の女の言葉を思い出し、慌てて、胸倉を摘んでいた手を離す。

「な、なんでもねえ。忘れろ」

 まゆはむかつくが、下手なことを言って面倒に巻き込まれたくはない。ただ、だからって一方的に言われるままも面白くなかった。

「……それよりおまえ、なんで俺の前でだけ自分を出そうとする」

「なんでって、何回目だと思ってるのその質問。あなたがこころを知らないからって、散々説明しているはずだけど?」

「だから、それがなんでなんだよ」

 瞬間、まゆの肩がぴくりと震えたのがわかった。なんでこいつが俺の前で素を出すのか。いや、こころを休むのか。その理由は薄々わかりかけている。けど、あえて本人に直接話させようと思った。

 さっきの仕返し。やられたらやり返す。

「こころが目を覚ましたら身体を返す。それまでこころの代わりをやっているだけ。本気でそれを、それだけを思ってるならわざわざ俺の前で自分なんか出さねえだろ。なのにそんなまどろっこしいことをするのは――」

「嫌な奴」

「あ?」

「趣味が悪いって意味。答えたくない話題を無理やり話させようとするなんて、ほんとに最低。けど確かにあなたの言うとおり、こころを知らないってだけの理由で『私』を表に出す必要はないかもね」

 目を細めながら俺を見て、まゆはうんっ、と大きく頷いて見せる。まるで、なにかのスイッチを切り替えるみたいに。

「それじゃあ、止めようか天城君」

「あ? 止めるってなにを。それに天城君って」

 作り物。いつの間にかまゆの声は教室で、人前で出している声に変化していた。

「自分をさらけ出すのはもう終わり。これからは天城君ともこれでやってくつもりだから、よろしくね」

 さっきまでとは比べ物にならないくらい明るい声。でも、それが偽りなのは考えるまでもなかった。

「まゆ、おまえ……」

「こころでいいよ。まゆなんて子は、最初からどこにもいなかったんだから。それじゃあわたしはそろそろ教室に戻るから、天城君も、授業が始まるまでには戻ってきてね」

 そう言って、まゆは階段のほうに駆けていった。

 落ち葉や枯れ枝の匂いを含んだ秋の風。寒さの塊のようなそれが顔に張り付いて、妙な息苦しさを感じる。

「ちっ、わけのわからねえキレ方しやがって」

 空を見上げると、どんよりとした雨雲が薄暗く一面を覆い包んでいた。太陽を(さえぎ)る灰色。

 あいつが自分を出さず、こころだけを演じるようになればうっとうしいちょっかいを出してこなくなる。それは良いことのはずなのに、なぜだか胸にぽっかり穴が開いたような気がして、それが……ひどく気持ち悪かった。




「ごめん、真奈美ちゃん。今日はちょっと用事があるから、先に帰ってもらっていいかな」

「用事? 別にいいけど、天城君にも言っておかなくていいの? 向こうで、いつもどおりの不機嫌そうな顔をしてるけど」

「天城君にもって、どうして?」

「どうしてって、ほら。やっぱりそういう関係の場合は言っておいたほうが」

「それは誤解だって前にも言ったでしょ。もうっ、それじゃわたしはもう行くから、ばいばいね。真奈美ちゃん」

 精神科医の女から妙な話しを聞かされたのが月曜日。その翌日にまゆがキレて、それから三日。

 まゆは、今も変わらず新堂こころを演じ続けていた。いや、演じること自体は俺が転校してくる前からずっと続けていたらしいから、こころを休むことが無くなった。というほうが正しいか。

倦怠期(けんたいき)には、まだ早すぎると思うけど?」

「あ? けんたい? なんだよそれ」

 まゆと親しそうに話していた自称親友の女。気がつけば、そいつが俺のすぐにまでやってきていた。

「恋人同士がお互いに飽きて、一緒にいたり、話したりするのが嫌になる時のこーーと」

「あいつとはそんなんじゃねえよ」

 恋人同士はともかく、話すのが嫌って言うなら俺とまゆはいつもけんたい期じゃねえか。

「そんなんじゃない? でも、お互いに意識して避けてるように見えるけど」

「それこそ勘違いだろ。別に意識してなんか――」

 言いかけた途中。がらり、と教室のドアが音を立てて開く。

「忘れ物忘れ物。あ、ごめん真奈美ちゃん。ちょっとそこの、机の上にあるハンカチを取ってくれる?」

「うん? これ?」

 こっちまで駆け足で近寄ってきて真っ白のハンカチを受け取ると、

「うん。ありがとう真奈美ちゃん」

 お礼を言ってハンカチをポケットにしまう。もう一度駆け足で教室を出て行くまで、まゆは俺のほうに目を向けようとすらしなかった。

「すごく意識してたように見えたけど?」

「うっせぇな。そんなんじゃねえって言ってるだろ」

「逆切れしないでよ、もうっ」

 声を荒立てたあと、自称こころの親友が小さなため息をつく。

「わかった。だったら、わたしもこころや天城君に変なことを言うのはもう止める。付き合ってないって言うならそれでいいけど、それならせめて仲直りぐらいはしてよ。今のこころ、なんだか天城君が転校してくる前みたいなんだもん」

「あ? どういう意味だよそれ」

「なんだか無理して明るく振る舞ってるような……そんな感じなの。天城君が転校してきてからは、無理してる感じがなくなって楽しそうだったのに」

 たぶん、転校してきたのが『俺』かどうかは関係ない。こころのことを知らない相手。極端に言えば、転校してきた奴なら誰でもよかったんだと思う。

「……めんどくせえ。やなこった。なんで俺が、あいつのためにわざわざなにかしなきゃいけないんだよ」

 学生かばんを肩に下げて、そのままさっさと教室を後にする。

 後ろでぎゃーぎゃーなにかわめいているが、無視。あの精神科医には悪いが、俺はやっぱりまゆのことが嫌いだし、こころって奴もどうでもいい。

 それは絶対に間違っていないはずなのに、なんで胸の辺りに妙なもやもやを感じるんだろう。なんで……毎日がこんなにつまらないんだろう。


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