最終章 大志
あれから十八年経つ。毎年少しずつ、二人は変化を遂げてきた。互いに助け合い、励まし合い、そして成長した。そのことは誰が見ても、一目瞭然であった。本当の家族ではないというハンデを背負って十八年目。二人は本当の家族になりつつあった。そう、結婚という名のもとに。
「俺、大学に行こうかな」
「何、働く気でもあったの?」
「うん…ちょっとね」
バイトはしたことがあったが、働きに出る自分の姿を想像したら、不安が積もった。しかし働きに出なければお金は稼げない。
そして父さんは横から口を出した。
「どっちでもいいぞ、お前の人生だし」
新聞を一枚めくり、目線を新聞に戻した。
「どうしようかな…」
「何、アンタ。まだ悩んでんの」
母さんが死んだ日を境目に、深雪はよく俺の部屋に入ってくる。初めのうちは、励ましに来てくれていたのだが、今は違う。休みの日は、外へ遊びに行かない限り、一日の大半をここで過ごしている。
そしてそんな日を過ごしていくうちに、俺達には変わったものがある。俺達は恋に落ちたのだ。
家族ではないと分かったあの日以来、俺達は互いに意識し始めていた。そしてしばらくの間、俺達は近付くこともできなければ、話すこともできなかった。同じ部屋にいることもできなくて、後ろを歩くこともできなくて、隣に靴を置くことさえもできなかった。
しかしそんな状況で一年が過ぎると、ある事件は起こった。母さんが倒れたのだ。
そして俺達は知らないうちに口を交わすようになったが、血がつながっていないという事実は、決して忘れてはいなかった。
深雪は読んでいる雑誌をベッドの上に置き、背もたれにもたれながら、天井を見上げてつぶやくように言った。
「私達…これからどうなるんだろうね」
俺はその言葉に、素直に自分の心中に隠されている思いを言った。
「俺は…お前と、ずっと、永遠にいたい」
「…え」
深雪は戸惑った。俺も自分が何を言っているのかよく分からなかったが、言いたいことは合っていた。深雪と一生いたいのは事実だし、深雪がいてくれたからこそ、ここまでやってこれたと思っている。
しばらくの沈黙が流れたが、深雪はその均衡を破った。
「何、つまり…結婚…ていうこと?」
「…分かんない」
俺は頬が紅潮しているのが分かった。体中が熱くなり、深雪の方を見ることができなかった。
そして深雪は暗い声で言った。
「でも…できないよ…結婚なんて」
「え、何で」
俺の口から思いがけない言葉が出た。自分でもびっくりしている。俺は今、深雪と結婚したいと言っている。何を言っているのか、自分でもよく分からない。
しかし深雪はそのことに気付いていないようであった。
「だから、できないの。前、テレビで見たことがあるけど、兄妹間の結婚はできないんだって」
「へー…そうなの」
俺の体は一瞬にして冷めた。期待と希望が一瞬にして崩れたような感じだった。
不思議な恋をして、不思議な付き合いをして、俺らはいつもどおりの生活をして、それを通じて互いを好きになったはず。でも、思わぬ壁に当たってしまった。法律という壁に、俺達の人生はどう左右されるのであろうか。俺はそれだけが気がかりでしょうがなかった。
「でも、俺達は家族でもなければ兄妹でもないぞ…どうなんだろう」
「私に聞かないでよ。とりあえず、役所に正式な届けを出さない限り、大丈夫なんだって」
「そうか…あとは父さんか…」
「何それ。何か私がアンタと結婚するみたいになってんじゃん」
「え…ダメなの?」
「…ダメってわけじゃないけど…アンタのこと、好きだし、他に好きになれそうな男は…」
「ならいいじゃん。俺と一生一緒にいよう。お願いだ」
俺は部屋を出て、階段を降り、居間に向かった。深雪はついてこなかったが、その気持ちは俺でも分かった。
そして居間に入り、父さんの前に座った。
「父さん。俺達って、正式な兄妹なの?」
父さんは新聞をとじ、ぎょっとした目でこちらを見た。
「何を言ってるんだ。お前らは仮に兄妹で、本当の兄妹じゃないだろう」
「そういうことじゃなくて、市役所に俺達のこと、兄妹として届けたの?」
「ああ、そういうことか。役所から見ると、お前らは兄妹だよ。あの時は流れというか、勢いでそうしちゃったからな…」
俺はただ呆然としていた。終わった。そう思ったのだ。
「どうしたんだ、要」
「…なんでもない」
俺は魂が抜けたような体でゆっくり立ち上がり、居間を後にした。そして重い足取りで階段を上がり、鉛でできたようなドアノブを、力の抜けた手で握った。
深雪はベッドの上に座り、こちらを睨んでいた。
「アンタ…さっきの…告白だったの?」
「…取り消し」
俺はイスに座り、大きなため息をついた。
「ああ、私達って兄妹だったの。それはいいとして…アンタ、告白だったら、もっといい場所で、いい言葉を用意しなさいよね。あんなんじゃ、私ですら落とせないわよ」
深雪は少し照れていた。頬を掻き、俺から目をそらし、頻繁に首を動かした。
「分かったよ。それは俺達の問題が解決してからだ。待ってろ」
「待ってる」
俺達の関係を知っているものは、めったにいない。これからも友達とかには、この関係を教えるつもりはない。特に理由はなかったが、人との秘密の共有は楽しかったからだろう。
そして俺達は、これからの人生を考えた。とりあえず、俺と深雪は大学に行くことにした。そしてその間、結婚するにはどうするかを考えることにした。
俺達の運命は、これからどうなるか分からない。十年後、二十年後、俺達はどうなっているかは分からない。結婚しているかもしれないし、もしかしたら、他の異性とくっついているかもしれない。ただ、今の俺達には、今をひたすら生きることと、未来を想像することしかできなかった。そしてその想像を現実にするために、日々、考えることしかできなかった。
人生は切り開くもの。ただ、そう信じることしかできなかった。
これからの人生、どうなるかは誰も知らない。知っているのは未来の自分だけ。俺達はひたすら未来を求めて走っていくだけしかできない。止まったり、引き返すことは許されない。
これが俺達の生きていかねばならない道ならば、歩いてゆこう。そして俺達の手で、未来という扉を開こう。何枚も、何枚も扉があっても、くじけてはいけない。一人で開けられない扉があるならば、開こう、同じ道を歩く人と共に。
これからの参考にしたいと思いますので、良かったら感想をお願いします。よりよい作品作りにご協力ください。




