表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この空の下で  作者: kazuha
13/16

第十三章 難儀な出来事

 受験勉強が本格的になる学年、中学三年生。要は恋に勉強に部活に大忙し。そんな要を後押しするように、私は家でちょっかいをかけていた。要をいじるのは楽しい。すぐに反応してくれる。だが、私も頻繁にはそんなことをしていられない。私も受験生だし、部活も最後だ。まず私は、目の前の事柄を一生懸命に行うことを、自分自身に誓った。


「あーあ、終わっちゃったね、総体。はかないね」

「そうだな」

 私はソファーの上に寝転がり、要と談笑を楽しんだ。

「で、決まったの、どこの高校行くか」

「ん…まだ。お前はどうなの」

「私は…あそこよ。ほら、何だっけ、あそこ。結構、偏差値六十ぐらいのところ」

「え、ウソ。俺も…」

 要は最後まで言い終わらないうちに黙ってしまった。しかし私には、要が何を言おうとしていたのかが分かった。

「へー、そうなんだ」

 それっきり、要は黙ってしまった。自分の都合が悪くなると黙るなんて、子供らしくてかわいい。そんなところが私のお気に入りである。

 しかし、それにしても驚いた。志望校が同じだなんて。今からでも志望校は変更できるが、自分に相応の学校はその一校しかない。他ははるか上、下に位置しているかで、もしくは私立でしかない。

 こんな選択肢しかない私には、今の志望校以外にいくことなんてできなかった。


「…ここで、いいですか」

 重い空気に包まれる三者面談。私立の受験が終わり、ほっと息を入れようとすると、またすぐに公立の受験が待ち構えている。

「はい、いいです」

 私は母さんの顔を見合わせた。

「あとはここに印と、受験料二千百円をお願いします」

 母さんはバッグから印と財布を取り出し、まず財布からお金を取り出した。

「それにしても驚きですよね。要君も同じ高校だなんて」

「そうですね、でも、とりあえず、第一志望が受かってくれるならかまいませんよ」

 やはりそうだ。要も同じ高校を受けるらしい。まさか同じ学校なんて、なんか運命を感じる。

 そして母さんは印を押した。

「はい、結構です。じゃ、頑張ってね、深雪さん」

「はい」

「失礼しました」

 私たちは教室を出て、共に昇降口まで向かった。外は晴れ晴れとしていて、あまり雲はなかった。しかし太陽には雲が少々かかっていた。

「じゃあ、深雪、頑張ってね」

 母さんは優しく微笑むと、駐車場までゆっくりと歩いていった。

 私は無性にその背中を追いたくなったが、追えなかった。私を突き放しているのか、その背中はもう見られないようなそんな雰囲気を漂わせていたからかもしれない。


「よぉ、調子どーよ」

 先に受験先の高校に向かっていた要は、私が教室の席に着くなり、一人浮かれた口調で言った。

「別に…ちょっと不安なだけ」

「あっそ。ま、がんばれや」

 要は後ろを振り向いた。

 ああ、緊張する。なんで要はあんなに余裕をかましていられるのであろうか。なんだろう、この差。自分は本当に受かるか心配しているのに。

 そして監視員が入り、テストを一人ずつ丁寧に配った。

「チャイムが鳴るまで、問題用紙と解答用紙は裏にしておくこと」

 私が時計を見た時、前触れもなくチャイムは鳴った。

 いよいよ始まった。私の胸には不安と期待でいっぱいであった。


 チャイムの音が鳴り、ついに試験は終わった。

「やったね深雪。ついに終わったね。これからどっか行く?」

「いいや…なんか疲れた」

「そう、じゃ、また今度誘うわ。じゃあね」

「じゃあね」

 せっかくの誘いだったが、私はまっすぐ家に帰ることにした。ひどく疲れた。

 ベッドに寝転がり、私は一週間後の合格発表について思った。果たして合格しているだろうか。その夜も、それが気になって、寝ることなんてできなかった。決してもう勉強をしなくていいという開放感なんてなかった。


 よく寝た。受験が終わり、やっと生きている実感が湧く。俺は自由だ。受験という束縛から解放された気分だ。

「おはよー」

「…おはよ」

 深雪は眠そうにあくびをし、腕で目をこすっていた。

「どうしたんだ。よく寝れなかったのか」

「…まあね」

 深雪は今にも転びそうな足取りで階段を降りていった。


 最近、憂鬱なことが多かった。

 水神の親が転勤で、あっちの高校に通うため、水神は引っ越すことなった。彼女は手紙のやり取りをしようと言ってきたが、僕は断った。また会えることを信じて、僕は約束だけをした。一時的に交際をなかったことにしよう、思い出は大事にしまっておこうと言った。その時はなぜ、そんなことを言ったかは分からなかったが、後に分かることになった。

 そして、卒業式までの一週間。時はむなしく過ぎ去っていった。というのは、小学校のようにレクリエーションは行わず、特に何もしなかった。卒業式の練習、卒業制作、早帰りだけであった。だが、早く帰れるので、いつもと違って思いっきり遊べる。これはあまり憂鬱には思わなかったが、とりあえず、学校での無駄な時間が嫌だった。

 最後のとどめには、卒業式の長さである。みな泣きべそをかいて、情けなく思った。早く帰りたいと思っても、司会の卒業生が何を話しているのか分からない上に、話す速度も遅い。

 ああ、憂鬱。嫌なことが起こると、人は何でもマイナスのほうに考えてしまう。僕も例外ではない。受験は大丈夫かなぁ、とさえ考えてしまう。

 しかし、それも無駄な心配となった。


「あれから二週間。なんか気が抜けるな」

「そう。私の場合、受験が終わってからも、勉強しなきゃって、思っちゃってしょうがないわ」

 学校の説明会も終わり、高校から山ほど宿題が出ていたが、俺らは居間でゴロゴロしていた。母さんは買い物へ行っており、今は二人きりだ。

 俺はソファーの上で、読書をしている。去年、総体が終わったその後、受験勉強が面倒くさかったので、ふと一冊の本を手に取ったら目覚めてしまった。それっきり、小説、新書など、幅広いジャンルを読んでいる。そして今読んでいるのは新書である。血液型と遺伝についての本だ。なかなか興味深い。

 いつの間にか十二時を回り、深雪が二階に上がっていったのに気付かず、俺は本に没頭していた。

 母さんはなかなか帰ってこない。どうしたのだろうか。

 俺は母さんを心配しつつ、ページをめくったその時だった。ページの右下に、小さな表があった。そこには両親の子と血液型と記されていた。

 へー、こんな仕組みになっているんだ。

 俺は親の血液型で子供の血液型が決まることを初めて知った。そのページを読み、次のページに移ろうとしたその時、俺の心の中に一つの疑問が残った。

「あれ…おかしいぞ…なんで」

 俺はページを戻し、先ほどの表に父さんと母さんの血液型を当てはめた。父さんと母さんは共にA型。だからこの表をたどると、生まれる子供の血液型はAかO型以外であるはずがない。しかし、俺の血液型はAB型。そして深雪はB型。一体なぜ。

 俺はある一つの可能性を考えた。もしかしたら記録違いかもしれない。実は俺らはA型かO型かもしれない。もしくは、父さんか母さん方の血液型が間違っているのかもしれない。しかし、そんな可能性も、一つの考えで一瞬になくなった。それは、そんな立て続けのミスなんてありえないと思ったからだ。第一、こんなに医療が発達しているこの世で、ミスなんてそんな頻繁にするはずがない。

 そしてたどり着いたもう一つの可能性は、俺らは父さんと母さんの本当の子供ではないという可能性。養子として引き取られた双子という可能性。

 それを考えると、俺の体は震えていた。そして涙が急に溢れ出す。今までの生活は何だったんだろう。

「ただいま」

 母さんだ。

 俺の体は涙で波紋のように次々と震えた。他人。これほど嫌な言葉がないと思った瞬間だった。

「ただいま」

 居間に入ってきた母さんは荷物を下ろし、固まっている俺を見た。

「どうしたの、泣いちゃって。そんなに感動するの?」

 俺はもう、母さん、と言えない気がした。なら何と言えばいい。保護者さん、芳江さんと言えばいいのか。もうこの場から消えたい気分だった。死にたい。俺は自殺場所をどこにするか考えた。

 涙は止まらず、さらに勢いを増してあふれ出した。

「本当にどうしたの」

 母さんはキッチンからタオルを持ってきた。

「はい、これで拭きなさい」

 母さんはタオルを差し出した。俺はテーブルに本を置くと、母さんの手をはたいた。そして母さんの手からタオルが落ちる。

「何、いきなり…」

 完全に動揺しきった母さんは、きょとんとした目でたじろいだ。

「…義母さん…ほんとのこと教えて…」

「え…なにを」

「俺らの…俺達の本当の親じゃないんでしょ…義母さん…」

 驚くことに、俺は一回もしゃくりを上げなかった。しかし、義母さんも落ち着いている。

「…分かったわ。ついに教えるときが来たわね…」

 一番返って欲しくない答えが返ってきた。

 そして義母さんは落ち着いた姿勢を見せていたが、その裏には泣いているのがはっきり見えた。しかしその目にはまだ、我が子というものが映っていた。

 義母さんはすぐに電話の受話器をとりに行った。

「…もしもし、私、芳江ですけど、古葉雄治はいらっしゃいますか…ええ、そうです…」

 どうやら義父さんに電話をかけているらしい。そして義母さんの声は唇と共に震えていた。

「…雄治君…今すぐ帰ってきて。あのことで…うん…うん、分かった。じゃ、早くね」

 受話器を置くと、義母さんは居間を出た。そして大きな声で、二階に向かって叫んだ。その時、義母さんの背中が妙に小さく見えた。

「深雪、ちょっと降りてきて」

 ドアの音がすると、深雪はすぐに降りてきた。いつもの義母さんの声とは違うのが分かったからだろうか。

 そして深雪は暗い居間に入ってきた。

 深雪はどうしたんだ、という表情でこちらを見た。まだこの状況が把握できないのは当たり前だ。しかし深雪はこの空気を事前から感じ取っていたようだ。

「では…話します」

 泣きながら微笑んだ義母さんは前髪を振り払った。

 深雪も俺の横に腰掛けた。

「では、単刀直入に言います。深雪にはいきなりだけど、あなた達は…私…いえ、私達の本当の子供ではありません。養子です」

 母さんは鼻をすすりながら、一言一言をゆっくりと話した。しかし、そのことに一番驚いたのは深雪だった。

「はぁ?冗談はやめてよ」

 深雪は首を振り、声を震わせた。そして義母さんは変わらない口調で答えた。

「冗談では…ありません。今まで、黙ってて…ごめんなさい」

 深雪は深刻そうな顔をした。そんな深雪にとどめを刺すような一言が、義母さんの口からとんだ。

「しかも…あなた達は…本当の双子ではありません…」

「え?」

 俺らは口をそろえていった。そして互いに顔を見合わせ、頬を紅潮させた。それは俺も知らなかった。

 ということは、昔から同棲していたことになる。一緒に風呂に入ったり、一緒に遊んだり、一緒に行動したり、一緒に手をつないで歩いたり。そんなことが脳裏によみがえった。

 そして俺の背中は熱くなった。

 今までの思い出は何だったのだろう。俺は血のつながっていない家族と今まで十五年、暮らしていたのだろうか。深雪と一緒に一つ屋根の下で暮らしていたのだろうか。

 そう思うと、やるせない気持ちでいっぱいになった。

 深雪も同じことを考えているのだろうか。深雪は唇を噛み、眉間にしわを寄せて、体を震わせた。俺と同様、涙を流して、顔は真っ赤だ。こんな事実を目の当たりにすると、誰だって驚く。まして血のつながっていない異性と十五年暮らし、自分は家族ではないと今まで信じてきた母親から言われたら、誰だって驚き、嘆き、羞恥心が生まれる。

 一番身近に、その上一番長く一緒にいた人間は隣にいた。

 俺もその事実を知って、初めて深雪から離れたいと思った。もうこの家には居られない、という気持ちになってしまう。そして積み重なる思いがこみ上げ、そして涙になる。

 すると突然、深雪は立ち上がり、袖で涙をぬぐいながら居間を出た。涙を散らせながらも躊躇せずに、そのまま外に向かって走っていった。

「深雪…」

 義母さんの悔やみが残った。俺の不快感が残った。そして最後に残ったのは、ドアのゆっくりと閉まる音であった。


 ドアの開く音が聞こえた。深雪が帰ってきたのだ。

 居間が開くと、父さんはイスから立ち、深雪に向かって歩き出した。

「何時だと思ってるんだ…」

 義父さんは表情をこわばらせながら、声を低くして言った。

「…九時半よ。それで?」

 深雪は開き直りながら言った。

「心配したんだぞ。どこで何やってたんだ。こんな大事な時に…」

「関係ないでしょ。私は義父さんの本当の…」

 その時、父さんの平手打ちが鳴った。そして深雪は右頬をおさえた。

「オレが親のいないお前らの気持ちなんて分かるわけがない。だがな、本当の子供を失ったオレ達の気持ちが、お前に分かってたまるか…」

 父さんの手は震えていた。

 そして父さんは何も言わずに居間を出て行った。

 深雪はまだ頬をおさえて、ピクリとも動かなかった。しかし深雪は頭を起こして静かに言った。

「…母さんは…母さんはどこ?」

「…父さんに聞いて」

 俺は深雪がデリケートなのを知っていたので、僕の口からは母さんのことを言えなかった。

 そして深雪は反論をせずに、素直に父さんの後を追って行った。

 それにしても、俺も薄情なやつである。ただ言い方が分からなかっただけなのに、父さんにこんな重役を回すなんて。

 しかし、深雪がいなくなっている間に、母さんがあんなことになるなんて思ってもいなかった。

 俺は一人居間に残されたまま、母さんのことを考えた。そして、涙でいっぱいになった目は、次第に光を吸わなくなった。そして視界がうすれ、ついには目の前が真っ暗になった。


 その後、深雪は父さんからすべてのことを知った。俺達がここに至った経緯、母さんの身に起こったことなど、すべてを聞いた。どうやら深雪と父さんの間には、血を越えた絆ができたようだ。

 そして母さんはというと、深雪が出て行った後、父さんが帰ってきて僕にすべてを話している途中で倒れた。急いで病院に連れて行き、診察を受けた。その病状は軽く、ショックによるものと、軽い貧血らしい。大事に至らなくて良かったが、母さんの病弱なこともあって、一応一日だけ短期入院することになった。

 その言葉を聞いて安心したのか、深雪はベッドに戻り、そのまま寝た。

 父さんも同様、すぐに寝たが、その前に居間で寝ている僕に布団を掛けていった。そして電気を消し、二階へとゆっくり上がった。

 そして僕はベッドに入って、まず母さんのことを思った。今、病院で何を考えているのだろうか。俺達のことを、どう感じているのだろうか。そして自然に深雪の顔が浮かんだ。今、深雪はこの関係をどう思っているだろうか。そして父さんのことを思う。父さんはこの事実を知られて、どんな気持ちだろうか。俺は母さんが倒れた光景を、まぶたの裏に映した。

 しかし、その時はまだ気が付かなかったが、母さんが倒れたのは、黒い影が迫る前兆にしかすぎなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ