ワンダフルボイス
――音楽はいつだって誰かを幸せにする。
夜、目が覚めるとお母さんは泣いていた。いつもいつも泣いていた。
「お母さん、泣いてるの?」
お母さんは泣き虫だ。
わたしはいつも泣いているお母さんの頭をなでてあげた。
「ごめんね、結羽」
「なんであやまるの?」
「結羽。…歌ってくれる?」
お母さんはいつもわたしの疑問に答えてくれない。
なんで泣いてるのかも、なんであやまるのかも、全部教えてくれなかった。
「うん、いーよ!」
でも、わたしはおバカで、お母さんを喜ばせたくていつも大きな声で楽しい歌を歌うんだ。
そしたらお母さんも手拍子をして、楽しそうに笑う。
ほら、やっぱり元気になった。
*****
口を開くと、自然とリズムが刻まれる。
「なぁに、その歌。 新曲?」
わたしの歌声に幼馴染の花ちゃんが反応した。でも、これはわたしの気まぐれな鼻歌で、わたしは「ちがうのさ」と花ちゃんに言った。
「ちょっとリズムが浮かんだから、歌ってみたのさ」
「結羽はほんと好きだね、歌」
当たり前だ。歌のない世界、音楽のない世界なんて考えられない。
人を幸せにするのはいつだって音楽で、人を不幸にするのはいつだって音楽のない世界だ。
「さすが我が倉岡高校軽音部のボーカルさん」
花ちゃんが笑う。
わたしはそこで重大なことを思い出した。
「あ!」
「どうしたの?」
「今日、新曲作ってもらう予定だったのさ。アキラにキレられる!」
わたしは花ちゃんの前に手を合わせて急いで部室に向かう。
「もう…そんな時期か」
走るわたしを見て花ちゃんがそう言ったけど、わたしは聞こえないフリをして走って行った。
*****
「ごめん! アキラ!」
わたしが部屋にやってくると、アキラはものすごく不機嫌な顔をしていた。
「おせーよ、バカ。ぶっ殺すぞ」
アキラは部室の椅子に浅く座り、足を机の上に乗せて、不機嫌にギターを弾いている。その音楽にあわせてつい歌いたくなる。
「忘れてただけなのさ」
「それが悪りぃんだっつの。つか、その語尾マジ腹立つ」
毎回聞いているわたしの喋り方にまで文句をつけてくるところからして、アキラはかなりキレている。
「音宮。これ、暁から」
アキラの向かい側にあるドラムセットの前に座っていたイクトがわたしに楽譜をくれた。わたしがソワソワしているのに気付いたらしい。
「お、ありがとー! さすがイクトなのさ!」
「郁人! 勝手に渡すんじゃねぇよ。それは俺んだ」
アキラがわたしの手から楽譜を奪う。どうせ歌わせるのだからさっさと歌わせてくれればいいのに。
「俺が忙しい中、書いてやったんだぜ? 俺に礼を言えよ、俺に」
「学校来てもここで寝てばっかなのに何が忙しいんだか…」
「うっせぇよ、郁人は黙ってろ」
アキラがイクトにまで八つ当たりする。わたしと花ちゃんと同じで、二人は幼馴染同士だから、強い言葉も軽く言い合えるのだ。
「アキラ」
「…んだよ」
「ありがと! 歌っていい?」
「お、おぉ…」
わたしは歌いたくてウズウズして、たぶんすごくニヤけているんだと思う。アキラはなぜか少し顔を赤くしていつものようにぶっきらぼうな返事をした。
「…すぅ」
息を吸って、譜面を頭に浮かべる。
わたしが歌い始めると、アキラはニヤリと笑い、イクトは微笑を浮かべる。そしてわたしの歌にあわせて、アキラがギターを、イクトがドラムを叩くのだ。
夢中で歌って、譜面を再生し終えると、わたしの意識は正常に戻る。
「最高の譜面なのさ! さすがアキラ!」
わたしは息切れしながらアキラに手を叩く。でも褒めたところで照れるわけでもないアキラは当然というように不敵に笑うのだ。
「当たり前だろ。お前の声を活かせるのは俺の曲だけ」
アキラは自信満々に言う。でもその自信は過信なんかじゃない。五十嵐暁の歌はいつだって最高なのだ。
「久々に聞いたらやっぱり鳥肌立つな、音宮の声」
イクトはバチをくるくる回しながら呟く。クールな小野寺郁人も、アキラの無茶な譜面を完全再生できる数少ないドラマーだ。
「照れるのさ」
そしてわたしの声を2人は気に入っているらしい。今では一緒にバンドを組んで軽音部を作った仲だ。不良で、学校に来るのも怪しかった彼らが少し懐かしい。
「あ、そうそう。アキラ」
「今度はなんだよ。しばらくは曲作んねぇぞ」
「え、それはイヤなのさ」
アキラは作らないと言うと、一ヶ月くらい容赦なく作らない。
「アキラの歌、もっと歌いたいのさ」
アキラの歌はワクワクする。心に染み渡って口ずさまずにはいられなくなる。
「お前のその顔、質悪い」
「え?」
アキラが顔をそむける。たまにアキラはそんなことを言うが、わたしがバカだからか、意味が分からない。そんなわたしたちを見てイクトだけはいつも笑ってる。
「それより、なんだよ?」
「あ、それ。今日はこれで帰るのさ!」
「はぁ!? おい、ちょっと待て!」
わたしは敬礼のポーズをとり、ダッシュで部室を出て行く。アキラに捕まったら絶対に返してもらえないのだ。
「なんなんだ、あいつ。久々に集まったってのに」
「お前が学校来ないからだろ…」
文句タラタラの暁に郁人は冷静に突っ込む。
「てか、藤堂から聞いたんだけど」
「誰だ、それ」
「音宮のこと好きならあいつの人間関係くらい把握しとけよ」
「好きじゃねぇよ! あんな音楽バカ」
ムキになるあたり、好き丸出しなのだが。
「藤堂花。音宮の幼馴染だよ。今日、あいつの母親の命日なんだと」
「はぁ?」
アキラは目を丸くする。
「…んな大事なこと、なんで言わねぇんだよ、あいつ」
「知らね。でも、あいつ母親の命日は毎年墓の前で歌ってんだと」
「は? なんで」
「だから知らねぇ。でも、お前のボロ屋敷に押しかけてまで今日中に歌を作らせた理由は分かったけどな」
*****
「お母さん、遅くなってごめんね」
お墓の前でわたしは静かに言った。
もちろん笑顔で。お母さんはわたしの笑顔が好きだって言ってたから。
わたしはアキラが作ってくれた楽譜を取り出す。でもうまく声が出ない。
お母さんはわたしの歌が大好きなのに、うまく歌いたいと思えば思うほど、声が出なくなる。
だからもう10年も、お母さんには下手な歌しか聞かせてあげられていない。
歌おうとするたびに10年前の今日もちゃんと歌えばよかったと後悔しちゃうから。下手な歌でも何度でも、お母さんが嫌というまで聞かせてあげればよかったって思うから。
*****
「結羽。歌ってくれる?」
「お母さん、きょうはノドがいたいの。だから歌えない」
「そう…ごめんね、結羽」
あの日、わたしは歌わなかった。
音楽が人を幸せにするってずっと分かってた。
だけどわたしは歌わなかった。
だからお母さんは不幸になった。
「ただいまー」
「結羽ちゃん、来ちゃダメ!」
あの日学校から帰ってきたら家に警察がいっぱい来てて、意味が分からなくて、お母さんに会いたくて、家の中に入ろうとしたら花ちゃんのお母さんに止められた。
一瞬開いた玄関の戸。
あの気持ち悪い臭いをわたしは忘れられない。
あの日、お母さんは死んだ。
近所のおばちゃんたちはお母さんはお父さんのせいで死んだんだって言っていた。
お父さんが借金残して蒸発したからだって。
でもわたしはそうじゃないってずっと泣いていた。
わたしが歌わなかったからお母さんは死んでしまったんだって。
*****
でも今日は大切な友人にとっておきの歌を作ってもらったから、ちゃんと歌うよ。
きっと上手に歌える。
だって下手に歌ったらきっと。
「俺の歌を下手くそに歌うんじゃねぇぞ」
「音宮が下手ってことは暁の歌が変なんだろ」
アキラとイクトの声がする。
わたしは急いで振り返った。そこには間違いなく2人の姿があって、驚いて喉がつまる。
「なん、で…」
「何って伴奏あったほうがいいだろ?」
アキラはギターを背負っていた。イクトも分解したドラムセットのいくつかを持ってきていた。
「母さんに聞かせてやるんなら、ちゃんとした歌じゃないとな」
普段は笑わないイクトが少しだけ微笑んで、頭を撫でる。
すると、アキラがイクトの腰元を蹴る。
「…ってぇ、暁。いつまで短気でいるつもり」
「短気じゃねぇし。つか、結羽に触んな」
「あぁ、はいはい」
アキラとイクトが胸ぐらを掴んで仲良し喧嘩を始める。不良あがりの彼らが本気で喧嘩しあったら手が付けられない。
「あのさ、アキラ、イクト」
「あ?」
「ん?」
アキラとイクトが振り向いて、わたしはやっぱり嬉しくて、自然と笑ってしまうんだ。
「歌うのさ!」
2人は笑って頷いてくれる。
思えば、2人とバンドを組んだときもわたしは歌いたくて仕方がなかった。
アキラの歌が、ギターが、イクトのドラムがわたしの声を包んでくれて、ひとりぼっちのさみしい歌が3人のたのしい歌に変わった。
いつだって歌いたくて、あの日も、あの日からずっと、後悔しても戻らないけど、やっぱりわたしは歌ってた。
わたしが歌うと、やっぱりアキラもイクトも楽しそうで、それが嬉しくてわたしはもっともっと大きな声で、大好きな歌を紡ぎ出す。
*****
わたしはアキラとイクトと円になって河原に横たわっていた。
「つーか、さすがの俺も墓でライブすんのは初だ」
「坊さんに追いかけられたのも初めてだったな」
アキラとイクトがケラケラと笑う。わたしもつられて笑った。
歌い終わってもう一曲歌おうとしたら、お墓を管轄しているお坊さんに怒られて追いかけられた。
逃げて疲れて今こうして河原に横になっている。
「でも、楽しかったのさ」
わたしが言うと、2人も「そうだな」って言ってくれた。
「アキラ、イクト。わたし、音楽が好きなのさ」
「「知ってる」」
2人は今更なことを言うなって苦笑する。じゃあ、これも伝わってるんだろうなって思ったけど、でも、わたしはやっぱり言いたくて大きく口を開いた。
「アキラもイクトも大好きなのさー!」
歌うように大きな声で言う。
アキラは「はぁ!?」とやっぱりキレて、イクトは困り顔で「はいはい」とわたしの頭をポンポンと叩く。
やっぱり音楽は幸せにする。
お母さんはわたしの歌で幸せになれた?
天国でちゃんと笑えてる?
ごめんね、お母さん――わたしはやっぱり幸せなんだ。
「幸せすぎておかしくなるのさ」
わたしは笑う。
アキラもイクトも笑う。
そんなわたしたちの物語はまだ始まったばかり。でもね……。
音楽でつながるわたしたちの、恋物語が紡がれるのはもっともっと先の話――。
現在投稿している小説の執筆中に思いついた作品で、急いで書きました。
セリフや描写が雑なところはご容赦ください。
こういう作品が書いてみたくて、好評だったら今書いている小説と並行で書いていこうかな、なんて考えています。調子のってすみません!
感想お待ちしております!ぜひ一言でもお願いします。
連載中の「麗龍学園生徒会」を読んでくださっている方がいらっしゃいましたら新章を11月から、の予定でしたが10月31日から開始することをこの場にてお知らせいたします。