八夜 須佐之男之命
読者を一人でも泣かせたら、作者の勝ちです。
暴走から意識が覚醒する。
まるで長い間眠っていたような感覚。
意識が飲まれた後、俺は何をしていたのか。最後の記憶は隕石への咆哮。
未だ朧げ、靄の掛かる視界。見えたのは自身の胸に突き刺さる光の刀剣。虹色に輝く刀身は、刺さる根元からじわりじわりと黒色に滲み変わって行く。
それに合わせて視界の靄が晴れて行く。
理解する。これは自身の中にあった巨大災厄なのだと解った。
晴れて行く視界。
そして、俺の変化した身体も徐々に元に戻りつつあった。
それは時を逆回すように、刀身の黒が進行するに連れて。
歪に伸びた角は元の形状にまで縮み。
身体中に走っていた黒紫の亀裂も、傷が塞がるように消えて行く。同時、黒に染まった両目の余白も色が抜け、瞳で爛々と輝く鬼灯色の光も光量を失う。
八本生えた蛇尾は一本一本と虚空に散って行き、最後一本となったところで消失を止めた。
どうしたのだと、胸に刺さる御刀を見てみれば、完全に黒色に染まりきっていた。おそらくは吸収できる妖力量が限界に達したのだろう。
……と、言う事はこの尻尾は残ったままか。
暴走前と外見が違うと言うならば、妖力が少し増した状態のままだと言う事なのだろう。
寝起きの感覚。
まだ僅かながら頭が回らない。見回せば自身の周り買おうように連立する光柱。そこからは同色、光の鎖が伸びて、俺の身体の各所に繋がれていた。暴走した俺を止められるほどの封印術。こんなことができるのは一人しかいまい。
俺は、俺を止めてくれた親友は何処かと視線を回せば、いた。
回らない頭なんて、靄の掛かった視界なんて、一瞬で吹き飛んだ。
――封印術の外、胸に大きな風穴を空け、血溜りの中に倒れる須佐之男の姿があった。
「須佐之男ォオオォォオオオォッ――!!」
駆け寄ろうとしたが、自身を束縛する光鎖が金属音を響かせるだけで、前に進むことができない。
忌々しい鎖だ。横目に鎖を見ると、見えた。自分の右腕に付着する大量の赤色を。
つまり、須佐之男の胸を貫いたのは――俺。
「俺は、俺は、俺は、……何やってんだよぉおおおおおお――!!」
自分のやったことを理解し、俺は自身を責めた。
後悔の声が響く中、血溜りの中より須佐之男が声を上げた。
「……ああ、夜。無事戻ってこれたか。良かった。もしもを考えて、動きを封じたが。意味は無かったようだな」
言って、彼は笑った。
俺にはその笑顔が分からなかった。大怪我を負わせたのは、心臓を貫いたのは俺なのに、どうして須佐之男は俺に笑顔を向けることができるのか。
須佐之男は続けた。
「なぁ夜。今から我の言う事、守って貰えるか?」
「ああ! 勿論だよ。何だって聞いてやる!」
罪の意識が俺を苛む。
彼の言う事を聞くことで、罪滅ぼしになるなんて思ってはいない。でも、少しでも何か贖罪を形にしたかった。
しかし、彼の次の一言がそれを封殺した。
「自分を責めるな。お前は悪くない」
「なっ、そんな……」
俺は言い淀むが、
「お前は頷いたはずだ。最早、否定は遅すぎるぞ。
それに我はもうすぐ死ぬ。封印には我の魂を使用したからな。お前の胸に突き刺さる御刀、それこそが我の魂だ。悔いは無い。お前を、親友を救い出すことができた」
「何で、俺にそこまでできる……」
瞳からは雫が流れ落ちた。
確かに、俺と須佐之男は親友だ。だが、それが命を掛ける理由になりはしない。
それでも、親友は笑う。
「夜。お前は憶えてないかも知れんが、我はお前に命を救われたことがある」
そんな覚えは無かった。
しかし須佐之男は言う。
「最初に出会った時の話だ。確かに、あれはお前の気まぐれだったのだろう。しかしその気まぐれで敗北した我が死ななったのも事実だ。
言いたことは山程ある。だが、もう我には時間がない。
最期の頼みだ。笑ってくれ親友。我が守りたかったのは涙に歪んだ顔じゃない。いつものように、人を小馬鹿にした笑みを貼り付けた夜の笑顔だ。
自分を責めるな。幸せになれ。お前が幸せになってくれないと、命を掛けて救った我が馬鹿みたいではないか。
笑ってくれ。
もうじき我は死ぬ。最期くらいお前の笑顔で見送ってくれ」
巫山戯た話だ。
強く噛み締めた唇からは血が流れた。
俺は須佐之男をたちを救おうとしたのに、その俺が須佐之男に救われて、代わりに須佐之男が命を落とす。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
込み上げてくる感情に、顔は歪み、視界は涙にぼやけていく。
たった一人のみの種族としてこの世に生を受け、人間に興味を持って生きてきた億年超。その中で、唯一人、本気で殴り合え、本気で馬鹿やって、心の底から信頼しえる親友。
それが、自分のために犠牲となって死ぬというのか。
涙で顔をぐしゃぐしゃにして、俺は叫んだ。
「死ぬだって!? 巫山戯んなっ!! 手前が死んだら俺は誰と喧嘩すればいい! 俺は誰と馬鹿すればいい! 手前が死ねば代わりなんていやしないんだよっ――! 永琳だって代わりにゃなれない!
お願いだから死なないでくれ――っ!!」
親友は笑顔のまま首を横に振った。
言葉を返す。
「無理だ。我の死は逃れられない。逸脱の力も、魂と共に全て使い果たした。
今の我は、最後の搾り屑。時間はもう無い。
――だから、お願いだ」
須佐之男の命の灯火が、最早消え入りそうなことには気がついていた。
だからこそ、込み上げてくる感情を抑えることはできなかった。
もう、灯火も消え入る。
俺は、涙のままに、現実に目を向けた。
そして、出来うる限りの、最高の笑顔を作ってやった。
俺の顔を見て、須佐之男は「笑顔でこその夜だ」と頷く。
その身体が光の粒子になって虚空に掻き消えて行く。彼はもう神族だ。人間じゃない、その遺体は形になって残ったりはしない。
親友は最期に言った。
「夜、お前に出会えて良かった。
我は人間の異端。理解しあえる存在なんていなかった。能力故に、苦労することも無く、何もかもが逸脱して可能だった。
そんな時、我に初めて敗北を教えてくれたのがお前だった。生まれて初めてできた目の前の壁に、心躍った。無気力だった我が人生に、初めて目標が生まれた。
全力で、ぶつかり合える相手ができて嬉しかった。
そして、最後の最期でお前に勝てた。
楽しかったよ。お前の友として過ごした年月は。楽しかった、我には勿体無いほどにな。
最後に、
一つ、親友よ。幸せに生きてくれ。
二つ、親友よ。お前らしく生きてくれ。
三つ、親友よ……
――ありがとう」
須佐之男の身体は虚空に散った。
残ったのは、自分の胸に刺さる魂の御刀のみ。
俺は泣いて、啼いて、哭いた。叫んだ。
自分一人だけになった戦闘跡で、慟哭の咆哮が虚しく響いた。
涙が枯れるほど、喉が潰れるほどに。
太陽光が遮られた曇天の中、時間の経過は分からない。
長い、長い間。泣き通した。
落ち着き、泣き終え、天を仰いで俺は言った。
「……またな。
最期だなんて、サヨナラなんて言いやしない。生まれ変わるまで待ってやる。何億だって何十億だって生き抜いて、再びお前様と会える日が来るまで……
――また会おう、須佐之男。我が生涯の親友よ」
◆
時は流れて二百年。
地上に新しい生命が生まれだした頃、俺の封印が高い音を立てて砕けた。須佐之男のことだ、時間が経てば解けるようにしていたのだろう。
残ったのは胸に刺さった真っ黒な御刀のみ。
俺は、それを引き抜いて握り締める。
……いいだろう。幸せに、自分らしく生きてやる。
でも、一つ言わせてくれ。
「この、大馬鹿野郎がぁあああああああああああああああああああ――!!」
叫んだ。
少しだけ、すっきりした。
「まったくよ。あの馬鹿」
「久しぶり、永琳」
見ればそこには銀髪をなびかせた美女、八意永琳が立っていた。
その近くには、小型の宇宙船が。
「久しぶり夜。須佐之男さんとの出来事は月からモニターで見ていたわ。その刀、須佐之男さんの魂でできているのよね」
「ああ、そうだよ」
彼女は俺の近くに歩み寄ると、真っ黒の御刀を引っ叩いた。
彼女の目に、僅か涙が滲んでいる。
「嘘つき。貴方も帰って来るって言ったじゃない」
御刀を睨み付けて、そして「でも」と繋げて表情を和らげた。
「夜を助けてくれてありがとう。須佐之男さん」
二百年の時が経った。二人共、気持ちの整理は付いていた。
しかし、忘れたわけでは無い。
目の前で須佐之男の最期を看取った俺よりも、画面越しでしか観ることができなかった彼女の方が辛かっただろう。彼女も俺と同じように、自分を責めたりもしたのだろう。
いつもの三人。
残ったのは俺と永琳だけ。
俺たちは須佐之男の言葉通り、幸せに生きてやろうじゃないか。
「さて、月に向かうとしますかねぇ」
「そうね。ああ、それと夜。一つ言いたいことがあったわ」
俺が疑問符を浮かべていると、永琳は「須佐之男さんにも言われたのよ。言えって」と何やら畏まる。
咳払いを数回し、息を整え言った。
「その、ね。夜。――愛してるわ」
頬を朱に染め、ぽつりそう言った。
俺は一瞬、その物珍しい永琳の照れ顔に固まって。数秒経って、声を上げて笑った。
「な、なによ」
「いやぁ、今更だと思ってねぇ。くっくっく」
小型艇に向けて歩き出す。
未だ顔を染めて着いてくる永琳に、俺はくるりと振り返って言った。
「俺もだよ」
序章、須佐之男之命編はこれで終わりです。
スサノオノミコトと、須佐之男の命が掛けてあるタイトルでした。
これはバッドエンドなのか、ハッピーエンドなのか。作者には解りません。
これで、夜さんの成り立ちは完成です。
尻尾、一本残っちゃいましたね。それと天叢雲も。
色々な受け取り方がると思いますが。
感想のほど、是非によろしくお願い致します。




