七夜 神話、八岐大蛇退治
いつか書く日が来ると分かっていて、そのキャラの楽しいシーンを書くのは何処か辛いものがあります。
粉々に砕けた巨大隕石は、流星群となって地上を蹂躙する。
大気との摩擦で燃え上がり、炎を纏った流星たちは、青々と茂った森林を炎の色に塗り替えて行く。
逃げ回る生物たちは、流星の直撃や衝撃波によって肉片と化す。中でも大きな隕石片は、津波や地震を引き起こし、衝撃は火山を噴火へと導いた。津波の水流と火山の溶岩。水と炎の激流に生物は飲まれて行った。
隕石で舞い上がった粉塵は太陽光を遮って曇天を形成する。
薄闇の中で光を発するのは燃え上がる炎。
その様は地獄の如くだった。
比喩でも誇張でもなく、文字通り世界の終わり。
生物の九十パーセント以上が死に絶えて、何億年の年月を掛けて培われた生物の歴史が太古へと回帰する。
逃げ惑う人間や恐竜。何処に逃げても地球上全てに逃げ場は無いと言うのに。時が経てば、太陽光が遮られたことで植物が死滅。そこから始まる食物連鎖も断たれ、地球は死の惑星となる。それを逃れたいと言うのであれば、かの国のように月にでも逃亡するしかない。
しかし、それは不可能な話だ。
あの国は過剰発達していたからこそ、そのような手を打つことができた。須佐之男の能力、永琳の頭脳、月夜見の統治。この三つどれが欠けても実現は不可能だっただろう。
逸脱して発達を遂げたかの国の都市。
それもまた、滅びの運命にある。流星は文明の建造物を薙ぎ倒し、大地に大きな隕石孔を残す。
地球上、何処であろうと平等に破壊される運命なのだ。
しかし、それを含めても都市の破壊速度は他と比べ、一線を画していた。
その原因は、
――災厄の化身によるものだった。
使命を失い、巨大過ぎる災厄の波に自我を飲まれた夜は、災害の本質がままに破壊を実行する。
巨大隕石と地球上全ての災厄を内包した彼の暴虐は桁外れのものだった。
足を踏み付ければ大地は踏み抜かれ、大陸は震え、一帯に地割れを巻き起こす。文明の軌跡はことごとく揺れの中で崩壊し、残るのは瓦礫の山。
腕を払えば暴風が吹き荒れ、幾重にも発生した巨大竜巻が、文明の残骸を吹き飛ばし巻き上げる。
暴走のままに天を仰げば、曇天は黒色を強め、激しい豪雨と共に落雷が降り注いだ。刺さるように降る雨粒は石壁や岩壁を侵食し、強酸が如くそれらを溶かす。
咆哮を放てば、衝撃波が一帯を駆け抜けて、周囲全てを吹き飛ばした。
叫ぶ感情に乗せてか、地下の溶岩が吹き出し、いたる所に火柱を形成する。
その身から溢れ出す黒紫色の妖気は瘴気となって空気を汚し、近付くもの全てを殺す致死毒の病魔と化す。
生えた八尾を地面に突き立てれば大地は枯れ果て、植物は朽ちて塵になって崩れ落ちる。それは動物にも例外はなく、範囲内にいた動物は腐り骨となり、砂のようにその身を散らす。
拳を振るえばその方向にあるものを薙ぎ払い、一直線上にあろうものなら山脈だって消し飛ばした。
地盤沈下、地震、地割れ、暴風、竜巻、豪雨、落雷、侵食、空震、噴火、病魔、旱魃、飢饉、山体崩壊……そして隕石衝突。
全ての災害を体現して暴虐の限り暴れ回った。
このまま暴れ続ければ、例え流星群が無かろうと、地球上から生命が消えることだろう。
地を砕き、山を崩し、天を震わせ、海を割って、地形を塗り替えて全てを殺す。人間も、恐竜も、翼竜も、植物も、無機物も大地も山も大気も、例外無く平等に死を振り撒いた。
その姿は災厄・災害の化身と言うより死の化身と言われた方が納得できるほどに。
止まらない止められない。
大暴虐は終わることなく終焉を奏でて行く。止めれる者などいやしなった。いるわけがなかった。近付くだけで、死を与えられる。
夜自身ですらその災厄を制御することに叶わなかった。
自分の中、暴走する激流に自我を飲まれ、外見も歪に変化を遂げた。八本の蛇尾に、全身を亀裂のように鱗にように血管のように纏う黒紫色。
その姿は、八岐大蛇と畏怖された頃によく似ていた。
引き起こす大災害。その中央で死を振り撒く夜の近く、歩み寄る人影が一つ。
余白を黒に、瞳を紅に、狂気の込もった眼で見やったその先に、彼がいた。
それは乱雑に伸びた黒髪を持ち、赤の衣に身を包んだ影。つい先刻神格化を果たし、神より逸脱した者。地球上で唯一人、夜に傷を負わせ、対立することができる者。夜に人の姿を与え、名前を授けし者。
そして、世界で唯一人、夜が親友と呼べる者。
――須佐之男尊だった。
◆
闘神は変わり果てた夜の姿に言葉を失った。
神を逸脱し、完全な闘神と化した自分でも、敵わないことを知った。彼の中、秘められた災厄が本人でも制御できないほど強力だと分かった。
戦えば負けると確信できた。今の夜は自分の見知った夜ではないと確信できた。
――でも、須佐之男は知っている。災厄に飲まれた程度で自分の親友が消えないことを知っている。夜ならば戻って来れる信じている。
化物となった友人。その力は自分の遥か上。
しかし、足掻けると分かった。
足掻く。それで十分だ。例え戦力差があろうと、敗北しか未来が無かろうと、何もできないよりはよっぽどいい。足掻くことができるのだ。
自分の能力は〝逸脱する程度の能力〟
常識がどうした。敗北がどうした。不条理、理不尽がなんだというのだ。そんなもの全て〝逸脱〟してやる。乗り越えてやる。
決意した。
親友を救うと。
「化物のままに終わらせやしない。戻って来い、夜。我が絶対に引き戻してやる。我も足掻く、お前も足掻け!! 我が突き出す救いの手を、死ぬ気で掴み取って見せろ! 災厄などに飲み込まれるな――っ!」
須佐之男は己の武器を顕現する。
これまでと違い霊力を含まぬ、純粋な神力のみでそれを構成する。
――祓厄『十拳之御剣』。
厄を祓うと銘を名づけし御剣。その刃に込もるは、永琳との約束と友を救うと誓った決意。
血色ではなく、白色に輝く御剣の鋒を親友へと向け、構えた。
「〝八岐大蛇〟よ、我が親友を返して貰おうか。〝八岐夜〟として連れ帰るつもりでな。悪いがその身体、夜に返させて頂くぞ。――たとえ我が命に替えてもな……」
人々が想像し思い描いた化物、〝八岐大蛇〟それは災厄・災害を司り暴虐の限り暴れる怪異王。
しかし、自分の出会った八岐大蛇は違った。喧嘩し、共に馬鹿をやって、共に笑える最高の友人、〝八岐夜〟だ。
眼前。夜を飲み込んだ災厄こそが人々の思い描き畏怖した八岐大蛇だ。
八岐大蛇が笑う。
その笑みは、親友の顔でありながら、親友の笑みではない。狂気に塗り潰された、破壊を愉しむ愚者の笑みだった。
直後、響く咆哮。
……神として最初で最後の大仕事となるだろうな。
思い、咆哮を開戦の合図に須佐之男は前へと踏み出した。
◆
後の世に、神話として語り継がれることとなる、日本神話最大の怪物退治の物語が――今、幕を開けた。
狂気を貼り付けて笑う、友の姿をした化物に、須佐之男は十拳之御剣を振り下ろす。
八岐大蛇はそれを拳で迎撃。
そしてそのまま乱撃乱打へと繋がった。
単純な膂力に任せ、大蛇は拳を脚を振り回す。それは技術の欠片も感じさせない動きで、しかし隙間なく連続で放たれる。
獣のような連撃に対し、須佐之男は技術を駆使して迎撃・回避を行った。まともに受ければ力負けは必至。真書面から受けるような真似はせず、力を流し、攻撃を躱し、避け、強力な一撃を見舞う好機を待ち続けた。
その戦い、まさに柔と剛の戦い。
力任せに攻撃を放つ大蛇と、技術を活かし力量差を埋める須佐之男。
押されているのは須佐之男の方であった。獣以下の知性の欠片もない乱撃。しかし須佐之男は攻め入れない。時折掠る攻撃や衝撃波が須佐之男の身体に傷を刻み込んでいく。
夜の身体の恐ろしさは攻撃力にあらず、その真の恐ろしさはあらゆる災厄を秘めし無敵の防御力にこそある。
身体が頑丈であるが故に、武器も持たずに剣と打ち合いが可能なのだ。
その頑丈さは須佐之男の実力をもってしても突破することが容易ではなく、並の攻撃ではダメージを望めない。
そして現在、夜は極大災厄を飲み込んで過剰強化と言う名の暴走の真只中だ。その耐久性も格段と上昇していることだろう。
故に、須佐之男は切り込めず、好機を待つことに徹していた。より強力な一撃を放つために受け流し躱し避けてを続けている。
下手に切り込んで、八岐大蛇の一撃を貰おうものなら、一撃で致命傷だ。
乱撃の果て、押され気味だった須佐之男は正面からの防御を余儀なくされる。
御剣を盾に、腹部への蹴擊を防御するが、その威力凄まじく。衝撃は御剣を超えて須佐之男を襲った。
腹部を強打し、せり上がる横隔膜に肺の中の空気が押し出される。
かはっ、と言う吐息にも似た苦痛の台詞を吐いて、須佐之男の身体は吹き飛んだ。
大地の力を全て統べた威力の蹴擊。
背後。迫った山を砕き、崩しても勢いは止まらない。そのまま地を深々と抉り、もう一つの山を崩壊させたところでやっと止まる。
……何と言う出鱈目な一撃か! 防御に成功はしてもこれほどだとは……
口からは血が噴き出した。
しかし、相手は暴れ足りないようだ。追撃のために、けたけたと凶悪な笑みを浮かべ駆けてくる大蛇の姿が見えた。
「だぁああぁぁああぁああぁぁぁあぁぁあああぁ――ッ!!」
既に満身創痍の一歩手前だが、弱音を言ってはいられない。
神力で作りし弾幕を連続で放つ。
無論。効くだなんて思ってはいない。ただの目眩ましだ。
極光が視界を奪う中、須佐之男は八岐大蛇に斬り掛かる。斬撃は敢え無く振るわれる拳に弾かれた。弾かれたことによって、須佐之男に隙が生じた。
八岐大蛇はその隙を見逃さず、全身の駆動を大きく使って強力な一撃を放つ。
「やはり、掛かったか」
須佐之男は振るわれた拳を掴んで、大蛇の力を逆に利用。そのまま大きく投げ飛ばした。
夜ならば、見抜いたであろう故意に作った嘘の隙。知性の無い大蛇はまんまと引っ掛かり、大振りの攻撃を仕掛けて来た。強力だろうと、動作さえ予測できれば回避も利用も簡単だ。
投げ飛ばしたのは空中。
本来の夜でさえ、空中は飛べない。理由は妖力量が多すぎて制御できないから。
ならば、膨大な量の災厄を飲み込み、暴走するまでに妖力を増した今の彼、つまり八岐大蛇が空をとぶことができるだろうか。答えは否だ。
飛べる道理が存在しない。夜の弱点は、暴走したからと言って変わりはしない。
空中。身動きが取れない八岐大蛇に、須佐之男は極光の弾幕群を放った。
威力と連射性のみに全てを駆けて、豪雨で降る雨粒より多くの光球を隙間無く連射する。
容赦など無い。出し惜しみなどしていられる相手ではない。
構える十拳之御剣に神力を込めて、言の葉に思いを込めて、
「――神焔『火之迦具土命』!!」
蒼炎だった炎は、神格化に伴って進化する。純粋な神力で練り上げし神焔は、蒼より色を白に変える。白色の煌きをもって燃え上がる炎は、逸脱した燃焼範囲を可能とし、それは相手が燃えないはずの物体だろうが関係ない。
十拳之御剣に纏い、燃え上がる白炎は、剣閃に乗せて空中の標的へ放たれた。
弾幕を防御するため面前で十字を描く腕の隙間。一層と笑みを深くした八岐大蛇の顔が見えた。
瞬間。彼の八尾が爆発的な速度で伸びた。
否。正確には伸びたのではない。角と同じく災厄妖気の集合物である尻尾を妖気へと戻し、実体の無くなった妖気の塊であるそれをレーザーのように放射したのだ。
その構成は夜の技の一つ『侵喰砲』とよく似ていた。
妖力の奔流に幾つも貫かれ、白炎は大幅に威力を拡散させられる。しかし、神焔を完全に消し去ることは叶わず、隙間を縫って飛来した白炎に大蛇の身体は燃え上がった。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ――!」
落ち着きのある耳触りのいい声のはずである夜の声は、八岐大蛇を介すことで聞く者に不快感を与える不気味な笑い声へと変貌する。
白炎包まれ、燃え上がりながら大蛇は重力のままに落下した。
力無く崩れ、膝を地に着く須佐之男。
須佐之男の目の前、白く煌き燃え上がる神焔。
炎は八岐大蛇を包んで燃え盛る。
何故、大蛇は笑ったのか。
それは膝を着く須佐之男の脚にあった。先の八本の黒紫色の閃光の一本、彼の左太腿を貫いたのだ。溢れ出す鮮血に、須佐之男の顔が苦悶を描く。
眼前。白炎が弾け飛んだ。
そこに立っているのは凶悪な笑みを顔に貼り付ける八岐大蛇。身体には火傷の跡が見て取れた。どうやら攻撃としては有効だったのだろう。
嗤う彼はそのまま須佐之男へと歩み寄ってくる。
その足取りは僅かながら重い、少しだがダメージを与えることに成功したようだ。
近付く八岐大蛇に、須佐之男は十拳之御剣で横一閃で薙ぎ払う。
しかし力の完全に込めきれてない一閃は、大蛇の手によって容易く止められてしまった。
掴んだ手。その手の逆で、拳を握り、八岐大蛇は振り被る。
が、
「舐めるなよ」
御剣より再び燃え上がる神焔。
発生した白炎は手、腕、胴と燃え広がって行く。
須佐之男はその隙に上空に飛び上がり、神力を練り上げる。
……火之迦具土命の時間稼ぎも長く持つまい、急がねば。
練り上げた神力を放出し、八つの神力光球を作り出す。彼の周り、円を描いて垂直に回る八つのそれらは、見る見ると形を変えて、朱塗りの水瓶へと変化した。その中に張られているのは濁酒のように白く濁った水。白の濁りは須佐之男の神力が込もっているからだろう。
眼下、白炎が弾けて消える。
八岐大蛇は、怪訝そうな顔で回る水瓶を睨み付けた。
須佐之男は手に持った御剣を、地上で立つ八岐大蛇に向けた。合わせ朱塗りの瓶たちが砲筒のように一斉に大蛇くを向く。
「――祓厄『八塩折乃酒』」
八つの水瓶から斬鉄の勢いで白濁水が放射された。
迫る白濁水流に対し、八岐大蛇は八尾を妖気に戻し、黒紫閃光をもって迎え撃つ。
激突する白と黒。
打ち勝ったのは黒。白濁水流は飛散し、直進する黒紫閃光によって水瓶も全て砕かれた。
中に入っていた水も、それと同時に飛沫となって雨を降らす。
技を破られたはずの須佐之男は、この戦闘で初めて笑みを作った。
「――浴びたな?」
飛沫となって飛び散った白濁水は雨の如く、それは下方にいた大蛇へと全て降り注ぐ。
全身くまなく水浸しになった大蛇の身体。
それは須佐之男の言葉の直後、がくん、とバランスを失って倒れかける。何とか脚を出して踏み止まるが、依然彼の身体はふらつくばかり。
祓厄『八塩折乃酒』。
それは触れたものの意識を刈り取る、強力過ぎる神力水。その正体は須佐之男の能力と神力を練り込んだもので、触れた者の意識を強制的に水と共に流し落とす。意識が流れ落ち、倒れる様はまさに泥酔が如く。
とは言え、知能もない八岐大蛇にこんな説明をしてやることもない。
「まさか、八塩折乃酒をもろに浴びてもまだ意識を保っていられるとはな。
……しかし、最早まともに動けまい」
須佐之男は十拳之御剣を消して、地上に降り立つと立つのがやとの八岐大蛇に歩み寄った。
しかし、直後不意を突いて動き出した大蛇。
御剣を消した須佐之男に防御の術は無く、風穴の空いた脚では回避も間に合わない。
――振り抜かれたその腕は、須佐之男の心臓を貫いた。
須佐之男は自身を貫く腕をゆっくりとした動作で掴み、言った。
「捕まえたぞ」
胸を貫く腕を、掴み取るのは左腕。須佐之男の空いた右の手に虹色の光が収束していく。
光の粒子はひと振りの刀を形成。
八岐大蛇はそれに気付いて、腕を引き抜こうとするが、八塩折乃酒で意識は朦朧。力も碌に入らない。
「言ったであろう。――『我が命を掛けてでも救って見せる』と」
その手に握られた虹色の光刀。
それは、
――須佐之男の魂で形作られていた。
元より命を捧げるつもり、心臓を貫かれたところで関係無い。
自身の命で、親友の命を救えるのであれば悔いは無い。あるとすれば、永琳との二つ目の約束を破ってしまうことか。
しかし、こうしなければ夜を救うことはできなかった。
これまでの攻防は全て、これに繋げるためのもの。攻撃を打ち込んだのは、自分の神力を傷口から染み込ませ成功率を上げるため、八塩折乃酒は動けなくするため。
そして、手に持つ魂の刀は夜を飲み込む巨大災厄を封じるため……
「――永琳殿、本当にすまない。二つ目の約束、守れなかった」
もがく八岐大蛇に、魂の刀を逆手に持って振り上げた。
そして、紡いだ。親友を救いし技の名を――
「――封厄『天叢雲之御刀』――」
刀の形をした自身の魂を、親友の胸に突き刺した。
これだけは、物語進行上回避できない出来事でした。
これがあってこその夜さんの物語の始まりと言ってもいいでしょう。
作者としても悲しい限りですが、こればかりはどうしようもありません。
変更不可です。
今回は、意見として本当に感想コメント待ってます。




