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東方八岐録 ~夜の細道~  作者: 桐生直隆
序章 須佐之男之命編
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五夜 たった二人を護るために

 はい、とうとうです。

 

 高い音が居間の中で木霊する。音の正体は湯呑が砕け散った音。中に入っていたお茶は砕けた破片の隙間を縫って飛沫を飛ばす。それ以外の大半は机へと落ちて、床へと広がりを見せる。


「またかい……」


 思い出せば大衆銭湯での牛乳瓶から始まり、皿、箸、ドアノブ、湯呑、須佐之男の顔面と力加減を間違えることが多くなってきていた。

 ここまで回数が重なってくると、流石に軽視もできなくなってくる。

 俺の身体に何かの変化が起こっていることは確実だろう。それに、例に挙げた最後の一つはどうでもいいとして、こう何度も物が壊れると日常生活が不便で仕方がない。


 不思議に思い、永琳に身体を調べて貰ったりもしたが。変わった所は見られなかった。それどころか寧ろ調子がいいそうだ。


 原因は不明。

 だが、このまま放って置くわけにも行くまいよ。物を壊す頻度も上がって来ているし、須佐之男からも最近ツッコミの攻撃が強すぎるとの苦情も来ている。


 ……取り敢えず、これを片付けるかね。


 粉々に砕けた湯呑に、溢れたお茶。

 腰を上げて破片を拾って行く。

 そんな時だった。

 廊下からばたばたと忙しい足音が聞こえてくる。この家に来るものは少ない。来るのは住んでいる俺と永琳、そして須佐之男。希に永琳の仕事関係者くらいか。

 今回の足音は軽い。駆けてくる者の体重が軽いことを示している。

 つまりは、


「永琳かい」


 机に置かれた布巾で溢れたお茶を拭きながら、俺は開け放たれた襖へと視線を投げた。

 そこには息を切らした永琳が立っていて、


「夜。聞いて頂戴。本題から話すわね――」


 その顔はこれまでになく真剣で、こう続けられた。


「――このままでは生物は滅ぶ。地球に向かって飛んでくる巨大隕石が確認されたわ」


 そう、言った。

 俺の顔は不躾ながら、笑みを描いた。

 ……面白い事になった、と。



 ◆


 永琳の話を整理しよう。

 

 まず、地球に向かって巨大隕石が迫っているという事。そしてそれは99.999983パーセントの確率で地球に衝突するという事。……もう100パーセントでいいだろうに。

 隕石が衝突。そうすれば衝撃や地震、地殻変動のよる天変地異で90パーセント以上の生命が死亡。仮に生き残っても、巻き上がった土砂により太陽光が長期に渡って遮断され、地上は弊害に溢れ、地球は生物の住めない死の惑星と化してしまうそうな。


 そこで、唯一の助かる手段となるのが件の〝月移住計画〟である。

 幸いにも、計画はかなり進行しており、宇宙船はほぼ完成間際。月での都市開発も国民を全員収容するには問題無いそうだ。この国の国民約三十万、一ヶ月もあれば全国民が移住可能だとか。

 計画は火急を極めており、マスメディアは既にこのことを国中に報道されているとのこと。


 嗚呼、体内で災厄が巡るのを感じる。

 今頃国中パニックなんだろう。その災害に対する恐怖はそれそのまま俺の力と化す。


「まあ言いたいことは分かった。んで、計画も順調なんだろう? 元々実行するはずだった計画が早まっただけの話。混乱とて、一週間もすりゃ落ち着くだろうさ」


 計画は完璧のはず。何せ天才永琳の開発と、カリスマ性最高峰の月夜見の支持の元行われるのだから。

 しかし、それでも彼女の顔は晴れない。それはつまり不可避の問題が残っているということで、俺はその問題と言うのが何なのか予想が付いている。


 先の永琳の説明。抜けていた話題が一つ。それは一番重要なものと言っても過言ではないと言うのに、彼女の口からは語られなかった。つまりは言い澱んでいる。

 その話題は、


「隕石が衝突までの残された時間、ねぇ」


 永琳は黙って頷いた。


「隕石衝突は一ヶ月後の午後一時三十二分と、国最高のスーパーコンピューターが算出したわ。私の計算でも同様の答が出た。一ヶ月後、これはほぼ確定ね」


 一ヶ月。

 それは国民の移住完了と同じ、これはぴったり丁度だ、なんて喜べる事態ではない。現実は盤上遊戯(ゲーム)とは違うのだ。問題が発生すれば、それによって時間も掛かる。


 正直な話、俺にとって人間とは大した価値は無い。

 永琳と須佐之男以外の人間なんて所詮は暇潰し、俺の好奇心を満たすだけの存在に過ぎない。隕石衝突で地球が死の惑星と化そうが、隕石の直撃でも受けない限り、俺は生き残る事が可能だろう。他生物が恐れているという事は俺にとって養分に等しい事象だ。


 が。眼前の永琳はそう思っていないのだろう。

 彼女が国民を助けようとしている限り、俺もそれに協力しよう。


「そか。問題は間に合うか間に合わないか紙一重ってことだね。で、俺はどうすれば?」


 永琳は、下唇を噛んで少しの間沈黙した。

 彼女の言おうとしていること。それは俺にしか頼めない内容のはずだ、それはつまり〝俺しかできない程危険〟ということ。隕石衝突の騒ぎだ。俺がするべきことは大方予測できる。


 その言葉は永琳が口にするのは少し辛いかも知れない。

 でも、これは彼女言わなければならない事だ。

 

 数分の沈黙。俺は彼女の口から言葉が出るのをただ待った。

 そして、ついに言葉が紡がれる。

 その声は震えていて、いまにも消え入りそうな程小さなものだったが、はっきりと、言った。


「――お願い夜、隕石を……どうにかして頂戴」


 彼女は分かっている。その聡明な頭脳で。自分の発言がどれほど危険なものなのか。

 しかし、俺はその頼みを、ただ笑って、静かに首を縦に振った。

 「本当にごめんなさい」そう呟いて、永琳の瞳から流れ落ちる雫が頬に線を描いた。


 彼女はそのまま黙って立ち上がり、その場から逃げるように立ち去った。

 俺は一人。

 唐突過ぎる現状の変化に、何処か白昼夢のような感覚に陥っていた。

 ……これからどうなるのかねぇ。

 最早見慣れた天井を見上げながら、俺は一息吐いて笑った。



 ◆


 時が経過して、月移住計画も本格的に動き始めた。

 永琳は計画の中心で動き回り、家に帰る時間も無くなった。最近では俺一人が広い永琳亭にいるだけだった。


 久しぶりに聞いた永琳の声も電話越しで、冷静に割り切った口調で話していたが、やはり何処か悲しそうだった。まだ俺が死ぬと決まったわけでもないだろうに。

 彼女の話によれば、隕石が地球に近づくに連れて俺の力が増していくらしい。最近力加減ができなくなってきていることも、隕石襲来の災厄が俺の身体に影響をもたらしているからだとか。

 俺の力は現段階、緩やかに強化を続けているらしいが、隕石が大気圏内に突入した瞬間。その強化も段違いに跳ね上がる。


 彼女の計算では、地球上の災厄+隕石の災厄が加算されるため、隕石の脅威に上回るはずだと言っていた。しかしそれは予想の範囲より外に出ない。あくまで予想であって、実際どうなるかなんて誰にもわかるはずは無かった。



 ◆


 今日。

 ――それは永琳の涙を見た丁度一ヶ月後、隕石衝突の当日。


 移住は着実に進んで行き、九割の国民が移住を完了した。

 残りの国民は今日、月へと向かって出発する。

 俺が隕石をどうにかしなければ、隕石衝突の余波を受け、今日飛び立つ宇宙船も無事では済まないだろう。


 そして、最後の宇宙船には永琳も須佐之男も乗り込む。

 地球上でたった二人の失いたくない大切な存在。愛する者と親友と呼べる者。


 誰もいなくなった街に一人、変わらず昇ってくる朝日に目を細くした。

 俺が生まれて、長い、永い時間が経過した。

 あの頃は周りに一切の興味はなく、ただただ生きるために生き続けた。人間に興味を持って、いつしか殴り合って笑い合う相手もできて。

 ――そしていつしか人間の女性と愛し合っていた。


 永い間一人で、他人に興味のなかった俺が、まさか自分以外のために危険を侵すことになるなんて。


 ……あの頃の自分に見せてやりたいよなぁ。


 苦笑気味の笑いが溢れる。

 いつもと変わらぬ青い空。今から数時間後に全てを滅ぼす脅威が降ってくるなんて誰が予想できようものか。

 人っ子一人いない。完全に無人の都市の道路を一人歩いて行く。

 隕石衝突の地点は奇しくも、極端に発達したこの国の真上だった。それはまるで天上の絶対的存在が発達しすぎた文明を滅ぼす御伽噺によく似ていて。


 昇る朝日の陽光を正面から受けながら、両頬を叩いて気合を込める。


「さて、来るなら来やがれ。正面からぶっ壊してやるよ」


 地球上にいる数多の人類や、月に移住する三十万の人類なんてどうでもいい。人類なんてまた、時が経てば生まれることだろう。

 でも、俺は一肌脱ぐとしよう。



 ――大切な、掛け替えのない、たった二人の人間を護るために。




 シリアスですね。はい。前回の牛乳瓶は伏線でした。

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