四夜 広範囲守備の変態闘神
今回は夜の旦那も変態のターン!!
俺と須佐之男は闘技場より徒歩数分のところにある大衆銭湯へとやってきていた。
入口。暖簾を抜けてみれば、そこに広がる少しだけ前時代の雰囲気を残す空間が。右を向いても、左を向いても無彩色の機械ばかり見える現在のこの国では、そういった雰囲気はある種の落ち着きを感じさせてくれた。
さて、銭湯に到着した。
やることは一つだろう。
「うむ。女風呂でも覗くか……」
「なぁ夜、お前、自分で何言ってるか理解できているか?」
隣の変態が眉間に皺を寄せて言ってくる。
須佐之男と違って俺はノーマルな変態である。
「やかましい変態が、俺は俺のやりたいように生きる。常識なんて俺の前では風の前の塵に同義!」
会話をしながら進んでいく。
この廊下を抜ければ、絶好の覗きポイントだ。
関係者以外立ち入り禁止の看板が立っていた。……無視。
俺はそのままずんずん進む。後ろに抜けていく壁は看板から奥に進んだ時点で、板目の木壁から無機質な灰色へと色を変えた。コンクリート固めの壁には、進むに連れて何かの配管が増えて行く。
後ろ。須佐之男も覗きたいのか着いて来ている。
「なんだい。結局お前様も覗きたいのかい」
嘆息。なんともまぁ、変態なことである。
「そうそう我も……って違うわ。お前を止めようとしているのだ。大体、そこまで絶好の覗き地点ならば、防犯として監視カメラの一つでもあるだろうに。……ほら、そこに――」
「はい、どーん」
少し飛び跳ねて、機械作り監視の目を殴り壊す。
躊躇? そんなものは一切無い。皆無だ。
俺は腰を下ろして、そこにある小さな穴に目を当てる。見える、見えるぞ。ふはははは。
「破壊って、本当に容赦ないな、お前……警察に捕まって法に裁かれても知らんぞ我は」
「須佐之男。何故人が法を守るか知ってるかい。それはね、警察の力に敵わないからだよ。故に法を犯すことを人は恐れ、法と言う名の束縛に甘んじて絡め取られる。俺はそんな生き方したくは無い。本来欲望と言うのは悪なのだろうか? 向上心も、夢を叶えようとする思いも、言ってしまえば欲望だろうに。欲望に罪は無い。あるのはそれを罪と感じる人の心だ。野生を悠々と駆け抜ける恐竜たちのように、俺たちも大自然へと準じてみようじゃないかい」
「お前な、いい事言ってるようで、話要約すると『力こそ正義』って言ってるだけだからな? 己は力を持っている文句ある奴は掛かって来い、って言ってるようなものだからな?」
「うっさい黙れ」
「酷! ……もう良いわ。好きにしろ、まったく」
須佐之男の分際で軒並みなこと言いくさりおってからに。生意気な。
須佐之男は、覗きを開始する俺の横で仰々しく溜息を付くと、俺の隣に腰を下ろした。
そして、
「はぁ……さて、我も一糸纏わぬ女体を堪能するとしようか」
思わず蹴り飛ばした。
彼の体は空中で三回転の捻りを描いてコンクリートの壁に突き刺さる。
そして、抜け出るなり声を上げた。
「夜! お前いきなり何をしてくれる!」
「こっちの台詞じゃこの変態! お前様は一分前の自分が言ってた内容を思い出せ!」
「ええい! 我は一度も覗かないとは言っておらんぞ! ただお前を止めようとしていただけだ!」
この変態め。今回に限り俺自身が変態行為に走っているため、〝変態〟と言う代名詞を使い辛いのではないかと危惧したが、やはり変態は変態のようだ。
「やかましいよ変態めが、ぶれる事のない変態めが。お前様は覗くな変態め」
「変態変態って酷いな! 現在進行形で目を逸らすことなく覗きを続けるお前に言われたくないわ!!」
分かってないね。須佐之男の野郎。
「いいかい須佐之男。人間が人間を裁くと言うのは、ある意味でとても業の深い所業らしい」
「? いきなりどうした。先の話の続きか?」
「つまりそれは他のことでも言える。人間が人間の入浴を覗くのは同じく罪な所業だ」
「何を当たり前のことを」
「そして、そこに行けば俺は人間じゃない。妖怪と言うか、怪異の類だ――つまり、そういうことだよ」
俺の言葉に疑問符を浮かべ、須佐之男は数秒間動きを止める。
そして理解したのだろう。言う。
「いやいや、お前もしっかり犯罪だからな? 妖怪だから無罪とかにはならないからな?」
「須佐之男。お前様は一つ勘違いをしているようだね」
「何がだ」
「いいかい。俺の覗きはお前様方人間の男の性欲からくる、いやらしいそれとは違うんだよ。もっと性欲の絡まない純粋な覗きだ。犯したいとか視姦したいしたいとかそういうのじゃないんだよ。俺の覗きは健全な――趣味だ」
「健全要素が全くないわ!! 何を言い出すかと思えば、本当に何を言っておるのだお前は!」
「正論」
「お前のご高説の何処に正の要素があったのだ! 強いて言うならば欲望に正直の正の字だけだろうが!!」
「おぉ、すっげ。あの女乳でっか」
「聞けよ!!」
うるさい。本当にうるさい。
俺は視線を外さぬままに手だけを動かして、何処かに行けと意思を示す。
それに対して、須佐之男は「何故俺だけ駄目なのだ」と愚痴っていたが、最後には「夜相手だし」とその単語で自分を説得し、色々諦めたように息を付いた。
……失礼な。まるで人のことを非常識の塊のような反応しおって。
彼はそのまま名残惜しそうにその場を後にした。
俺は邪魔者のいなくなった覗き場で、一人心行くまでおっぱいと言う名の黄金郷を堪能したのであった。
変態? そうですが、何か問題でも?
◆
黄金郷を堪能し、満足気な顔で来た通路を戻って行くと、何やら壁に張り付く人影がある。
この通路は浴室の裏側を位置し、先ほど俺が覗きを行っていたのが女湯。そしてこのあたりまで来ると男湯の裏側になるわけで。
大方、人影の正体は分かっている。しかし、できることならばこの予想には外れて欲しいものである。
誰だって思いたくはないだろう。自分の好敵手とも言える知り合いが、男湯さえ覗くような守備範囲が広すぎる変態だなんて……
確認のためにより近くへと近付いてみた。
壁に張り付く人影、その正体はやはり――
「おお! あのショタっ子め! 中々の上玉! これは将来有望だ」
――須佐之男だった。
呆れを通り越して関心すら覚える。よくもまぁそこまでの趣向と言うか守備範囲を持てるものである。
頭が痛くなる。こんな奴が地球上で唯一俺に傷を負わせることのできる存在だなんて。
額に指を当て、嘆息を一つ。
このままぶん殴って息の根を止めるのもいいが、一旦落ち着こう。そう深呼吸だ。
深呼吸。そして訊く。
「おい……一応聞こうかい。そこの変態様は何をなさってるんで?」
鼻息荒く目を変態的に輝かせている美丈夫の顔がこちらを向いた。
「おお! こんなところに美女が! ……否、男の娘か!! お前、男のくせにそこらの女より上玉の美貌ではないか! はっはっは! って……ん? この顔何処かで……げっ」
再び彼はコンクリートに突き刺さることとなった。原因は勿論俺の拳と言うか、いや拳は使用武器であって、原因ではない。原因は須佐之男の発言にこそある。
壁に突き刺さり、がらがらと落ちる石片の中にいる須佐之男に向けて言う。
「おいおいどうした? 覗きの興奮でトリップして現実が分からなくなったのかい?」
俺は笑顔。さっき落ち着こうと決めたではないか。
大丈夫、笑顔はできているはず。目だけが笑っていないなんてそんなことは無いはずだ。多分。
例えこいつが俺の顔での苦労の原因作った張本人のくせに、そのこと忘れてその苦労人に対して凄まじく無責任な、火に油と大量の黒色火薬をブチ込む発言をしようが。俺はまったく落ち着いている。
こいつを今から原型なくなるまで叩き潰そうと言う、とても優しい対処に決定させるほどに落ち着いているのだ。
石壁より突き刺さった上半身を引き抜き、こちらを向いた須佐之男の顔面から血の気が引いてゆく。
どうしたと言うのだろうか。俺はこんなに笑顔だというのに。
「その……なんだ、夜。い、今の言葉は本当にすまなかった……だから、その、般若のような顔はやめてくれ……」
「うふふふふふふふふ。般若ぁ? 何が言いたいんだいお前様よぉ。俺は優しく微笑んでいるだろう?」
「いや、目から光が消えているんだが。いや、ちょっ、本当にすまなかった! 赦してくれ! 少し現実を見れていなかっただけなんだ! 悪気は無い!! 本当だ!」
「そうかい。悪気は無かったんだね……」
「そ、そうだ! そうだぞ! だから赦してくれ!!」
「現実が見えてなかっただものね。長い付き合いだ。流石の須佐之男でも言っていいことと悪いことの違いくらい分かるはずだものね」
「ああ! そうだ! そうだとも!!」
眼前。須佐之男は高速で首を上下させて頷く。
心寛大である俺は、この愚者を赦そうではないか。女顔のことは最早慣れた話題だろうに。それに須佐之男は先の喧嘩で疲れてもいるだろう。
善戦に免じて、今回の事を水に流してやることにしよう。
「そうだね。今回は特別に赦してやろう」
言葉に須佐之男は胸を撫で下ろし安堵する。
俺は言葉を続けた。
「それに今日はかなりの善戦をしたしね。むしろ褒美をやろう」
「ほ、褒美?」
「そうそう。今、お前様は現実がよく見えてないようだからね。目を覚まさせて差し上げよう。ちょっと痛いかもしれんが、なに安心しな数十回殴打するだけだから」
「安心できんわ!! いや、だから笑いながらこちらに近付いて来るではな――ぎゃぁあああぁぁぁあぁぁああああああぁぁぁぁあああぁぁぁぁああ――っ!!」
浴室の裏側。配管が巡るその場所で、最強なはずの闘神の叫び声が響いた。
◆
その後、俺は顔面をぼこぼこにした須佐之男と共に湯船に入った。
先程は須佐之男を蛸殴りにこそしたが、本当に怒っていたわけではない。本当に怒ったのであれば、この銭湯自体が、今こうやって存在しているものか。
あの程度ならば、いつもの馴れ合いだ。
とは言え、須佐之男の発言があまりに無責任だったことは反省して頂きたいものだ。今となってこの身体も愛着が湧いてこそいるが、俺が苦労したと言うのは事実なのである。
そのことを須佐之男には忘れないで貰いたい。自分の趣向で人様の人生を左右してしまったのだ。まるで自分の子供の将来を考えずに「かっこいいから」「かわいから」と奇抜な名前を付ける親たちと同じようなものである。
ついてしまった名前同様、俺の外見も最早仕方ないが、それを決定した本人が無責任と言うのは納得行かない。
この話はもういいな。終わりにしよう。
俺たち二人は十分湯に浸かった後、浴槽から出た。
備え付けの冷蔵庫のから牛乳瓶を取り出す。やはり風呂上がりには牛乳だろう。俺と須佐之男、二人仲良く並んで、腰に手を当てて牛乳を飲み干した。
ぷはぁ、と息が漏れる。
やはりいいものだ。
「さてとさっさと服着て帰りますかねぇ」
「ああ。永琳殿も食事を作って待っているだろうしな」
「なんだいその物言い。またうちで夕飯食べていくつもりかい。ま、別にいいけど」
「はっはっは。永琳殿のことだ。これを予測して多めに食事を作っていることだろう」
飲み干した空き瓶をごみ箱へと捨てようとした。
その時だ。透明な瓶が甲高い音を立てて割れた。俺が握りつぶしてしまったのだ。
「おい。どうした夜?」
自身の飲んだ空き瓶をごみ箱に放りながら須佐之男が心配そうにこちらを向いた。
「あ、いや。何でないよ。ちょっと力を込めすぎたみたいでね」
「そうか。何でもないならいいが。お前は確かに馬鹿力だが、そのような力配分の誤ちは珍しいな」
俺は人外。
当然その身体能力も桁違いのものであって、硝子の空き瓶を握りつぶすことなんて造作もないこと。
しかし力だけで言えば、それは須佐之男にも言えること。俺や須佐之男、両者とも日常生活を苦無く送れる程に力加減はできている。
……ならば何故、壊しちまったんだか。この瓶が特別脆かったとか?
深く考えても分かるまい。
俺は捨て置いていいことと判断し、落ちた破片をかき集めてごみ箱に入れた。一応一般人には危険だったので危なくないように粉々に握り潰しておくことも忘れない。
その後、特に語るような出来事もなく、二人は銭湯を後にした。
敢えて言うあらば、覗きの云々の直後、「男湯覗くくらいなら、お前様自身男なんだからそのまま入っちまえばいいのに」と言う俺の発言に、須佐之男がその発想は無かったと言った顔をしていたことぐらいか。
本当に馬鹿だろ、と思った俺は間違っていないと思う。
今夜の夕食は、焼き魚をメインとしたものだった。美味かった。
感想いっぱいほすい。
ぶっちゃけPVより感想がほしい。




