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東方八岐録 ~夜の細道~  作者: 桐生直隆
序章 須佐之男之命編
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一夜 幾星霜の一撃

 更新。

 まさかのアイツ。

 

 変態(スサノオ)と別れ、およそ千年は経っただろうか。

 俺の予感は正しく、あいつは変態だった。


 行く先行く先、女と間違えられる。最初の方は苦ではなかった。元々性別なんてありやしない。女と勘違いされたところで「この顔だし仕方ない」と思ったものだ。

 それに須佐之男があれだけこの顔がいいと豪語していたのだ。何か利点でもあるのだろうと考えた。


 ……結果。利点なんて有りやしないよ、コンチクショウ。


 しかもだ、面倒なことに時が経つに連れ、精神が肉体に引かれて行っているのか、男性としての自覚まで芽生えて来やがった。

 そうなって来たのも原因の一つか、それとも煩わしくなって来たのか。女性と勘違いされることに若干の苛立ちを覚えるようになった。

 悪循環は止まらない。

 女性と勘違いされることに苛立ちを覚えるようになった俺は、身体のせいか精神のせいか、より男らしくあろうとするようになって行った。


 これで万事解決。


 ――ってなれば良かったのにねぇ。

 実際のところどうだい。男勝りな性格とその美貌から〝姐御〟なんて呼ばれるようになり、俺の神経を逆撫ですることに。誰が男勝りか、そもそも男だよ糞ったれ。

 人間の世界に紛れ込もうとしているため、化物形態(ヤマタノオロチ)の時と違いそうそうに人も殺せない。

 適度な手加減で(それでも大人が数メートル吹き飛ぶ)制裁を加えようとも、


『ご、ご褒美ありがとうございますっ! 夜の姐御!』


 ……いやぁぁぁぁぁぁぁぁ。本気で寒気がしたね。いや割と本気で。須佐之男戦で奴の刃が首元掠った時以上に恐怖を感じたね。

 教訓。人間には変態が多い。変態が多い。

 しかもその変態連中、俺を男と理解した上での奇行なものだから、これまた変態に磨きが掛かる。

 一度気になってファンクラブ(非公認)の連中に聞いてみれば「夜さんはそのへんの女よりよっぽど魅力的ですからっ!」と、長年の努力が認められた好青年のような爽やかな笑みで言い放ちおった。

 無論。一秒後に鉄拳制裁。


 最近では人里への長居を避けている。

 ファンクラブなんてものが出来上がる前にお暇しなければ、俺のSAN値が警鐘を鳴らしかねない。

 一度、割と本気で切れかけて、抑えていた妖気を開放し掛けたことがある。

 漏れ出る前に急いで自重したが、ほんの少し漏れ出ちまったらしく、周りにいた人々全員が泡吹いてぶっ倒れたのは記憶に新しい。

 全員気を失ってて気がつかなかったろうが、小型の地震まで発生していた。


 流石は災厄・災害の化身。半端じゃないわ(他人事)。


 全員が全員前後記憶がないらしく、事無きを得た。しかしこんなことが何度も続けば危険であろう。そこに行くと、妖気抑える気が全くなかった化物形態時に普通に会話していた須佐之男も、やはり化物級なのだろう。


 よく考えなくても、この面倒事は全てあの変態(スサノオ)のせいだ。

 あの野郎、何がその顔でいいだ。無責任なこと言いくさりおってからに。しかも人間観察を続けるうちに養った俺の目で言うに、あの野郎当の本人は抜群の美丈夫(イケメン)ときた。

 俺にはこれだけの面倒な顔を押し付けて置いて、元凶様は美丈夫ですか? はっ、いいご身分で。


 男としての自覚が芽生えたのだ。

 俺だってできることなら女にモテたいわ。何が悲しゅうて野郎に囲まれにゃならん。


 今度会ったら、ぼろ切れになるまで叩き潰してやる。

 死ぬことすら幸せと感じるように徹底的にいたぶってやる。

 あー。思い出すだけで腹立つ。愚痴と文句だけでも文章にしたらかなりな量になるんじゃないかね。


 俺はあいつのせいで苦労してるって言うのに、あいつは〝八岐大蛇〟を退治したって事で有名人だからね。なにこの差別。俺が倒されたことにしようって言ったのも俺だけど……


 閑話休題。


 とまぁ、一億と五千万と数千年生きた俺ですが。

 眼下広がるものは初めて見た。

 現在の人間の文化水準が鉄器の使用を開始したところだ。米なんかも作ったりして結構な生活レベルだった。

 しかし、眼下広がる人里はどうだろうか。


 今、俺は小高い丘の一本の樹の上より里全体を見下ろしている。

 その里はこれまで見たどの人里よりも巨大で、何より文化レベルが高過ぎる。一体どれほどの年月をすっ飛ばせばこのようなレベルに到達するのであろうか。


 全体的に落ち着いた雰囲気の木造の家屋が多くあるが、これまで見てきた簡素な造りの建物と明らかに違う。道行く人々の服装にも個性が現れ、石畳で綺麗に舗装された道を行く。里の中央部へと視線を飛ばせば、山のように大きな長方形に無彩色が建ち並ぶ。

 別世界。

 視界の先に広がる大都市には、最早〝人里〟なんて言葉は使えなかった。

 

 都市の中央部にそびえ建つ巨大建造物郡。およその目測で見ても百メートル超えであろう。それの建築にどのような技術が使われているかなんて想像もできない。


 高鳴る鼓動。

 心躍ることこの上ない。本当に本当にこれだから人間は面白い。

 一つ一つでも確かに賢いかも知れない。しかし、彼らはその上自らが発見したことを後世へと〝知識〟として残す。動物連中にはこれができない。これは人間だけの特権だ。

 百人いれば百の物の見方があるだろう。百の発見があるだろう。動物はこれで終わり、次世代はまた一から発見をして、それでまた終わる。

 人間は違う。今世代の百人が百の発見をすれば、次世代が一人だとしても、前世代の百の発見を受け継いで、新たに数を重ねて行く。


 人間の進化は加速度的。

 進化は一方向への足し算じゃなく、全方向への掛け算なのだ。

 動物は一つの方向へとゆっくりゆっくりと進化を重ねる。馬は世代を重ねて速く走ろうとする。

 人間は全ての方向へ、発見した全ての事象へ、それらを折り重ね技術として、また新たな発見をして行く。


「くくくっ、面白い。面白すぎるよ」


 樹の枝の上。思わず口の端が釣り上がる。

 進化はこれまで見てきた。時に外から、時に中からその進化を見守ってきた。新しい技術が発見される度に驚かされた。


 今日。この場でそれらが全て吹き飛ぶ程の驚きを得た。

 この都市はなんだ? どうしてここだけ進化が早い? どうすればここまでの建造物が建設できる? どうやってこれほどまでの技術力を手に入れた? 何故、何故、何故……


 正直な話。疑問の答えなんて必要無かった。

 好奇心が満たせればそれで良かった。目の前に最大級の〝面白いもの〟がある。ならばそこに飛び込んで行くだけだ。


 俺は嬉々として枝から飛び降りた。

 歩き出す。向かう先は勿論その都市。

 口の端は三日月を描き、鼻歌を混じえながら軽い足取りで進むのだった。



 ◆

 

 都市の入口まで歩いて行くと、どうやら妖怪の群と応戦中らしい。

 守護兵か何かだろう、金属の装甲に身を包んだ男衆が対峙していた。

 妖怪側。熊のような大型のものが一頭に狼のようなもの中型が十数体。非力な人間では戦闘は難しかろうと思って見てみれば、何と既に数体の狼妖怪が地に伏せて苦しんでいる。中には息絶えたもののいる程だ。


 どういうことだろうか。

 男衆の中に須佐之男同様の特異存在でも混じっているのか。

 見回す。しかし彼ら全員から感じる気配は一般人のそれ。戦闘力に関しても一般人の少し上が精々だろう。霊力にしたって平々凡々、とてもじゃないが妖怪に敵うとは思えない。


 すこし遠目ながらも戦闘を観察する。

 妖怪側も警戒しているらしく、睨み合いが続く。

 最中。動いたのは人間側。


「撃て――!!」


 男衆の中でも、頭一つ霊力の高い者が号を発す。

 直後、男衆の手に持たれた黒塗りの何かから礫が飛び出した。


 飛び出した礫。その速度は凄まじいものだった。弓矢とでは比べ物にならない。発射された礫は真っ直ぐに空を掻き分けて妖怪たちの身体を穿つ。

 礫の速度。相対的に見れば他の全てが余りに遅く感じてしまう。結果、妖怪たちは動けぬまま飛来する礫の郡に無防備に晒され、悲痛な叫びを上げ力無く倒れて行く。


 成程。あれのおかげってわけかい。

 

 仕組み、理屈は分からない。しかしあれは文明が生んだ利器なのだろう。霊力の使用も見られない所からするに、力無い者でも簡単に力を得られる代物ということ。

 戦闘と呼べない一方的な蹂躙を眺めつつ思う。


 末恐ろしいねぇ、人間。


 このまま進化・発展を続ければ、人間は更なる力を付け、いつの日か妖怪を恐れぬ日が来るのだろうか。

 そうなれば世界はどう変わってしまうのか。

 恐怖を失った妖怪たちはどうなるのか。恐怖のない世界で、神族への信仰はどう変化するのか。

 俺は頭の回転が早いわけじゃあない。

 正直どうなるかなんて分からない。

 

 だけど、人間が世界を変えてしまうという事だけは直感的に悟った。


 ……ま、俺には関係ない話かね。妖怪に神族、人間に生み出された存在である連中がどうなってしまうのかは見物だがね。


 思い返して見て欲しい。俺は人間によって生み出された存在じゃあない。

 化物形態の時は影響こそ受けていたが、今のこの姿は自分で想像し創造したもの。世界に災厄がある限り俺は不滅だ。

 

 災厄・災害。言うなれば脅威そのものが、それそのまま俺。人間の恐怖要らずの妖怪というところだろうか。

 人間の恐怖が創ったのが妖怪で、地球の脅威が形作ったのが俺。

 あー。頭こんがらがってきたよ。


 地震、雷雨、竜巻、噴火、飢饉、不幸、破壊、感染病から死そのもの。しまいにゃ妖怪襲来による脅威さえ、俺の力となる。我ながら無茶苦茶である。

 要は、災厄と言えるもの、その全てを統べた化身が俺。

 最悪、地球が破壊されてもそれ自体最高で最悪の災厄で災害。俺、逆に超強化されるんじゃなかろうか。いや、実際のところ解らんが。


 ぼーっとしながら戦いの行く末を見守っていると。一番奥に控えていた大型熊妖怪が動き出した。


「おおー、展開は佳境へ。どうするー人間様や。そいつ多分……」


 男衆。リーダーらしき男(先程の霊力がちょっと高い男)の号。礫の連射音が響く。

 しかし、熊妖怪は止まらない。分厚い毛皮が礫の進行を阻む。

 仮にも、中型狼妖怪を統制するほどの妖怪だ。格はそれなりに高い。


 ……ほら、効きゃしないよ。


 とは言え、所詮ははぐれ妖怪。特殊な能力もないだろうし、何とかなるんじゃないだろうか。

 礫発射機(仮)の次は何を見せてくれるやら。

 胸に期待を抱きつつ眺めていると、


「くそっ、闘神様はまだ来ないのか?」

「隊長! このままでは突破されます!!」

「ひぃ……――ぐぁあああああっ!!」

「うわぁああああ――っ!!」


 四本足で爆進し、大きな両腕を振り回し男衆を薙ぎ払う。

 あれ? これ結構危機的状況じゃないかい?

 このままでは死者が出てしまう。闘神様とやら何やってんだよ。


 待てよ……

 頭を廻す。

 1.都市に妖怪が侵攻。

 2.守護兵が応戦。

 3.苦戦、闘神様は来ない。

 4.危機! どうする!?

 5.そこに何と謎の影が!

 6.謎の人影、熊妖怪を倒す。

 7.ハッピーエンド。

 8.都市にそのまま入る。


 俺は天才じゃなかろうか。

 そうと決まれば即実行。


 俺は戦場へと飛び込んだ。

 拳を握って振り被る。角も変化で隠したし、手加減だってする。


「あ、よいしょー」


 十メートル程の巨体を俺は難なく殴り飛ばした。

 やべ、頭吹き飛んだ。


 とは言え、これで俺は英雄みたいなものだろう。

 さぁ俺を都市の中に導け。

 首を失くし横たわる妖怪の亡骸の前、俺は自慢げな笑顔で微笑んだ。


「そ、そこを動くんじゃない……化物め」


 あら。予想外。

 一斉に俺に礫発射機(仮)の発射口を向ける男衆。


「……動けば撃つ」

「いや、俺人間。人間だよ」

「嘘をつくな。その頭抜けた美貌といい、その怪力といい、何を根拠に人間か!」


 あー確かに。

 妖怪って無駄に美形だったり美女だったりするよね。よし須佐之男をぶん殴る理由が一つ増えたな。

 それに普通、見た目女が素手で大型妖怪を一撃必殺したりもしない。


「はぁ、面倒くさ……」


 嘆息。そして頭を掻いた。

 俺の一挙一動にさえ過敏に反応し、「撃て」と号が生まれる。どれだけ臆病なんだか。

 飛んでくる礫。避けるのも面倒くさい。

 よって全弾命中した。


「馬鹿な……無傷だ、と」


 唖然。言葉を失う男衆。

 お前様方。さっき何を見ていたんだか。その礫発射機(仮)が効かなかった熊妖怪、それを一撃で仕留める化物なんだろう? 効くかいそんなもん。


「怯むな! 撃て! 撃つんだ!!」


 爆発音にもにた射出音を響かせて礫が飛来する。

 あのねぇ、効かないといっても、うっとおしいことには変わりないんだよ。お前様方とて身体中を指でつつかれるのは嫌だろう。


 数秒後。弾幕が終わる。

 かちりかちり、と空打ちの音が聞こえてくる。飛ばす礫が尽きたのだろう。


「あのねぇ。確かに俺は化物だが、お前様方の命の恩人でもあるんだよ?」

「……何が目的だ」


 そんな警戒心全開の目で睨まなくてもいいだろうに。

 それに聞こえてる聞こえてる「闘神様が来るまで時間を稼げ」って? どうしてこうなったんだか。誰か話の解る奴はいないものか。

 

 大きく溜息。


 どうしたものかと呑気に考える。


「隊長! 闘神様が到着しました!!」

「よし。我々の勝ちだ!」


 走って来た男の後ろ、装甲を身に纏っていない人影が見える。

 彼らの顔に安堵と勝利の確信が浮かぶ。それだけ闘神様とやらが頼れる強さを持つのだろう。


 赤い衣に身に纏った男が前に出る。


須佐之男(・・・・)様、よろしくお願いします。この妖怪を討ってください!」


 んん? 聞き間違いか?

 どこかで聞いたことがある名前だが? 確か千年ほど前に出会った変態の……


 男衆の前、俺へと進み出た。赤衣の男を見る。

 整った顔。ほどよく付いた筋肉。乱雑に伸びた黒髪に、霊力で創りし赤光の大剣を肩に担ぐ。

 俺はこの男を知っている。自分の趣味を押し付けて、俺の人生を面白可笑しく彩りやがってくれた張本人。


 ――須佐之男尊(スサノオノミコト)だった。


 須佐之男の顔が、俺を見つけると同時に明るくなる。

 笑って見せた爽やかな笑顔。俺もそれに倣って最高の笑顔で微笑み返した。

 微笑みのまま、須佐之男に駆け寄る。――その瞳に殺意を揺らめかせながら。


「おお、夜じゃないか。千年振りじゃないがはぁ――っ!!」

「此処で逢ったが千年目じゃい。この弩畜生がぁ!!」


 千年分の憤りを拳に込めて、割と全力で鳩尾を殴打した。




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