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東方八岐録 ~夜の細道~  作者: 桐生直隆
序章 須佐之男之命編
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零夜 八岐大蛇と須佐之男

 読んでくれると嬉しいです。

  

「え? ちょっ……何するつも――」

「そんじゃ、サヨナラー」

「ぐおっふぅうううううううぅぅぅ――」 


 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)と呼ばれた俺が、人型になって初めてとった行動は、


 ――変態を地平線の彼方へと蹴り飛ばすことだった。



 ◆

 

 ……暇である。


 大きな体躯を持った竜たちが地上を跋扈する。

 翼竜が空を駆け、首長竜が海面から首をもたげる。肉食竜が草食竜を餌とし喰らう。知能も何も無い純粋な力だけの弱肉強食の世界。


 そんな世界で俺は生まれた。

 自分が何なのか、それだけは理解できた。

 世界には希にそれぞれの事象を司る化身が生まれる。自分もそんな化身の一つ。本来化身は何か軸となるものが存在し、そこに事象の力が受肉。そうやって存在を顕現する。

 しかし。俺に軸なるものは存在しない。

 理由は単純。司る事象が軸を必要としないほど強大な力を持っていたからだ。


 俺は化身。司るは災厄・災害。

 

 誰にも制御されることの無い、圧倒的な大自然の力や脅威そのもの。実体を持たぬ概念的存在。それが俺である。

 俺が生まれた理由。それは分からない。そもそも意味なんて無くて、そんな事考えること自体が可笑しい話なのかも知れない。


 周りを見てみろ。力が物を言う食物連鎖。そんな小難しいことを思う存在が何処にいようか。

 皆生きることのみを考えて、本能のままに行動する。

 それでいい。それが真理なのだろう。


 考えることを放棄した。生きていればそれでいい。そう思いただただ日を重ねて行くのだった。



 ◆


 力こそが真理で、その現実は絶対。そう思っていた。

 しかし、巡る年月はそれを覆す生物を作り出した。

 俺と違い、考えることを放棄しなかった哺乳類の一角。それは少しずつであるが進化を遂げ、知性と呼ばれるものを持つにまで至った。


 興味深い。

 彼らは人間と言った。人間は木や石を使い武器を作り、己より力ある存在を狩り食料とした。

 進化は止まらない。寒さを防ぐために衣類なるものを作り出し、食料が取れぬ時のため保存することを覚えた。更には植物を自分たちの手で育て、確実に食料を手に入れる術を確立した。


 知能を持たぬ獣の世界。その中で知能を持つのは自分だけであった。

 しかし、今はどうだろう。もはや人間は獣と呼べまい。食物連鎖から抜け出した特殊な存在だ。身体に宿る力は小型の竜にも及ばぬと言うのに、知恵を酷使して強き者を狩る。

 その知能は俺と同等のものにまで進化していた。


 自分の中で人間に対する興味が沸くのを感じた。

 もっとよく人間を観察してみたい。これからどのように変化をしていくのかを間近で見ていたい。

 

 知恵を得た人間たち。が、故に彼らは理解できないもの、制御できないものを極端に畏れた。それは様々な事象に言えたこと。

 彼らの畏れは軸となり、そこに事象が受肉され妖怪と言う存在が出来上がった。

 更にだ。事象や自分たちが生み出したと知らない妖怪への恐怖。それらから救ってくれる存在を願い、信仰心を軸に神と言う存在まで創りだす始末。


 面白い。本当に面白い。

 人間の思いの力はこれほどにまで強力か。


 そんな中、変化は俺にも起きた。


 彼らは災厄・災害に対する恐怖より、空想上の怪物を生み出した。

 それはとにかく凶悪で巨大。大きさは山八つ谷八つを跨ぐ程。首は八本尻尾も八本。その姿は蛇のようで、瞳は鬼灯色に輝く。

 その名は八岐大蛇(ヤマタノオロチ)。災厄を司る凶悪過ぎる怪物である。


 ……勘弁してほしいものだ。

 災厄・災害に対するイメージはそれそのまま俺のイメージ。元々実体の無い俺の身体はその恐怖に則って顕現する。

 勝手に畏れるのはいいが、もうちょっと良心的な外観でも良かったのではないだろうか。

 首が八本て、そんな生物見たことないわ。


 案の定。人間は俺の顕現された姿を見て恐れ慄く。手前らが勝手にイメージしておいて、勝手に恐怖するとは本当に迷惑な話である。


 こちらとしては人間に近付きたくあるのだが、この超巨体だ。

 近付こうとすれば逃げる。それはもう凄い勢いで。近付けたとしても恐怖されて生贄を出される始末だ。要らんし。どうしろって言うんだ。


 俺は完全な化物、そして完全な悪者扱いだ。確かに司る事象を思えばそれも納得は出来る。しかしだ、俺は災厄・災害を司るのだから、それらを制御することもできるのだ。

 形が違えば神として崇められていた事だろう。

 こんな外観を得てしまった時点でそれも不可能か。


 思っていた時だ。転機は突然に訪れる。


 俺は凶悪な化物。故に、退治しようとする人間もいたわけで。勿論全て返り討ちだった。俺の命を狙おうとしているのだ。殺されても文句言えまい。例え俺が無抵抗になったところで殺されないとしても。


 しかし、今回の人間は違った。

 巨体も巨体。その上災害の力を秘めた俺と互角で渡り合う人間がいたのだ。

 無論、俺が巨体過ぎて小回りが効かないと言う理由もあるが。

 それでもこんなことは初めてだ。しかも相手は人間一人。


 戦いは三日三晩続き、体力が圧倒的に高いであろう俺に軍杯が上がる。

 眼前。八対十六の瞳の先で人間が片膝を着いた。

 自身の魂の力、霊力で生み出した血色の光剣も消える。


「我の負けか……」


 人間の顔が屈辱に歪んだ。

 殺そうと思えば殺せよう。しかし俺は殺そうとしなかった。たった一人でこの化物な怪物と渡り合った存在だ。興味も尽きない。

 発声の方法は知らないが、会話ができないとは思わなかった。

 声を出さぬままに語りかける。


『手前は何者だ。普通の人間でもあるまいよ。よもや霊力を操る術を持とうとはな』

「な!? 喋っただと!」


 驚く人間。

 こちらに知能があるのは思ってはいなかったと推測できる。


『喋るも何も、俺は手前たち人間が知恵を持つ前から知能なるものを有していた。俺を化物のように扱ってくれているがな。俺は人間が獣であった頃から知っているぞ』


 言葉は返って来ない。

 驚愕に言葉を失っているのか。


『そうか。驚くのも仕方ないと言えば仕方ないのかもな。人間は俺をただの化物としてしか見ていないようだったしな。

 黙っているのなら勝手にこちらが話させて貰おう。そもそもだな、俺がこんな怪物なのは――』


 そこから話したのは自分の誕生と、変化の経緯。

 そして自分がどんな感情を人間に抱いていたかであった。


 一通り話し終える頃には……


「すまなかったぁっ!!」


 眼前で平伏せる人間の姿。


「勝手に化物と思い込んで、勝手に迫害していたのは人間の方だったとは。知らなかったとは言えすまない。人間を代表して謝罪しよう」

『いや、いい。分かってくれたのならな。災厄・災害は畏れられるものだ。

 それよりもだ。俺は手前に興味がある。霊力の使用といい、力といいな』


 その後。お互いに幾つか言葉を交わした。

 人間の名前は須佐之男尊(スサノオノミコト)と言い、普通ではない特殊な存在らしい。生まれながらにして人外の力を持ち、これまでも妖怪を退治して回っていたとか。

 自分もかなり特殊な存在だが、人間にもそういった特殊な存在がいるのだろうか。


 考え、思考に耽っていると。須佐之男より言葉が出た。


「と言うかな。お前がそれだけ強大な力を持っているなら、自分の外見くらい弄れないものなのか?」


 どういう意味だろうか。

 そんな事は可能なのだろうか?


「妖怪の中には変化したりできる奴もいるものだからさ。お前ほど強力な存在なら、変化ぐらい可能じゃないかと。それなら人間に近い身体に変化すればいいじゃないか、と」


 考えた事もなかった。

 まさか外観を変えるだなんて、しかも人間のような姿にだ。

 思えば、この姿も人間の思いの力によりもの。俺の持つ力が人間の思いの力に劣っているとは考えにくい。


『妙案だな。やってみよう』

「おう。やってみてくれ!」


 夢想。

 目を閉じ、自分の身体が人型であるようにイメージする。実行してみて解る。これまで俺の外見は不安定だったようだ。それこそ、人間の印象一つで変わってしまうほどに。

 今、この場所で外見の形を安定させる。一時的変化ではなく、元からその姿であったように想う。

 

 巨大な身体とそこに満ちていた妖気の凝縮を感じる。巨体が縮んで人型になって行っているのであろう。

 数秒後。身体の変化感が終わる。内部妖力の動きも止まった。

 これで完了と言うわけではないが、見目形は完成しただろう。

 閉じていた目を開ける。

 長い黒髪がはらりと揺れる。開けられた目は十六ではなく二つ。先程まで見下ろしていた須佐之男の姿は視線のやや上の高さでいる。

 しかし、ひとつだけ問題が、それは側頭部より生えて前方へと突き出した二本の角だ。まぁこれは変化でどうにか隠すことができそうだ。


「おお、いい感じじゃないか!」

「あ、あー。人間の言葉、こんな感じで大丈夫かい? 変じゃないかい?」

「若干癖のある口調だが、問題無い。大丈夫だ」


 思ったことをそのまま伝える先ほどの会話ではなく。俺は声として言葉を口にした。

 服装等は須佐之男の物を真似た。

 色は須佐之男が赤に対し、俺は黒。人間の身体、服で隠れた見えないところは事前知識でカバーした。

 須佐之男に対し、細身ではあるが、人間平均的には大丈夫であろう。細すぎることも無いはずだ。


「一応身体の作りは男で作ってみたんだがね。角ができちまってるね。どうしてだろうか?」

「角は仕方あるまい。大方お前の災害の力だったかが形を成したのだろう。と言うか、その顔で男か?」

「あん? 何か変だったかい?」

「いや、変というか何と言うかな。その顔では男と言うより女だ。体型の線も」

「むぅ、作り直しかねぇ。人間の体にそんな違いがあるなんてね」


 俺は人間ではない。

 故に人間の男女の違いが当の人間程区別が付かない。男女の違いなんて、髭や乳房の膨らみ、そして性器の形状だけかと思っていた。言われてみれば女性の方が細かったような気もする。

 まさか顔や体型の線にまで違いがあるとは、これからはそういったものの見極めに慣れて行こう。

 

 確か、人間の女性は乳房の大きさがステータスになったりするらしいから、下手に乳房で男女を判断すると、失礼な事になりそうだ。


「いや、その姿でいいんじゃないか。我はそちらの方がいいと思うぞ。美人だし」


 笑顔のまま親指を突き出す須佐之男。

 何故か彼から変態臭が感じられた。


「でもだね。性別一応男で、外見女って変じゃないかい?」

「むしろそっちの方が大好物だ! いいと思うぞ我は!!」


 やはり変態臭がする。鼻息荒いし。

 人間の趣向の深いところまでは流石に知らないが、須佐之男は変態な気がする。

 とは言え、現状話せる人間は彼だけで、人間の情報は彼が頼り。


「それじゃあ、この姿で定着させるけど大丈夫だね?」

「定着とはどういう意味だ?」

「今、俺がやってんのは一時的な変化じゃあない。根本的な俺の姿そのものこの形に造り変えた。このまま定着し、安定させれば、俺の〝本来の姿〟がこの姿になる。

 変化はこの状態を真の姿として、ここから変化となるね。角はそれで隠せそうだよ」

「凄いことをやってみせるな、お前……流石は最強の怪異八岐大蛇か」

「元々外見なんて決まってなかったからね。人間の想像で外見が変わっちまう程不安定だったのさ。それを安定させて変化しないようにしただけ。言わば俺と言う存在は今日この場で完成するってことだよ」

「成程、解らん」

「そういうもんなんだよ。んじゃこれでいいんだね」

「ああ! 最高だと思うぞ!!」


 若干不安は残るが、悪い奴ではないあたり、俺を嵌めようなどと考えているわけでもないだろう。

 もう一度目を閉じて、姿の安定を試みる。


 体内。圧縮されただけであった妖力が安定し、身体中に循環を開始した。

 これで俺の姿は安定。俺と言う存在は完成したのだ。


「強大とは言え、巨体故に密度が薄かった妖気が凝縮されて、濃度が増しているな……今我とお前が戦えば、最早勝負にならんだろう」


 閉じた双瞼の向こう。息を呑む須佐之男。

 ゆっくりと目を開いた。


「何と言うか。完成という言葉が理解できたよ。確かにこれまでのお前は存在が不安定だったようだ。完成おめでとう。

 そうだな。完成ついでに名前もやろう。最早お前を八岐大蛇とは呼べまい」

「大蛇じゃないしね」


 ふむ、と須佐之男が考え込む。

 俺を初めて苦戦させた男だ。名を考えてくれるには良い相手だろう。


 夜空を見上げ、彼は頷いた。


「よし。字は〝八岐〟、名は〝夜〟。八岐(ヤマタノ)(ヨル)というのはどうだろうか? お前は見目が美しいし、完成した今この時の夜空のようだ。故に〝夜〟。どうだろうか」

八岐(やまた)(よる)か、うん。若干お前様の発言が気持ち悪かったが、名前は良い名だね。それでいいよ」


 ありがとう。そう言って須佐之男に微笑んだ。

 彼も満足そうに頷いた。


「それではお前は夜だ。これからよろしくな夜!」

「ああよろしく。だけどさよならだよ」

「何故!?」

「そもそも一緒に着いて行くなんて言ってないし、お前様なんかキモいし、変態臭するし……」

「好敵手に対してなんたる言い草か!!」

「まぁ、本音は脇に置いといて。俺は此処でお前様に殺されたということにしてくれ。〝八岐大蛇〟は此処で死んだ。代わりに生まれた俺は八岐夜だ。それに話聞けばお前様、何処ぞの村の依頼で俺を退治しに来たそうじゃないか。これから報告に村に戻るんだろう? それなのに急に連れが増えるなんて不審がられもするんじゃないかい? 俺は自由に生きるよ。気にしなさんな」

「脇に置かれた本音が気になって建前が頭に入ってこない!! せっかく男の娘が仲間になると思ったのに!」

「男の娘と言う単語がどういう意味かは解らんが、取り敢えず貞操の危機感とよく解らん怒りは感じた。お前様は頑丈だし、死にはしないだろう」

「え? ちょっ……何するつも――」


 脚を振り被る。

 この身体の性能を知るいい機会だ。


「そんじゃ、サヨナラー」

「ぐおっふぅうううううううぅぅぅ――」


 腹部を割と全力で蹴り抜いた。普通なら山ぐらい砕けそうな威力だったが、彼ならば大丈夫だろう。多分。

 きらりと点になるまで吹き飛んで、夜空の星と化した須佐之男を確認した。


「名前と人型に成ることの提案感謝するよ。生きてまた会おう……いや、会いたくないかも」


 夜空に呟き、宛もなく歩き出した。

 目的地は無い。人里は探してみるつもりだ。そして人間を観察しよう。彼らはこれからどのように変化して、どのように世界を塗り替えて行くのだろうか。

 この姿でならば、畏れられることもあるまい。あくまで実力を明かさない事を前提での話だが。


 鼻歌混じりに夜道を行く。

 これから始まる自分の旅路を祝いながら。


 そして……

 俺はこの時は知る由も無かった。

 後の世にて蹴り飛ばされた変態が神格化を果たし、〝闘神〟とまで呼ばれる最強の英雄になることなんて。




 はい。九録です。

 スサノオさん変態です。

 プロット、頑張って作りました。更新頑張ります。


 感想待ってます。

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