『秋の庭園(前編)』
2010/10/27作成。
朝顕にものすごくツッコミたくて仕方なかった。
私、庚朝顕とメイドの千佐都の二人が住む屋敷の庭は、祖父の趣味で無駄に広く、無駄な樹木が無数にある。
統一感のない雑多な庭を千佐都はとても気に入り、夏は蝉の脱け殻を拾い集めて私を驚かせたり、兜虫や鍬形を採集しては闘わせていたりした。
彼女は時々すっとこどっこいだ(そこが可愛い)。
もう一つ千佐都はこの祖父の屋敷の趣味の部屋も気に入っている。
私からすると悪趣味の古い汚い西洋甲冑や、日本の不気味な兜や小道具、部具を整理し掃除をすることを喜び、一日中入り浸っていることもしばしば。
告白して晴れて恋人になった筈なのに、千佐都の態度は堅いまま。
私を避けているようにも見える。
昨日は後ろから抱きしめようとしたら悲鳴をあげられてしまった。
千佐都いわく、
「仕事中は、迷惑です」
とそっけない。
赤くなった困り顔も可愛いから、それを楽しむためだけにそっと近付くこともある。
ただ手を握りたいのに、触れたいのに、千佐都は少しも私に甘えてもくれない。名前を呼ぶように頼んだのに、即効で却下されたのも恥ずかしがっているからだと思い込みたい。
贈り物をしようにも彼女の好みは難しい。
高価で豪華な宝石も、薫り高い美しい花も興味がないようだ。
知り合って間もない頃に、彼女が全く甘い菓子が食べられないことを知らずに、たくさんの焼き菓子を手土産に渡して困らせたことがあった。あれは私の失態だった。
あの時の千佐都は私の思い込みをようよう訂正し、縮こまり、すまなさそうにしていた。悪いのはリサーチ不足の私の方なのに。
そんな千佐都が私の告白を受けてくれたのは、この屋敷の悪趣味と雑多な庭のおかげではないかと不安になっている。
職務以上の何かが足りない。
私はこの屋敷の付属品ではないことを確かめたいが、千佐都に嫌われたくない。
…ヘラクレスなんとかのカブトムシをプレゼントしたらいいのだろうか。
「旦那さま、今日はとても天気が良いですね」
日曜の朝食後、千佐都は庭に出ないかと誘ってきた。
珍しい。
千佐都手製の軽食とワインをバスケットに詰めて、ブランケットを広げ、庭で昼を摂ることにした。
薔薇が薫る東屋を通り過ぎ、寂れた庭の気に入りの場所に着くまでの千佐都の1つにしたお下げがぴょこぴょこと背中で跳ねる姿が嬉しそうだ。
私はブランケットとホットコーヒーを入れた保温ポット、千佐都はバスケットを分け持って歩く。
バスケットも私が持つつもりだったのに、千佐都に断られた。
「わたしの仕事ですから」
襟と袖は白の他は黒地のワンピースに、繊細な細工を施したレースの真っ白いエプロン、黒のハイソックスにストラップ付きの靴。
彼女のほっそりとした姿によく似合っている。
赤や黄色の落ち葉の中をさくさくと軽やかに歩いて行く。
夏の間 に目をつけていた色づいた蜜柑や、柿や若い針の栗の実を見つけては食べ頃を気にして、はしゃいでいる。
「うちの者は誰も食べたことはないが、あの柿は全部、渋いんだ」
「えっ。どなたも召し上がらないのに、なんでわかるんですか」
「鳥が食べているのを見たことがない」
丸々と見開き驚いた瞳で私を見つめたあと、少し眉毛を下げた千佐都は残念そうにうつむく。
そんなに柿が食べたかったのだろうか。顔を覗こうと頭下げようとした時、
「渋柿なら、干し柿が作れますよね」
とまた思いもよらぬ反応に
「君は作れるのかい」
と返す。
「いいえ。作れません」
と機嫌良く歩き出す。
それから銀杏の雄しかないことを惜しみ、茶碗蒸しについて熱く語る。
足を止め、振り返り私を見ると
「旦那さま、キンモクセイが香りますね。いい匂いがします」
千佐都の自然な笑顔。
悪くない。
生ハムとカッテージチーズとスライスオニオンとケーパー、黒胡椒を利かせたサンドイッチとよく冷やした白ワインで済ませ、林檎を食後のデザートに半分ずつ。白ワインを勧めたのに、飲もうとしない。
「仕事中ですから」
「今日は日曜だし、私がいいと言ってるのだから。
さ、一緒に楽しもう」
少しだけ沈黙して、にこりと笑い
「いただきます」
千佐都は好きなものを見るとき、好物を口にする瞬間にふんわりと柔らかい表情になり無垢な笑顔になる。この笑顔を初めて見たとき、誰にも感じたことのない感情を覚えた。
だから独り占めするために拐った。
だからメイドとして雇い、この屋敷に閉じ込めた。
ああ、この一瞬をもっとずっと味わっていたい。この笑顔を私に向けてくれるなら、どんな労力もいとわない。
千佐都の笑顔は私の魂を絡めとり、操り人形のようにしてしまう力がある。
本人に気取られないように浮き立つ感情を抑える。
食後のコーヒーを喫しつつ庭木を見ながら病葉を拾い、ぴらぴらと振りながら、とりとめなくおしゃべりをする。昼食を片付けたあと千佐都はブランケットの上で、ころんと転がり手足を伸ばし横になった。
「旦那さま。こうしてみると空が高くて、とても気持ちがいいですよ」
ほらほら、御一緒にいかがですか?と満面の笑みで誘う。
それならば、と千佐都と同じく手を頭の上に上げ、体を伸ばす。
「ああ、気分がいい」
「でしょう?
ぽかぽかしてますでしょう」
千佐都は私の寝転ぶ姿を認め、小さく笑いぽつりと
「わたし、小さい頃、こんな感じの広くてたくさんの落ち葉の中で真っ白な座敷童子に会ったことあるんです。
ビスクドールのような服で脚にはギブスをつけた妖精なんです」
なんだ、それは。
すっとんきょうにも程がある !思わず額に触れようと手を伸ばしたら
「酔ってません。
それは夢だと父に言われました」
ぷん、と避けられた。
「すごくきれいで幸せな夢だったからいいんです」
後編あります。