幼年期の思い出://03
「礼が遅くなってすまない。僕はブレンという、助けてくれてありがとう」
そう言って手当を終えた少年は、私に温かい牛乳の入った杯をくれた。
現在少年達一行は、野営を敷きながら怪我の手当をしていた。
「それにしても君はどこから派遣されてきたんだ?このあたりに《連》が駐屯しているなんてきいたことなかったけど・・・?君、名前はなんという?」
ブレンの首には痛々しくも包帯が巻かれていたが、その他に目立った外傷はないようだ。
私を魅了した彼の瞳はなぜか今は、先ほどほど強い吸引力を放っておらず私はなんとか彼を凝視することを押さえれた。
「ヨゥン=ハウスウェル・・・。この森を抜けたところの屋敷に住んでる・・・」
「ハウスウェル・・・?君はラクト将軍の子供なのか!?」
私の言葉をきき、ブレンはなぜか驚いたようだ。
「そう。父を知っているの?」
「知っているも何も、今回は彼を訪ねてきたんだ。彼の子供ということは・・・君は僕の従兄弟殿だな!」
「いとこ?」
幼いわたしには従兄弟という意味が分からず問いかけたのだが、ブレンは誤解し、こう答えた。
「ああ。君のお父上の姉が私の母だ。お父上が引退されて領地に引き篭まれてからはお会いしたことはなかったから、知らないのは無理もないか。」
そう言って彼は親しげに私の頭をくしゃり、となでた。
「しばらくは君の家に世話になることになっている、よろしくな。」
「!ヨゥンの家に住むの・・・?」
「ああ、そうだ。聞いていなかったのか?」
ふるふると私は首を振った。
元来、家族とは一歩距離を置かれている上に、今日など朝から風邪をひき、父以外の家人とは会っていない。その父も、会話など望めるような状態ではなかったので、彼の語る話はまさに寝耳に水だった。
「そうなのか?まぁ、将軍は子沢山と聞いているからそんなこともあるのかもな。年は幾つだ?」
「・・・たしか8歳とおもう」
「そうか!年下か!僕は10歳で年上だから僕のこと兄さまとよぶといい」
そう言って破顔するとより一層私の頭をがしがしと撫でる。
後にブレン自身も末っ子で常々下の兄弟が欲しいと思っていたと聞き、彼の喜び様に納得した。
「ブレン・・・にいさま?」
私はその響きを心の中で反芻した。
ー一緒に住んで、兄様と読んで良いということは、この人はわたしの『家族』ということだろうか・・・?この優しい、頭をなでてくれる人が・・・ー
俯いていた顔を上げ、ブレンの緑色の瞳を見つめる。
こみあげてくる嬉しさをこらえきれず、私はいつのまにか微笑んでいた。
「あぁ、やっと笑ったな。ずっと岩みたいな顔しているから、変なところ将軍に似てしまったんだなぁと思っていたところだぞ。」
そう言ってブレンも笑った。
「それにしても、将軍の子供が《連者》とはな〜・・・あぁ、しかしその様子だと《練使い》のほうか?どちらにせよ能力者というのならこんな夜中に迎えの使いとしてくるのも納得だな」
「れんじゃ?れんつかい?なあに?それ・・・それにヨゥンはお使いじゃない。」
当時の私は、家庭教師がついており一般教養はあれど他人との交流が極端に少なかったため、言葉遣いは幼く、常識知識や噂話に関してはとても無知だった。
そのため、田舎では滅多に関わることのない《連者》については全くの初耳だった。
「?だってさっきヨゥンは連能力を使っていたじゃないか?」
「れんのうりょく?・・・これのこと?」
そう言って私は、腰掛けていた岩を叩いてみた。
岩はビシッという音ともに見事に真っ二つに割れた。
「これのことなら、よくわからない。さっき目がさめたらこんなふうになってた。・・・ブレン兄さまはしっているの?」
ドキドキしながら、私はブレンに問いかけた。自らの身に起きたことを不安に思っての動悸ではなく、「兄さま」と呼んだことでの動悸だ。
「なんてことだ・・・!じゃあヨゥンはさっき能力に目覚めたのか!!それなのに亜竜を倒すなんて・・・《教会》が知ったらきっとヨダレをたらしてヨゥンをほしがるぞ!」
そう言って笑うとブレンは私の頭をまたぐちゃぐちゃとかき回した。
先ほどからブレンの言っていることは、難しい単語ばかりで理解不能だったが、よく笑い、頭をなでてくれるこの自称兄に私は暖かな感情を持ち始めていた。
「ということは・・・だ。《連者》でも、お使いでもないお前は、こんな時間に何をしていたんだ?子どもが出歩く時間ではないだろう?」
ブレン自身も子どものはずだが、大人びた口調で彼は私に問いかけた。
私がここにきたのは、ブレンたちの気配がしたからきたというだけなのだが、問題は「屋敷を抜け出した」ということだ。
私は慌てて空を見上げた。この頃の私は空に夢中になっており、星空を見ただけで、おおよその時間はわかるようになっていた。
ーあと、数刻でみんな起きてくる・・・!ー
みんなと言っても、早朝の仕事がある屋敷の使用人たちだ。
しかし、彼らに見つかり、屋敷を夜中に抜け出したことを父親に告げられてしまえば、また折檻にあってしまう。
「ブレン兄さま!」
「お?なんだ?」
「ヨゥンは先に帰るけど、兄さままた後であえるよね!!?」
「あ、あぁ・・・?亜竜に襲われて予定が遅れたが、昼過ぎには屋敷につく予定だ」
その言葉に安心した私は立ち上がると、来た時と同じくらいの早さで駆け出した。しかし、すぐにあることを思い出し、ブレンの元にトンボ帰る。
「ブレン兄さま・・・!今、会ったこと、お父さまには言わないでね!でも、ヨゥンのことは忘れないでね!」
嵐のようにけたたましい様子にブレンは一瞬ぽかんとしたが、例の優しい笑顔で分かったと頷いてくれた。
「わかった。屋敷をこっそり抜け出してたんだな・・・あとでな、ヨゥン!」
これが、生涯の忠誠を誓ったブレンと私の最初の出会いだった。