幼年期の思い出://01
私の1番古い記憶は痛みと共に思い出される。
子供の頃、私はいつも傷だらけだった。
活発な子供にありがちな生傷が絶えない、ではなく打撲、裂傷、骨折といった1つあるだけでも普通の親は大騒ぎするような大怪我の類だ。しかし、私の場合この怪我を負わしているのが実の父親だったため、騒がれることは少なかった。
私は、武門の名門である貴族の8番目の子供として生まれた。
母親は、女児ばかり産み続け最後の私を産み亡くなった。
父親は、母を亡くしこれ以上、自らの後継者が産まれないと分かると、甘やかしていた7人の姉とは別に、私を徹底的に鍛えた。
おそらく父は母をとても愛していたのだろう。母が女児しか産まなかったにも関わらず愛人を作らなかったのだからその愛情の深さが伺いしれる。
そのためだろうか、訓練の最中、時折抑えきれない憎悪を私に向け、容赦なく痛ぶられた。正気に戻れば、おざなりではあるが手当をしてくれたが、ろくに診断もされずに手当された怪我は酷く痛み、また治りも遅かった。
姉たちはそんな私を見て、気の毒そうな顔をするものの、父親同様、大好きだった母を奪ったのが私という思いがあるのだろう、嫌なものを見たというように、眉をしかめ、存在を無視した。
そんなことが日常茶飯事だったため、屋敷に私の居場所はなく、よく深夜に屋敷を抜け出し星空の下で泣いた。
満点の星空はただただ美しく、なぜか見たこともない“母親”を思わせ、より一層私を泣かせた。
父親の愛も、姉達の愛もしらない私にとって、見たこともない母親だけが、私を唯一、無条件で愛してくれる存在に感じたからだ。
星空にはひときわ大きく緑色に輝く星があり、それが肖像画で見た母親の美しい緑の目と被って見えた私はその星を“おかあさんのほし”と呼びそれを心の支えにし、日々を生きた。
ある日のことだ。
私は、朝から高熱をだしベットに臥せっていた。
いつも怪我だらけで顔を腫らし、子供らしく笑もしない私のことを屋敷の使用人達は好いておらず、世話もおざなりになっていたため、誰も気づかずただの寝坊だろうと、手当もされず放置されていた。
そこに、稽古の時間になってもやってこない私に腹を立てた父親が訪れ、高熱で立つこともままならない私を真冬の訓練場に引き出し、いつも以上に打ち据え、そうしていつも通りその場に放置していった。
当然、私は起き上がることも出来ず、もはや何による痛みか吐き気なのかもわからないまま、その場に嘔吐し気を失った。
次に私は激痛とひどい体の震えで目を覚ました。あたりは一面の闇で、瞳を開けたはずなのに一向に何も映さない視界に、恐怖に似た混乱を起こし、鉛のように動かない体を動かし、もがいた。
立つことは出来なかったものの、体を仰向かせることに成功した私は、一面に広がる星空を見て、今が夜だと悟った。
そして、何よりも美しく緑色に輝くあの星を見て、私は堪らずつぶやいた。
「・・・ぉ、かぁさん・・・」
掠れた声。音を発するだけで体が痛むにも関わらず、私の中でなにかが決壊した。
「・・・ぉかあさん!おがあさん!おがあさん!おがあさん!おがあさんっ!!!!」
温かい涙がとめどなく流れ落ちる。
つらい。
いたい。
かなしい。
くるしい。
さみしい。
こわい。
今まで耐えてきたこの感情達に、私は糸が切れたように耐えれなくなった。
押し込めていた気持ちが一気に吹き出し、私をどこかに引きずり落とそうとする。
心は足掻くが、私にはすがりつく希望という糸がなかった。
そうして、悟った、私はこのまま死ぬのだと。
つらい、
いたい、
かなしい、
くるしい、
さみしい、
こわい、
こわい、こわい、こわい、こわい・・・!!!
「おかあさんっ!
おかあさんっ
おかぁさんっ
ぉ、かぁさんっ・・・」
ーわたしは、わたしは・・・
「死に、たくない、よう・・・」しゃくりあげ、つぶやいた言葉に、私は自分の望みを自覚した。
そして、私は自分の中に“なにか”を発見した。
目に見えるわけではない。
ただ、たしかに頭の中ではそれは見えており、緑色の光を放って存在していた。
それは、まるで・・・
「おかあさんの・・・ほし?」
私はその光に向かって“手を伸ばした”。
とたん、激しい熱が私を包む。
火に焼かれる傷つける熱さとは明らかに違う、内側からくる激しい熱。
「あ・・・あっああぁああっ・・・!??」
感じたことのない感覚に私の頭はかき乱される。
しかし、私は本能で“この熱を逃してはいけない”と感じ、伸ばした“手”で緑の光で抱きしめる。
熱はより一層激しくなり、私の手を、足を、睫毛の先をも余すことなく包み、私に宿った。
そう、私に宿ったのだ。
いっときほどの激しい熱ではなく、ただあの緑の光が“燃えている”という感覚だけが残る。
そして、熱は私の力へと変わった。
腕をあげることすらままならなかった私の体は、健常時よりも力に満ち、まるでそこに存在しないかのように軽かった。
私は、勢いよく跳ね上がり自らの体を省みた。
そこには傷はおろか、打ち身ひとつ見当たらない白い肌があった。
そして、気づく。見え過ぎていることに。
先ほどまで、星しか見えない恐怖するほどの暗闇だったにも関わらず、今はほんのりと明かりが宿ったような視界で、訓練場の奥にある、裏の森まで見渡せる。
羽のように軽く、痛みのない体。見えすぎる瞳。
「・・・おかあ・・・さん?」
虫の声はいつもより大きく私の中で響いた。