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君に会いたい  作者: 夏野
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序章

呼吸を一つ。


瞼を開き、呪文のように唱える。


私は武器。

最強の武器だ。

折れることなく、切れぬ物はない、彼の人の剣だー。


震える心が凪ぐ。

そう、私は彼の人の剣。

怯えることも、退くことも許されない。

ただ、目の前の敵を殲滅するだけだ。

ー全ては私の統主〈ル•ハイネル〉のためにー


思考を現実に戻し、意識は仲間である《連》に、視線は前方の渓谷に広がる化け物に向ける。

化け物、ー亜竜ー。

名前こそ竜を冠しているが、本当のところ竜かどうかは判明していない。

化け物の姿は千差万別で分類することが難しい。

ある個体は、ウロコに尾を持つ、それこそ竜のようなもの。

また、ある個体は鯨のような滑らかな体を持ち、透ける皮膚と草食動物のような歯をもつもの。

果ては虫のようなものもいれば、植物のようなものもいる。

共通することは、空を駆け、人に害をなし、空の向こうからやってくるということだけだ。

神話の時代に存在した竜とは空を飛び、人を襲ったということと以外共通点はない。

しかし、他に呼ぶ術を持たなかった先人は竜に似て非なるモノ、亜竜と呼ぶようになっ

た。

なにより、現実に亜竜達はおとぎ話のように荒唐無稽で現実離れした存在だった。

亜竜達は、知覚することは出来ても決して触ることが出来なかったからだ。

亜竜の牙や爪は人には届くが、人は亜竜に触れることはおろか、斬りかかることもその攻撃から身を守ることも出来ない。

ある、一定の手段を除いては。


今、眼前には亜竜の《艦隊》と呼ばれる大規模な群れが広がっている。

騎士級、兵士級と呼ばれる中級種が鴉のように空を覆い、都市級と呼ばれる超大型種が彼らの王のように泰然と大空を駆っている。

王であり、私の《連》の統主であるブレン=皇=ハイネルが告げた。

「前方向に展開中の亜竜艦隊を討つ。

伐目標は、前方の都市級亜竜の殲滅。神経信号と級種からみておそらくこいつがこの艦隊の頭だ。

遊撃官は、兵士級、及び騎士級亜竜の威嚇・牽制。

守護官は、出力の6割を都市級亜竜の隔離へ、残り3割を執攻官、1割を私と遊撃官の守護にまわせ。

執攻官は、都市級の核を発見せよ。」

「了解です、我が君〈ダー・ル・ハイネル〉。」

「了解です、我が君〈ダー・ル・ハイネル〉。」

「了解です、我が君〈ダー・ル・ハイネル〉。」

私同様、平坦な返答を返すのは《連》の仲間だ。

その声色に戦闘前の怯えや高ぶり、ましてや個性を見るのは難しい。

私は、視線を上げ声の主達を見やる。

顔色はわからない。

彼らは私と同じ革のローブのフードを深くおろし、わずかに見える筈の口元も高襟のコートによって隠してしまっている。

同じ衣装に身を包んだ彼らは没個性的で、私達3人の差異をあえていうなら身長の高低差だろう。他の2人は同じくらいの身長だが、私は靴で誤魔化しているものの、連の中では1番身長が低い。

没個性な私達とは反対に、主である統主のブレンは、白の軍服を着用し、顔をさらしている。

癖のある栗茶の髪にややたれ目の緑の瞳。王というよりも、どこぞの羊飼いと言われたほうが納得できる優しげで、整ってはいるものの、平凡な顔立ちだ。

しかし、今はその優しげな顔も厳しく歪められている。


私は一方のローブの人物、守護官と呼ばれる男に近づくと、微かに肩を相手に触れさせた。

〈ガイエン。統主はあのようにおおせだが、私の守護は1割で構わない。残りは統主に回してくれ。〉

〈お前またかよ。統主崇拝もいいが命令不服従だぞ。〉

先程の、色のない声音とは違う

気が短く血気盛んそうな男性の声が頭に響く。

《連》能力のある者が体に直接触れることで可能となる《心話》だ。触れずに会話することも可能だが、その場合、連の仲間全員に会話が筒抜けになるので、今回のように内密な会話の場合には適さない。

〈無視かよ。ったく。わかったよ。せいぜい統主さまを守らせていただきますよ。〉

毎度のことなのでガイエンが折れるのは早かった。

〈すまない。恩にきる。〉

感謝の意を込めて、《心話》でガイエンの心を少し《押す》。

そのまま《連》の先頭に立つように歩をすすめその際、もう1人のローブの人物である遊撃官に近づき、そっと指を当てる。

〈 ラウナ、私の援護射撃はしなくて構わないから、統主の援護を頼む。〉

〈あ?だめ。〉

優しげで柔らかな声とは対照的な即座の否定。

〈さすがのヨルもあの数の亜竜相手に援護なしで無傷て訳にはいかねーだろ?〉

〈問題ない。操れる飛礫の数を増やした。〉

心話と同時に背嚢から地面に飛礫をまき散らす。

キラキラと光を浴びて輝くこの鉱石は、宝石として用いれば非常に高価なものとして重宝される。しかし、武器として使用された場合、最も堅く、またカット次第では肉を切り裂く鋭利な刃となる。

私はその凶器の塊に意識を伸ばし、浮遊させる。

私の意識と連結させたこの礫は文字通り私の手足となり、また、武器になる。

「あれ?執攻官。飛礫の数増えていないか?」

目ざとく気づいたブレンが私に問いかける。

「はい。最大200個扱うことが可能となりました。」

たんたんと事実だけを告げる。その言葉にブレンが目を見開く。

「すごいな!以前の倍じゃないか!!」

ブレンが賞賛の笑顔を私に向ける。

子供のころから変わらない邪気のない笑顔に、血反吐を吐く特訓の日々が報われたのを感じる。しかし、そんな変化は顔にも声色にも、もちろん出ない。

〈そういうことだ、ラウナ。自分の面倒は自分で見る。〉

〈う〜ん・・・そこまでされちゃうとなんにも言えねーな。了解。誠心誠意統主の補佐させていただきますよ。〉

〈ありがとう、ラウナ。〉

「ブレン。準備整いました。お願いします。」

「わかった。」

ブレンが、手袋を脱ぎ捨て両の手を合掌する。

瞬間、大気が揺れ緑色の電撃のようなモノが統主の腕を走る。

「〈接触領域〉展開!!」

叫ぶと同時に、地面に拳を叩き込む。

ブレンの拳を中心に青白い電撃と七色の光が周辺を覆い、亜竜達を包み込む。同時に不快感からか亜竜達が悲鳴を挙げる。

光は一瞬で収束し、亜竜は変わらず傷を負うこともなく存在している。

そう、先ほどより確かな存在感を持って。

「執攻官!亜竜の具現化に成功した!頼むぞ!」

その言葉を最後まで聞かず、私は崖から飛び降りた。

否、大空へ跳び上がった。

《連者》である私の常人離れした脚力で体は落下せず、空へ舞い上がり真っ先に襲いかかってきた兵士級亜竜の眼前へと運んだ。

私は礫の一つを操り、目を潰す。確かな手応えを感じ統主の力が、間違いなく効いているのを確信する。

そしてその勢いを利用し亜竜の背に着地。礫を2つ操りコウモリに似た翼の片翼を切り落とす。兵士級亜竜が力を失い落下すると同時に、その背を蹴り落とし、上昇。

《連者》の証である灰色の革のマントが風を受けてバサバサとはためく。

操る礫達は私を中心に重力があるかのように、私の周囲を取り囲み共に上昇する。

遅れて襲いかかってきた4匹の亜竜達を上昇しながらギリギリまで引き寄せ礫を一斉に放つ。

3匹が落下して行く中、1匹の騎士級は致命傷を避けたのだろう。落ちることなく、顔の半分を占める巨大な口を開き毒の霧を吐く。私は礫を6個操り盾のような形状を作り勢いと共に弾き飛ばす。同時に騎士級に刺さった礫を糸がついているかのように手繰り寄せ、一気に亜竜との距離を詰める。牛をも蹴り殺す脚力で頭部を蹴り落とし、そのまま上昇する。

ー雑魚にかまっている時間はない。ー

ブレンの接触領域展開は無限には続かない。効果が切れた時点で、接触不可能となりこちらは無力と化す。

なによりも、亜竜達は異常の原因を統主と見なし集中的に狙っている。時間がかかればかかるほど統主の身が危なくなる。

通常、亜竜達は群れない。

たまたま2、3頭が同じ地域に存在し人を襲うことはあるが、そこには群れとしての秩序も法則もない。

しかし、時折首領と思われるモノに率いられ軍隊並みの数と統率で都市を襲う。

今回の襲撃もソレだ。

首領を潰してしまえば、群れは統率を失い、皇国最強である私の《連》の敵ではなくなる。

襲いかかる亜竜を礫で切り裂き、屠り、時折脚力で蹴り落としながら、礫と亜竜を足場に空を自由に飛び回る。

亜竜を30匹ほど墜としたあたりで、とうとう都市級亜竜が、私を最大の敵と見なしたのか空が揺れるような唸り声と共に襲いかかってくる。

ーデカイ・・・!!ー

眼前に迫りくる異形に弱い心が震える。しかし、

「私は彼の人の剣だ!怯えることも、退くことも許さない!!!」

待機させていた数十個の礫を一斉に都市級の顔に叩きつける。

反動で私の体は一気に亜竜よりも高く舞上がる。

すかさず礫を1つ亜竜の背中に突き刺し、自らを礫に引き寄せる。そして回転して威力を殺し亜竜の背に勢いよく着地する。

ーこいつの〈核〉はどこだ!?ー

都市級以上の大型の亜竜は必ず核と呼ばれる心臓のようなものが存在感する。

大型種はこれを用い、小型の亜竜達を操る。

そしてこの核の破壊とは文字通り亜竜達の“散開”を意味する。

突如、地面である都市級亜竜の背が激しく揺れる。自分の体に付着した私という異物を落とそうと体を激しく揺すっているのだ。

まるで大型地震のような揺れだが、《連者》の中でも最強の肉体と平衡感覚を持つ私にとっては風に吹かれるようなものだ。

うるさい、と言わんばかりに礫をまたしても顔めがけて叩き込む。

鋭い叫び声とともに、ガラスをひっかくような不愉快な波動。

大型種が小型種に対して発する、念話のような信号だ。

恐らく、救難信号なのだろうがその出処を見逃す私ではない。

人間でいうところの頚椎のあたり、そこから微かだが不快な波動が発せれれている。

駆け出すと同時に、そこを礫で円形に囲み、勢いをつけて肉を抉り出す。

飛び散る肉片と同時に亜竜の血液と呼ばれている光の粒が一斉に吹き出し、視界を覆う。しかしその向こうには確かに、星の光のような白く輝く球体が肉に埋れて燐光を放っているのが見えた。

『ブレン!〈核〉を発見しました!』

念話でブレンに向かって叫ぶ。『よくやった!執攻官!!では、いくぞ!!』

優しげでありながら、自信に溢れた声が聞こえると同時に、馴染みの殴り倒されたような衝撃が私を襲う。

体は殴り倒されてはいない。

精神が統主であるブレンによって押し倒されたのだ。

私の体は、ブレンに支配され動作の主導権が奪われる。

これが《連》の主である統主の所以。

統主は支配下にある《連者》の体を文字通り支配しすることができる。

それ故の最強。

そしてそれ以上に・・・

「滅びろ!!亜竜!!!」

私の腕に統主の力の証である緑色の雷と七色の光がまとわりつく。そしてその腕を全力で亜竜の〈核〉へと叩きつけた。


瞬間、都市級亜竜は光と雷に包まれ、いままでとは比較にならに絶叫をあげて、光の粒となり飛び散った。

そしてその光と雷は大空を駆け巡り、付近にいた亜竜達にも伝染する。様々な断末魔を吐き出しながら多くの亜竜が光の粒となり、霧散した。


亜竜を完全に滅ぼす力。

これが、統主が事実上最強と呼ばれる力だ。


力を放つと同時にブレンの支配から逃れた私の体は、全ての力を使い切ったかのようにピクリとも動かない。


足場を失い落下していく私は、青空に煌めく緑色の雷を見ながらブレンの圧倒的な力に満足しながら、意識を失った。


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