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落ちこぼれだった僕が、売れっ子フリーランス動画クリエイターになるまで  作者: じょう
第1章 逃亡とモニターの光

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第1話 こんな人生、無理だ

 言葉は、目から耳から、あらゆる器官を抜けて人の体に侵入する。僕の胃は、誰かに握られて、ゆっくり捻られている。吐き気が、上に上がるんじゃなくて、体の内側を満たしていく。

 息が詰まる。空気が出ていくはずの穴が、どこかへ移動したみたいに見つからない。


 「……無理だ」


 声に出した瞬間、戻れる道が一つ消えた気がした。戻れない場所。戻りたいかもしれない場所。戻ったら壊れる場所。



 薄暗い部屋の中央、こたつの上には親が置いた紙があった。天井の蛍光灯は白く鈍っていて、部屋の隅まで照らしきれていなかった。閉め切った空気の重さが、余計に息苦しさを濃くしていた。勉強机はしばらく散らかりっぱなしだ。そこに置かれても、僕は気づかない——だから、その紙はここにある。

 “正しい進路”の候補。丸が付けられている。僕の字じゃない。僕の人生なのに。


 「これが人生なんだ」


 中学生の頃から、半分くらいはそう言い聞かせてきた。でも今は、その言葉が嘘みたいに薄っぺらい。


 「本当にやりたいこともできない人生なんて、息が詰まる」


 「親や大人たちが良いと言ってる人生を、そのまま言うこと聞いて歩むくらいなら——死んだほうがましだ」


 もう何も考えたくなかった。



 部屋のドアが、勝手に開く。

 顔を見なくても分かる。親父だ。どこか強引で乱暴な音。物音の立て方ひとつにも、あの人の人間性が出ていた。またいつものやつが始まる。


 「お前の考えている人生だと絶対に失敗するからな。人生を経験してきた大人の言うことに素直に従わないと、絶対に失敗する。」


 胸の奥が、きしむ。そこに会話はなかった。あるのは一方的な命令と否定だけだった。


 「お前は、お前のやり方じゃうまくいかない。お前のやりたいことは一銭の得にもならない。そもそもアホらしい。まず言うことを聞け」


 息がまた詰まる。僕は唇を噛んで、言葉を絞り出した。


 「……俺、東京に行く」


 親父は眉間に皺を寄せる。僕は顔を見ていないのに、表情がありありと浮かぶ。


 「ここにいたら、俺はだめになる。俺は死ぬ。自由がない。個人の自由は誰にでも平等に与えられた権利だ。ここにいたらそれが奪われる。ただのロボットになる。使いものにならないロボットに」


 親父は鼻で笑った。


 「アホか。能書き垂れてないで、やることをやれ」


 「……」


 僕の「こうしたい」は、いつも途中で折れる。折られるたびに、心の奥で小さく何かが鳴る。違和感。でも、その違和感を口に出す力は、子どもの僕にはなかった。



 中学生くらいで、自我が芽生えた。「良し」とされていることに、ふと「なんで?」が漏れるようになった。


 「なんで、俺のことなのに、俺が決められないの?」


 周りの子は、それに気づいていたのかどうか分からない。でも、みんな同じ構造の中にいた。自分のことなのに、自分で決められない。親が優しければ、反抗心は芽生えにくい。だから、多くの子は飲み込む。

 時々、反抗的な態度を取る子もいた。ただ、それは心からの怒りというより、漫画で覚えたみたいな口ぶりだった。

 その瞬間、僕は冷めた。


 「あ、この子とも、本当の会話にならないな」


 本当の会話をしようとした瞬間、全否定で返ってくる。子どもたちは別の生物に出会ったみたいに困惑し、大人たちは怒りや嘲りを混ぜて言葉をぶつけてくる。

 親父は極端だった。けど、当時の僕には「種類が違う」とまでは感じなかった。方向が同じだった。


 「俺が俺じゃなくなる」


 声にならない独り言が、何度も頭の中で反響した。

 疑問は解けないまま、歳だけが増える。高校に入っても、高校を卒業しても、息苦しさは消えない。毎日、「正解」と名乗る“おかしさ”に沈んでいく感じがした。沈むほどに、どこが底なのか分からなくなる。

 息をするたびに、「これが普通だ」「これが正しいんだ」と言われている気がして、僕の感覚だけが少しずつ狂っていく。

 「おかしい」と思う自分のほうが間違いなんじゃないか——そうやって感覚が鈍っていくのが、一番恐ろしく思えた。



 ある日、公園のベンチに座って、空を見上げていた。ベンチは思ったより冷たくて、薄いズボン越しにじわじわ熱を奪ってきた。空はやけに広いのに、こっちの呼吸だけがうまく広がっていかなかった。

 突然、限界が来た。


 「こんな人生、無理だ」


 自分の声が、自分のものじゃないみたいに聞こえた。ずっと飲み込んできた言葉が、喉の奥の別の層から漏れてきたみたいだった。


 「……無理だ」


 押し込めたものは、いまになって腐って返ってきた。胸の奥が、じわっと熱くなる。嘘じゃない。言い訳じゃない。——そうだと、静かに分かった。



 その夜。親父と向かい合った。


 「……俺、東京行く」


 親父は、何かをごちゃごちゃ言い続ける。僕はできるだけ、言葉を受け取らないようにした。心の池にゴミを溜めないように。崩壊させないように。

 一時間。二時間。三時間。

 それでも僕は、壊れたゼンマイ人形みたいに「NO」だけを言い続けた。


 「お前なんて、もう勝手にしろ」


 その言葉が、最後の釘だった。ドアを閉めた瞬間、肺に空気が入った。


 「……やっと、息ができる」


 それが最初の感想だった。言葉で説明しても通じない。通じないんじゃない——最初から聞く気がない。だったら、残っている手は一つしかない。盤面ごと離れること。僕にできる抵抗は、逃げて呼吸を取り戻すことだけだった。

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