EP5:不幸の紙が舞い降りる
いかに冬と言っても、適度に着込んで陽光に照らされる環境であれば相応には暖かくなるものである。
しかし外で1時間程度はうろうろと動き回っていては暖かいどころか熱いと感じる事もある。それが学生、それも14歳の子供ともなれば代謝の良さも相まってかなりの熱を蓄えるものだ。
時刻は午前11時前後。成鬼勠人はかなり寒くなると予想して着込んだ上着を腰の辺りで縛りながら数十分前の会話についての自問自答を繰り返していた。
呼び出されて知れた事も確かにあるが、もっと色々と知りたい事はあったのだ。しかし初動の時点からナハテ・プライクラムと名乗る女性の口車というかペースというか、そういうものに上手いこと丸め込まれてしまった感は否めない。
何となく“我々の世界”という言葉に反応してしまったせいでよく分からない昔話を聞かされ、そのせいで相手に会話の主導権を取られてしまった……いや、それよりも明らかに会話をぶつ切りにしようとしていた会話の終わりに質問やら何やらを出来なかったのがダメで………そもそも何で帰れと言われて素直に店(?)を出てしまったんだ、普通あの感じで帰らないだろ…………やっぱりもう一度入って詳しく話してほしいとお願いしてみるべきでは……………
等々。ナハテに会話を切り上げられ、『ナイト・カフェ』を出てしまってから現時刻までの間にずっと自分の行動に対して自分で批評する脳内反省会を続けていた。
そうして行動を振り返ってみると自分の行動に納得がいかず、もっと上手く出来たという後悔が出てくる。そうなると自分自身への情けなさ、そしてそんな情けない行動をしてしまった自分への苛つきが湧き上がってくるのだ。
そして勠人には不思議な体質――ナハテの説明では『異法』と呼ばれる特異な法則らしい――がある。彼が自他問わず何かしらに対して怒りを覚えると、その肉体が鬼の様な野蛮な姿に変身していくのだ。
現在も自分への怒りによってその手が青白く、一回りは大きく見えるサイズに変化してしまっている。
更にナハテから伝えられたのは彼女達の世界の昔話や『異法』についてだけでなく、その『異法』によって変身している時に他者に暴力を振えば右手首に装着されているヘレナイト・コアなるデバイスが起爆して手を吹き飛ばすという恐るべき事実だった。
しかし意外にも勠人はこれについてはそこまでは気にしていなかった。
起爆のトリガーは変身自体ではなく、変身した上で他人に攻撃を仕掛ける事。そうであれば今まで通りに怒りを我慢する、最悪でも物に当たる程度で留めておけば起爆はしないだろうと考えたのだ。
今回のキッカケとなってしまった昨晩の件では自分でもドン引くぐらいの深夜テンションと数多のストレスが悪魔合体した事で、一応人間かは分からない上に鎧も着ていた機械騎士だけでなく同級生の下賀隅咎に対しても攻撃を仕掛けてしまっているが、落ち着きを取り戻した現在では二度とは繰り返さない事を心に誓っている。平常時ならば人に殴りかかったりはしない人間であると、勠人は自分の事を評価していた。
この様な考えでもって自分への怒りによる変身という現象は特に気に留める事なく――体質が変わってからおよそ2週間経って慣れたのもある――うんうんと自分の行動に対する反省と今一度入店して詳しい話を聞きに行くかの思考をし続けているのだ。『ナイト・カフェ』の目の前で、出されてから現在に至るまでの間ずっと。
しかも1箇所に留まることはなく来た道とカフェの間を行ったり来たりと往復しながら1時間弱もの間、ずっとである。
たかが1時間、されど1時間。冬場の寒い時期とはいえ上着を脱いでしまう程度には歩き回り、しかも成長期真っ盛りの中学生男児。
そうであれば空腹に腹が鳴ってしまうのも仕方がない事であろう。
ぐうぐうと鳴る自分の腹を見て。それから『ナイト・カフェ』を見返してから、不思議な力で無くなったりしませんようにと祈りつつも勠人は昼食の為に来た道を戻るのだった。
木々が生い茂り、脇に目をやれば虫が蠢いていて、ついでにカラスもカアカア鳴いてる様な不気味でホラー映画にそのまま使っても違和感がなさそうな人気のない道。
『ナイト・カフェ』に案内されたのと同じ道をそのまま辿っているのだが、木が人間などに縛られる事なく伸び伸び生きているおかげで太陽の光すらも所々で遮られてしまうので昼時なのに薄暗い。無駄にプレッシャーを感じる風景で誰かに見られてると錯覚してしまう様な雰囲気がある。
「まあ別にね、俺はいざとなれば変身できるし……全然かかってこいよみたいな感じだけどねー」
強がりである。普段から独り言などを言うタイプではないのだが、孤独感が強ければ強い程に怖い感じがあったので声を出して気を紛らわしているのだ。
しかしそれでも嫌な雰囲気は変わらなかったので一瞬だけ立ち止まってポケットに入れているイヤホンを取り出そうとゴソゴソしていると、風に吹かれて飛んできたらしい1枚の紙がぺたりと勠人の顔に張り付いた。
急な出来事にドキンとしながら、声ではなんだよ汚ねえなと強がりつつ紙を剥がす。
ゴミ箱も見当たらないし捨ててしまおうか、と考えるがふと紙に何かが書いてある事に気がついた。これは普段からなのだが、好奇心が強い傾向にある勠人は配られたプリントには一通り目を通すしネット小説や動画の感想なども程々に読む事が多い。
だからこそ、この紙の文字に気がついた事は最悪の不幸だったのかもしれない。
【オレはお前を見ているぞ。オレに従い、忠誠を誓うのならば許してやる。
しかし忠告だ。オレに従わなければ容赦しない】
紙にはこんな事が書いてあった。
忠誠を誓えと言われただけで――しかも直接でなく、紙で。顔も名前も知らないのに――忠誠を誓う人間など居るはずがない。
例に漏れず勠人もイタズラ書きが偶然の巡り合わせで自分の元に飛んできたのだろうと考え、ポイと紙を捨ててしまった。
しばらく歩いていると風に吹かれてか再び紙が勠人の方へと飛んできた。同じものが飛んできたのかと思って、今度は顔に張り付く前に掴み取って開いてみた。
するとどうやら先程とは文面が違う様子だった。
【オレの忠告を無視したな。お前は今に恐ろしい目に遭うだろう】
どうやら此方を見ながら遊んでいるのだと判断した勠人は辺りを軽く見渡してみる。しかし、それらしい人影が動く様子は見えなかった。
真剣に探すなり声を出して注意するなりしようかとも思ったが、こんな程度の低い悪戯をする人間を相手にしても無駄な上に時間も取られて良い事がないと考え直し、ため息を吐いてから再び歩き|出そうとした《・ ・ ・ ・ ・ ・》。
しかし、それは予想外のハプニングによって阻まれる。
頭上で陽光を遮っていた木の枝からバキッと聞こえた様な気がしたのだ。
勠人が恐る恐るに見上げると大元の太い幹から派生した中でも、1番長く伸びている枝が途中で折れ始めてしまっている。しかも勠人より少し後ろの辺りから進行方向に数メートル伸びているものが折れかけている。
焦って後ろに逃げ出すとタイミングを見計らったかの様に枝はへし折れ、進もうとしていた道はやたらと大きな障害物に阻まれてしまった。
【冗談ではないことが分かったか?オレに従わなければ更に恐ろしい目に遭うぞ】
紙がまた飛んできた。勠人は適当な悪戯にたまたま遭遇したのではなく、自分が狙われているのだと認識をした。
それがどんな手段でどんな理由なのかは不明ではあったが、確かに一歩間違えれば大怪我をしていたかもしれない方法で狙われている。
少なくとも何の意識もせずに歩いていくのは危険であろうし、着けられる可能性はあるので出来ればこの場で解決をしたい。
もし『異法』を他人に向けてはならないという縛りがなければ相手を探して叩くという手が取れたのだが、手首を人質にとられているのでそれは出来ない。仕方がないので現状は逃げ、その後は警察に任せれば良いだろう。
そう考え、折れた枝に塞がれた道を進もうとする。しかし上手くいかない。
枝を踏みつけて進もうとしたそばから、運悪く別の枝が折れて落ちてくる。2本目を避けても3本目が、3本目を避けても4本目が落ちてきたので一時退却。
どうにも枝の落ちた道は進める気がしないので、仕方なく別のルートを探そうとスマホをポケットから取り出そうとした………が、これまた運悪くポケットの中で引っ掛かり転がっていってしまう。
「あぁーもう、最高ほんとに……」
勠人の気分は最悪だった。スマホを拾い、それから改めて別のルートを調べる。
幸いにも1つ前の曲がり角の時点で多少遠回りながらも家の方へ向かえる様だったので、来た道を戻ろうと歩み始めると……
「痛っ……はぁ?…何なんだよクソが…!」
スコンと頭に向かって石が飛んできた。怪我をさせる程のサイズではなく、加えて大した威力でもないので血が流れる事もなかったが痛いものは痛い。
今の程度の速度では逆に狙った相手に当てるのは難しいもので運悪く当たったのか、相手が運良く当てたのかは不明だが少なくとも勠人の機嫌は着々と悪化していた。
チクショウ、とせめてものストレス発散として頭に当たって近くに転がっていた石を適当な方に投げ飛ばす。
……数秒後、その方向からガアガアとけたたましい鳴き声が聞こえてきた。
「はぁーもう、嘘だろ……」
直近の妙な不幸からこの後の展開を察知し、苛つきから既に変身しかけてパワーアップした脚力で全速力で走り抜ける。
そしてやはり追ってきたカラス達から逃げるも空を飛ぶ相手では追いつかれるのも時間の問題で、その上に道中でも先程の道の大きさほどではないが枝がやたら折れて落ちてきたり、急に虫が顔の前に飛び出てきて走るのを邪魔してきたりといったトラブル三昧で散々であった。
一時避難先として仕方なしにあからさまに空き家なボロに駆け込む。
運悪く玄関の引き戸が左右反対な上に中途半端に外れていた上にホコリだらけで大変汚かったが、勠人にはそれらを気にしている余裕が無かったので『異法』によりパワーアップした腕力で雑に開閉して入り、玄関に座り込んだ。戸を掴んだ時にメキャといったり閉じた時にバキッと聞こえた事については気にしない事にしたらしい。
……取り敢えずの避難先としたこの家は空き家として放置された歴がそれなりにあるらしく、そこら中ホコリだらけで不衛生なのに加えて所々の床が抜けていたり天井が割れていたりする。
電気など当然通っていない様で明かりはない。障子や窓の一部が破けたり割れたりしているので、そこから光が入ってきてはいるのだが寧ろそれが雰囲気を感じさせているのかもしれない。
外では未だにカラス達がガアガアしているので落ち着くまでは中に留まろうと思う勠人だが、シンプルにホコリっぽ過ぎて不快なので玄関から多少マシな所を探そうと考え、ひょいと首を伸ばして辺りを見渡す。
玄関から一歩も踏み出していないせいで大して見えなかった。先程からやたらと運が悪いので床を踏んだらそこが抜けるんじゃないか、などと警戒してしまっているのだ。
ただ立っているにしても玄関から動けなければ他の部屋の様子など分からないので、仕方なしに勠人はボロい床に一歩踏み出した。
すると意外な事に床は抜ける事はなくギイギイなどと不安になる音こそ立てているものの、一歩目を踏み出した瞬間に体重を支えきれず抜けるという事はなかった。
これは案外大丈夫なのかも、と考えた勠人がもう片方の足を踏み出してみる。すると同じ様に音こそなっているがキチンと体重を支えてくれる。
よし、と思った矢先だった。次の一歩を踏み出した瞬間に床が抜け、両足共が湿っていてカビも生えている上に虫の棲み家となっている床下に落ちてしまった。
「………………」
気分こそ最悪で怒りも沸々と湧いてきていたが、それよりも汚い事への拒否感からの素早い動きによって後ろに向けて飛び上がって玄関の位置に戻った。
玄関に戻るとそこからは丁度壁に隠れる形で見えなくなる位置から紙飛行機が飛ばされてくるのが見えた。
【オレの凄さが分かったかな?これから更に恐ろしい目に遭わせていくが………それともオレに忠誠を誓うか?】
勠人は半ば察しながら紙飛行機を開いたが、その中身が不愉快な内容だったので握り潰しながら思考をする。
この手紙の相手は殆ど確定で『異法』持ちだろうと考えている。何せ不可解な現象が起き過ぎている上にそれを知っているかの様な書き方をしていて、不可解な現象の加減みたいなのを感じられるし、ついでに紙の内容が大人が書いたにしてはお粗末過ぎる。
ナハテの説明に嘘がなければ勠人の通う中学校に『異法』持ちが生まれる様になったらしいので、相手は勠人と大して歳の変わらない子供だろう。
散々におちょくられた甲斐があって殆ど変身が完了しているが、どの辺りまでが手を吹っ飛ばされないラインなんだろうかと考えつつ勠人は壁を引っ掴んだ。




