EP4:未知なる者とのコミュニケーション
元・普通の中学2年生、成鬼勠人。怒りによって勝手に始まる『変身』現象に加えて昨晩の出来事をキッカケにヘレエネス騎士団を名乗る謎の団体に目をつけられたらしく、ご丁寧にもお呼び出しをくらった事でとうとう普通という言葉も取っ払われてしまった。
現在は土曜日の午前9時頃。勠人は朝目覚めた時には既に手首に装着されていた用途不明の謎のデバイス――ヘレナイト・コアの表示するナビに従って地元の見知らぬ道を右往左往していた。
というのもこの綾岡市。平々凡々を地でいくと名が――近隣では――通るだけあり、広くはないが狭くもない。地元といってもボランティアで町内を回ったり、昆虫採集やウォーキングの様な辺りをうろうろする様な趣味がない勠人の様な子供であれば地元であろうとも少し道を外れれば知らない道が広がっているものである。
それに少し道を外れた程度の右往左往具合ではない。
知らない道の中でもより人気のない道を選んだのだろうか、と思いたくなる程度には人を見ていない。木々と雑草が割れた外壁から見え隠れし、しかも表札はボロボロで玄関の扉が傾いている様な中学生かつ特段観察力に優れてもいない勠人でもこれは空き家だと判断できる家々に囲まれた道を進んでいっているのだ。
まだ昼どころか朝の時間帯で日も出ているとはいえ、人どころかマトモな家すらない様な道を進まなければならないのは中学生の勠人にとっては相当に不安感を煽られる。
加えてこんな目的地すらも定かではないナビに従っている要因であるメッセージと推察されるその差出人の事、そしてこんな事になった理由を考えれば勠人の感じている恐怖を察することも出来るだろう。
【メッセージ①:本日中にこのデバイス――ヘレナイト・コアのナビに従って指定の場所に向え。従わない場合には命の保障は出来ない。
差出人:ヘレエネス騎士団 科学技術・魔法技術開発担当部 第二班班長ナハテ・プライクラム様】
これである。
枕詞も何もなく、単刀直入にナビに従えという指示とそうしなければ殺すという脅迫。ついでに差出人は自分に敬称をつける様な人格である事も文からは読み取れる、勠人にとってみれば最悪だ。
そして原因となっているのが自分自身の深夜テンションだと考えれば、もっと最悪な事も分かるだろう。
この差出人が昨日の機械騎士その人なのか、それとも関係があるだけの別人なのか、はたまた機械騎士の開発者だったりするのか、そもそも機械騎士と勝手に呼んでいるがアレはそもそも何なのか。等々と分からない事は山ほどあるが、幾つか確かな事も分かる。
一つは昨晩、話した事はないが嫌いというだけの相手との会話でマジギレして怪物の様な鬼の様な姿に『変身』した挙句に相手を勢いで嬲って暴言を吐いて、遂には殺そうとした事。
二つ目は相手に逃げられてイライラしている時に道を塞がれた程度の理由で完全に初対面かつ、不思議な能力を発揮していた相手から守ってくれた機械騎士に人なんて簡単に殺せるくらいの力を込めて殴りかかった事。
そして三つ。本気で殴りかかったのに原理不明の熱くないし感覚のある炎(?)で簡単に止められて気絶し、目が覚めたら家のベットで寝ていて手首には謎の機械が着けられていた上に上記のメッセージが表示された事。
もう最悪すら飛び越える様な弩級の役満であった。
しかし一応の希望がないでもないと勠人は信じていた。単純に家に返してもらっている事、そして気絶している間に拘束や暴行の類を受けていない事がそう考える理由である。
家に帰してもらっている以上はこちらの子供であるという立場は考慮してもらえているという事、拘束も暴行もされていないのであれば呼び出して厳重注意くらいで済むのではないかと考えたのだ。
前者は家が知られているので逃げようがない上に起きた事を大人に伝えるなという脅し、後者はそもそも目覚めた時に着けられていたヘレナイト・コアなるデバイスが拘束具などの機能がないとは言い切れないのだが勠人の思考はそこまで回っていなかった。
機械騎士の正体は何だろうか、騎士団というからにはそれなりの規模だろうに何故世間で知られていないのか、やっぱり漫画やライトノベルに出てくる様な秘密組織だったりするのだろうか、などなど毒にも薬にもならない様な妄想を脳内で繰り広げながら勠人はナビの目的地とされる場所に到着した。
時刻は午前9時42分。家を出たのは8時50分程度だったので、1時間もあれば家から歩きでこんな訳の分からない場所にまで辿り着けるものなのだなと変な感心を勠人は抱いていた。
しかしそれはそれ、これはこれ。目的地の設定が間違っていないかなどの心配は別にあるのだ。
何せそこにはボロのカフェらしい店が一軒ぽつんとあるだけだったのだから。
せめて誰かしら、何かしらの案内があるのが普通ではないのか。
店名は『ナイト・カフェ』。今は当然夜ではないが営業しているらしく、店名が書かれた大きなのとは別にチープな「Open」と書かれただけのプラスチック製の小さな看板が新品の釘で店の扉に固定されている。店の外には店名の書かれた置くタイプの看板以外には特に何も置いていないし、敷地も広くはない……店として見ればむしろ狭いと言える程度のものだ。
木造の様で、外観からも建物自体が古くからあるのが伝わってくる。お洒落なレトロさというよりも単にボロにしか店を構えられなかった、みたいな雰囲気がある。
建物自体は古いのにそれを活かすのではなく、それを無視して取ってつけたようなプラスチックの看板などが置いているだけなのがそうしたダサさを感じる要因だろうか。
とはいえ他にヒントがある訳でもなく、そして一応は看板は「Open」となっているので勠人は『ナイト・カフェ』に入る事にした。
「お邪魔しまーす……ぅ!?」
『ナイト・カフェ』に入店した勠人はその内部の様子に驚愕し、その声は萎んで消えていってしまう。
彼を驚愕によって沈黙させた内部の様子というのは外観よりも更に荒れ果てていたとか、外観に反してムーディーでアダルティでピンクな感じだったりとかでもなく、一周回って中身は民家だったみたいなパターンですらない。
その内装は外観とは明らかに乖離しており、外で見た家一軒程度のスペースでは考えられない程に広大な空間になっているのだ。
しかも外観の有体に言えばボロい様子、どころか勠人が今までの人生で見てきた現代の技術で作られた建造物たち――とはいえ彼が見てきた現代技術の建造物で1番のものは博物館や科学館的なものだが――に比べても遥かに優れるだろうと思う世界が広がっていた。
部屋全体が真っ白く、しかし目をつんざくような刺々しい痛みや疲れの一切を感じさせない柔らかな白が主なカラーリング。
先程勠人が入室してきたボロっちい扉もバタンと閉じると部屋の中と同じく真っ白く変色し、直ぐに変形して他の壁と見分けがつかないようになってしまう。
見渡す限りの白の中には異物一つ見渡らないにも関わらず、部屋は明るく保たれている。
空間の中央辺りからにゅっと丸っこい何かが現れた。
「邪魔をするなら帰ってくださいな、なんて応答するのがオシャレというものでしょうかね?」
まあワタクシとしてはつまらない応答な感じですが、と続けながらソレはくるりと回って勠人の方に向き直りその正体を明かしながらせせら笑う。
彼女は思春期でなかなかに異性の容姿を褒められない勠人であっても率直に可愛い、美しいと思える程の整った顔立ちでありつつそれにマッチする青い瞳と美しい金髪を持ち、その髪はサイドテールにしている。未来的な感じのするふちの無い眼鏡に、首から下の素肌の一切を隠す機械的ながら柔らかさも感じるスーツと腕と脚に装着されたゴツいガントレットとシューズ。
彼女の右の手首にもガントレットと組み合わさる様な形で勠人に装着されているのと同じ――正確にはカラーリングや形状に若干の差異がある――ヘレナイト・コアなるデバイスがあった。
「初めまして、ワタクシはヘレエネス騎士団の科学技術・魔法技術開発担当部第二班班長こと……ナハテ・プライクラムと申します。どうぞお気軽にプライクラム様と呼んでくださいな」
「は、はぁ……よ、よろしくお願いします…?」
こうして感性はかなり普通な中学2年生とご覧の通りな騎士団員との対話が始まった。
「まず最初に一応、形式的に、ワタクシ自身の落ち度ではまったく全然これっぽっちもないのですが……騎士団及び我々の世界の失態を謝罪いたしましょう」
「え、あ、あの……我々の世界、ってのは?」
ナハテはもう既にかなり嫌そうな顔をし始めていた。
勠人の質問に対してため息をついてから、これだからは馬鹿は嫌いなんだと言わんばかりのイラついた表情を隠す事なく頭をやれやれと振ってから言葉を続けていく。
「それをワタクシが好意で教えてやろうとしていたのですが……分からなかったのかしら?………まあいいでしょう。ワタクシ達の世界について取り敢えず教えてあげます」
捲し立てる様に話を続けるナハテ。彼女が指を鳴らすと白い空間の中に水色の光が走り、形を形成していき一つの球体となった。
「……これはあくまで神話の話ですが、その昔に“神”なるものが人間を含む我々の世界というのを作ったそうです。その当初は楽園と呼ばれる死ぬ事のない世界に居たそうですが、全て食らえば“神”と同等の知恵を得ることの出来る“知恵の実”を1つ齧ったのが“神”の逆鱗に触れ……死を恐れる事のない楽園から人間は追放されたそうです」
球体は楽園を模した庭、知恵の実、人間と姿を話に合わせて変化させていく。
「大半の人間は追放された先の世界、つまり地上で生きていこうとしました。……しかし、ある一人の男はそうはしませんでした。“神”の住まう楽園へと舞い戻り、死を恐れる事のない生だけの世界に戻ろうとしたのです」
地上で狩りに励む人々、楽園を見つめる男と順々に変わっていく。
「その何百年も後のこと。男の子孫達は敬虔で善良な人間として生き続ける事で“神”に認められ、遂には楽園に辿り着く事になりました。……そして二度と誰にもその生活を奪われる事のないよう楽園に生る“知恵の実”を貪れるだけ貪り、そして“神”が世界を渦巻く普遍の『法則』を形作った方法の、その殆どを知ってしまいました」
楽園に立ち入る男の子孫が影に隠れながら木に近づいてそこに生る実を狂った様に貪り食い、そしてケタケタとタカが外れた様に笑う様を形作る。
「男の子孫は自らの事を『魔王』と名乗り、その知恵の力をもってして思うがままに世界を歪めてしまいました。今まで存在する事などあり得なかった驚異的な生命が誕生し、自らの身体すらも新たに優れたモノに作り替えた『魔王』は古い生き物達を洪水によって洗い流し、そして自分達の下の存在として改めて生命体を作りました」
ドラゴンやキメラが飛び交い、嵐が吹き荒れる中で生物の優れた能力を自身に取り込み男は変貌していく。鳥からは翼を、肉食獣からは牙と力を、魚からは泳ぐ力を取り込んで異形に変わる。
そして逃げ惑う人々は波に飲まれて消え去ってしまい、その波は奴隷の様に俯く人々の姿になる。
「しかし奴隷として生きる人々の中の一人がその多大なる勇気と正義心を認められ、“知恵の実”の欠片と喰らえば永遠の命を得るという“生命の実”の半分を神から与えられる。彼は『勇者』を名乗り、手に入れた知恵から自らの極大の生命を魔を焼き払い人々を守る炎に変換する『法則』を生み出し……そして遂には魔王を打ち倒したのです」
水色の光で形作られた魔王達が突如として現れた赤く輝く炎に飲み込まれ、消えてしまう。
「……今のがワタクシ達の世界の最古の物語。ただ、こっちの世界みたいにデタラメばかりが書いてある訳でもありませんのよ。……少なくともこれに出てきた驚異的な生命体や、身体を異形に変異させたという『魔王』の特徴を引き継いだとされる人間もいるし……それら科学的にはあり得ないモノを『魔王』の支配した世界の『法則』、『魔法』とワタクシの世界では呼んでいるのです。……そしてこの『魔法』というのは超大天才であるワタクシ含む我々の世界の人間から見てもキテレツな現象なワケですから、それと関わってきていないこの世界にとってはウイルスも同然。何が起きるのか皆目検討つきません」
そこまで語って一度貯めてから再びはあ、とため息をつくナハテ。眉を下げ、本当に不服そうにしながら話を続ける。
「…………どうしてワタクシがここまで語ったか、分かりますでしょうか?ガキには分かりませんよね。先程まで語った『魔王』というのは伝説ですが、モデルとなった人物はいたコトでしょう……そしてその子孫を名乗り、中でも特に頭のイカれた愉快な連中がいましてね。ソイツらが凄く凄く、ワタクシ達にとって余計な事をしてくれました」
それがなければワタクシはこんな何百年も前みたいな世界に放り込まれる事はなかったんですよ、とナハテは座っている椅子の肘付きをコンコンコンと連続で指で突っつきその苛つきを表す。
「……『知恵の書』の発見です。『魔王』は自分が得たその“知恵”を当初こそ独占していたそうですが、後々になってから自分の血を継ぐ者達にも分け与える思想に変わったそうです。………ホントーに、迷惑なんですよね。その甲斐甲斐しい愛情の成果が『知恵の書』で、彼の得た“知恵”の一部が記されているそうです。そんなカスみたいなシロモノがもう何世紀離れてるかも分からない様な世代の能無し共に渡ったせいでワタクシ含む秩序を守る騎士団はてんやわんやでしてね……」
その成果の一つが現在の状況なワケです、と勠人に指を指す。
「アナタもその能無し共の成果のうちの1つなんですよ」
突如として自分がそんな壮大な事の一部として指を指されてドキリとしたが、確かに勠人には思い当たる節があった。
「流石に、この流れならピンときますよね……こなかったらちょっと不快なくらいです。能無し共は『知恵の書』に書かれている知恵からワタクシ達の世界とは別の世界……つまりこの世界の存在とそれに繋がる扉の存在を知って此方側に侵入してから、またもや『知恵の書』を利用してかつての『魔王』がしたのと同じ様に此方の世界も歪めようとしていましたが……」
ナテハは勠人を指していた指をくるりと回し、手のひらに包んでからパッと開く。
「所詮、奴らの頭は偉大なる『魔王』サマの血を守る純血主義に倒錯した甲斐あってマトモではないです。むしろかなりパーなのです。……そもそも『知恵の書』がそっくりそのまま残ってたとも限りませんが………兎にも角にも当初の目的は失敗してアナタの通う中学校という極めて極小範囲かつ狙ってもいない『法則』が発現している様子なんですね」
ナテハの指は再び勠人の方を指し、今度は彼女の方から見て顔辺りをくるくると回して遊んでいる。
そんな様子のナテハの事を真剣に見つめる事で何とか続きを話してもらう気にさせる作戦の勠人。作戦は上手くいき、ナテハは面白くなさそうな顔で話を再開した。
「……アナタや、アナタが対面したガリのガキとか。他にも何人かウチの戦闘要員が対処したガキ共はそれぞれに違う、規模感が自身からそう遠くない範囲にのみ影響を及ぼすヘボい『魔法』の様なモノを宿しているらしかったです。ワタクシ達はそれらを取り敢えず『異常』な『魔法』、『異法』と呼んでいます。………なのでワタクシ達の世界の問題が此方の世界に入ってしまっているので、形式上の謝罪を一応したというワケなんですね」
よいしょ、と立ち上がったナハテが勠人の席の前に立ちはだかる。ナハテの身長がブーツの加算もあってかなり高く、上から見下ろす様な体制の上に性格的にもかなり見下してきているので勠人はかなりの威圧感を感じていた。
「そして今日アナタを呼んだ本題なんですが。聞いてもらって分かる通り、ウチらってかなり忙しくなりそうなんですね………ハッキリ言って一度ノシた奴らに何回もトラブルを起こされるのって非常に迷惑なんで、二度とアナタの『異法』を他人に振るわないと誓ってください」
ナハテは更に一歩踏み込んで勠人のヘレナイト・コアを装着した方の腕を掴み、グッと自分の方に引き寄せてソレに目をやる。
「と言っても多分、従う他ないと思いますけどね。なぜって?……実はこのデバイスは爆弾にもなる優れものでしてね、ワタクシ達のお願いを聞かなければドカン!となっちゃうんですよね、アナタの手首が」
ただそれだけですのでガキは気をつけてお帰りなさい、と強引に話を切り上げたナハテに外まで連れ出された勠人の心には爆弾が腕にあるという恐怖も確かに有った。だがそれよりも未知という好奇心の対象でもある存在から拒絶をされた事、そしてその拒絶に対して立ち向かえなかったという事実が勠人という子供には大きく感じられた。




