EP3:怒る鬼と騎士の炎と
【前回までのあらすじ】
突如怒ると体が『変身』してしまう体質に目覚めた普通の中学生、成鬼勠人。夜の河原で機械の騎士と出会うが何かを警戒している様子。不思議に思っていると突如『下』の世界に引き摺り込まれてしまう。そこには学校の嫌われ者、チビスミこと下賀隅咎が居た。
彼の言動に怒った勠人は遂に鬼の姿に変貌してしまうのだった。
薄暗く、嫌に綺麗で不思議な空間。
今晩の幾重にも重なり続けた怒りがこの『下』の世界でのチビスミ――下賀隅咎――との対面でピークに達し、遂に刺々しく荒々しい鬼の姿へと変貌を遂げた成鬼勠人の口角は鋭く上がっていた。
反対に先程までは得意げに勠人に自身の特別性を自慢していた隅咎は怒りと嗜虐心が漏れ出る怪物を前に、尻餅をついてガタガタと震えながら首を振るばかりであった。
「どうした?ガタガタ気色悪い震え方しやがって」
勠人はコツンコツンとわざとらしく音を立てながらゆっくりと隅咎に近づいていく。
一歩近づくごとに震えが大きくなり、後退りをする隅咎の様子を見て嗜虐心からくる悦を隠す事なくニタニタと笑みを浮かべながら獲物を追い込んでいくその様は、絶対的な優位ゆえにターゲットで遊ぶ捕食者にも見えた。
「さてさて、俺はこれからお前を嬲るが恨むなよ?これまで散々に俺をイラつかせたのが悪い訳だし、お前の様な汚いモノに触れる事への嫌悪感もガマンする訳だからな?」
嫌悪感などと口には出しているものの未だに口角は上がったままであり、楽しげに嘲りながら腕を振り上げたその姿は隅咎の目には勠人自身が嫌悪する不良寄りの生徒達以上に邪悪に映った。
しかし窮鼠猫を噛むとはよく言ったもので、追い詰められた弱者とはその押さえ付けられた反動から来る爆発力で強者に対して思わぬ反撃を仕掛けるものだ。
そもそも勠人は前提を忘れていた。自分はこの『下』の世界に引き摺り込まれた立場であり、自慢げに語られた通りこの場での強者は勠人であっても場の主導権を握っているのは弱者である隅咎であるという前提を。
そして先程急に現れた様子を見るに、隅咎は『下』と『上』を自在に行き来できるという簡単な予想すら勠人は立てていなかった。
「うわああああぁあ!!」
勠人の腕が振り下ろされる刹那、叫びと共に隅咎の姿が目前から消え失せた。勢いよく空振った腕は地面に突き刺さり、2メートルはあろうかという程のヒビが入る。
当然この様な規模の破壊を巻き起こす力を人に振るおうものならば、人体など簡単に四散させて酷く惨い骸にしてしまうだろう。
その様な血濡れの予想図など気にも止めず勠人は怒りに燃えていた。
それは日頃から彼自身が嫌う人間達よりも余程残酷で救いようのない……まさしく“鬼”の形相であったが、今の勠人には考えつく事はなかった。
「だあぁあああ!!クソがッ、マヌケがぁ!ノロいトロいスットロい!!誰の許可あってこの俺の前から自分都合で消え去ってだゴミがぁ!!許さねえ…!絶対にぶっ殺してやるからなぁ!!」
つい数秒前の他者を見下し、嘲る笑みは消え去っている。
怒りのままに腕を振り回し、地団駄を踏んで怒気を撒き散らす様子は遠目から見ても背筋が凍って動けなくなるほどに恐ろしいものであった。
しかし変貌したその青白い肌にも浮く色のナニカが彼のうなじにて不気味に蠢いているのは隅咎も、そして勠人自身も未だに気が付いてはいなかった。
一方、襲い来る勠人の元から何とか逃げ出した隅咎は恐怖から解放された反動と、ハッキリと見下した態度を取られた上に自身の行為ストーカーだと非難された事――これについては正論しか言われていないが――からくる怒りで目の前に居ない勠人への悪口を喚き散らしていた。
「な、何なんだよあ、アイツはさあ!ぼ、僕があんなバケモノにな、何をしたっていうんだよお!!…クソクソクソクソ。何だってぼ、僕があんなに怖い目に遭わなきゃいけないんだよお!!……!そ、そうかあ!あ、アイツもメカヤロウみたいに僕が羨ましかったんだなあ!そうかそうか。……も、もしかしたら僕はいわゆる選ばれた人間なんじゃないか!だ、だとしたら納得できるぞお!……や、奴らはグルで僕の様な優秀な人間に目覚めるこの不思議な力を狙ってきてるんだなあ!で、でも僕は撃退できた!こ、これからも僕はきっと追い払えるし、それに僕の可愛い彼女達をか、影ながら守っていくんだあ!…あ、で、でもぼ、僕に直接会えないのはか、可哀想かもなあ…ひひぃっ…!き、きっと会えないのはつ、辛がってるしい!」
早口で自分を肯定し鼓舞しつつ、自分を襲ってきた相手を自分を僻んで襲ってきたということにして下げるという方法で心を落ち着けていく隅咎。機械騎士に追われていた原因を分かっていないとはいえ、そもそも彼自身が『下』に機械騎士に対する人質てして勠人を引き摺り込まなければこの様な事態にはなっていなかったのだが、その様な思考はないらしい。
とはいえ、事実として殺されかけた為に成鬼勠人を非難するのはまだしも最終的に自身のストーカー行為を肯定する思考に行き着くのだから始末に負えない。
しかし必死になって自身をブツブツと擁護し続ける隅咎は恐怖から解放された反動で警戒が緩んだ影響もあり、自らに近づいてくる足音を聞き逃していた。
ジャリ、ジャリと緩やかに近づく機械の騎士を。
「……?な、何か聞こえ………っひぃ、え!?」
隅咎が振り向いた時には機械騎士はすぐ後ろに迫っていた。
急いで『下』に逃げ込もうとも考えたがあそこには恐ろしい怪物がいる。必死の思いで脱出したのにまたあそこに戻るのか?
そうした思考を重ねる中でも機械騎士の行動は進んでいる。既に機械騎士の掌が自身の腹に当てがわれてしまっている。
どういう仕組みかも不明だが、手首辺りに装着されている一際目立つ玩具の様なパーツの中央からは今まで見た中でも迷いなく1番だと言える程に輝く炎が溢れ出していた。
こんな状態は本来とても恐ろしく、普段の隅咎ならば恥も外聞も気に留めずに泣き喚いていたかその恐怖のあまり気絶してしまっていただろう。だが何故か、その溢れ出る炎を見ると不思議な安心感を感じるのだった。
「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎、◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎」
機械騎士は何事かを言った。それは日常で聞く日本語では勿論なかったし、彼ら中学生を苦しめてきた英語よりも発音が分からなかった。
しかしその言葉から隅咎は優しさと申し訳なさを感じながら、掌から伝わる電撃によって意識を落とした。
隅咎が意識を失ってから数分後。河原の石々が今日最も盛大に舞い上がった。
要因は一つ。『下』に取り残されていた勠人が延々と天井に攻撃をし続け、その威力と暴力性を持ってして天井を破壊して『上』に無理やりの形で脱出したのだ。
「どうだ!出たぞ、出てやったぞ!!」
機械騎士はその様子を見て、気絶させ寝かせてある隅咎を尻目に勠人の方へと向かって行く。やはり隅咎の時と同じくその手のパーツからは輝く炎が溢れていた。
「あんたは……さっきの。あのジブン、怪しい者じゃあないんですけど……」
天井を殴り続けた事で気が静まってきたのか、先程の隅咎との対面時よりは幾分かは落ち着いている様だった。
その影響かは不明だが恐ろしく変貌していたその姿も『変身』をしたその時点に比べれば一回りは小さくなり、動物の鹿の物と同じくらいに大きかった2対の角も短くなっており、約20センチ程度にまでになっている。
だが、再び様子が変わる。
「……?おい、そこで寝てるのはチビスミじゃねえか?」
機械騎士の何メートルか後ろで気絶している隅咎が目に入った途端、異様なまでに勠人の表情が怒りに歪み始めた。
それに合わせてか、元に戻り始めていた体も再び膨れ上がり凶暴に肥大化していく。
「ふざけんじゃねえぞチビガキ。この俺を訳の分からない空間に閉じ込めた分際で気分良さげに眠りこけてるんじゃねえよ……ストーカー帰りのゴミ野郎が。だあー、クソ……二度と舐めた真似できない様に歯を内側から全部引き抜いて立場の違いを分からせてやる」
ぎりぎりと歯軋りをし、再び怒気に満ち溢れていく勠人。機械騎士はそのうなじで蠢く影に目を向けていた。
先程まで気にしていた相手を視界から外し、怒りのままに隅咎に向けて歩み始めた勠人だったがその前に機械騎士が立ち塞がった。
「……何ですか?邪魔なんですけど、分からないんですか?……この俺の邪魔すんじゃねえよ、誰の許可で俺の前で道塞いでんだよタコが。……分かったら退いてください、そして二度とこの俺の通行の邪魔にならない事を誓って謝罪をしてから消え失せてください」
それなりに気を遣い、相手が『変身』した自分の姿に驚いている事を考えて一応は怪しい者ではないと言った口と同じとは思えない様な暴言を流れる様に吐き捨てる勠人。
しかし機械騎士は目の前から退く気はないらしく、それどころかファイティングポーズをとって戦闘をする姿勢だ。
「………退けよ。この俺が退けってさっきから言ってるんだよ。言葉が通じないのか?テメエのそのミクロサイズの小さい脳みそでもわかる程度の命令をしていると思ったが理解できないのか?デカい図体で小学校1年生どころか幼稚園児未満の理解力しかないのかブリキ野郎……!」
本来であれば勠人はここまでの言葉を人間に使う事はあり得ないタイプの性格だ。例え相手がどれだけの悪人でも、生理的に受け付けない気色の悪い人間でも色々な事を理性的に考えて、暴言に至る前の思考で終わらせる。
そもそも暴言を吐いてもおかしくない程に怒っていたのなら、彼本来の性格では既に殴りかかっていなければおかしいのだ。
しかし今の成鬼勠人には不思議と目前の苛つきに対して理性が働く事はなかった。それが今晩の度重なるストレスが原因なのか、はたまた何か別の要因が存在するのかは勠人には分からない。
だがそもそもそれを考える気もなかった。兎に角目の前の相手を自分の暴力でもって叩きのめし自分が上である事を証明するというのに何も抵抗はなかったし、都合の良いことにそれを成し遂げる力は最近になって手に入れたのだ。
向かい合った2人の勝負は、一瞬にして決着した。
まず行動を起こしたのは勠人であった。その爆発的にパワーアップした脚力によって踏み出した一歩目はそのまま相手目掛けての飛びかかりに変化する。
その勢いを活かした右腕のフルスイングによって現在彼の出せる最大威力の攻撃となる。その威力は隅咎などに振おうとしたものなどでは比較にならない程のものであり、家だろうが校舎だろうが簡単に粉砕できると確信する程の代物であった。
対する機械騎士がこの一撃に対して起こした行動というのは、避ける事でもガードする事でもない。
何とこの一撃を放つ拳に合わせてのカウンターであった。
まさにあり得ない行動であろう。両方向からの力がぶつかり合えばどちらか一方の力のみが加わるよりも、更に巨大な力となる事は明白。
カウンター自体は勠人の奇襲に問題なく反応し、対処しようという思考だからこそ成せる恐らくは経験の差からくる反応であろうにもが関わらず。何故か機械騎士はそのダメージが最も大きくなる選択をしたのだ。
2つの拳がぶつかり合うその時、機械騎士の手から漏れ出る炎が更に熱く激しく燃え上がった。
溢れ出る炎は何とも不思議なことに接触の瞬間に2つの拳の間でクッションの様に入り込んで、その凄まじい筈の衝撃を取り込んでしまったのだ。
炎はその衝撃の大きさに影響されたかの様に爆発の様な形で広がり、しかし炎としての形は崩さないまま『変身』によって並みの大人よりも大きくなった勠人の全身を包み込んでしまった。
何故か自分の最強の手札が無力化され、その上で視界に炎が広がる光景を見た勠人の心には留まらない怒りという衝動と同時に、何か安らぎを感じ取っていた。
炎は勠人の全身を包み焼き、そのうなじに潜んだなにかを焼き殺し、『変身』した姿を焼き落として一人でに消えた。
勠人には火傷ひとつない。そして突き動かす衝動が消え、理性が戻った事を無意識下に理解してから極度の疲労でそのまま眠りについた。
成鬼勠人が目覚めるとそこは自分の部屋で、自分は普段通りにベッドの上で眠っていた。
昨晩は家を黙って抜け出て凄いことになった、と思ったのだが………夢だったのだろうか?
『変身』で破れてしまった筈の服もそのままだし………と自分の着衣を見渡していて1つ気がついた。
利き腕である右の手首に機械騎士の手首にも同じく付いていたパーツが装着されている。
あの炎が溢れ出していた、そのパーツが。
いやでも昨日見たのとは色が少し違う気がするな、などと考えているとその中心にある円形のクリア部分――どうやらディスプレイらしい――に文字が浮かび上がる。日本語の様だ。
【メッセージ①:本日中にこのデバイス――ヘレナイト・コアのナビに従って指定の場所に向え。従わない場合には命の保障は出来ない。
差出人:ヘレエネス騎士団 科学技術・魔法技術開発担当部 第二班班長ナハテ・プライクラム様】
どうやら未知との出会いは一筋縄ではいかない様だ。




