世界の味方は人類の味方とは限らない
「·····はぁ、全くもう、やだやだ」
私は今、直径100kmの巨大な溶岩湖の中心に胡座をかいて頬杖をついて座っていた。
あのブレスは、直撃すると同時に莫大なエネルギーを放出。
地上にあった魔法陣群や魔術師や視察に来てたお偉いさん方、そして生贄となった人々を瞬間的に蒸発させるどころか、着弾地点から50kmの範囲内はまず地表50mが蒸発、その更に奥まで高熱により融解、巨大な溶岩湖を形成した。
·····控えめに言って、地獄絵図だ。
人々の営みの痕跡はおろか、生命の痕跡すら残さない溶けた湖は、世界の禁忌に触れた存在に対する罰の象徴だ。
·····けれど、それはあくまで人間の視点での問題でしかない。
かつてここに存在していた禁忌を犯そうとしていた敵国の咎人達も、生贄たちの魂も、神からすれば無事に解放され天へと向かっていった正しい死に方をした。
·····それに巻き込まれた全ての命、地中に住む微生物、虫、小動物、魔物も当然ながら居る。
彼らに罪は無い、神の目的はあくまで魂の損害を意図してやろうとする人間への懲罰だ。
故に、神の権限を使う。
「人類以外の魂魄の確保····· 完了」
「アカシックレコード参照····· 完了」
「周囲100km範囲の原子蒸気掌握····· 完了」
「周囲100km範囲の溶融元素掌握····· 完了」
「アカシックレコードのデータとの比較····· 完了」
「創世魔法····· 発動」
それは、瞬きよりも早い時間での出来事だった。
神の号令と共に全ての元素が急速に移動を始め、数刻前と同じ位置に移動、元あった元素が再び結合し、分子が組み立てられ、原子の震えは強制的に安定し、まるで何事も無かったかのように元通りに·····
·····否。
神は人の営みまでは関わっていない。
故にそこには、人が作り出した物····· あの禁忌の魔法陣郡も、町も村も無く、人間は存在して居ない。
人の手の入っていない原初の自然がこの地へと蘇り、再び動き出したのだ。
そして居場所を喪った死者たちの魂は、まるで世界の終末のような、天へと登る雨のような景色となって私の目に写っていた。
「·····ごめんなさい、私、助けられなかった」
見ず知らずの人たちとはいえ、咎人とはいえ、関係ない者を全て巻き込んで消し去ってしまったことに私は罪悪感を覚えていた。
いや、以前にも砂漠を爆撃して大量死を起こした犯人が言えた事じゃないけど、やっぱり人を、同種の生き物を殺したのは流石に私でもちょっとショックだ。
瞬時に消滅したから実感が湧かないけど、確かに私は人を殺した。
「·····考えない方が良いかな、考えすぎるのは毒だ、これが最良の結果だったんだ、うん、私は正しいことをした、全く悪くないとは言わないけど、これしか無かったんだ」
はぁ····· 報告しよっと。
「ガイア様、仕事完了です」
『はいはーい、ちゃーんと見てたよー、お仕事ご苦労様』
「全く····· ちゃんと労災降りますよね?精神がかなり参ってるんでそこんとこお願いますよ?」
『またまたぁ····· うわヤバっ、マジで精神ヤバい事なってるじゃん、大丈夫?』
「大丈夫って····· あのさぁ····· 私、人を殺すのは徹底的に避けてたんですよ?盗賊の討伐とかの依頼、受けた事ないんですよ?そんな綺麗な少女に大量殺戮の依頼なんてマジで鬼畜ですからね?というかやってる事邪神ですからね?労災降りなかったらストライキしますよ?」
そう、私はあんまり殺人をしたくなかった。
この世界は命の価値が低く、盗賊関係の依頼は捕まえるor殺すor皆殺しの物騒な選択しか無いし、ギルドで普通に受けられるこの依頼だったら人を殺しても咎められないとかいうザルな感じなのだ。
私もSランク冒険者として時々盗賊の征伐の依頼を出された事があったけど、全部片っ端から断っているくらいだ。
私が死ぬのはいいんだけど、私以外の誰かが死んでるのを見るのが嫌なのよ·····
アカシックレコードで全ての人々の記憶を覗けるという力があるから、ひとりひとりに様々な人生があって、それが複雑に絡み合ってこの世界が出来ている事を、私はこの世界の誰よりもよく知っている。
例え罪人であろうと人生があって、思い出があって、誰か想ってくれる人が居る。
そして、罪人でも善良な市民であろうと、生命は生きる事で人生という小説を綴って行く。
殺すという行為は、誰かの小説を未完のまま強制的に終わらせてしまうこと。
そして誰かの小説のストーリーを狂わせてしまうこと。
だから、私はなるべく人々の物語に手を出さないで邪魔されないようにしたかった。
『生きる』という事を綴ることはとても難しい。
『生』という漢字の読みのように、生きる事は1つでは表せられない複雑に組み立てられた芸術作品なのだ。
同じ景色でも人それぞれの感性で綴られる文は変わるし、同じ文ができる事はほとんどないくらい複雑なものだ。
だが、『死』は、全ての終わりである死だけはどうやっても変えられない。
読みが100を超えると言われるほど多い『生』に対し、読みが最も少ない漢字が生と対を成す言葉、たった一つしか読みがない言葉が『死』だ。
なんの面白みもない、必ず小説の最後に書かれる代わり映えのしない終わりの言葉だ。
でも、結果は同じであれ死を迎える過程は違う。
私みたいに面白い死に方をする人もいれば、悲劇的な死に方をする人も、家族に見守られ穏やかに死ぬ者、激しい恨みを抱いて死ぬ者·····
見れば見るほど、人が死を迎える瞬間は複雑で悲しくて美しい。
そんな物語の最後の瞬間を私が無理やり書き換えるのは嫌だったのだ。
まぁなんかグダグダ言ってるけど、人を殺したくないってだけだ。
あと誰かを殺したらその人の関係者が悲しむのも嫌なのよ。
私にもフィーロ君という大切な人ができて、より一層誰かを殺すのが嫌になったのだ。
「·····はぁ、ほんと気分悪い」
『ありゃりゃ····· そんな嫌だった?』
「そりゃ嫌ですよ·····」
『ごめんねー、あとで労災降りると思うから〜』
「労災とかそういう問題じゃないんですよ·····」
『でもさ、薄々自分でも気がついてるでしょ?『こうするしかなかった、やらなきゃ自分の大切な人が苦しんだ、だからこっちの人を殺した』、そしてキミはその葛藤で悩んでるのよね?』
「·····で?なんなんですか?私が人を殺しても爆笑でもすれば良かったんですか?きゃーたのしー!って言って惨殺すれば良かったんですか?」
『おー怒ってる怒ってる、あのさ、ソフィちゃんは曲解しすぎ、そして深く考えすぎよん?気楽に····· とは言わないけど、ある程度で割り切るってラインを自分で設けないと疲れてダメになっちゃうよ、いつも通り楽観的に行けばいいのよ〜』
「·····楽観的に生きるのも楽じゃないんですよ」
『そうだろうねぇ、まぁたまには毒も良い刺激になって薬になるでしょ? 楽しい事だけをやって生きていくのは無理だよ、辛い現実と向き合うのも必要だ、キミは今までできるだけそれを避けてきた、ちゃんと向き合いなさい、ソフィちゃん』
「··········ちっ、クソ女神め」
『おー怖い怖い、反抗期かな?』
「私、命令でも暫くこういう仕事はしませんから」
『いいよん、好きにしなさいねー』
「っ····· じゃあ切りますよ、報酬、少なかったら殴り込みに行きますから」
『はいはい〜』
ブツッ
ほんとアイツ嫌い。
いちいち事実を突いてこないでよ、本気で悩んでるんだから。
誰かを殺すのが誰かを救う事になるなら殺すしか無いのも分かってる。
私が甘えて自分の物語から辛い事を消して逃げてたのも知ってる。
誰も争わなくていい、平和で楽しい世界が良いなと何度も思った。
でも、それが無理なのはよく分かってる。
「あーやめやめ、やっぱり私こういう湿っぽいの苦手だわ!やっぱり私は笑顔が1番っ!はいソフィちゃん可愛い!にぱーっ!」
でも、この世界には悲しい事、辛い事しかない訳じゃない。
私はフィーロ君と、親友たちと出会えて凄く幸せだし、この世界に来てから毎日が楽しい。
だから私は悲しくても辛くても、それも全部『楽しい』と思って、いつもの笑顔でバカやるんだ。
「私の人生は私だけの物、誰かに言われて変えるつもりは無い、私の人生に悲しい話なんて必要ないっ!喰らえ悪霊退散っ!シリアス退散っ!すぐに呼びましょシリアスブレイカー!」
私は手付かずの大自然の中で、いつものアホな笑顔を晒して、私の故郷へと帰って行った。
名前:ソフィ・シュテイン
ひと言コメント
「もう大量殺戮とかやらん·····って言いたいけど戦争が始まったらやらなきゃいけないのよね····· ちなみにだけど、禁忌魔法陣は完全に消滅して二度と撃てなく出来たよ、一応禁忌魔法も発動しなかったみたいだからセーフだね!一般人を巻き込んだのは申し訳ないけど、怨むなら私じゃなくて禁忌魔法をやろうとした国のトップを怨むんだよ!·····あと、よく計算したら私助けた人の数の方が結果的には多かったのよね、だって禁忌魔法が発動してたら私が殺った人数の20倍近い人が死んでたし、私の国の人も大勢死んでたから、1万人程度で済んで良かったのかも?まぁ何にせよ終わった事は仕方ない!·····はぁ、明日も面倒事が確定してるのヤダなぁ、あのアンデッドさんと会わなきゃだし·····」




