第四話:独占欲の暴走と守護
1. リリアーナの苦悩:毒の浸透
茶会から数日後。リリアーナは自室の書斎で、冷静さを保とうと努めながら、エリオット王子の言葉を反芻していた。
(王子は、レイヴンから私を奪いたいのではなく、レイヴンの力を奪いたいだけ。それはわかっている。だけど……彼の言う通り、レイヴンの行動が侯爵家にとっての「人質」のリスクを高めているのも事実ね)
レイヴンは、彼女の安全のために、彼女の外出や社交を以前にも増して制限し始めた。彼女の視界に入るすべての男、彼女に話しかけるすべての人間が、彼にとっては「敵」に見えているかのようだった。
「私の周りに誰もいなければ、王子は私を人質に取れない」という彼の論理は理解できるが、それはリリアーナの望む「平凡」からさらに遠ざかることを意味した。
「婚約を解消すれば、侯爵家は王家と繋がり、安全を得られる」という王子の言葉が、彼女の合理的な心に鋭く突き刺さる。レイヴンと共にいることは、常に王国最強の権力闘争の火中にいるということ。
「私は、本当にレイヴンの愛を選ぶべきなのか? それとも、家族と自分の安寧のために、合理的で非情な選択をすべきなのか?」
このジレンマこそが、エリオット王子の狙いだった。
2. 騎士の「黒き刃」の片鱗
その頃、宮廷では王子の陰謀が着々と進行していた。「王室直属の監査局」の設立が議会で可決され、レイヴンの騎士団は動きを制限され始めていた。
監査局のトップに就いたのは、かつてレイヴンの強引なやり方で失脚させられた貴族の息子だった。彼はすぐに騎士団の戦費を問題視し、レイヴンに連日、数十年前の書類提出と厳しい査問を要求してきた。
「レイヴン団長。これは王命です。陛下の名の下に、貴殿の不正を正す」
その男が、執務室でレイヴンに侮蔑の笑みを浮かべた、まさにその瞬間だった。
ドォンッ!
レイヴンは、机に置いていた分厚い監査書類の束を、ただ片手で叩いた。その衝撃で、重厚な執務机は中央からヒビが入り、監査局員の顔は蒼白になった。
レイヴンは銀灰色の瞳で男を見据え、氷点下の声で言った。
「不正? 私の騎士団に、不正はない。貴様の狙いが何であろうと、私から権限を奪い、リリアーナを危険に晒すことは許可しない」
彼は、立ち上がると、黒い騎士服の裾を翻した。その威圧感は、もはや騎士団長という地位を超越していた。
「貴様は、私を査問する前に、騎士団の『黒き刃』が、貴族の子弟の安全をどれだけ軽視するかを思い出すべきだった」
レイヴンは、監査局員に物理的な暴力を振るうことなく、恐怖という名の暴力で彼を制圧した。その日のうちに、監査局員は精神的なプレッシャーに耐えきれず、病気を理由に職務を放棄した。
レイヴンは、巧妙な策略を、圧倒的な力と恐怖で、文字通りねじ伏せたのだ。
3. 過剰な独占愛と、非日常の固定
その夜、侯爵邸に戻ったレイヴンは、リリアーナが書斎で悩んでいるのを見つけた。
リリアーナが「レイヴン、あなたの力は諸刃の剣よ」と切り出そうとしたその時、レイヴンは彼女の言葉を遮った。
彼は、荒々しい力で彼女を抱き上げると、そのまま窓際へと運び、その冷たい銀灰色の瞳で彼女を深く見つめた。
「私の力は、私と、君のためにだけある」
レイヴンは、リリアーナの顔を覆う金茶の髪を丁寧に耳にかけ、アメジスト色の瞳に口づけをした。
「エリオットの戯言を聞いたな。彼は君の弱み、『平凡と安泰』を突いてくる。だが、彼は嘘をついている。彼は、私の力を奪った後、君の命をどうでもいいものとして扱うだろう」
彼は、彼女の安全のために、真実だけを告げた。だが、その結びの言葉は、リリアーナの望みを完全に否定するものだった。
「婚約解消はありえない。君が平凡を望むなら、私は王国を巻き込んででも、君に私という『最強の非日常』を与える。君は、私から離れることができない」
そして、彼はリリアーナの首筋に顔を埋め、「永遠に私のものだ」と、囁きではなく、誓いのように独占の言葉を刻みつけた。
レイヴンの過剰な独占欲は、リリアーナの心に安堵を与える一方で、彼女を、より一層「騎士VS.王子」という非日常の渦へと、深く深く引きずり込んでいくのだった。




