第2章:群律戦争 ― 昆虫対魔族の時代
満月の夜、あの羽音が世界を震わせてから、幾つもの季節が巡った。
森は呼吸を取り戻し、命は新たな律を得た。だが、その律は森の外へも波紋のように広がっていった。
大陸全土に微細な共鳴波――《羽音波動》が満ちていた。
風はそれを運び、河はそれを映し、やがて人の街にも届く。
それはもはや音ではなかった。
魔力の流れそのものが、微かに“生命の拍動”を帯びていたのだ。
王国の魔導院では、魔力理論の崩壊が報告されていた。
既存の魔法陣は共鳴干渉を起こし、魔力が「生き物のように」変質する。
魔族領では、魂契の儀が不安定化し、“呼吸する魔素”の現象が広がる。
人間も魔族も理解できぬままに、世界そのものが“羽音”の律に触れ始めていた。
だが――この変化を最も深く感じ取っていたのは、
森の奥に身を置くひとりの魔女、レイラ・フォン・グラズヘイムであった。
彼女の築いた庵は、いまや《羽音郷》と呼ばれていた。
そこは人の法も魔の法も及ばぬ、生命の理に支配された地。
草木は呼応し、虫たちは自らの意志で群れを成し、
風が吹けば、森全体がひとつの心臓のように脈動する。
レイラはその中心で、
虫たちの行動・思考・魔力循環を体系化した新たな理――
《群律法》を完成させていた。
群律とは、個の魔力を群体意識によって束ね、
共鳴の波として命令と感情を伝達する“共感魔法”の体系。
それは支配でも命令でもない。
“感じ、響き合う”ことで、無限の協調を生む術。
虫たちはその法のもと、ひとつの文明を築いていた。
戦うためではなく、生きるために――そう、彼女は信じていた。
だが、人はその音を聴きつける。
王国の魔導官たちは《群律法》を解析し、
「群体魔力の軍事転用」を提案した。
やがて、“羽音波動”は兵器として再定義される。
無数の魔導機が群律の構造を模倣し、
人工の共鳴群――《群律兵》が誕生する。
彼らの翅は鉄でできており、その羽音は命の響きではなく、
戦の号令として鳴り渡った。
レイラは知っていた。
自然の律が人の欲に染まるとき、
それは“調和”から“支配”へと変わるのだと。
レイラ(独白)
「私は羽音を、祈りのために編んだ。
けれど――彼らはそれを、戦の歌に変えようとしている。」
そして、森の静寂を破るかのように、遠くで雷鳴が響く。
王国と魔族の戦争が、再び燃え上がろうとしていた。
その戦場に、虫たちの羽音が介入する。
それは“自然”と“文明”が正面から衝突する時代の幕開けだった。
ナレーション:
「これは、命の律をめぐる戦の記録。
群れの響きが、世界を変える時代――
《群律戦争》の物語である。」




