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『グラズヘイム異界譚:羽音の王国』  作者: 南蛇井


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羽音聖典 ― 詩と予言の終章

世界は、再び沈黙に包まれていた。


かつて天を覆い尽くした羽音は遠い記憶となり、

群律塔ハーモニクス・スパイアは砂に埋もれ、

その塔身に刻まれた“律”の文様さえも風化していた。


人々はもはや羽音を“音”としてではなく、

“伝承”として語るだけの存在になっていた。

老人たちは夜に焚き火を囲み、子らに語る――

「昔、空は羽根で覆われ、命は歌っていた」と。


だが、その声を信じる者は少ない。

今や世界は“静寂の時代シレンティア”と呼ばれ、

群律のない大地は、かつての拍を忘れて久しかった。


その沈黙の時代に、

一人の詩学者がいた。


名を――テオ・ルーメン(Theo Lumen)。


彼は廃墟となった群律塔を巡り、

古代の碑文や羽音石の欠片を拾い集めていた。

彼の目的はひとつ――

「羽音の言葉」を記す最後の記録者となること。


星々の下、テオは崩れた群律碑の前に膝をつく。

手に持つ灯火が、風に揺れた。


テオ(独白):「音が……まだ残っている。

石の中に、風の中に……。

けれど、人の耳はもう、それを聞こうとしない。」


彼の声は、沈んだ森の中に消えていった。


夜空を見上げれば、二つの月が遠く離れて浮かんでいる。

白と黒――かつて“律の均衡”を象徴した双月。

だが今は、その拍を失い、

ただ静かに空を漂うだけだった。


テオはペンを走らせる。

羊皮紙の上に、細く震える文字を刻む。


「世界は音を忘れ、音は記憶に還る。

されど、記憶はいつか再び響くだろう――

羽音は沈黙の底から蘇るのだ。」


その一行を書き終えたとき、

彼の耳にかすかな震動が届いた。

それは風の囁きか、それとも……


まるで、大地の奥底で、

誰かがもう一度、羽を震わせたかのような――そんな音。


テオは目を閉じ、微笑む。


テオ:「……まだ、終わっていない。」


そして彼は筆を取り直し、

新たな頁に題を記す。


《テオ・ルーメンが『羽音聖典』を書き上げた夜、

群律塔の残骸に微かな震えが走った。

風は静かだったはずなのに、空気の奥で、

どこか遠くから「羽音のような響き」がかすかに聞こえた。


その音を、テオは筆を止めて聞いた。

それは耳ではなく、心の奥に直接届く音だった。


彼はゆっくりと羊皮紙をめくり、最後の頁を見つめた。

そこには、不完全な一節が残されている。

古代文字がところどころ掠れ、判読さえ困難なほどに。


それでも、テオの手は震えながらも確かに文字を追った。


『月の影、再び重なる時、

闇の羽、白き子に宿らん。

その拍、再び世界を編む。

名は未だ知られず――ただ、“継承の律”と呼ばれる。』


書き終えた直後、灯火がふっと揺れ、

室内に微かな風が流れ込む。


テオは呟いた。


「……これは、誰のための詩だ?」


答えは、風の奥に消えていった。


彼の筆跡を見つめると、

まるでその文字そのものが脈打つように微かに光っている。

“羽音の律”が再び紙の上に目覚めようとしているのか。


夜が更けるにつれ、

その光は塔の壁に反射し、外の世界へと滲み出ていった。


やがて、群律塔の外、荒れ果てた大地で――

眠っていた羽音石が、一瞬だけ蒼白い光を放つ。


砂漠では枯れた風が鳴き、

北の森では、かつて滅びた虫たちの繭が微かに震えた。

湖面では、黒い月の残影が揺れ、

その縁に、もうひとつの白い影が重なって見えた。


それはほんの一瞬――

だが確かに、世界は再び呼吸を始めたのだ。


人々は後にその夜をこう呼ぶ。


「羽音の兆しの夜(Night of Resonant Wind)」と。


そして、聖典のその詩は

やがて“虫王再臨の予言”として語り継がれることになる。


だが――誰もまだ知らなかった。

“白き子”と記された存在が、

この地のどこかで、すでにその羽根を拾おうとしていることを。


森は、まだ眠っていた。

光も風も、時の流れさえも、長い静寂の繭に包まれているようだった。


その静けさを踏み分けて、一人の少女が歩いていた。

イリス・ノア・アルセイラ。

古の聖樹を守った一族の末裔にして、

“羽音の夢”を見る少女。


彼女は幼い頃から、夜毎に同じ夢を見ていた。

無数の翅が闇の中で舞い、光と闇がひとつに溶けていく――

そして、誰かの声が囁くのだ。


『拍を継げ。律を繋げ。』


イリスは夢に導かれるように、

かつて聖樹アルセイラが根を張っていた遺跡を訪れていた。


崩れた根の裂け目から、青白い光が漏れている。

そこだけ、森が呼吸しているようだった。


彼女は膝をつき、指先でその光に触れる。

すると、地面からふわりと一枚の羽根が舞い上がった。


白く透き通る羽根。

まるで光そのものが形を取ったかのようだった。


イリスの唇が震える。


「これは……生きてる……?」


指先に伝わるのは、確かな“拍”の感覚。

心臓の鼓動と同調するように、

羽根がかすかに震え、光を放つ。


――その瞬間、風が動いた。


森全体がざわめき、

空気が羽音のように揺らぎ始める。

枯れたはずの群律樹の枝が震え、

遠く、地平の向こうでは、崩れた群律塔の残骸が淡く光った。


それは、長い沈黙を破る最初の音。

世界が再び息を吹き返す“始まりの拍”だった。


イリスは胸に羽根を抱きしめ、

瞳の奥に青い光を宿した。


「あなたは――誰?」


返事はない。

けれど、羽根の震えが、まるで答えるように響いた。


『私は律。

そして、おまえは次の契約者。』


風が森を駆け抜け、羽音が空に昇る。

その音は、かつて虫王レイラが放った“生命の律”に酷似していた。


――静寂の時代が終わりを告げる。

“羽音の継承”が、いま再び始まろうとしていた。



――風が、森を渡っていった。

その音は、葉擦れでも、風鳴りでもない。

どこかで確かに聴いたことのある、懐かしい“羽音”だった。


白い月と黒い月が夜空に浮かぶ。

二つの光は、互いに引き合うようにゆっくりと軌道を重ね、

やがてひとつの円環を描いた。


その光が森を照らし、

イリスの掌の上で、ひとひらの白い羽根が震えた。


淡い光が羽根から漏れ、指先を包む。

それは、心臓の鼓動のようにやわらかく、

世界の奥底で響く“命の拍”と重なっていく。


ナレーション:


「羽音は、始まりでも終わりでもない。

それは命が再び律を求める、永遠の循環。

闇は光を映し、光は闇に息づく。

その狭間に、いつも“羽音”がある。」


イリスはその羽根を見つめたまま、静かに息を吸った。

風が髪を揺らし、光が彼女の頬を撫でる。


羽根はふわりと宙に浮かび、

森の空へ、夜の彼方へと舞い上がっていった。


その瞬間、地平の向こうまで羽音の波紋が広がる。

草が震え、枯れた群律塔の残骸が再び微かな光を帯びた。

空も、大地も、海も――すべてが共鳴する。


そして、世界は再び“拍”を刻み始めた。


――命が、律を思い出す音。


白と黒の月が完全に重なり、

天に巨大な光輪が浮かび上がる。

それは、かつての虫王が刻んだ“輪廻の印”。


イリスの瞳にその光が映り、彼女の唇がかすかに動いた。


「また……始まるのね。」


風が頷くように森を渡る。

羽音は途絶えず、音の粒が夜空に溶けていく。


やがて画面は静かにフェードアウト。

静寂の中に、古の聖典の文字が浮かび上がる。


《羽音聖典 第十二詩篇・終》


「音は命。命は律。律は輪廻。

そして、羽音は永遠なり。」


タイトル浮上:

《羽音の書 第六章 羽音聖典 ― 詩と予言の終章》

サブテキスト:

“羽音は終わらない。

それは世界の鼓動――そして、命の記憶。”



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