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『グラズヘイム異界譚:羽音の王国』  作者: 南蛇井


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封印と残響

――薄明の空が、静かに息をしていた。


かつての封印地は、いまや「沈黙の荒野」と呼ばれている。

地表には黒い結晶が無数に散りばめられ、風が吹くたび、微かな“羽音”のような響きが立ちのぼる。

それは虫の声にも似て、あるいは世界そのものが、まだ鼓動を続けているかのようでもあった。


誰もいない荒野の中心に、一人の影が立っていた。

レイラ――かつて儀式の終焉を見届けた彼女は、今もその跡地を訪れ続けている。

彼女の靴先が触れる地面の下には、かつてロアが立っていた“陣”の痕跡が淡く光を放っていた。

それはまるで、まだ何かを語ろうとするように、途切れた拍を刻んでいる。


夜になると、世界は少しだけ変わる。

黒い結晶の隙間から、光の粒が浮かび上がり、ゆらゆらと宙を舞い始めるのだ。

その一つひとつが、魂の残響――ソウル・エコー。

封印の余波で肉体を離れた、世界の“欠片”たち。


レイラは、そっとその群れを見上げる。

光の粒たちは音を持たぬはずなのに、不思議と“響き”がある。

それは耳ではなく、胸の奥――心臓の裏側で聴く音。


レイラ(心の声)

「音ではない……魂の呼吸。

これは、“生と死の間”に残った声……。」


彼女は掌を差し出し、宙を漂うひとつの光に触れた。

指先に、ぬくもりが伝わる。

それは確かに“生きて”いた。

光が指に吸い込まれるように消え、代わりに胸の奥が微かに脈打つ。


息を呑むレイラ。

その拍動は、彼女自身の鼓動と重なって――まるで誰かが、そこにまだいるようだった。


風が吹く。羽音がひときわ強く鳴り、空の彼方で淡く白い光が滲む。

黒い結晶がかすかに震え、地の奥で何かが答えるように“ドン”と鳴った。


レイラはその響きに目を閉じ、静かに微笑む。

彼女の心臓が、世界と同じリズムで鼓動していた。


――それは「終わり」ではなかった。

それは、再び世界が“音を取り戻す”ための、最初の静寂だった。


――風が止んだ。

沈黙の荒野に、レイラの声だけが響いていた。


「……ロア。」


その名を呼ぶと、空気が微かに震えた。

応える声はどこにもない。

けれど、胸の奥――心臓のさらに深くで、何かが静かに共鳴する。

彼の“律”がまだそこにいる。

そう、確かに感じられる。

封印地の中央、崩れた陣の跡には淡い光が揺れている。

それは残された“魂の欠片エコー”たちの脈動。

夜の静寂に溶け、音もなく瞬く光が、まるで呼吸するように明滅を繰り返していた。

レイラはその光景を見つめながら、ゆっくりと息を吐く。

その声は祈りのように、あるいは告白のように、夜気に溶けていった。


レイラ:

「闇を拒むことは、生の半分を捨てること。

ロア……あなたは、まだ私の中で生きている。」


頬を撫でる風が、まるで彼の手のように優しく通り過ぎた。

その瞬間、遠くの黒い結晶が共鳴し、かすかな“羽音”を響かせる。

それは言葉にならない声――けれど、確かに彼の響きだった。

レイラは目を閉じる。

脳裏に浮かぶのは、かつてロアが語った一節。


“光が世界を治めるなら、闇はその隙間に自由を宿す。”


その意味を、今なら理解できる。

光は秩序を生み、闇はその隙間で呼吸を許す。

どちらも欠けてはならない。

どちらも、命の“拍”を構成する一つの音。

レイラの胸の奥で、ふたつの鼓動が重なった。

ひとつは彼女自身の鼓動。

もうひとつは――ロアが残した、闇の律。

光と闇、ふたつの拍が響き合い、

やがて一つの均衡のリズムを刻み始める。

世界のどこかで、再び音が生まれる。

それはまだ微かな、けれど確かな“始まり”の音だった。

沈黙の荒野。

封印の儀から幾日が過ぎても、風はどこか湿りを帯び、空気にはまだ微かな羽音の残響が漂っていた。


レイラは崩れた封印陣の中央に立ち尽くしていた。

黒い結晶の破片が足元でかすかに光を放ち、まるで過ぎ去った儀式の鼓動が、まだ地に残っているかのようだった。


彼女はそっと唇を開く。

夜気に滲む声は、誰かを呼ぶように震えていた。


「……ロア。」


呼びかけた名は、静寂の中に吸い込まれ、どこにも届かない。

だが、返事の代わりに胸の奥で“何か”が鳴った。

それは血の流れる音でも、心臓の鼓動でもない。

もっと深いところ――魂の底で響く、もう一つの律。


レイラは目を閉じた。

その律が、確かに自分の中で生きていることを感じた。

それは、彼の声の残響。

世界の奥底に刻まれた、ロア・ノクターンの“均衡”の拍だった。


「闇を拒むことは、生の半分を捨てること……」

「ロア……あなたは、まだ私の中で生きている。」


その言葉を呟いたとき、周囲の結晶が一瞬だけ光を放った。

まるで応えるように、遠い空で小さな羽音が揺れる。

夜空を漂う光の粒――魂の欠片エコーたちが、静かにその音に共鳴していた。


レイラは思い出す。

かつてロアが語った、あの夜の言葉。


“光が世界を治めるなら、闇はその隙間に自由を宿す。”


その意味を、今の彼女は知っている。

光が秩序を与え、闇がその裏で呼吸を許す。

どちらも欠ければ、世界は片側へ傾き、命は音を失う。


レイラは胸に手を当てた。

ひとつ、ふたつ――二重に重なる鼓動。

それは、彼女自身の生の拍と、ロアが残した闇の律。


光と闇、相反する二つの音が、やがて一つのリズムとして重なっていく。

それは不安定で、痛みを含みながらも、どこか温かい。


――それが、均衡の拍。


風が静かに吹き抜け、羽音が消える。

代わりに、世界の深層で新しい調べが芽吹く。


それは、終わりのあとに始まる再調律の旋律だった。


夜の帳が静かに降りていた。

沈黙の荒野を包む空は、かつての黒い月の影をまだわずかに残している。

だがその傍らに、もうひとつの光が浮かんでいた――

白い月。

それは、世界が再び息を吹き返した証のように、淡く澄んだ輝きを放っていた。


レイラは封印跡の丘に立ち、空を仰いだ。

彼女の視線の先で、白と黒――二つの月が、ゆっくりと軌道を重ねていく。

まるで光と闇が互いを見つめ、確かめ合うように。


その瞬間、世界がわずかに震えた。

地表のあちこちで、散らばっていた魂の欠片エコーが一斉に光を放つ。

それは無数の羽音――いや、魂の呼吸だった。

音は風となり、風は律となり、世界全体がひとつの旋律を奏で始める。


黒い結晶は淡く白く、白い砂は薄く影を帯び、すべての境界が溶けていく。

闇が光を呑み、光が闇を照らし返す。

それは滅びではなく、再生の兆しだった。

破壊を越え、世界が新たな均衡の拍へと調律されていく音。


レイラの髪を風が撫で、彼女の胸に二つの鼓動が重なる。

光の律と、闇の律――ロアの残した旋律が、彼女の中でひとつに融けていく。



「光と闇は、敵ではなかった。

 互いを映す鏡。

 片方が欠ければ、世界は拍を失う。

 魂契――それは、“均衡”へ歩み出す最初の一歩だった。」


空で、白と黒の二つの月が完全に重なり合う。

その姿はひとつの円環――永遠の符。

世界は静寂に包まれ、ただ微かな羽音だけが、夜の深層で鳴り続けていた。

――風が、静かに息を吹き返していた。



かつての封印地。今は黒い結晶と白い砂がまだらに散るだけの無音の大地。

その上を、無数の黒い羽音がふわりと舞い上がる。

光でも影でもない――魂の残響。


羽音はやがて風に乗り、ゆっくりと空へ還っていく。

一つ、また一つと溶けていくそれらは、まるで消えるのではなく、

世界そのものに吸い込まれていくようだった。


上空。

二重の月が寄り添うように重なり合う。

白と黒の円が溶け合い、完璧な輪――均衡の印を描く。


その輝きは次第に強まり、

やがて世界全体を包み込むような柔らかな光となる。

大地も、風も、空も――すべてが一瞬、無音の輝きに染まった。


そして――


“ドン”


世界がひとつ、心臓のように脈動した。

静寂の奥で、確かに何かが生まれた音。

その余韻を残して、光がゆっくりとフェードアウトしていく。


闇。

そして、その闇の中を貫く一筋の羽音。

それはロアの声にも似て、風にも似て――

この世界がまだ「次の拍」を待っていることを告げていた。



《羽音の書 第3章 魂契と闇の均衡 ― Fin》


静寂の中、ほんのわずかに“羽音”が鳴る。

そして、その下に柔らかな光で浮かぶ一文。


“そして、世界はまだ――次の拍を待っている。”


羽音が最後の一音を響かせ、

光の粒が夜空へと溶けていく。





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