表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『グラズヘイム異界譚:羽音の王国』  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/28

禁忌の実験 ― 魂反転契の誕生

夜の底――。


風は止まり、森の残骸が沈黙のまま腐っている。

ここは北方の廃墟地帯《黒塚》。

かつて魔族との戦火が森を焼き尽くした跡に、

今はただ、魔素と死灰が混ざり合う“死の土地”が広がっていた。


地表の亀裂から、微かな光が漏れている。

その下に広がるのは、誰の記録にも残らぬ地下施設――

《黒塚の地下廊》。


かつて王立魔導院が極秘に造った、実験棟の残骸だ。

だが今、その主は一人の亡霊のような学者。

ロア・ノクターン。


地下の空気は、音のないざらついた重さを孕んでいた。

壁には無数の魔族の骨と、乾ききった虫の殻が埋め込まれ、

まるでこの空間そのものが“死”を材料に造られたかのようだ。


天井の管からは、低い振動音が絶え間なく響いている。

それは生者の息ではない。

――波動そのものの呻き。


中央には、床いっぱいに広がる巨大な魔導陣。

反共鳴陣式アンチ・レゾナンス》――

レイラ・グラズヘイムが生み出した《音共鳴陣式》を、

正確に鏡像反転した構造を持つ。


その線は血のように黒く、

中心部に刻まれた紋章は、まるで虚空を覗く瞳のようだった。


ロアはその中央に立ち、

手にした杖をゆっくりと床へ突く。

刹那、陣が脈動し、空気が反転するような波が走った。


壁際の装置――王国が禁忌とした魔導炉マナ・ネクロリウムが唸りを上げ、

淡い青光を放ちながら、死のエネルギーを循環させる。


ロアの白い髪が、光の反射で幽かに揺れる。

その瞳には狂気ではなく、冷ややかな理性が宿っていた。


ロア(独白):「生の音があるなら、死にもまた、響きがある。

ならば――その二つを繋げれば、“永遠”が見えるはずだ。」


彼の声が、反響を持たずに消える。

この空間では、音さえも“反転”していくのだ。


そして、再び陣が鳴動する。

低い、底のない唸り。

それはまるで、地の底で眠る魂が目覚めようとする前兆のようだった。


黒塚の地下に、

“生と死のあわい”が、いま開かれようとしていた――。


黒塚の地下廊に、鈍い音が響いていた。

それは鼓動のようでもあり、墓標を叩く音のようでもあった。


円陣の中心に立つロア・ノクターンは、

手にした筆で淡々と記録を取りながら、

静かに周囲を見渡す。


そこには、数百体に及ぶ“素材”が並んでいた。

魔族の魂契獣ソウルビースト

戦で倒れた王国兵、

そして――羽音郷から流れ着いた無数の虫の群体。


死の静寂に包まれたそれらは、

いまやただの骸ではない。

ロアの理論によって、同一の魔導波形で束ねられた、

“命と死の対称構造”を証明するための標本群だった。


ロア(低く呟く):「生は波の表。死は波の裏。

ならば――両者を一つにすれば、“永続する存在”が生まれるはずだ。」


その声に呼応するように、

陣の外縁に設置された音叉状の装置が一斉に共鳴する。

空気が低く唸り、地面が震える。


腐敗した魔素の霧が揺れ、

魔導陣の黒い線が青白く輝き始めた。

それはまるで、死の波が“呼吸”を始めたかのような光景。


ロアは冷静に装置の出力を調整しながら、

机上の記録板を開く。

そこには、緻密な数式とともに、レイラの理論式が引用されていた。


『羽音波動理論――共鳴の連鎖による生命生成』

→ 対位構造補遺:位相反転による“魂の再合成”


彼はその頁の上に新たな記述を加える。


『※仮説:波動の表裏を同時に保持しうる“二相生命”の生成。』


そして、目を細め、呟いた。


ロア:「“反羽音”が完成すれば、死すら構造の一部となる……。」


その瞬間、実験場全体の空気が変わった。

黒い魔素がうねり、光が逆流する。

装置の針が限界を越えて震え、

骸たちの中から、微かな“羽音”が――逆向きに、響き始めた。


それは、生の音を模倣しながらも、冷たく、虚ろだった。

死が歌う音。

ロアの追い求めた、“反律の旋律”がいま、目を覚まし始めていた――。


黒塚の地下廊に、息を呑むような静寂が訪れていた。

ロア・ノクターンは、音叉の群れに囲まれた中央で、

漆黒の杖をゆっくりと掲げた。


魔導陣の紋様――《反共鳴陣式アンチ・レゾナンス》が微かに脈打ち、

青白い光が地下の石壁を淡く照らす。

その光はまるで“夜明けを拒む炎”のように、

静かで、しかし確実に世界の理を侵していた。


ロア:「――共鳴、反転、再結。

死の波を生へ、沈黙を音へ――《反共鳴陣式》、起動。」


詠唱の言葉と共に、

地中から反転した波動が溢れ出した。

それは空気をねじ曲げ、音を裏返し、

すべての響きを“負の方向”へと転じていく。


周囲の音叉が一斉に震え、

高音と低音が交錯して――

世界の“位相”そのものが、ゆっくりと歪んだ。


空気が裂けるような音とともに、

魔導陣の中心に、ひとつの残響が生まれる。

光の中に、無数の人影が揺らめいた。

それは戦場で散った兵士たちの姿、

魔族の亡骸の輪郭、

そして無数の虫たちの翅の影――。


しかし、そこに“生”はなかった。

それはただ、音の反響。

かつて命であった波が、

“記憶”という形だけで呼び戻された存在だった。


ロア(囁くように):「……聞こえるか?

これが――死者の声だ。」


声のような波が空間を流れ、

かすかに、泣き声とも笑い声ともつかぬ音が重なり合う。

それは祈りにも似て、

しかしどこか機械的で、

まるで魂そのものが“音のデータ”として再生されているかのようだった。


ロアはその光景を見つめ、

静かに、息を吐いた。


ロア:「位相の反転は成功した……。

だがこれは、生ではない。

まだ“音”が足りない――」


その瞬間、残響が脈動した。

光が反転し、黒い羽音が塔全体に広がる。

壁の骨が震え、虫の殻が軋む。


そして――それは、“喰らう”音を発した。


ロアの背後で、魔導陣が軋み、

一瞬、彼の頬に血のような光が跳ねた。


それは、生の模倣。

死の中に生まれた、もうひとつの律。


魂反転契ソウル・リバース――その瞬間、反羽音が世界に刻まれた。


黒塚の地下を、異様な振動が満たした。

ロア・ノクターンは魔導陣の中心に立ち、

手の中の杖を握りしめたまま、

目の前で起きつつある“現象”に息を呑んだ。


青白かった《反共鳴陣式》の光が、

いつの間にか漆黒の輝きに変わっていた。

それは光というより、

“光を喰らう影”のような波――

負の律動そのものだった。


床一面に散らばっていた虫の群体が、

ひとつ、またひとつと蠢き始める。

死骸の翅がゆっくりと震え、

乾いた羽音が空気を掻き乱す。


そして、陣の上に浮かぶ“残響の影”――

かつての人の声たちが、ざらついたノイズのように混ざり合い、

音が溶けていく。


「……たすけ……」

「われらは……まだ……」

「音を……返せ……」


祈り、悲鳴、嘲笑。

あらゆる“声”が互いを呑み込み、

ひとつの不定形な音の塊へと変貌していった。


ロアは震える声で呟く。


ロア:「な……これは……個ではない……!」


光が凝縮し、黒い霧が天井へと渦を巻く。

その中心に、無数の眼のような光点が現れた。

それは見ている――全方位を、同時に。


霧が蠢き、空気が鳴る。

羽音が重なり、人の声と混ざり合っていく。

やがてその音は、言葉の形を持たぬまま、

ひとつの“意志”として空間を満たした。


『――われらは、生を喰らい、音を継ぐ――』


ロアは思わず後退りし、

杖を握る手が汗に濡れた。


ロア:「……これは、魂の再生ではない。

生の模倣……いや、“反律カウンター・ロジック”だ……!」


陣の外にいた虫たちが次々と動きを止める。

やがて、彼らの翅が黒く染まり、

羽音が“逆再生”のように歪んでいく。


その波は、森の方角――羽音郷へと向かって放たれた。

まるで呼応するように、遠い空でかすかに反応する光。


“反羽音”が、世界の律に干渉を始めたのだ。


ロアは恐怖と陶酔の入り混じった声で呟く。


ロア:「……美しい……。

生と死の境界が、いま――溶けていく。」


黒い霧が陣を包み、音がすべて裏返る。

その瞬間、**魂群ソウル・コロニー**は覚醒した。

――そして、静かに“命を喰らう羽音”が、森へと向かって流れ出した。



黒塚の夜は、まるで世界そのものが呼吸を忘れたかのように静かだった。

空を覆う雲は月光を閉ざし、地の底から滲み出る魔素の腐臭が、

風の代わりにゆっくりと蠢いている。


ロア・ノクターンの足元では、《反共鳴陣式》がまだ脈動を続けていた。

青白いはずの光はすでに変質し、墨のように濁った輝きとなって地面を染める。

その中心に――“それ”がいた。


形を持たぬ黒の霧。

そこから伸びる無数の糸のような影が、

周囲に散らばる虫の群体や死骸へと絡みついている。


羽音が、裏返っていた。

本来ならば軽やかに響く命の律が、

今は“沈黙を震わせる音”として空気を腐蝕していく。


ロアは息を飲み、思わず数歩退いた。

だがその顔に浮かんだのは恐怖ではなかった。

その瞳には、狂気にも似た確信の光が宿っていた。


ロア(戦慄しながら):「……これは、反律カウンター・ロジックだ。

生の音の、鏡像……!」


霧の中から、かすかに声がした。

それは人ではない。だが、確かに“語って”いた。


『われらは……音を還す。

生の響きを、死の律へと――』


反羽音が空へと昇り、

触れた木々の葉は瞬く間に黒ずみ、

近づいた光虫たちは翅を震わせる間もなく、

淡い光を残して霧に溶けた。


世界の色が抜け落ちていく。

音が反転し、森が沈黙を奏でる。


ロアはその光景を見つめながら、

震える指先で陣の中心を指した。


ロア(微笑しながら):「見つけた……命の裏側を。」


その瞬間、

陣の核――《マナ・ネクロリウム》が破裂した。


轟音も閃光もなかった。

ただ“音の反転”が爆ぜ、世界の位相が一瞬裏返る。


黒塚の地が低く唸り、地平線まで波のような暗黒が走る。

その波に触れたすべての生命が、

一瞬、羽音を止めて天を仰いだ。


――大陸に、初めて“死の羽音”が響いた。


そしてそれは、ゆっくりと森の方向へと流れていく。

“生命の律”に対する、もうひとつの旋律として。


ナレーション(節の締め)


「その夜、森の北で“音なき羽音”が鳴った。

それは命の理に背く波――

やがて“群律”を蝕む、闇の対旋律カウンター・メロディとなる。」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ