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妹にふさわしくない婚約者は、姉のわたくしが奪います

「聞いてくださいお姉様、リュシアン様との婚約が決まりました! あんな素敵な方のところにお嫁に行けるなんて嬉しいです!」

「無事に話がまとまったのね。幸せになるのよ、アリシア」

「ですが……レオノーラお姉様と離れるのは寂しいです」

「アリシアさえよければ、時々遊びに行くわ」

「――! ありがとうございます! 毎日でもお会いしたいくらいです!」

「ふふっ、相変わらず甘えん坊ね。さすがに毎日は行けないわよ」


 ――花が咲いたような笑顔で妹のアリシアが婚約を伝えてきたのは、三か月前のこと。

 本当に幸せそうな様子を見て、わたくしも心の底から幸せを願っていたのです。

 それなのに、わたくしの大事な大事なアリシアは、現在進行系で目の前に繰り広げられているリュシアンの醜態に、見たこともないほど青白い顔をしています。

 ベッドに四つん這いの姿勢になっているリュシアンの下からは、艶めかしい四肢がのぞきます。少し開いたドアの隙間から漏れるあられもない声と合わせれば、何をしているのかは一目瞭然でした。


 今夜、わたくしたちフロレンス伯爵姉妹が招かれていたのは、王家主催の夜会でした。

 公爵令息であるリュシアン様にエスコートされて、アリシアは幸せそうに過ごしていました。リュシアン様は途中で「すまないアリシア嬢。屋敷に残してきた仕事があるから、僕は先に帰るよ」と、わたくしに「妹君をお願いしてもいいだろうか、レオノーラ嬢」と妹の手を渡してきました。

 少ししてアリシアが「どうしましょう。結婚式のことで、リュシアン様に確認しなければいけないことがありました!」とおろおろしましたので、わたくしはこう訊ねたのです。


「手紙では駄目なの?」

「明後日までに業者の方に依頼しなければいけないので、急ぎなのです」

「そうなの。まだいらっしゃるかもしれないわ。追いかけましょう」


 追いかけることを提案した自分を、今思えばぶん殴ってやりたいです。

 ……いいえ。ここでリュシアン様の本性に気がつけたことは、たとえ一時的にアリシアをひどく傷つけたとしても、長い目で見たら良かったのですけれど。

 ともかくわたくしたちは、先に帰ると嘘をついて浮気しているリュシアン様を目撃してしまったのです。


(アリシアという婚約者がいながらなんてこと! しかもアリシアが気がつく可能性のある会場近くの連れ込み部屋で!)


 つい先程までアリシアに触れていた手を、他の女の肌に這わせている。わたくしは怒りをこらえるのに必死でした。

 ショックのあまり失神してしまったアリシアを救護室に運び、真っ青な顔の妹の寝顔を見ながら、わたくしは落ち着いて状況を整理しました。


(――リュシアン様といえば、仕事熱心で優秀だと評判のお方。けれども今夜は仕事と嘘をついて浮気をしていた。もしかして、今までにも同じようなことが?)


 胸の中に、黒いインクを一滴垂らしたような疑念が生まれました。

 仕事だと嘘をつくことで、周囲には熱心で真面目な印象を与えられます。けれども実際は遊び人なのではないかしら?

 実際リュシアン様は、アリシアに会いに我が家へおいでになったときも、「次の仕事が早まってしまって、すまないね」と、予定より早くお帰りになったことが何度かありました。


(……調べる必要があるわね)


 浮気一回だけならば、心優しいアリシアは許すかもしれません。

 わたくしだって褒められた人間ではないから、誠心誠意アリシアに謝罪して二度としないと誓うなら、アリシアの気持ちを尊重します。

 けれど、もし常習犯なのであれば話はまったく違います。大事な大事なアリシアを不幸にする男は絶対に認められません。

「うぅん……」と小さく唸る苦しそうなアリシアに胸が痛みます。白く小さな手を握り、はっきりとわたくしは宣言しました。


「大丈夫よアリシア。わたくしが必ずあなたを幸せにしますわ」


 ◇


 次の日からわたくしはリュシアン様の身辺を調べ始めました。

 すると、出るわ出るわ。

 女遊びのみならず、限りなくグレーゾーンな賭博行為、その他諸々も明らかになりました。

 わたくしが予感していた通り、それはすべて『仕事があるからお先に失礼』で作った時間で行われていました。


「リュシアン様が放棄していた仕事は誰がやっていたのかしら?」


 報告をしに来た有能なわたくしの執事、アーサーに訊ねます。


「リュシアン様の弟の、ヘラルド様が代行していたそうです」

「代行ねえ。リュシアン様が押し付けていたというのが正確よね?」

「はっきり申し上げますと、そうでございます。ヘラルド様はリュシアン様より二つ年下ではありますが、能力は本物だそうです」

「なるほどねえ。文句を言わずやっているところを見ると、気弱な性格みたいね」


 あの日からアリシアは体調が優れず部屋で臥せっています。

 わたくしの顔を見ると微笑みを向けてくれるけれど、それが偽りであることぐらいすぐにわかります。深い心の傷を負ったのは一目瞭然でした。

 目撃されたことを知らないリュシアン様は呑気にお見舞いの花を送ってきましたが、アリシアには渡さずに処分しました。当然のことです。


(リュシアン様。数々の汚点が出てきてしまった以上、貴方は失格ですわ)


 浮気していた時点で万死に値しますけれど、アリシアが許したならまだ救いはありました。

 けれども、もう救済の道は絶たれたのです。


(妹にふさわしくない婚約者は、わたくしが奪います。覚悟なさって)


 唇の端から漏れていたおかしみが、だんだんと広がっていきます。

 とうとうわたくしは、声を上げて高笑いいたしました。


「面白くなってきたわね、アーサー。近ごろは社交界で何一つ事件が起こらないから、退屈していたの」

「アリシアお嬢様を傷つけ、レオノーラ様を怒らせたのです。リュシアン様は相応の報いを受けるべきかと」


 アーサーはにやりと口角を上げました。わたくしに仕えるだけあって話が早くて助かるわ。

 いいでしょう。

 悪役令嬢と呼ばれるわたくしレオノーラ・ド・フロレンス伯爵令嬢が、とっておきのお仕置きをして差し上げますわ。


 ◇


 リュシアン様への断罪計画を伝えると、アリシアは血相を変えました。

 一晩寝ずに考えた、とっておきのお仕置きです。


「それではお姉様の幸せはどうなるんですか? わたくしのことなら心配しないでください。婚約破棄をすればそれで済む話です」

「浮気ひとつで婚約破棄というのは、公爵様が首を縦に振らないかもしれないわ。そうなるとお父様が困ってしまう」


 浮気以外の余罪については、アリシアには伏せることにしました。

 アリシアは心からリュシアン様のことを好いていたのです。それが本当はクズ男でしたなんてさらに傷を抉るようなことを伝えるのは、わたくしにはできませんでした。


「わたくしのことなら気にしないで。好きな男性はいないし、どこかの後妻にされるくらいならリュシアン様のほうがマシだもの」

「後妻だなんて、わたくしが許しませんわ。そんなことになったらお父様に抗議します!」

「優しいわねアリシアは。でもね、本当に強がっているわけではないの。ここだけの話、公爵家に嫁げば一生安泰でしょう。人生の安定は何にも代えがたいと思っているのよ」

「ほ、ほんとうですか……?」


 まだ不安が消えないアリシアの頬を、優しく撫でます。

 ああ、わたくしは小さい頃からアリシアのふわふわのほっぺたが大好きだったわ。


「大好きな妹に嘘はつかないわ。わたくしにとって一番重要なのは安定。次にお金。愛情は……その次の次くらいかしら」

「……お姉様の本心であることはよくわかりました。寝込んでいる間によく考えたのですが、リュシアン様とやり直すことはできません。この件はお姉様にお任せします」

「ありがとう。あなたは屋敷で休んでいてね。すべてうまくいくから、何も心配しなくていいのよ」


 アリシアを寝かしつけると、わたくしは計画の最終段階に入りました。すなわちお父様と公爵様、国王陛下への根回しです。

 公爵家よりずっと格下のお父様からしたら、公爵家と穏便に済ませるに越したことはありません。

 公爵様の立場ですと、息子が罪人になるという汚点は避けたいはずです。妹の代わりにわたくしが嫁ぐことでうやむやにできるならば、異論はないでしょう。

 陛下からすれば、自分の第一派閥である公爵家の醜態は勢力を削ぐことになりますから、もろもろの悪事は握りつぶしたいはずです。

 そういう三者の思惑を利用することで、わたくしは自分の計画を了承させることができました。

 そういえば陛下の御前から下がるとき、こんなつぶやきが聞こえたわ。


「おぬしが男でなくてよかった」


 あら、それはどういう意味かしら?

 安心なさって陛下。わたくしが牙を剥くのは、アリシアを傷つける不届き者だけですから。


 ◇


 リュシアン様の断罪当日。わたくしは戦闘服であるドレスに身を包み、馬車に乗り込みました。

 王城では定期的に夜会が催されていますから、喜劇の舞台には事欠きません。

 夜会の盛り上がりが最高潮に達した頃合いを見計らって、わたくしは前へ進み出ました。


「皆様! どうぞお聞きください! わたくしとリュシアン様から大切なお知らせがございます!」


 がやがやとしていた来場者の視線が、一斉にわたくしに向けられます。

 一人だけ間抜けな顔をしているリュシアン様の腕を取ると、わたくしは堂々と宣言いたします。


「リュシアン様はわたくしの妹であるアリシアと婚約をしておりましたが、リュシアン様の浮気が明らかになったため、ただいまをもって破棄いたします!」


 会場がどよめいた瞬間、リュシアン様の肩がビクンと跳ね、握っていたグラスの中身が小さく波打ちました。

 真っ白になった顔にじわりと赤みが差し、その赤がみるみる耳まで広がっていきます。視線は左右に泳ぎ、周囲の令嬢たちと目が合うたびに、慌てて逸らします。


「そして新たにわたくし、レオノーラ・ド・フロレンスと婚約したことを、ここに表明いたします!」


 会場は混乱の渦に包まれます。

 浮気、婚約破棄、新婚約と情報が一気にもたらされたものですから、拍手をしていいものか悩んでいるように見受けられました。


「レオノーラ嬢、どういうことだっ」


 リュシアン様がわたくしの耳元で尖った声色を放ちます。


「どうもこうも今宣言した通りですわ。貴方の浮気の数々、グレーゾーンな賭博行為、その他もろもろ表に出せないようなお話はすべて把握してますの」

「――!?」


 リュシアン様の動揺っぷりはなかなか愉快です。

 一方で、彼はわたくしの言う事を信じられないようです。乱暴にわたくしの腕を振り払うと、ホールに向き直りました。


「皆様! これは虚言です! レオノーラ嬢が悪役令嬢であることはみなさんもご存知のはず! 僕は浮気なんてしてませんし婚約破棄もしません! 当然レオノーラ嬢とも結婚しません!」


 リュシアン様は再びわたくしの耳元に顔を寄せると、こう言い放ちました。


「君はすべてにおいてアリシアに劣る。度を越したおふざけは今すぐ辞めたまえ」

「アリシアが何よりも素晴らしいという点は、わたくしも認めます。けれど、それをわかったうえで大切にしないのは愚か者としか言いようがありませんわ」


 くすくすと嘲笑してみせると、リュシアン様の顔が怒りで真っ赤に染まります。

 実にいい眺めですわね。そうやって早くクズ男の本性を表しなさいな。


「皆様、混乱させてしまいすみません。浮気の証拠はこちらにございますわ。ご覧になって!」


 気配を消して付き従っていたアーサーが、浮気相手の令嬢の証言を書いた紙を配ります。

 リュシアン様は数え切れないほどの女性と関係を持っていて、その中にはお金に困っていらっしゃる方がいましたから、謝礼金と引き換えにご協力いただいたのですわ。


「これは……」

「どうやら事実みたいだな……」

「なんと生々しい」


 どうやら信じていただけたようですね。リュシアン様もすっかり黙り込んでしまっています。

 ほくそ笑んでいましたら、後方の扉が開いて、なんとアリシアが入ってきました。

 まだ心の傷が癒えていないのだから屋敷にいなさいと言い聞かせていたのに、どうしたのかしら。


「こ、婚約破棄は、本当です! それと、お姉様は悪役令嬢ではございません!」


 あらあら。扉の外にまで声が聞こえてしまっていたのかしら。

 アリシアは悲痛な顔で叫びます。


「お姉様はわたくしを守るために、自ら悪役のように振る舞っていたのです。学園でいじめられていた時、身に覚えのない濡れ衣を着せられていた時、社交界に馴染めなかった時。いつだってお姉様が助けに来てくれました。誰がなんと言おうと、わたくしにとって世界で一番のお姉様です!」


 息も絶え絶えに叫んだかと思うと、アリシアはふらふらと床にへたり込んでしまいました。


「アーサー。アリシアを救護室へ」

「かしこまりました」


 アーサーに指示を出すと、アリシアはすみやかに搬送されていきました。

 体調が心配だから、急ぎましょう。


「そういうわけで、皆様」


 わたくしは仕切り直すように声を張ります。


「すでに陛下と公爵様、父の了承をいただいて円満にまとまっているのです。世の男性は皆浮気するもの。わたくしは気にしませんわ。リュシアン様との婚約をどうぞ拍手でお祝いしてくださいませ!」


 わたくしの勢いに押されるようにして、場内では拍手が湧き上がりました。


「レオノーラ嬢は懐が深いな」

「浮気一つで婚約破棄となると伯爵も困るだろうから、長女として助太刀をしたのだろう」

「それにしても真面目なリュシアン様が浮気とは」

「余計な揉め事が起きなくてよかったよ」


 ――うふふ。うまくいったようで、なによりですわ。


 会場を抜け出して救護室へ急ぐわたくしの後を追いかけてくるのは、まだ事態を呑み込みきれていないリュシアン様でした。早口でまくし立てます。


「待ちたまえレオノーラ嬢。僕は認めていないぞ。婚約破棄はともかく、どうして君と婚約しないといけないんだ」

「わからないかしら? 命よりも大事なアリシアを傷つけた男なのよ。そのへんの女と結婚して今後も目の前をうろつかれては迷惑だもの。姉であるわたくしの監視下に置くのが一番でしょう」


 リュシアン様は目を見開いてぐっと唇を噛み締めました。

 うふふ。ぐうの音も出ないとは、きっとこのようなお顔のことを言うのでしょうね。


「……僕は君なんかに興味ない」

「なんとでも言ったらいいわ」


 リュシアン様がどれだけ嫌がろうが、わたくしが彼を引き取ることは決定事項です。

 アリシアはわたくしに申し訳ないと繰り返し、先程も世界で一番のお姉様だなんて感謝してくれましたけれど、感謝するのはわたくしの方なのですから。

 リュシアン様がなにやら喚いていますが、わたくしの頭には懐かしい記憶が蘇っていました。


 ――わたくしは父が手を付けた使用人の子でした。

 当然、正妻である第一夫人は面白くありません。わたくしとは母は屋敷で冷遇され、執拗な嫌がらせを受けて育ちました。

 辛い日々が変わったのは、夫人にアリシアが生まれてからでした。

 喋れるようになったばかりのアリシアは、偶然わたくしたち母子の部屋を見つけると、ニコニコして入ってきたのです。


「アリシア様、この部屋はいけません」


 お付きの侍女がたしなめますが、アリシアは


「あなたたち、だあれ?」


 と無邪気に笑顔を向けました。


「えっと……あなたのお姉さんのレオノーラよ。こっちは、わたしのお母さん」

「えっ! ありしあには、おねえさんがいたの!」


 その時のアリシアの表情を、わたくしは死ぬまで忘れません。

 わたくしたちは使用人以下のみずぼらしい身なりだったのに、アリシアは全身で喜んでくれて、ぎゅっと抱きついてくれたのです。

 あたたかくて柔らかい小さな身体をおずおずと抱き返しながら、わたくしの頬には涙が流れました。


「れおのーらおねえさん、だいすき!」

「ありがとうアリシア……。わたしもあなたが大好き」


 それからアリシアは、人の目をしのんで遊びに来てくれるようになりました。

 怒った夫人や使用人に連れ戻されることも多々ありましたが、懲りずにまた部屋を訪ねてきました。

 父と夫人が旅行に出かけたときは、わたくしたちの部屋に来て、泊まっていったこともありました。狭いベッドで三人一緒に寝たときの言葉にできない幸せは、今でも鮮明に思い出せます。

 母もアリシアを実の娘のように可愛がり、本当の家族のように過ごしたのでした。


 時が流れ、夫人が病死すると、わたくしたち母子の待遇は正当なものに改善されました。

 いま母は、第二夫人として屋敷の離れで静かに過ごしています。

 アリシアから受けた数え切れないほどの恩と温かさに、わたくしは生涯をかけて報いていく覚悟です。

 そのためならば、悪役令嬢と呼ばれようが夫がクズであろうが構いません。かつて母から教えられたように、わたくしは太くたくましく生きていゆくのです。


「……――おいっ、聞いているのか。僕はおまえと結婚しない! 顔も身体もちっとも愛らしくない。いまから陛下に抗議しに行く!」


 あらあらリュシアン様ったら。お言葉が乱れてあそばせよ。


「左様ですか。もし断るのなら、貴方は法の裁きを受けて、ざっと十年は投獄されるのではないかしら。先程もお伝えした通り浮気以外にもいろいろ悪いことをしたでしょう。今後のことを考えて皆さんの前では言わなかったけれどね。……それでもいいというなら、ご相談に乗りますけれど?」

「くそっ。……そうか、わかったぞ。レオノーラ嬢は僕のことが好きだったんだな? だからこの機会にかこつけて強行手段に出た、そういうことだろう?」


 とうとうリュシアン様がとんちんかんなことを言い始めました。どうしても都合よく考えたいようです。

 真面目で仕事熱心だと言われていたお方が、こんなにお馬鹿さんだったなんて。

 一秒でも早く救護室に行きたいけれど、わたくしは仕方なく足を止めます。


「わたくしが貴方を奪ったのは、妹の未来を守るためですわ。リュシアン様の心を奪いたかったわけではございませんので」


 面と向かって現実を突きつけられたのが恥ずかしかったのか、リュシアン様は悔し紛れに残りカスみたいな悪口を絞り出します。


「くっ……! 下劣な女め。さすが使用人の子どもだ」

「うふふ。いい感じに本性を表してきているわね。これから調教のしがいがあるわ」

「調ッ……!?」


 ぎょっと目を見開いたリュシアン様は、足をもつれさせながら後ずさります。


「悪役令嬢という呼び名は、あながち間違っていないと自己評価しておりますの。これから骨の髄までわからせてあげるから覚悟なさって、旦那様?」


 わたくしが満面の笑みをリュシアン様に向けると、失礼なことに絶望したようなお顔をなさったわ。

 お坊ちゃまには刺激が強すぎたのか、壁にもたれかかって動かなくなってしまったので、わたくしはさっさとアリシアのもとに向かいました。


 ◇


 アリシアの心の傷は時間が薬になったようで、一年ほど経つころには以前のように可愛らしい笑顔を向けてくれるようになりました。アリシアの回復を見届けてから、わたくしは公爵家へ嫁ぎました。

 リュシアン様と顔を合わせるのは辛いだろうと思って、結婚後はわたくしが伯爵家へ足を運びました。ところがある日、アリシアは真っすぐな瞳でこう言ったのです。「もう大丈夫です、お姉様。今度からはわたくしが公爵邸へまいります」と。

 わたくしは、妹がこんなにも強くなったことに胸を打たれました。

 更生が順調に進んだリュシアン様は、面と向かってアリシアに「すべて僕の過ちだった。あのときは本当に申し訳なかった」と謝ることができました。

 引き続き一生をかけて償っていただくつもりです。

 ……普通の夫婦ではないかもしれないけれど、意外と楽しくやれていると思っているのは、わたくしだけかしら?


 そうそう。わたくしに会いに公爵邸に通い詰めるうちに、アリシアとリュシアン様の気弱な弟、カイゼル様がいつの間にかいい感じになっていたのには驚きました。

 二人がめでたく夫婦になるまでにも、色々な出来事があったのですけれど、それはまた別の機会にお話しましょうね。


お読みいただきありがとうございました……!

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リュシアンとジークが混在しています。
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