Mission9:おじさん、ダークエルフと仲良くなる
「……そこの男を、暗殺しに来た。」
目の前のダークエルフからの、あまりにも突然な暗殺宣告。
彼の頭は、一瞬にして混乱の渦に叩き込まれた。
「お、俺……君と、今まで会ったことなんてないはずだけど……? なんで、俺が君に殺されなきゃいけないんだ?」
デュナンの必死の問いかけにも、ダークエルフは氷のように冷たい表情を崩さず、無言を貫いている。
アリスは背負っていた大剣を抜き放ち、その切っ先をダークエルフの細い首筋に突きつけた。
「答えな! 誰の差し金だ!」
アリスの鋭い声が飛ぶ。
ダークエルフは首筋に冷たい鉄の感触を感じながらも、怯むことなく言い放った。
「暗殺者は、たとえ死んでも、依頼人のことは……しゃべらにゃい!」
一瞬の重苦しい沈黙が流れた。
この命のやり取りが行われる緊迫した場面で。一番、格好良く決めなければならない台詞で。
この子は、盛大に噛んだ。
デュナンとアリスは、同時に同じことを思った。
((この子……もしかして、かなり抜けてる子なんじゃないか……?))
それまでの緊張感がまるで嘘のように霧散していくのを感じた。
デュナンはなぜか目の前の暗殺者に対して、恐怖よりも別の感情が芽生え始めていることに気づいた。
「と、とりあえず……お茶でも飲む? なんか、このままずっと睨み合ってても仕方ないしさ。君も、こんな状況で立ってるの大変だろうし、少し落ち着こうよ。」
デュナンの提案にダークエルフは一瞬、きょとんとした顔を見せた。そして少し間を置いてから、意外な言葉を口にした。
「……お茶? ……ふん、ちゃんとお茶菓子は用意してあるんだろうな?」
うん、やっぱりこの子、どこか抜けてるわ。
デュナンは目の前のダークエルフが急に怖くなくなり、それどころか妙な親近感すら湧いてくるのを感じていた。
彼はベッドから起き上がると、部屋の隅に置かれていた簡易的な給湯器でお湯を沸かし、持参していた茶葉で手早くお茶を淹れた。
テーブルにカップを三つ並べ、無言でダークエルフに手招きをする。
ダークエルフはアリスに大剣を突きつけられたまま、おそるおそる、といった様子でテーブルの椅子に腰を下ろした。
「ふむ……我らダークエルフの森では、お目にかかったことのない色合いの茶だな。……まさか、毒でも盛っているのではあるまいな!?」
「はは、そんな訳ないだろう。これは、ルナラムで最近流行っている紅茶だよ。美味しいから、飲んでみてくれ。」
警戒心を露わにするダークエルフに、デュナンは穏やかに笑いかけた。
ダークエルフは、しばらくカップの匂いを嗅いだり、紅茶の色を怪訝そうに眺めたりしていたが、やがて意を決したように、恐る恐る一口飲んでみた。
「…………!! こ、これは……!! 美味しいっ!! 何だこのお茶は、とんでもなく美味しいんですけど!!」
途端に、ダークエルフの纏う雰囲気が一変した。
それまでの冷徹な暗殺者の仮面はどこへやら、目をキラキラと輝かせ、子供のようにはしゃいでいる。
(え、この子、こんなキャラだったの……?)
デュナンはそのあまりの変わりように若干引き気味だった。
ダークエルフはあっという間に紅茶を飲み干すと、テーブルに置かれていた干し果物やクッキーといったお茶菓子にも手を伸ばし、夢中になって頬張り始めた。
その食べっぷりはまるで数日間何も食べていなかったかのようだ。
「すごい食欲だな……」
「うん、ダークエルフがこんなだなんて私も初めて知ったよ……」
デュナンもアリスも目の前の光景にただただ呆然とするしかなかった。
しばらくして、ようやくお茶とお菓子を堪能し終え一息ついたダークエルフに、デュナンがおもむろに尋ねた。
「……ところで、差し支えなければ、君の名前を教えてもらえないかな?」
「私? 私の名はシーア。いずれ、暗殺者ギルドの頂点に立つダークエルフさ!」
シーアと名乗ったダークエルフは、自慢げに胸を張り、右手でその胸をドンと叩いて答えた。
「……あんた、暗殺者ギルドの人間なのに、そんなあっさり自分の名前を名乗っちゃうのね……」
アリスが、やれやれといった様子で手で頭を押さえる。
シーアは、その言葉に「しまった!」とでも言うように、大声を上げて自分の口を両手で塞いだ。
「ねえ、シーア。それで、君は一体どうして、俺を殺そうとしに来たんだい?もう、こうやって一緒にお茶を飲んだ仲じゃないか。俺と君は、もう友達みたいなものなんだからさ、教えてくれないかな?」
デュナンの「友達」という言葉に、シーアはピクリと反応した。
「友達……? シーアと……お前は、友達、なの……?」
「うん、そうだよ。だって、こうやって一緒にお茶を飲んで、お菓子も食べたじゃないか。それはもう、立派な友達だよ。」
デュナンは、にっこりと笑いかけた。
「そっか……そうだよな! うん、友達だ!」
シーアの顔が、みるみるうちに嬉しそうに綻んでいく。
その表情は先ほどの冷徹な暗殺者の顔とは似ても似つかない、年頃の少女のそれだった。
デュナンの中でミステリアスでクールなダークエルフのイメージが、ガラガラと音を立てて崩れていくのを感じた。
「それで、シーア。改めて聞くけど、どうして俺を暗殺しに?」
「うん、友達のお前になら教えてもいいかな。私はね、『マーカット商会』というところからの依頼を受けてここに来たんだ。」
「マーカット商会だって!?」
突然飛び出してきた、宿敵とも言えるライバル商会の名前に、デュナンは驚きを隠せない。まさか、こんな形でその名前を聞くことになるとは。
「うん。なんでも、『ライバル商会が、ドナヘーラという辺鄙な場所に新しい販路を作ろうとしているのを阻止してほしい』という話でね。だから、ここまでお前を追いかけてきた、というわけさ。」
「なるほど……。マーカット商会にしてみれば、もしカリオト商会がドナヘーラで成功して復活でもしたら面白くないもんな。それで手っ取り早く俺を暗殺しようと、そういう魂胆だったのか……」
デュナンは納得したように頷いた。
「まあ、そういうことなの。だけどもうお前のことは暗殺できん! 依頼は失敗かな。私は友達を殺すなんて真似は絶対にしないし!」
シーアは、きっぱりと言い切った。
シーアの言葉に、デュナンは心の底から安堵した。これ以上、命を狙われるのは流石に勘弁願いたい。
話を聞いていたアリスが、ふと疑問を口にした。
「だけどシーア、任務に失敗したなんてことになったら、今度はあんたが暗殺者ギルドから追われることになるんじゃないのかい?」
「うん……。そうなんだよね。それがちょっと困っているんだ……」
シーアは腕を組み、うーんと首を傾げながら唸り始めた。
確かに、暗殺ギルドの掟は厳しいと聞く。任務失敗は、すなわち死を意味することもあるだろう。
「……じゃあさ、シーア。よかったら、俺たちと一緒に旅をするのはどうだ?せっかく友達になれたんだし、それもいいんじゃないかと思うんだけど。」デュナンが提案する。
「旅か……。うーん、どうせルナラムに戻ってもギルドの追手から逃げ回らなきゃいけないしなぁ……。よし! 決めた! お前たちと一緒に、旅に出ることにする!」
シーアは、ぱっと顔を輝かせた。
「よし! それじゃあ、シーアは今日から俺たちの新しい仲間だ。改めてよろしくな。あ、俺の名前はデュナンだ。」
「分かった、デュナン! こちらこそ、よろしく頼む!」
シーアは、満面の笑みで右手を高々と上げ、元気よく返事をした。
こうして、デュナンの旅の一行に、元・暗殺者のダークエルフ、シーアという、また一人、個性的な仲間が加わることになった。
(なんだか、ますます賑やかな旅になりそうだな……)
デュナンは、少し困ったような、それでいてどこか楽しそうな笑みを浮かべたのだった。
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