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Mission6:おじさん、病気になる

昨日の激しい雨が嘘だったかのように、空はどこまでも高く澄み渡っていた。

朝の光がヘトの町の石畳をキラキラと照らし、洗い流された空気は清々しい。

デュナンは宿屋の前に馬車を用意し、出発の準備を整えていた。


昨夜、アリスの呼び方について話し合った結果、彼女自身の希望で、これからも「アリス」と呼ぶことに落ち着いた。

本名の「アライア」は、彼女にとってまだ重すぎるのかもしれない。

そして、昨夜は結局、アリスとメルに同じ部屋で寝てもらった。

メルは最後まで「デュナンさんの傍を離れません!」と駄々をこねていたが、さすがに年頃の女性二人を自分の部屋に泊めるわけにもいかず、なんとか説得したのだ。


「ふぅ……」


デュナンは小さくため息をついた。

三十路を過ぎてからというもの、どうにも朝起きた時の体の回復が鈍くなった気がする。

特に昨日は、久しぶりに感情を露わにして怒鳴ったり、慣れないギャンブルで神経を使ったりしたせいか、体の芯にまだ疲れが残っているのを感じた。

頭がどことなくぼーっとして、思考がうまくまとまらない。


アリスとメルが宿から出てくるのを待つ間、デュナンは馬車の側面に寄りかかり、目を閉じた。朝の柔らかな日差しが心地よい。


「お待たせしました、デュナンさん!」

「待たせたな、デュナン。」


明るい二つの声に、デュナンの意識は現実に引き戻された。

いつの間にか、うとうとしてしまっていたらしい。


「ああ、悪い。少し寝ちまってたみたいだ。」

「なんだよ、疲れてるのかい?昨日はあまり眠れなかったとか?」


まだ少し覚醒しきっていない様子のデュナンを見て、アリスが心配そうに声をかける。


「いや、そんなことはないんだが……。歳のせいかな。最近、どうも体力の回復が遅くてね。」


デュナンは苦笑いを浮かべた。


「デュナンさんはもう立派なおじさんですからね! 無理をしたら体に響くお年頃なんですよ!」


隣でメルが、悪気なく、しかし的確に追い打ちをかける。


「お前は本当に一言多いんだよ!」


デュナンはメルの頭を軽く小突いた。


「さて、それじゃあ出発しようか。ドナヘーラまでは、まだまだ先は長いんだしな。」

「ああ、そうしよう。」


アリスは慣れた様子で荷台へと乗り込んだ。

メルは、なぜか自信満々な顔でデュナンに向き直る。


「デュナンさんは後ろに乗っていてください。馬の扱いなら、私の方がずっと上手ですから!」

「……本当か? お前が馬に乗って、ろくなことになった記憶がないんだが……」


デュナンの脳裏に、商会時代のある出来事が蘇る。

メルに馬を使った簡単な荷物の運搬を頼んだ時のことだ。

彼女は意気揚々と馬に跨ったものの、制御できずに暴走させ、民家の壁に突っ込んだり、露店をなぎ倒したりと大惨事を引き起こし、結局デュナンが平謝りに謝って回る羽目になったのだ。


「もー! あの頃の私と一緒になんてしないでください! あれから私だって、ちゃんと練習したんですからね!」


メルは頬をぷっくりと膨らませて抗議すると、さっさと御者台へと飛び乗った。

「やれやれ」と肩をすくめながらも、デュナンは渋々荷台に乗り込んだ。

正直、自分が手綱を握る方が安心なのだが、メルのやる気を削ぐのも悪い気がした。


「じゃあ、行っきまーす!」


メルが威勢よく鞭を入れると、馬は嘶き、馬車はゆっくりと動き出した。

石畳の道を抜け、再び広々とした街道へと出る。

朝の陽光が降り注ぎ、心地よい風が吹き抜ける。

馬車は、メルの宣言通り(今のところは)順調に道を進んでいく。


ポカポカとした陽気に包まれ、馬車の規則正しい揺れが子守唄のように感じられる。

昨日の疲れがまだ残っているのか、デュナンの瞼は自然と重くなってきた。


(いかんな……体の疲れが、まだ……残ってるのか……? なんだか、すごく……眠い……)


抗いがたい眠気に、デュナンの意識はゆっくりと沈んでいく。

アリスとメルの話し声が遠くに聞こえる。

デュナンは、穏やかな日差しの中、再び深い眠りへと落ちていった。



馬車が進む穏やかな昼下がり。

荷台で眠り続けるデュナンに、アリスはふと違和感を覚えた。

あまりにも静かに眠りすぎている。

それに、心なしか呼吸が浅く、速いような……。


心配になってデュナンの様子を窺うと、その顔が妙に赤いことに気づいた。

まさかと思い、アリスはそっと彼の額に手を当てる。


「熱っ!?」


予想以上の熱さに、アリスは思わず声を上げた。


「メル! 大変だ! デュナンが熱を出してる!」


アリスの切羽詰まった声に、御者台のメルが驚いて振り返る。


「ええっ!? デュナンさんって、てっきり風邪とかひかないタイプかと……!」


慌てて馬車を止め、メルが幌の中に飛び込んできた。

ぐったりと眠るデュナンの顔は赤く、苦しげに息を繰り返している。


「たぶん、昨日、雨に打たれたせいだわ……。あたしがあんなことを言わなければ……あたしのせいでデュナンが……」


アリスは唇を噛んだ。


「それってつまり、風邪ってことですよね? ますますもって、あのデュナンさんがかかるなんて信じられませんけど……」


この期に及んでなお失礼なことを口にするメル。

もしデュナンが起きていたら、間違いなく拳骨が飛んでいただろう。


「メル、何とか薬はないのかい!?」


アリスは必死に頼んだ。


「うーん……あのデュナンさんにも効く薬ですか……ちょっと待ってくださいね……」


メルは背負っていた大きなカバンをごそごそと漁り始めた。

様々な小瓶や怪しげな包みが顔を出す中、やがて一つの革袋を取り出した。


「これなら、デュナンさんでも一発で元気になるかもしれません!」

「貸して!」


アリスはひったくるように袋を受け取ると、中から丸薬を取り出し、デュナンの口元へ運んだ。

水筒の水を少しずつ含ませ、慎重に飲み込ませる。


「……これで、大丈夫かしら?」


アリスは不安げに呟いた。


「大丈夫ですよ、きっと。デュナンさんの生命力はゴキブリ並みですから、これくらいでへこたれませんって。」


メルは妙な自信を見せる。


「そうだといいけど……。ところでメル?」


アリスはふと疑問に思った。


「なんですか?」

「今、デュナンに飲ませたその薬って、一体何?」

「ああ、これっすか?」


メルはこともなげに答えた。


「ただの精力剤っすよ。」

「せ……!!」


アリスの顔が、みるみるうちにデュナンの額と同じくらい赤く染まっていく。


「デュナンさんのことだから、これぐらいガツンと効くやつ飲ませておけば、すぐにシャキッとしますって!」


メルはケラケラと無邪気に笑っている。


「な……何てもの飲ませてんのよーーーーーっ!!」


アリスの絶叫が、抜けるような青空に高らかに響き渡った。


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