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Mission5:おじさん、決意する

降りしきる雨に打たれてすっかり濡れ鼠になりながら、デュナンとアリスは宿屋へと戻ってきた。

その姿を見た女将さんが心配そうに駆け寄ってきたが、デュナンは「大丈夫」と努めて明るく笑って見せ、それぞれの部屋へと引き上げた。


デュナンの部屋には、ありがたいことに簡易的ながらもお湯の出るシャワー設備が備え付けられていた。

彼は早速冷え切った体を温めるため熱い湯を浴びた。

湯気と共に先ほどの酒場での出来事やアリスとの口論でささくれ立っていた心がゆっくりと解きほぐされていくのを感じる。

アリスが抱える事情、そして彼女の必死な謝罪。デュナンは彼女を信じようと決めた。仲間として彼女の過去と向き合い話を聞かせてもらおう。

そう決意を新たにする。


さっぱりとした体で、清潔な服に着替えたところで、部屋の扉が控えめにノックされた。

返事をすると扉が開き、そこには髪を解きラフな部屋着姿のアリスが立っていた。

シャワーを浴びてきたのだろう、濡れた髪からはほのかに湯気が立ち上っている。


「......ここ、座ってもいいかい?」


アリスは部屋の隅にある椅子を指差して尋ねた。

デュナンが「ああ、構わないよ」と頷くと、彼女は静かに椅子に腰掛けた。

しかしすぐに話し始めるわけではなく、腕を組んで俯き何かを深く考え込んでいる様子だ。

部屋には気まずい沈黙だけが漂う。

雨音だけがやけに大きく聞こえる。


(うぅ......気まずい......!)


デュナンは、昔からこの種の重苦しい雰囲気が苦手だった。

カリオト商会で働いていた頃は、常に笑顔を絶やさず、円滑なコミュニケーションを心がけてきた彼にとって、この沈黙は苦行だ。

耐えきれなくなり、デュナンの方から口火を切った。


「あ、あのさ、アリス......さっきの話だけど......」


デュナンの声に、アリスは「......ああ」と短く応え、ゆっくりと顔を上げた。

その瞳には、何かを決意したような強い光が宿っている。

やがて彼女は深く息を吸い込み口を開いた。


「アタシの、本当のこと......それはね......」


まさにアリスがその秘密を打ち明けようとした、その瞬間だった。


ガッシャーーーーン!!!


「郵便でーーーーーっす!!!」


間延びした奇妙な叫び声と共に砕け散る部屋のガラス、そして部屋の中へと飛び込んできた黒い物体。


「なっ!?」

「!?」


デュナンとアリスは咄嗟に身構えた。

しかしガラスの破片と雨粒が舞う中、侵入者の姿を認めたデュナンは、驚きのあまり目を見開いた。


「メ......メル!? お前、なんでここに!?」

「へへへ、デュナンさーん! お久しぶりですぅ!」


そこに立っていたのは、年の頃は二十歳を少し過ぎたばかりであろう、小柄な女性だった。

背中には短い刀のようなものを背負っている。

彼女の名は、メル・サヴァン。

デュナンがまだルナラムの本社にいた頃の直属の部下の一人である。


「お久しぶりじゃないだろうが! というか、なんでお前は窓をぶち破って部屋に入ってくるんだ! 普通にドアから入れ!」


デュナンは思わず声を荒らげた。


「えへへ、すみませーん。近所の人に聞き込みして、デュナンさんがこの宿屋に泊まってるってことは突き止めたんですけど、どのお部屋かまでは分からなくって。それで、向かいの家の屋根からこっそり様子をうかがってたら、ちょうどデュナンさんの姿が見えたので、つい最短距離で......」

「『つい』で窓を割るな! お前は昔から、どうしてそう破天荒なことばかりするんだ!」


デュナンは頭痛をこらえるようにこめかみを押さえた。


メルは本社時代から数々のトラブルを引き起こしてきた。

発注数を四桁間違えて大騒ぎになったり、酔っぱらって店の高価なステンドグラスを破壊したり、挙句の果てには、入荷したばかりの商品にうっかり火をつけて大損害を出したり......。

その度にデュナンが後始末に奔走し頭を下げる羽目になった。

とにかくメルはデュナンに迷惑しかかけない、規格外の部下だった。


「だってー、下に降りて、宿の中に入って、階段上ってくるより、こっちの方が断然早いですもん!」


メルは悪びれる様子もなく、ケロリと言ってのける。


「その思考回路を今すぐ悔い改めろ! この問題児め!」

「あ、あの......」


デュナンとメルのやり取りを呆然と見ていたアリスが、申し訳なさそうに声を挟んだ。


「ああ、すまないアリス。紹介するよ。彼女はメル。俺と同じカリオト商会の社員で......まあ、俺の部下だった......ニンジャだ。」

「ニ、ニンジャ!?」


アリスが驚きの声を上げる。


この世界には様々な職業クラスが存在する。ファイターやウォリアー、マジシャンやメイジ、プリーストやクレリックなどが一般的だが、中にはごく稀にしか存在しない希少クラスもある。

そして、隠密行動や諜報活動に長けたニンジャは、その希少クラスの一つとして知られていた。


「ニンジャなんて初めて見た......」


アリスは興味深そうにメルを見つめる。


「まあ、こいつはニンジャと言っても戦闘はからっきしでね。うちの会長が『戦闘できないニンジャなんて珍しい!面白い!』とかいう、訳の分からない理由で拾ってきた、変わり種なんだよ。」


デュナンはメルを初めて商会に連れてきた日の 会長の奇妙に輝く目を思い出して、再び軽い頭痛を覚えた。

あの人の発想は、時々、常軌を逸している。


「そういえばメル、さっき『郵便』とか言っていたな。一体、何の用なんだ?」


デュナンは本題を切り出した。


「あ、そうでした! そうでした!」


メルは慌ててデュナンの前に進み出ると、背筋を伸ばし、ビシッと敬礼のポーズを取った。


「本日付けをもちまして、デュナンさんのドナヘーラへの道中警護任務に、このメル・サヴァンが就くことになりました! つきましては、これよりドナヘーラまで同行させていただきます! デュナンさん、どうぞよろしくお願いいたします!」

「............なんだって?」


デュナンは自分の耳を疑った。


「だーかーらー!」メルはもどかしそうに繰り返す。


「デュナンさん一人じゃ、ドナヘーラまで無事にたどり着けるか怪しいって、会長が心配して! それで、このニンジャであるわたくしめが、お供するようにって、直々に命じられたんですよーだ!」


(あの会長め......! 俺がいなくなって、この問題児の扱いに困ったから、厄介払いしてきたな......!)


デュナンの脳裏に、人の好い笑顔で「メルをよろしく頼むよ、デュナン君。ごめんねー」と言っているであろう会長の顔が浮かび、イライラが募る。


「というかメル、お前、戦闘はできないんだろうが。どうやって俺の護衛をするつもりなんだ? それに、第一、俺にはすでに優秀な護衛がいるんだぞ。」


デュナンはそう言って、隣に立つアリスを指差した。メルは、その指の先を追い、アリスの顔をまじまじと見つめた。そして、次の瞬間、目を丸くして叫んだ。


「わあ! なんと! さすがはデュナンさん! こんな息をのむような綺麗な女性を護衛に雇うなんて、隅に置けませんね! ......って、あれ? ひょっとして、この方は、あの有名なアリスさんじゃないですか!?」

「え? メル、アリスのことを知っているのか!?」


今度はデュナンが驚く番だった。


メルは、デュナンの質問に、さも当然といった顔で「もちろんです!」と胸を張った。


「アリスさんといえば、その燃えるような赤髪と、吸い込まれそうなほど透き通った赤い瞳から、『紅蓮の戦女神(クリムゾン・アビス)』の二つ名で、冒険者の間じゃ超有名人ですよ! でも......あれ? アリスさんって、確か、何年も前に殺されたご両親の仇を討つために、ずっと一人で旅を続けてるっていう噂でしたけど......どうしてデュナンさんと一緒に?」


メルの無邪気な、しかし核心を突く質問に、デュナンは思わず息を呑み、アリスを見た。

アリスはまるで時が止まったかのように、口を「あ」の形に開けたまま、完全に固まっていた。


「......アリス。今の、メルの話......本当、なのか?」


デュナンが静かに尋ねると、アリスはゆっくりと固まっていた表情を動かし、力なく、しかしはっきりと頷いた。


「......そうよ。もう、隠しても仕方ないわね。全部、話すわ。」


アリスは一度目を伏せ、そして意を決したように顔を上げた。


「私の本当の名は、アライア。アライア・ラインヘルト。元々は、ルナラムに居を構える貴族の家の娘だったの。」

「ラインヘルト......。それじゃあ、君は、もしかして......あの......」


デュナンの声が震える。


「ええ、そうよ。」


アリスは静かに肯定した。


「私の家族は......皆、暗殺されたわ。あの日、私はたまたま友人の家のパーティーに招かれていて、家を空けていたの。だから......私だけが、生き残った。」


ラインヘルト家惨殺事件。

それは、今から十年近く前にルナラムを震撼させた、陰惨な事件だった。

ラインヘルト侯爵夫妻をはじめ、家に仕えていたメイドや執事、庭師に至るまで、屋敷にいた者全員が、何者かによって惨殺されたのだ。

犯人は捕まっておらず、事件は迷宮入りとなっていた。

その悲劇をデュナンも商人としてルナラムで暮らす中で噂として耳にしていた。


「そうだったのか......。それで......その後どうしたんだ?」

「引き取ると申し出てくれた親戚もいたけど、断って私は一人でルナラムを出たわ。そしてある剣術の師匠に出会い、ただひたすらに剣の腕を磨いたの。......この手で、仇を討つためにね。そして、二年前にルナラムに戻ってきて、冒険者として情報を集め始めたのよ。」

「なるほど......。それで、仇がドナヘーラに潜んでいるかもしれない、という情報を掴んだのか。」

「ええ、そうよ。別に、デュナンにこの復讐を手伝えなんて言うつもりはないわ。ただ......ただ、一緒にドナヘーラまで行かせてほしい。それだけなの。」


アリスは、懇願するようにデュナンを見つめた。


デュナンは腕を組み、深く考え込んだ。

アリスをこのままドナヘーラへ連れて行くことは、彼女の復讐、つまりは殺人に加担することになるのかもしれない。

しかし、ここで彼女を突き放したとしても、彼女はきっと一人ででもドナヘーラへ向かうだろう。

そして何より自分に、彼女の長年の悲願を止める権利があるのだろうか......。彼女は、自分の大切な仲間だ。


「......よし、分かった!」


長い沈黙の後、デュナンは決意を込めて大声を出した。


「アリス、一緒にドナヘーラへ行こう。仲間なんだから、当然だ。」

「デュナン......!」


「ただし!」デュナンは続けた。


「その仇討ちを、俺が黙って見ているかは、その時になってみないと分からない。正直に言えば、やっぱりアリスには、人を殺めてほしくないんだ。」

「......あんた、言ってることと、やろうとしてることが、めちゃくちゃ矛盾してるんだけど?」


アリスは、呆れたような、それでいて少しだけ嬉しそうな、複雑な笑みを浮かべた。


「矛盾してるのは百も承知だ!」


デュナンはきっぱりと言い切った。


「俺は、アリスに仲間として一緒にいてほしい。でも、同じくらい、仲間であるアリスに、人殺しなんてしてほしくないんだ! どっちも、俺の本心だ!」


だから必ず何か別の方法を見つけ出す。

復讐以外の、アリスが過去と決着をつけられる方法を。

デュナンは心の中で固く、固く決意したのだった。

その隣では、メルが「なんだかよく分かりませんが熱いですねぇ!」と、キラキラした目で見ているのだった。


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