表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

わたくしと謎の男とチョコレート

作者: 牧場のばら

視点と文体が変わります。

主人公の会話部分、主人公視点、謎の男視点、最後は2人の会話になります。

 こう見えてわたくし、とある貴族の娘でいわゆる箱入り令嬢なんですのよ。見たらわかると仰るの?まあ貴方なかなか勘が鋭いのね。どこか名のある家のご子息だろうとは思っていましたけれど……ええ、追及は致しません。貴方は空腹でわたくしの馬車の側で倒れていた旅人で、わたくしは貴族の義務として困っている人を助けただけ、そうですわね?


 その衣裳、薄汚れていても元が高価な物だとわかりましてよ。何かご事情があって名乗りたくないのでしょうから何もお尋ねいたしません。元より興味はございませんから。あら、不思議ですか?貴方様もわたくしに興味などございませんでしょう。


 わたくし先日婚約解消されましたの。先方は破棄だと張り切ってらっしゃったけど、さすがにあのような理由では無理というものですわ。わたくしの事を変わり者だと言うけれど、元婚約者の方が余程変人ではないかしら。だって、その変わり者と自ら進んで婚約するのですから、奇特者とでも言いましょうかしら。まあ目的は我が家の爵位と財産ですから、妻が多少変わっていても我慢しようと思っておられたのかもしれませんけれどね。


 あら、婚約解消の話を聞かせてほしいと仰るの?困りましたわね、わたくしこれからお見合いの場所へ向かう予定にしておりまして、時間があまりございません。それにそんな話、見ず知らずの貴方が聞いてもちっとも面白くもない話ですわよ。

 それでも良いと?まあ、奇特な方がここにもいらしたわ。


 ええ、我が家は子がわたくし一人なので婿を取らないといけませんの。引きこもりの変人と社交界で噂をされているわたくしでも、婿入りして爵位を継げるならばと、それなりに婚約の打診はあるのです。元婚約者はお父様同士が知り合いで、それもあってあの方に決めたのですけれど、彼の方は不承不承。侯爵家の三男ゆえに、ご自分の身の振り方を考えて妥協されたのでしょうね。


 あの方に決めた理由は他にもありましたわ。彼は騎士でしたので身体が丈夫だと聞きました。それならばわたくしの作ったハーブティや焼き菓子を食べてくださるかしらと期待してしまったのです。家族や使用人たちは喜んで食べてくれるのですが、人によっては苦くて不味いと思うみたいなのです。元婚約者には、こんな不味い物を食べさせるとは俺を殺す気か!と怒鳴られました。


 ありがとうございます、憤慨してくださって。あの人は怒りん坊さんなのですよ。いつも眉間にシワを寄せていらので、月に一度しかない交流のお茶会が嫌でたまらなかったのでしょうね。

 貴方も無理しなくても良いのですよ、不味ければ吐き出してくださいませ。

 え!お気に召しましたの?まあ、美味しいとおっしゃってくださいますの!まさか、お腹を空かせた行き倒れを拾う事になるとは思いもよりませんでしたけれど、念のためにと焼き菓子を持参しておいて良かったわ。


 実はですね、その焼き菓子は食べる人を選ぶのですよ。ふふ、決して口外してはなりません事よ?


 元婚約者は残念ながら選ばれなかったようで、不味いとお怒りになって投げ捨ててしまいましたのよ。食べ物に当たり散らすのは良くない事です。焼き菓子にもハーブティにも、わたしの長年の研究の結果、身体に良いものが含まれております。それにわたくし自身の魔力を少しだけ込められていますので、身体の不具合を直し、心身共に健康にするという効能があるのですよ。婚約者にはその効果が発揮されなくて、ただただ不味かったみたいです。家の者には大好評ですのに。

 わたくしの魔力との相性が良くなかったのかしら。


 寧ろ美味しく心地よいと仰るなんて、本当に貴方は奇特な方ですね。きっと空腹過ぎて、何を食べても美味しく感じられるようになっているだけかもしれませんよ。


 ところで、助けた方をそのままを放り出すのは後味が悪うございますが、わたくし王宮へ向かっておりますので、そろそろどこかで降りていただけますか?

 え?貴方も王宮まで向かわれるのですか?まあ、どうしましょう、お急ぎではなかったのですか?あのような状況で倒れていらしたという事は、急ぎの使命がおありだったのではなくて?お仕事の方は大丈夫ですの?

 あ、仕事はされていないと。では一体なぜ王宮へ……


 あら、いけないわ。興味がないから詮索しないと言ったのはわたくしでした。それでは馬車どめで解散という事で宜しいですか?


 こちらこそ楽しい時間でしたわ。断れないお見合いで、しかも王宮で部屋を借りているだなんて、いくらお相手の希望だとしても大袈裟ですぎてちょっと気が滅入っていましたの。お相手から断られるのは気にしませんが、滅多に訪れない場所ですから、せめて楽しい気分でいたかったのですけれど。


 ご心配はご無用ですわ。断られなかったとしても、所詮政略結婚になりますでしょう?わたしを粗雑に扱わないのならそれはそれで。

 あら、そんな顔をされなくても大丈夫ですわ。変人だと見下されるのは慣れておりますし、ほら、わたくし平凡ですから。


 

『こんなくそ不味い物を俺に食べさせようと言うのか。俺を殺す気かっ!しかも何だ、中身は森で拾った木の実とお前が育てたハーブだと?俺は侯爵家の人間だぞ?その俺にこのようなしみったれた物を食べろと言うのか!

 お前のような引きこもりの変人、誰からも相手にされず哀れだと、せっかく婚約者にしてやったのに。破棄だっ、破棄!婚約破棄だ!』


 元婚約者となってしまった侯爵家の三男は、そう捨て台詞を残して、ぷりぷり怒りながら我が家の庭園から立ち去った。3年間もよくがまんしたものだ、お互いに。その後、侯爵家との話し合いで、破棄ではなく解消という事になったのは、外聞が悪いからだ。


 しかしその後すぐに、元婚約者には恋人が居ることがわかった。我が家に婿入りした後は愛人として囲って、自分が爵位を継いだらわたしを捨てようとしていた計画を、その恋人が暴露してしまったのだ。

 すでに婚約は解消されていたので慰謝料は求めなかったが、婿入り先を失った侯爵家の三男は恋人も同時に失ってしまって混乱したのだろう。彼は婚約解消をなかったことにして欲しいと、我が家の門前で騒動を起こした。あれは一時の気の迷いで、本当は君の事を愛しているんだ!と叫ぶ元婚約者の姿が悍ましくて、鳥肌が立った。


 お父様もわたしも人を見る目の無いのだろうか。それならばいっその事、親戚から養子を貰ってわたしはどこか小さい家に移り住み、ハーブを育てたり本を読んだりと、ひっそり暮らせやしないか、ハーブティも焼き菓子も確かな効能があるので、これを売れば生計が立てられそうだとあれこれ思案していたら、新たな婚約の話が降ってわいた。


「次の婚約なのだが、どうしても断れない筋から打診を受けたのだよ。もちろんお前が嫌なら断れば良いが、先方が何だか乗り気で」

「お父様のお立場では断れない話なのでしょう?それならばお会いいたしますわ。あちら様から断られたらいよいよ養子について考えてくださいませ」


 お父様もお母様も苦い表情をしていたが、仕方のない事だ。跡取り娘は引きこもりの変人令嬢、と言う噂が一人歩きしてしまっているのだ。婿取りにも難儀するくらいに。


 そしていよいよ今日がお見合いなのである。彼方からの指定で、王宮に部屋を借りたという事で、両親は立ち会わず当人だけの顔合わせを希望されていた。曰く、取り繕う事なく本音で話したいそうだ。

 本音だとさらに酷い言葉で罵られそうで若干気が重いが、今日も今日とて、心身を健康に快適にするお手製の焼き菓子を持参しているので、心が折れそうになったら食べようと決めていた。勿論ハーブティも持っていく。そうでもしないとやってられない。



 貴方とお話しして少し気分が晴れましたわ。

 今回の話が終わって、無事養子が見つかったら、わたくし国を出ようかと思いますの。ですからもうお会いする事もありませんでしょう。どちら様かも存じ上げませんしね。

 焼き菓子をお気に召されたと?少しお持ちになってくださいな、たくさんありますのよ。

 美味しく感じられる貴方には、身体の不調を整え、気持ちが楽になる効果がありますから、仕事で辛い時にでも口にしていただけると嬉しいわ。


 それではごきげんよう。お元気で。



 行き倒れの怪しい男と別れたわたしは侍女と護衛を引き連れて、指定された王宮内の面談室へと向かった。

 お相手の方はなかなかの権力者だ。こんな場所を借りることが出来るのだから。


 入り口で名乗って案内されると、そこは豪華な応接の間だった。面談するためのもう少し簡素な部屋かと思っていたら、内装は豪華で室内に飾られてある絵画も一級品のようだ。お相手はまだ着いていなかったので、王宮メイドが淹れてくれたお茶で和んでいると、ドアをノックする音がして、見合いの相手がやってきた。


「お待たせしました」

 

 わたしは思わずため息をついた。



 彼女を知ったのはデビュタントの若人で溢れたホールだ。彼女は父親にエスコートされており、婚約者である侯爵家の三男の姿は見当たらなかった。


 俺は職務柄、この国のほぼ全ての貴族を把握している。だから父と離れてから心細げに、王太子とのダンスを順番待ちしている彼女が、伯爵家の跡取り娘で引きこもりの変人令嬢と呼ばれている事も知っていた。


 周囲の令嬢たちは、華やいだ雰囲気を醸し出し、抑えきれない興奮で頬を染めている。今晩から大人として扱われるのだからさもありなん。しかも今夜限りは王族と踊る栄誉を与えられるのだ。まあ、王族と言っても王太子と当たるか、第二王子、或いは王弟と当たるかは運次第ではあるが。

 俺は件の令嬢が誰を引き当てるのか注目していたが、彼女は運良く王太子と踊ることになったようだった。ところが順番待ちをしている時に、どこかの我儘娘がごねて、わたくしと代わりなさいと恫喝を始めたのだ。


 俺は気配を消して彼女の側に居たから、すぐさま間に割って入ろうとしたのだが。


『まあ、貴女、今日は王太子殿下と踊れるのを楽しみにいらしたのね。その髪飾り、殿下のお色をしてとても綺麗ね。それは殿下にお見せしたくなるわね。良くってよ、代わってあげる。第二王子殿下もとても素敵だもの』


 まるで未練は無いといった感じで、自分は第二王子の列に並び直したのだ。その経緯を見ていた周囲の面々は、相手を代われと我儘を言った令嬢(公爵家の娘だ)を冷めた目で見ていた。

 後で聞いたが、王太子ですらあれはいかんなと眉を顰めていた。令嬢にも第二王子に対しても全く失礼な話である。


 第二王子と踊る彼女はとても楽しそうだった。引きこもりの変人令嬢と呼ばれているのに、なかなかどうして会話もダンスもそつなくこなしている。

 ダンス最中にすれ違った時に、王子と彼女の会話が聞こえてきた。


『君も兄上と踊りたかったのではないのかな?私で良かったのかい?』

『勿論ですわ。殿下と踊れる事など今後あり得ませんもの。わたくしにとってこの上ない名誉を第二王子殿下が与えてくださった事、一生忘れませんわ』


 いい娘じゃないか。変な噂が流れているから、偏屈な性格をしていて婚約者から相手にされていないのかと思いきや、彼女はちゃんとした対応の出来る弁えたレディだった。

 思えばそれは一目惚れだった。


 あの日以来彼女が気になってしかたなかったが、兄からの指示で俺は隣国へ留学した。

 あのデビュタントから2年が過ぎて、学院卒業後は例の婚約者と結婚したのだろうなと諦めていたら、なんと彼女の婚約が解消された事を知った。

 知らせてくれたのは下の兄だ。チャンスだぞ、逃すなよとは、全く親切にも程がある。

 

 そこで俺は彼女に婚約を申し込みたいと、初めての我儘を願ってそれは無事聞き届けられた。側妃腹の幻の王子として、顔を知られぬ様に生きてきた俺が、得たい娘がいると切り出した時の父上達の顔と言ったら。


 そんなわけで、とんとん拍子とはいかないがなんとか話が進められたのだが、俺はどうしても手に入れたい物があり隣国を訪れていた。

 漸く手に入れたものの、見合いの日まで時間がない。焦ったあまりに昼夜を問わず馬を飛ばしたものだから、護衛達から苦情が出た。


「殿下、少しは休んでください。馬が、いや馬も我々も保ちません」


 仕方なく速度を落としてたものの、王都にたどり着いたのは見合い当日の朝だった。

 疲労困憊で意識朦朧。そんな中でも俺の危機管理能力の高さとでも言うべきか、彼女の家の馬車がゆっくりと走っているのを発見したのだ。約束の時間よりまだ早いのに何をしているのだろう?と気になって近付いたところで、空腹で目を回し気が緩み、情けなくも彼女の馬車の側でふらついて倒れてしまったのだ。


 いや、狙ったわけではない、断じて。



「あら。先ほどぶりですわね」

「やあ」

「それでは貴方様が、このお見合いのお相手という事で合ってます?」

「そうだ。黙っていて済まなかった」

「…なんだか都合良すぎると思っていたのです。第三王子殿下がわたくしの馬車の前でのびて倒れているだなんて」


 第三王子と呼ばれた青年は、驚いた顔をした。


「えっ、バレてたの?というより私を知っていたのか」

「ええ、まあ。わたくし趣味は園芸、更にはハーブの研究。そして各国の歴史書を読む事ですの。当然我が国の現王族についても調べておりますから、貴方が、身体が弱く人前に姿を現さない幻の王子だという事も存じ上げております」


「参ったな。ほとんど社交界には出ていないんだ。病弱設定でね。兄上達の手足となるべく生きているんだ。しかしよく顔を知っていたものだ」


「いえ、お顔までは知りませんでした。ただヨレヨレの衣裳ではありましたが品格がありましたし、それに護衛の方が陰からそっと様子を伺っておられましたよね。それに腰に差した短剣に紋章がついておりました。月に三つ星、それは3番目の王子の印です。

 万全を期すなら短剣は気をつけねばなりませんわね」


 第三王子は笑みを深めた。

「実にいいね!その聡明さが素晴らしい」


「殿下の事情はさておき、何故わたくしなのでしょう?

 いくら殿下が病弱という隠れ蓑の下で、密やかに、或いは伸びやかに生きていらっしゃっても、王族であるからにはいずれ然るべきご令嬢と婚姻されますでしょう?我が家はしがない伯爵家ですし、わたくしに至っては婚約解消された引きこもりの変人令嬢でございます。何故わたくしなのです?」


「うーん、一目惚れしたからかな。

 何その目は?信じられないと?まあそうだろうな。俺も信じられないくらいだから。だが人を好きになるのは往々にしてそんなものではないのだろうか。つまり理屈ではないんだ。

 それより先ほどは馬車内だったし、さすがに水筒の茶をねだるのは図々しいと我慢したが、君のハーブティを飲みたい、駄目か?

 焼き菓子もまだ持っているのなら欲しいな。すごい効き目だったよ。疲れがふっとんだ」


「ハーブティですか。それは持っておりますが、温かいお茶をお淹れいたしましょうか?」


「それは嬉しい。頼んで良いだろうか」


 メイドにお湯と茶器の用意を頼んでいる間、先ほどの謎の男、第三王子はニコニコと彼女を眺めていた。


「デビュタントで一目惚れしたんだ。婚約解消と聞いていてもたってもいられなくて、陛下に頼んで婚約を打診してもらった。しかし、君の父上は、病弱な第三王子を押し付ける気かと、かなり渋ったらしい。そこで俺の秘密、つまり兄上の手駒となって自由に動ける様にしている事を伝えて漸く納得して貰えた。

 見合いだから断られても仕方ないし、忖度は不要だ。正直に答えて欲しい。俺は君のお眼鏡に適うだろうか」


「わたくしは殿下の事を何一つ知りませんわ。いきなり仰られても、何とお答えしたものか」


「そうだ、これ。君に渡すために隣国で買い求めて来た。チョコレートと言う新しい菓子だ」


「まあ!これが噂のチョコレートですか。初めて目に致しました」


「なんでも意中の相手にチョコレートを渡して、恋心を告白すると叶うらしい。なかなかに珍しい物だから、どうしても渡したくてね」


 カップに熱いハーブティが注がれる。


「はあ、良い香りだ。君の焼き菓子を食べ、噂のハーブティを飲み、チョコレートも渡した。やるべき事はやった。

 それでどうだろう?俺は伯爵家へ婿入りするのはやぶさかではないし、君の趣味を邪魔するつもりは毛頭ない。実家はしっかりしているから安心出来るぞ」


「それはそうですわね。わかりました。それほど望まれるのなら、いっそ流れに身を任せてみるのも良いかもしれません。それに」


「それに?」


「わたくしの焼き菓子をあれほど美味しそうに食べてくださった殿方は初めてですもの。胃袋を捕まえたと断言しても良いくらいですわよね」



 というわけで、引きこもり変人令嬢と、病弱設定第三王子は無事に婚約を交わすことになった次第。




お読みいただきありがとうございます。


バレンタインに少し間に合わなかった、残念。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
聡明で実直、無欲な女性が、その価値がわかる男性に見出されて、ほどほどの幸せを掴めるところが素敵です♡
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ