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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

乙女のピンチを助けてくれたのは悪魔だった

作者: アロエ



青天の霹靂だった。


平凡な村に生まれ、平凡な家庭に育ち、農作業や母の編み物の手伝いや刺繍などを学んでそれを売り生計を立てて。


慎ましやかではあれども幸せに暮らしていたのだ。ところがいきなり見知らぬ者たちが家に押しかけてきて私を拐ったのだ。


どうやらどこかから私が魔女であると密告を受けてやってきた者たちだと知るまで何が起こったのか理解できずにがむしゃらに抵抗をし、しかしなす術なく家族と引き離されこれから見知らぬ国へ、輩へ売られるのだと戦々恐々としていた。


酷かった。尋問と言えないような尋問も、無礼に体へ触れてこようとする手も何もかも。



「君には悪魔と体を重ねていた疑いや悪魔の力を使っていたと言う嫌疑がある」



精神を消耗しぐったりと壁に凭れる私へ審問官が告げた言葉に、それこそ耳を疑った。



「何を根拠にそんな……」


「妙な草を煎じていたり、一人で森へ行く事もあると聞いたがね?」


「それはうちに男手が足りないからで」



幼い頃に兄が川で亡くなり、その後うちには働き手になれる男子は生まれなかったと母から聞いている。父だけでは家族を養い切れず私も狩りの手伝いや木の実拾いなどを行っていたのは村の誰もが知っている。


それだけでは魔女とは言えないはずだと主張しようにも審問官は侮蔑しきった目をして放った。



「悪魔と通じているのを見た者がいると言っているのだ」


「そんな事はしていません!」


「口では何とでも言えよう。本当に悪魔と姦通を行っていないと言うのであれば、それなりの人員と調査が必要になるだろう」



つまりは処女を失くしていないかを確認されるのだ。しかも男女へったくれもなく大勢の前で。


仮に魔女ではないとそれで解放されても私は晒し者にされた傷物女と変わりない。婚前だろうがなんだろうがそんなものは消し飛ぶ。ふしだらな女と変わらない。


人権なぞ失われたも同じ。ヒソヒソといつまでもいつまでも村の中では好奇と腫れ物に触れられるかの如し扱いを受ける羽目になる。


私に何の瑕疵もないのに。私が何をしたというのだと拳を握りしめどうにもならない八方塞がりの状況に唇を噛む。


けれども魔女ではないと証明できなければその先にあるのは火刑だ。決して安らかな死は迎えられず無惨にも観客からの罵りの中で火に炙られ死ぬまでにも処刑人の腕次第で時間を引き延ばされたりとする。


そんな死に方は嫌だ。だが、しかし……。



万策尽きた、もうどの選択をしたとしてもおしまいだと膝を抱えて泣き喚きたい気持ちを抑えながら定められた刻限を迎えても私は答えを出せず夜を明かそうとしていた。



明くる日。処刑を宣告され、私は村の広場まで強制的に運ばれていった。様々な人からの悪意に晒された。暴言や心ない言葉を投げられ、石や土、腐った何かをも飛ぶ。


私の罪などどこにもないと言うのに。


誰が私を魔女だと密告したかも分からぬまま。


磔にされ、足下の藁や木々に火をつける為の松明を掲げる処刑人までをも醜悪に顔を歪ませていたように感じられる中。


私は行場のない怒りに震えていた。


私が。父や母が何をした。


何も罪は犯していない。何も、誰も害してはいない。悪魔との姦通?そんなもの、生まれてこの方遭遇した事すらない。


第一、そんな空想上の生き物が存在していたらこんな辺鄙な場所の村娘などでなくもっと綺麗で華やかな令嬢や悪に染まりきった女を選ぶに決まっている。何故私のような小娘を相手にすると思うのだ。何故。何故。



『こんな愚かものどもなど消えてしまえばいい』


『私ではなく白を悪と決めつける彼奴等こそ悪魔だ』


『呪われろ。私が魔女だと決めつけ恐れるのであれば、私のこの憎悪で呪われてしまえ』



ゆらゆらと揺らめく炎が強風に煽られ渦を巻く。ニヤニヤとニヤついていた観客が息を飲み、何かに怯えたように表情を変えつつあるのを私は感じ取る事もできないままにその声を聞く事となった。



「やぁ。素晴らしい憎悪だね。良ければそのまま死を迎えるのではなく私と一曲どうかな?」



空を浮遊しているのは紛れもなく人だ。腕が二本、足も二本。であるが、羽も何もないはずであるのにそれがなんて事はないように浮いている。



「神は救ってくださらない。事実無根の罪を以てしても、神はただの()()なぞに目をかけてはくださらない。……だが私は違う。少なくとも私は君を見つけた。そして君に声をかけ、君の意思を尊重しようと問うている」



どちらを信用すべきかは火を見るより明らかだと悪魔は囁いた。



「お前たちの間違いは罪なき者をやり玉にあげ、屍の山を築き過ぎたところだ。そこに悪魔と魔女の関係がなかったとして、これだけの怨嗟と血が大地に染みついては()()も引き寄せてしまうだろうに。それすらも理解できないとは」



愚か者ここに極まれりだと楽しげに、楽しげに笑い声を立てながら私の目前に立つ。


その瞳は瞳孔が横に長い。山羊に似た姿。人ではない。こいつは本当に、正真正銘の悪魔なのだ。


関わりを持たなくとも目の前に現れた。この悪魔を呼び寄せられたのなら。これの言う通り、どれだけ求め続けた神でも私のもとにはついぞ現れなかった。なれば私は、私が手を伸ばし助力を求めるべき相手はこの悪魔では。



「貴様は私の声を聞き逃す事はないの」


「君がそう望むなら」


「私の怒りを正当だと言うの」


「ああ。当然だ。君は何も犯してもない罪なのだから」


「……私を裏切らない、そう言える?」


「……さぁね。それは時と場合によるだろう。だがそれは普通の人間でも同じ。己の命や何かのっぴきならない事情があれば他人の命なぞ二の次、三の次だ」


「下手に取り繕うよりかは納得できるけど」


「ふふ、お褒め頂き恐悦至極」



場違いな程悪魔と私との会話は進んでいく。静寂ではなく罵声や火刑を強行しようとする輩はいる。だがそれは何故かまるで見えない盾に阻まれるかの如く。恐らくはこのあり得ない事象を引き起こした悪魔が関係しているのだろう。


いよいよもって私も焼きが回ってきたとでもしようか。否、私は本当に村の誰かが決めつけたように魔女としての素質でも持ち合わせていたと言う見解が正しいのかもしれない。



「では契約を。我が名はラドラーダ・М・ヴァンデルドッド。些か長いので君の好きに呼んでも構わない」


「契約?ああ、先程の一曲だとか何だとか言ってたわね……?」


「そうだとも、そうだとも。君の憎悪と憤怒はまさに我々の新たなる門出に相応しい。こんなところで終わるには勿体ない」



君の名を私に授けるだけでよろしい。正式な契約は君が落ち着いて物事を考えられる状況にある時にしよう、とその悪魔はもっともらしく口にした。



「私の名は、アルメリア。アルメリア・ズィーラカ。貴族でも何でもない。貴様の言うただの村娘よ」


「アルメリアか!美しい響きだ。仮ではあるが契約は成された。おめでとう。ちなみに言えば私の名は君にしか聞こえないものでね。安心してくれたまえ。私の力を貸すのは君だけだ」



茶目っ気を見せ笑うその姿は親戚のおじか何かのようであるが直ぐにそれは消え失せた。



「やっぱり、アイツは魔女だった!!アタシは間違ってなかったんだわ!」



嬉々として叫ぶ声が罵声や戸惑いに混じって一つ響き渡った。その女はあまり仲のよくなかった娘のもので、私は漸く理解した。



「あなたが私を魔女だと密告したの?」


「あんたはいっつも、いっつもいいとこ取りばっかりしやがって!子どもの時から気に食わなかった!!」



“いい子ぶりっ子しちゃってさ”


“そんなに男の前でメソメソして、何?悲劇に酔ってるの?”


“自分が一番不幸で可哀想でしょって?ハッ、バッカみたい”


“なんで皆アイツばっかり構うのよ!最っ低!!”



思えば昔から突っかかられ、勝手に敵対視されていた。疑わしきと脳裏に過る人物の一人でもあったが私の考えは間違ってはいなかったのだ。途端にまた怒りが体を駆け抜けていった。



「おやおや。その娘が君の怒りの根源かい?」


「私を陥れたのだからそうなんでしょう」


「ならばどうしてやろうか。川に投げ入れ沈むかどうか、君たちのやり方で魔女かどうかみてみようか?それとも針で全身を刺そうか。火炙りにしようか。君の望む方法を試そう」


「……そんなものは要らない」


「おや。何故?君がさせられそうになった事だよ」


「私を魔女だと判断出来たなら、コイツも魔女だったんだろう。お互いにただの村娘にしか過ぎないのに、何をもって私を断罪しようと思ったかは知らないが、おかしいじゃないか。何故、私が()()と姦淫に耽っていたとわかったんだ。この悪魔ですら、外見はまるきし人と変わらないのに」



瞳がどうかなど離れていれば分からないはずだ。空を浮いていたかどうかも現場を取り押さえでもしなければ分からない。なのにどうしてそうだとこの女は判別できたのだろうか。そう疑問を投げかければあの女はしまったとばかりに顔を青褪めさせた。



「魔女が一人だけとは限らない」



磔られた場所から下ろされ悪魔に手を取られながら私はふわりと宙に浮かび上がる。悪魔は微笑んで滑稽な奴らを嘲笑うのみ。私もこの女がどうなろうか知った事ではない。



「せいぜい牢の中を楽しめ」



鞭打ち、水責め、尋問、悪魔の言うようにその他にも待つものは山のよう。きっとこの女の下には嘆きや怒りに誘われる奇特な悪魔は訪れない。それは断言できる。



「それでは紳士淑女の皆々様。ご機嫌よう」



私の手を取りふわりとまた浮かび上がるのを誰も止める事はできない。魔女裁判やこの刑を取り決め私を火刑で殺し、浄めようとしていた司祭さえ動けず罵倒を吐くだけだった。


それから憤怒の魔女として私が名を広めるのはもう少し後の話しである。



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