第1話
いつから世界は6月から真夏になったのだろうか。
俺、坂上悠は今日も今日とてべたつく制服で駅までの道を歩く。昨日はシャツとパンツが塩吹いてた。若者の街に漠然と憧れ、若干家から遠い高校を選んだのは失敗だったろうか。1時間はかからないとはいえ、通学が意外にキツい。両脇に雑居ビルが並ぶ通りはアップダウンを繰り返す坂道で、余計に気力を削いでくる。学校に放課後までいるだけでも疲れるのに、7月になったらどうなることやら。
ファーストフード店とよく分からんアクセサリーの店が並ぶ路地を抜けて、商業ビルの裏側に入る。本来の通学路は大通り沿いだが、それを守っている生徒はほとんど居ない。皆だいたい抜け道裏道を駆使して5分短縮のこのルートを使っている。ビルに挟まれた裏通りは大通りよりむしろ涼しいし丁度いい。
「おい、そこの少年」
突然後ろから声をかけられて振り向くと、なんか派手な感じの女が立っていた。ゴールドにアッシュ混ぜたみたいな髪を後ろでまとめていて、耳にジャラジャラ付けたごついピアスが目立っている。首から下がシンプルなシャツに赤エプロンなのがチグハグな感じだ。
「何すか」
「いいモンあるんだけど、寄ってかない?」
ニィッと笑った女が雑居ビルの階段を親指で指し示す。なんか看板が出ているが、何が書いてあるのかよく分からない。怪しい店のキャッチか。
「すみません、金無いんで」
「金はいらないんだよねぇ。ま、ちょっと見ていくだけでもさ」
無視して通り過ぎようとすると、女は先回りして道を塞いだ。わりとタッパがある。俺と同じくらいだろうか。美人、と言っていいんだろうか。化粧が派手でどこか不安になる顔立ちだ。
「どーせ急がないでしょ。彼女いないんだし」
「……」
いないけどそれが何か?つーかいきなり決め付けるな。
「モテたいでしょ?」
「……」
「モテないでしょ?」
「何すか」
いいかげんイラッときて横をすり抜けようとしたら手で道を塞がれた。ラメ入りの黒で縁取られた口がニヤニヤ笑う。
「惚れ薬、いらない?」
やけに輪郭のはっきりしたカラコンを嵌め込んだ瞳がじっと俺を見る。そういえばこの人一度もまばたきしてないな、と、俺の頭のどこかが思っていた。