聞いてません。王国に加護をもたらす王妃になりましたが、近隣諸国から毎日暗殺者が送られてきます。
私の名前はオルディア。
元はお城に勤めるメイドだったけど、当時王子だったアルフレッドと恋に落ち、彼と結婚することになった。
その後、アルフレッドが王位につくと、王妃となった私の固有魔法が国全体に広がった。
固有魔法とは、職業に応じて得るクラスごとに、必ず一つ発現する魔法。
私のクラス【メイド】の固有魔法は〈聖母〉だ。〈聖母〉の効果は、私の育んだものは全て何だかいい感じになる、というもの。
元々、メイド時代のこの魔法の恩恵といえば、私の入れたお茶が何だかいい感じに美味しくなる、という程度だった。それが王妃となった現在は、王国中の全ての農作物、産業、商業……、とにかくあらゆるものを何だかいい感じにする魔法になってしまった。
結果、このヴェルセ王国の経済は、私が王妃になってからかつてない急成長を続けている。
もちろん国民は誰もが喜んでくれているよ。私を聖母オルディアと呼び、崇める宗教団体ができるほどだ。
ただ、それはあくまでも国内に限った話。
「はぁ……」
お茶を飲みながら思わずため息が出た。
別にお茶がまずいわけじゃない。お茶は私が自分で入れた〈聖母〉のお茶なので問題なく美味しいよ。
原因は今聞いた報告にある。
「……ごめん、もう一回言って」
「だから、ナイフを隠し持っていた事務官を一人と、あなたの食事に毒を混入させようとしていたメイドを一人、捕縛したと言ったのよ。どちらも最近入ったばかりの人だったわ」
そう報告してきたのは、このお城で研究職に就いているルクトレアだった。
彼女のクラスは【セージ】で、固有魔法は予知能力を備えた〈導く者〉。私の親友であり、王国を発展させるために私とアルフレッドの出会いから結婚までを裏から全力サポートしてくれた人物でもあるよ。
ルクトレアの計画を全て知ったのは結婚が決まった後のこと。
だけど、……王妃になったらこんな毎日が待ってるなんて聞いてないよ。
私は今、日々命を狙われる生活を送っている……。
「予知能力がなくても、こうなることは予想できたでしょ」
さも当たり前のようにルクトレアは言った。
できないよ……、できてたら私は王妃になる話をもっとよく考えた……。
国を発展させる私の〈聖母〉は、周囲の国々にとってはこの上なく邪魔だということだ。
私が死ねば固有魔法の効果も失われる。
なので、関係が良好ではないあの国やこの国が、関係が良好であるはずのあの国やこの国までが、こぞって暗殺者を送りこんでくる。……この世界は本当に恐ろしい。
もう一度ため息をつこうとしたその時、お茶をしている部屋の扉が勢いよく開いた。
「オルディア! 大丈夫か! また二人も刺客が入りこんでいたと聞いたぞ!」
慌てた様子で飛びこんできたのは、私の夫で現国王のアルフレッドだ。
「心配ないよ、もう捕まったそうだから。今回は文官とメイドだったから大したことないし」
私の言葉で彼は安堵の表情に変わった。
慣れとはすごい。命を狙われて大したことないと言えるようになるなんて。
では大したことのある刺客とはどんなものか。
怖いのは本職、すなわち戦闘クラスの暗殺者だ。いざとなれば力のごり押しで私の命を取りにくるのでたまったものじゃない。
警護のために私の周辺には、腕の立つ戦士達が配置されていた。全員がレベル20以上の【ウォリアー】や【シューター】だよ。治癒職の【ヒーラー】までいる。
王国でも主力に近い布陣で〈聖母〉を死守する構えだ。
夫のアルフレッドも、「もしもの時は俺が」と言ってくれている。あ、今日も剣を携えてきてるね。
第一王子で王位の継承が運命づけられていただけに、彼も幼い頃から訓練を積まされてきた。
ちなみに、アルフレッドのクラスは【セイバー】でレベルは15だよ。
……もしもの時は俺が、なんてまったくもう。命を狙われ続ける日々だけど、悪いことばかりじゃない、かもしれない。
いや、それでも悪いことの方が圧倒的に多いか。毒を飲まされるのはごめんだし……。
主に毒を盛ろうとするとは、同じ【メイド】として許せない!
怒りのままにテーブルを、ドン! と叩くと大きなへこみが。
……や、やってしまった。
アルフレッドとルクトレアが呆れたような眼差しを向けてくる。
「……ごめん、さっきまたレベルが上がったから」
固有魔法を維持する必要があるので、当然ながら私のクラスは【メイド】のままだ。
それが今、ちょっと大変なことになっている……。
王国全土に〈聖母〉が適用されるようになってから、私に入る経験値が跳ね上がった。結婚時、私は【メイド】レベル2だった。
戦闘クラスと異なり、一般クラスはレベルの上がりが遅い。定年間際のメイドでレベルは7といったところ。それでも全身を覆う魔力は着実に増えており、肉体も補強されているので、十代二十代の子達より遥かにきびきび動ける。
屋敷に押し入った数人の強盗(いずれも刃物所持)を、おばあさんのメイドがモップ一本で撃退したという逸話が残っているほど。だからレベル7でも普通の人よりかなり強化されているんだよね。
そして、今の私のレベルはといえば……。
「オルディアって今、レベルいくつになってるの? もう私の〈識別〉じゃ分からないんだけど」
ルクトレアが首を傾げていた。
なお、〈識別〉は相手の情報を読み取る魔法。戦闘クラス、一般クラス関係なく、自分よりレベルが上の者の情報は閲覧できない。
……もうこのお城で私を〈識別〉できる者は一人もいなくなった。私のレベルを知っているのは直接教えているアルフレッドだけなんだよね。
まあ、ルクトレアにも伝えておいていいか。
私は机に指で数字を書いた。
「嘘でしょ? ……机を叩き割る日も、そう遠くないわね」
失礼な予言をしたルクトレアは、「ちょっとよろしいですか?」とアルフレッドを部屋の隅に連れていく。
何? 私には内緒の話なの?
そんなことされたら逆に気になるじゃない。
私は普段魔力を抑えて生活しているんだけど、少しだけ引き出してみようかな。
耳に集中っと。お、聞こえた聞こえた。
「……まずいことになりました。あのアスラシスが雇われたようです」
「アスラシスか……、確かにまずいな。何か手立てを考えないと」
……名前からして女性っぽいけど、誰なんだろう?
結局二人は、私の前ではその人物に関して触れずじまいだった。
後日、気になって仕方ない私は護衛の戦士達に聞いてみることに。
「ねえ皆、アスラシスって知ってる?」
「オルディア様、どうしてその名を? もちろん知っていますよ」
「伝説の暗殺者ですから。現れたのはまだ二年ほど前ですが」
「今まで一度も仕事をしくじったことがないそうです」
「狙われたら終わりだともっぱらの噂ですね」
……伝説の暗殺者。……狙われたら終わり。
た、大変なのがやって来る。
どうしよう。任せっきりじゃいけない気がする。
私も何か対策を練った方が……。
などと思っていたその日の晩のこと。
私とアルフレッドは二人で夕食をとっていた。私達の食事は、毎回私が〈聖母〉の力で何だかいい感じに作る。
アルフレッドは魔法の力がなくても私の料理が食べたいと言ってくれるんだけど。まったくもう。
あれ? 今日はどこかいつもと場の雰囲気が違う気がする……?
アルフレッドは、いつも通り美味しそうに食べてくれてるね。
それから、部屋の入口に視線をやった。
……え?
扉の前で護衛の戦士達が倒れている。
どういうこと! いったい誰が!
とその時、窓辺の暗がりに人が立っているのに気付いた。こちらに向かって静かに歩いてくる。
アルフレッドが傍らの剣を取り、席から立ち上がった。
「何者だ!」
「……アルフレッド、あれ……、アスラシスだよ」
私には〈識別〉でその人物の情報が見えていた。
表示された名前はアスラシスで、クラスは【シーカー】、レベル44。
よ! 44!
戦闘クラスのレベル40以上はもう英雄クラスと呼ばれている。それより気になったのが、当のアスラシスの外見だ。
長い黒髪の、まだ十五歳にも満たないであろう少女だった。
加えて珍しい武器を携えている。
独特の鍔をした曲剣、確か東国の戦士が使う刀というものだっただろうか。
少女はその武器を鞘から抜くと、歩みを止めて微笑みを浮かべた。
「驚きましたね、私が〈識別〉で見れないとは。あなた、いったいレベルいくつなんですか? 一応確認しますが、聖母オルディア様で間違いないですよね?」
「……そうだよ」
つい正直に返事をしてしまった。まあ、この時点で誤魔化しも通用しないだろうし。
それなら私も気になっていることを聞こう。
「そっちこそ、その若さでどうしてそんなにレベルが高いの?」
「私の家は代々暗殺を生業にしていまして。幼少から様々な訓練を積まされてきたんです。私は覚えがよかったので、特に成長も早かったんですよ。子供時分のあだ名がアシュラで、ああ、鬼神のことなんですけど、それで西方デビューの際にこの名前に変えました」
なるほど、……暗殺者一族の最高傑作みたいな感じなんだね。
それにしても、闇の住人なのによく喋るな。
私が訝しんでいるのが伝わったらしく、アスラシスはもう一度微笑む。
「私はサービス精神が旺盛なんです。きちんとおみやげを渡しますし、依頼を受けたのはオルディア様だけですが……」
話しながら彼女は刀を構えた。
「ご夫婦揃って送ってあげます」
そんなサービスいらないよ! この子、すごく厄介な暗殺者だ!
アルフレッドも剣を構え、私に視線を送ってくる。
「オルディア! 離れているんだ! 俺が相手になる!」
言われるままに距離を取ったものの、私の頭の中は何とかしなければという思いでいっぱいだった。
レベル差と、肌で感じる圧倒的な魔力差。
剣を交えればどうなるかは目に見えている。
考えている時間などなかった。
アスラシスがスーッと体を沈ませる。
アルフレッドを助けなきゃ!
とっさに私は抑えていた魔力を全て解放し、二人に向かって駆け出していた。
この場で起こっていることが全部ゆっくりに見える。
繰り出される刀。反応できずに斬られる夫。
斬らせないよ!
寸前でどうにか私が間に合った。アスラシスの驚く顔が目に入る。
一度も人を殴ったことのない私は、体ごと彼女にぶつかった。
ドォォン!
気付けば目の前から暗殺者の姿が消えている。
石の壁に大きな穴が開いており、町の夜景がよく見えた。
「アルフレッド! よかった無事で! 私もう必死で!」
「うん……、すごい、体当たり、だったな……」
……やっぱり、私があの子を外まで吹っ飛ばしてしまったんだろうか。
と無残に変わり果てた壁に目をやっていると、そこにシュタッとアスラシスが戻ってきた。
「……あなた本当に、レベルいくつなんですか?」
「えーと、……54。だったけど、今の体当たりで55になった」
「そうですか……。ちなみに、私も今ので45に上がりました」
〈識別〉で確認すると、言葉通り彼女もレベルアップしていた。
考え事をするようにアスラシスは外の景色を眺める。
「あなたを殺そうと思えばできるんですけど……。やめます。私をこの国で雇ってくれません?」
唐突な申し出に、私とアルフレッドは顔を見合わせた。
黒髪の少女は刀をしまうと、トコトコと私の前に。
「オルディア様に戦い方を教えてあげます。きっと私達、一緒にいればどんどん強くなれますよ」
「えー……、私、別に強くなんて……」
アスラシスは先ほど同様に微笑みながら私の顔を覗きこむ。
「いいじゃないですか。もうすぐ誰もあなたを暗殺なんてできなくなりますよ」
……私、これからどうなっていくんだろう。
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