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アリストテレスへの手紙

 アレクサンダー王子はその後、王位を継承した。

 暗殺されてしまった先代の王。混乱するかに思えた国を、アレクサンダー王子は引き継いだ……どころか、次々と敵勢力を撃破。覇を唱える新たな若き王に、国内は大いに熱狂した。快進撃はすさまじく、周辺諸国をことごとく制圧! 古代ギリシャのほぼ全土を手中に収めたが、それで満足しないのがアレクサンダー三世。彼は大いなる目標を掲げた。


「オレは、世界の果てまで征服して見せる! 遥か東方! その陸地の果てを! 世界の果てを見に行くぞっ!!」

「「「「「うおおおおおおおっ!! 陛下! 陛下!! アレクサンダー大王!! マケドニア王万歳っ!!」」」」」


 その後アレクサンダー大王は、極めて高い練度の兵士で連戦連勝。最前線に立つ大王の、軍略家としての指揮能力、統率力も凄まじい。次々と他の国に攻め込み、巨大帝国マケドニアを築いていく。そんな中で、大王は度々ある人物に手紙を送っていた。


「ま、まさか本当に、世界の果てを目指しにいくとは……」


 若干の引きつりを見せる賢者、アリストテレス。彼を教育した者として、少なからず責任を感じなくもない。けれどよく観察すれば気が付いただろう。その目の奥には、父親のような柔らかい目線がある事を。

 教え子の活躍は凄まじいもので、アリストテレスで無くとも知っている。けれど先生はずっと、彼からの手紙を心待ちにしていた。

『東方遠征』において、彼は様々な国に踏み入る。ここ古代ギリシャと異なる文化、異なる人々と触れあい、観察と推測、体験と実践を重ねながら、征服した土地を蹂躙することなく、可能な限り公正な裁判や制度を敷いているようだ。


「征服された側としては、ありがたい話かもしれないけど……」


 この匙加減は難しい。褒賞として国を与えるにしても、ある程度の『目こぼし』は必要な物だ。勿論やり過ぎれば圧政になりかねないが、全く公正にしてしまうと『征服する側の旨味が減ってしまう』のである。

 ただ、アレクサンダーの懐の広さに、新たな王として受け入れる土地もあるようだ。その内容の一つに、先生は苦笑しつつ頭を抱えた。


「エジプトでファラオ? えぇと、向こうで言う所の王になったって……アテナイの神官が聞いたら卒倒するよこんなの。確か君、神の血筋じゃ無かったっけ……?」


 神の血筋に属する者が、異教徒の王を名乗る……遥か古、神性が人の隣にいた時代において、冒涜どころの話ではない。とんでもない破天荒と言うか、型破りと言うか。しかしアリストテレスは、彼の行動に確かな『理』を認めた。


「ま、まぁ……いきなり乗り込んで、こっちの話についてこい……って言うより、征服地の習慣に合わせた方が、支持は得られるか」


 アレクサンダーの統治は独特である。戦争はするし、征服もする。けれど敗北を認め、無礼を働かず、素直に軍門に下るなら破壊はしない。むしろ『新しい国と文化』を、存分に味わい、楽しむ様子が手紙にも書かれていた。


「全く……いつまでも『王子』だなぁ……」


 何度目の苦笑だろう? 今は『陛下』と呼ぶべき相手に、とんでもない不敬なのだが……いつまでも『アリストテレス先生』と呼び、積極的に、貪欲に、知識と交流を求める『王子』のままな事が、手紙からひしひしと伝わってくる。王子が異国を愉しむ内容を読み進めている内に、一緒に郵送された『モノ』についての説明も添えられている。


「これは……何々? 砂漠に生える植物の……サボテンの一種か」


 アリストテレスは哲学者として、後世に有名な偉人の一人であるが……生物や政治学についても研究、著書を残している人物である。故に『学者』として――未知の動物や植物に対して、大いに興味を持っていた。

 アレクサンダーは『東方遠征』の最中で……多くの国と土地に踏み入った。

 その中で『発見した新しい動物・植物の標本を、恩師アリストテレスに送っていた』のである。


「砂の大地……昼間は灼熱、夜間は極寒。そんな土地で植物も、動物も暮していけるものだね……人間じゃ、数日も持たないだろうに」


 アリストテレスは、古代ギリシャを転々とした時期もある。知識も十分に蓄えたと自負もある。けれどアレクサンダーの偉大な行動に、妙に心がくすぐったい。標本を観察しながら、手紙の内容を読み解く。他にも珍しい小動物や昆虫の標本を受け取り、『王子』の説明を見て笑みが零れた。

 世界を又にかける大帝国を築く王は……全く稚気ちきを失っていない。なのに軍を指揮させれば、悉く相手を打ち破る。話によれば征服された土地の勇者とも交友を持ち、中には王に忠義を誓った者までいるとか、いないとか。

 今まさに、自分たちは一つの偉業の目撃者となっている……アレクサンダー大王の進撃を見ていると、ふとそんな錯覚に陥る。それが熱気に押された思い込みか、それとも真実なのかは、後々誰かが見直して、歴史として編纂された時に明らかになるだろう。

 感慨深く吐息を漏らしてから、先生はそっと筆を執る。


「色々問題も多そうだし……しょうがない。もう一冊書いておくか」


 親愛なる大王に、ずっと無邪気で、どこか危なっかしい教え子の為に、アリストテレスは返事と共に本を送る。少しでも彼の統治が、良いモノとなる事を願って。

 教え子は標本を送り、先生は本を送る。いくつもの文通を重ねながら、両者の絆は途切れる事は無かった。

 ――若くして、アレクサンダーが倒れるその日まで。

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