↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アレクサンダーに至るまで  作者: 北田 龍一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/8

プラトンの手紙

 偉大なる師、ソクラテスよ。あなたはみんなに殺された。

『自称賢人』が開いた不当な裁判により、有罪を宣告されてしまった。あなたの予想に反し、有罪か無罪かの投票数は……かなりの僅差でした。

 ですが、あなたの態度を気に入らなかったのか、罪の重さは最上の物に決まりました。自ら毒の杯をあおり、死を選べと……あなた自身が予言した通り、死を持って報いよと……

 ……ですがこれが、不当な裁判だと言う事は、あなたを愛する者は誰でも信じていました。それに、中立の立場の者も、牢の中で、いつも通り問答を繰り広げるあなたの態度を見て、決して悪ではないと知っていたと思います。ですから、いくらでも逃げ出す機会はありました。牢番も、金を少し握らせれば懐柔出来たでしょう。


 あなたの場合……言葉を重ね、あなたが知見を語るだけで、多くの物を得たと感じられる。最後の日など……牢の鍵をわざと開けたまま、牢番は放置していたそうです。あなたに生きて欲しかった。あなたに逃げて欲しかったと、後悔を強く口にしていました。

 ですがきっと……あなたはすべて承知の上で、多くの人の好意を知った上で、自らが愛されている、想われていると満足して、毒を飲み干したのでしょう。その後に何が起きるかも、あなたは予測が出来たに違いない。


 ――あなたを裁いた者、あなたを訴えた者は、裁判もなしに処刑が決まりました。

 罪のない賢者を、真に知と善を愛したソクラテスを有罪とし、自らの権威を守る為の不正な裁判であったと……

 これで多くの愚民どもは『めでたしめでたし』と思っているのだから、笑えますよ。

 ふざけるな、です。あの裁判は多数決で有罪か無罪か、そして罪状があるとすれば、如何なる刑が妥当かと問われた。組織票があったのも事実ですが、最終的にアテナイ人の投票はあなたの死を望んだ。……後に『自称賢人』の処刑を決める、愚民どもも含めて。


 この一連の行動……わたしにはあなたの死を『扇動されたから』と、愚民どもは自らの罪を『自称賢人』に押し付けた。そうとしか思えませんでした。

 何故って……もし彼らが真に知恵を愛していたのなら、少しでも善い生き方をしようと願っているのなら、心から自分の行いを悔いた筈です。あなたにとっては『不当な賢人たちの処罰』を持って、それを為されたと考えるのでしょう。

 ですが、自らの罪を……『愚かだった』罪を、扇動者や詭弁者に押し付けて、さも自分は何も悪くない。事件は解決したと安堵したのです、あの衆愚共は。


 何故安堵できる? 何故過ちを犯した己を悔いない? 確かに『自称賢人』は、あなたが死罪を受けるに至る、大きな一要因でしょう。ですが……わたし達からあなたを奪っておいて、何を今更……とも思うのです。

 師よ。わたしは理解してしまったのです。大半の人間は、知や善を愛してなどいない事に。自分の手の届く範囲、目に映る範囲で、自分に都合よく平和に暮らせれば、それでよいのです。善だ悪だと、本気で論じたくなどないのです。善悪の論争や闘争による被害が……自分に降りかかったり、感情的に気に入ったり、気に入らなかったりした時だけ、大きな声を上げるだけの、ただの動物でしか無かったのです。ほとんどの人間は。


 師よ、あなたはかつての問いかけの中で、現実をこう言いました。

 どれだけ問いかけを重ね、疑問を限界まで紐解いていくと、最終的には『分からなくなる』と。故にこの世界において、知識や知恵呼ばれるモノはその実、実態を伴わぬ空虚なモノでしかないと。

 その正体が、やっとわたしには理解出来ました。今回のあなたの死によって。醜く愚かで憐れな、衆愚のお蔭で。

 この世界そのものが――巨大な空虚の檻なのです。ここは現実などではない、ここは『真の善』の世界から降りてくる、残滓のようなものでしかない。不完全な影のような世界であり……現実などでは無かったのです。


 わたし達が真理に至れないのも、人々が善や知を愛する事が出来ないのも、この世界そのものが不完全な事が原因なのです。真に善と愛と知に溢れた世界――この世界の模倣元となる根源の世界が、上層にある。わたしはその世界の名を『イデア』と名付けました。

 師よ。我が敬愛する師、偉大なるソクラテスよ。あなたは最後まで、自らの美と善を貫いて逝きました。恐らく死んだとしても、きっとあなたの存在は消えない。消える筈がない。この不完全で醜い世界から抜け出して……『上』の世界へ旅立ったと信じています。


 わたしはこれから、わたしの思想とあなたの教えを広めます。ほとんどの人は愚かしいですが、けれど全員が全員、醜く愚かな訳でもありません。わたしはこれから学校を開き、あなたと同じように、真の世界へ目覚める手伝いをしようと思います。

 ――この文面は、ただの一人ごとにしかならない文章ですが……きっと愛する師の事です。上の世界から見守ってくれているに違いない。

 この手紙を読んでくれる事を、わたしは心から信じております。

 そしていつか、わたしもあなたの下へ逝けるよう、死ぬまで研鑽を続けたいと思います。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。