魔法少女の黄昏
それはなんの前触れもなく唐突だった。
突如出現した異形の存在。言葉は通じず、目的も不明。ただひとつ確かなのは、奴らは目につくあらゆる物と命を破壊するためだけに活動しているということ。
後に魔物と呼ばれるようになった異形の存在に現代兵器はまるで無力。唯一対抗できるのは、魔物とほぼ同時期に出現した、魔法と形容するしかない超常現象を操る少女たちだけだった。
のちに彼女たちは魔法少女と呼ばれるようになった。
◆ ◆ ◆
「私、魔法少女になりたいのっ」
憧れた背中に守られて、私は思わず想いをぶつけていた。
振り返った彼女は私の言葉にしばし絶句していた。
「ありがとう、嬉しいわ」
そう言って渡されたのは不思議なペンダント。私が魔法少女として戦える肉体になった時、そのペンダントが変身する力を与えてくれるのだと言った。
「……ごめんね」
無邪気に喜ぶ私は、どうして彼女が泣きながら謝罪したのか、わからなかった。
思えば私は幼かったのだ。ただ憧れだけを追いかけて現実を見ていなかった。
そして中学生になった時、私は魔法少女として覚醒した────。
◆ ◆ ◆
魔法少女として覚醒した私を待っていたのは現実だった。
『どうしてもっと早く来てくれないんだっ!』
『あんたが遅れたせいで妹はっ!』
助けてもらえることを当たり前にし、罵声を浴びせてくる人たち。
『今まで発生した事件と、新しい魔法少女の現場到着時間を記した図がこれです。彼女の活動範囲はここを中心として半径十キロのようです』
『では、このあたりに彼女が住んでいると?』
『それはわかりません。番組では皆さんの情報をお待ちしております』
魔法少女を追いかけ、その正体を暴くことに心血を注ぐマスメディアたち。
『さっき現場付近で、いるはずのない天美女子の制服の子を見かけた。見失った直後に魔法少女出て来たわ』
『その子が魔法少女なのか? 写真は?』
『写真は、ほれ』
『顔が写ってねーじゃんか』
『フェイクおつwww』
『フェイクじゃねーし。次は絶対に顔を撮る』
魔法少女の正体に興味を示し、事件現場に入り込んできて撮影を繰り返す人。
ほかにも、デタラメな情報を拡散して魔法少女を貶める人、目撃情報から身元を特定しようとする人。そして、魔法少女を誘き出すために偽の事件をでっちあげて騒動を起こす人────。
ああ、私は幼かった。彼女に助けられた時は憧れの美しい世界が私の全てで、醜い世間を知らずにいた。
────魔法少女、やめたい。
何度そう思ったのか、わからない。
こんなに苦しみながら、醜い者たちをどうして守らないといけないのだろうか。
だけど、それはできない。魔法少女は後継者を見つけなければ引退することができない。それも、心の底から魔法少女になりたいと願う者にしか魔力を移譲することはできないのだ。
いらだちをぶつけるように、魔力の弾を目の前の魔物に撃ち込む。消滅する魔物を確認して一息ついた時だった。
「私、魔法少女になりたいっ」
背後から聞こえてきた声に、私はぎこちなく顔を向けた。助けた少女が眩しすぎる瞳で私を見上げている。
……ああ、そうか。だから彼女はあの時、泣いていたんだ。
苦しみから解放されるから。
私に苦しみを押しつけるから。
憧れに表情を輝かせる彼女に、私はペンダントを渡す。あの時聞いたのと同じ言葉を口にしながら。
「ありがとう、嬉しいわ。……ごめんね」
昨今のSNS上での誹謗中傷や炎上騒ぎを見ていると、現代に魔法少女がいたら、こうなる未来しか見えないなあ、と。