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5話「Dear friend ~大切な友人へ~」

大通りのど真ん中でカノンフェイスは、先程ミティスが救った娼婦の体を片手で握りつぶしていた。その様子は、さながら子ねずみを捉えたフクロウである。


「あが……が……!」


「そうだ。そのまま助けを呼べ。そうすればあのドラゴンの娘が駆けつけてくるだろうな」


「そ………そんなのはごめんだよ……」


「なに? 状況が分かっていないのか?」


無慈悲な殺し屋は、憤怒の表情を娼婦に近づける。


「ドラゴンの娘を呼べば、お前には手を出さないでいてやる。『毒婦の街』にいるぐらいだ。どうせ今まで他人を騙して生きてきたんだろう? 今更良心が咎めるとでも言うのか?」


「……そうさ……あたしは所詮、調子に乗ってスマイリーズに目をつけられた、薄汚い売女だよ!」


娼婦は自分の背骨がギシギシと軋む音を耳にしながら、カノンフェイスに啖呵を切る。


「でもな……あの娘はそんな価値のないあたしたちのことを命がけで守ってきてくれたんだ! そんな子を売ろうとするほどあたしは腐っちゃいないよ!」


「ほう。大した女だ」


カノンフェイスが右腕に力を込めると、娼婦の脆い背骨はいとも簡単にぐしゃりと音を立てて、へし折れた。


「ふん」


ごみのように放り捨てられた娼婦の体に、駆け寄る者がいた。


「お姉さん! そんな……」


娼婦のところへ駆け寄ったミティスだったが、手遅れであるのは明白だ。娼婦は唇の端から血を垂らし、ミティスの頬に手を添える。


「あんたは……生き延びなよ……。立派な女だ……あたしと……ちがって……ね……」


最期にそれだけ言い終えると、娼婦の体から力が抜け落ちる。既に事切れていた。


「お姉さん……」


娼婦の体を抱きかかえるミティスに向かって、歩み寄るカノンフェイス。


「やっと出てきたか。これで探し出す手間が省けた」


カノンフェイスが右の拳を握りしめると、その拳はみるみると鋼鉄の色へと変わっていく。


「死ね」


無慈悲な鉄球と化した拳を眼前にして、ミティスは既に生きる希望を失っていた。


「(ごめん、お姉さん、キリエ……)」


薄暗い路地の真ん中で竜族の少女の命が散らされようとしたその瞬間、三日月の光で照らされた影が、カノンフェイスの右腕に飛びかかった。


ーー能力技巧(スキルアーツ)三日月斬り(クロワッサン)・断!!


垂直方向に体を一回転させながら繰り出される斬撃。決まれば大岩をも両断する剣技。


しかしカノンフェイスの鋼鉄と化した腕は、その刃を容易く受け止めた。


「ふん!!」


カノンフェイスが腕を振り払うと、キリエの体は大きく弾き飛ばされる。


キリエはすかさず刀を地面に突き刺すことで体勢を整えた。


「キリエ! 気絶したはずじゃ……!」


「何いってんの! この『ゴールド・ブレイド』様があれくらいでおねんねするはずが……はずが……うぶっ」


キリエは啖呵を切る途中で耐えきれずに、みぞおちを押さえながら膝をつく。


「……えへへ……実は結構効いてる……」


「どこまでも馬鹿な女だ」


カノンフェイスは冷たい目でキリエを見下ろしていた。


「こんな汚くて醜いコウモリ女のためにこの俺に逆らうとはな。とっとと逃げ出していればいいものを」


「ああ!? なんだって!?」


キリエは中指を立ててお構いなしに吐き捨てる。


「友達ひとり守れないでなにが『ゴールド・ブレイド』だ! つべこべ言ってないで、とっととかかってこいよこのでかい鼻くそ頭が!」


「キリエ……!」


ミティスは、申し訳無さとありがたさが入り混じった表情をキリエに向ける。


「……」


カノンフェイスは青筋を立てて突進の構えに入る。


「(半端な攻撃はあいつの能力(スキル)で防がれる……機動力で翻弄しようにも、みぞおちのダメージのせいで素早く動けない……それなら!)」


キリエは剣を大きく振りかぶる形で構えると、渾身の力を込めて柄を握り締める。


「(身体強化(エンチャント)の魔力を特定の部位に集中……剣を振るうために使う筋肉のみを、集中的に強化する!)」


キリエは歯を食いしばって、突っ込んでくるカノンフェイスの顔を睨み付けた。


「(この一撃で仕留められなかったら……私もミティスも死ぬ! 絶対に負けられない!)」



カノンフェイスの血走った白目がはっきりと分かる距離まで近づいた時、キリエは集中させた魔力を爆発的に解放した。


ーー能力技巧(スキルアーツ)満月大切断(ハンターズムーン)!!



ミティスは一瞬、キリエの周りに竜巻が起こったのではないかと目を疑った。


実際に魔力によって極限まで強化された剣撃が、彼女の周囲の家屋をきしませる程の、突風を巻き起こしていたのだ。


魔力の残滓が三日月の明かりに照らされ、黄金の煌めきを放ちながら雪のように降り注いでいる。


「えっ……」


己の能力スキルに絶対の自信を持っていたカノンフェイスは、自分の上半身と下半身が綺麗に分断されている光景を信じられずにいた。


キリエの剣は肉体そのものを傷つけずに切断することが可能なため、真っ二つにされたところで死ぬことはない。しかし、この状況ではどちらに軍配が上がったは火を見るより明らかである。


「キリエ!」


ミティスはキリエの元へ駆け寄り、その場で力尽きて倒れ込んだ彼女に肩を貸す。


「これにて一件落着……ぶい」


キリエは疲弊しきった体を誤魔化しながら、無理な笑顔でミティスにVポーズを決める。


「いや……まだ終わってない。キリエ、剣を貸りるよ」


ミティスは体を両断されて尚も生きているカノンフェイスに目をやり、それから地面に横たえられた娼婦の遺体にも目をやると、キリエが落とした剣を手にして自身の顔面に向ける。


「アタシが死んだって証拠がない限り、きっとまた殺し屋が送り込まれる」


「本気なの……ミティス」


ミティスはキリエに向かって静かに頷くと、意を決して自分の顔面を刺し貫いた。

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