3話「 Easy Escape ~簡単な脱出~」
「これだよ。スマイリーズの連中が仕掛けた、この街を取り囲む『檻』だ」
地面に降りたミティスが毒婦の街の出入り口付近に近寄る。すると、突然彼女の眼前に、金色に光り輝く透明の甲羅のような結界が現れた。
「なにこれ……私がこの街に入った時は出てこなかったよ」
「この街の結界は、誰かが入ることを許すけど、『許可証』無しに出ることは許さないんだ。『客』はあらかじめ許可証を渡されてから、この町で楽しむってこと」
「じゃあこいつをぶっ壊せばいいってわけね。よーし!」
キリエは早速、魔法刀「マサクル」を鞘から抜き出すと、先端を結界に向かって突きつける。
「魔法の武器による結界破壊……やったことあるのか?」
「ううん。でも誰にだって『初めて』はあるでしょ?」
キリエはミティスの手を掴んで刀の柄の部分を一緒に握らせた。
「身体強化の魔力を刀に注ぎ込むから、私と一緒に少しずつ刀を押し込んでいって。やばいと思ったら、すぐに手を離してね」
「う、うん……分かった」
「それじゃあ新郎新婦、ケーキ入刀です!」
「そんなこと言ってる場合か!?」
ミティスが赤面するのをよそに、刀の先端が結界の表面に振れる。バチバチと凄まじい音を立てて金色の火花が飛び散り、二人の少女の体には内側から破裂しそうなほどの衝撃が伝わってくる。
「うぐぐ……!! 大丈夫か、キリエ!?」
「全然余裕……ウヴォッ!!? ウアバアバビッビビビッビイイ!!?」
「それ大丈夫な時に出す声じゃないよな!?」
そうこうしている内に、刀は刀身の中ほどまで結界を貫いていた。
「も、もう少し……!」
刀に魔力を注ぎ込むキリエの腕には、青白い稲妻か、あるいはひび割れのようにも見える模様が浮かび上がっている。魔術にはあまり通じていないミティスの目にも、まずい状況だというのは明らかだ。
「やばいぞキリエ! 手を離せ! 後はアタシが一人でやる!」
「私は平気……! っっ!!! 今だ!」
キリエは腹の底から叫び声を上げると同時に、刀の柄に渾身の力を込めて振り上げる。大きく切り裂かれた結界の裂け目から、ひび割れがクモの巣状に広がっていきーーそして、巨大な窓ガラスが砕けたような音が響き渡った。
「うっ……」
二人の少女はうめき声を上げて仰向けに倒れ、呼吸を整える。やがて結界の破壊に成功したことを悟ると、どちらともなく大声で笑い始めた。
「やった! ぶっ壊してやった!! ざまあみろスマイリーズ!!」
キリエが刀を空に突きつけながら笑う。
「この街に来てこんなに笑える日がくるなんて!!」
ミティスも拳を突き上げながら歓喜の声を上げていた。
「ねえミティス。私たちって、いい友達になれそうじゃない?」
「どうしたいきなり?」
気が済むまで笑い続けたキリエは、ふと思い出したかのようにミティスに話しかけた。
「貴女って、すごくかっこいい。こんな街に閉じ込められても希望を捨てずに、虐げられる女の人たちのために闘ってた。それに、さっき結界を破る時だって、自分のことより私の体のことを心配してくれたから」
「やめてくれよ……アンタの方がずっとかっこいいよ、『ゴールド・ブレイド』」
ミティスははにかんで言った。
「アンタの噂はこの街にまで届いてたよ。人身売買や奴隷農園から搾取される人たちを救い出してきたんだろ? アンタも虐げられられる人たちにとってのヒーローだよ」
キリエは鱗に覆われたミティスの手のひらをぎゅっと握った。
「これからどうする、ミティス?」
「そうだな。もしアンタが良ければ、ほとぼりが冷めるまでアンタのチームのところでお世話になろうかな。その後は故郷に帰って父さんと母さんにーー」
ズウンッ!!
「……地震?」
突然地面から伝わってきた音と衝撃に、キリエは怪訝な表情を浮かべる。
「いや、違う……誰か来る!」
長年夜の街で闘ってきたミティスは、暗がりからこちらに歩いてくる人影の存在に、いち早く気がついた。
ーーいや、それは「人」影と言うにはあまりにも異様なものだった。
「デリア……ミティス=デリア……」
ミティスの名を呟く「それ」は、身の丈がキリエたちの2倍はあろうかという、筋肉質な大男だった。
フルフェイスのいかつい鉄兜から覗く眼光は、鋭く血走っており、話し合いが通用するような手合とは思えない。
「ええと……お知り合い?」
キリエの問いに、ミティスは全力で首を横に振った。
「標的は竜族だと聞いている……『ゴールド・ブレイド』、お前じゃないな」
大男はそう言うと、指差す先をキリエからミティスの方向へと向けた。
「お前がミティス=デリアだな。そこでじっとしてろ。今からお前の首をきれいに引っこ抜かなければならない」
その言葉を聞いたキリエは、すかさず腰のホルスターからフリントロック式の形をした銃を2丁引き抜いた。
ーー能力技巧・百貨繚乱
炸裂音とともに銃口から放たれるのは金貨ーー高速で射出したそれは、まともに喰らえば人間の肉など容易く抉れる金属塊である。
ーー能力発動 ・剛鉄塊
しかしその攻撃は、大男の鋼色の皮膚の前に、いとも容易く弾かれてしまった。キリエは特注の銃を空撃ちをしながら驚愕の色を浮かべる。
「一流の殺し屋の『カノンフェイス』にそんな玩具は通用しないぞ、『ゴールド・ブレイド』」
カノンフェイスは唸り声を上げて大きく拳を振り上げる。
「あっ、無理だわこれ」
キリエはすかさずミティスにタックルをかまして攻撃を躱す。カノンフェイスが振り下ろした拳は、地面に深々と穴を開けていた。
「ねえ、隠れ家とかないの?」
キリエはミティスを押し倒した体勢のまま耳打ちする。
「あっ、あるけど……あの化け物は振りきれないと思う」
「ホントにそう思う?」
キリエはベルトのパックルから小さな火薬玉を取り出すと、素早い動きでカノンフェイスの顔面に投げつけた。
「なんだ……? ゴホッ、ゴホッ!!」
景気の良い音を立てて炸裂した火薬玉から毒々しい緑色の煙が立ち込め、まともに吸い込んでしまったカノンフェイスは激しくむせ返る。流石に体の内側までは鋼鉄化できないのだろう。
「エルフ族直伝催涙けむり玉!(天然素材を使用)さあ、今のうちに隠れましょ!」
キリエは困惑するミティスの手首を掴むと、狭く入り組んだ路地裏へと即座に飛び込んだ。